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井上さく子先生の 子どもに学ぶ 21世紀型保育
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第11回
虫の命を感じながら、その先に見たものは?

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晴天の園庭に子どもたちの声が飛び交っています。

小型の一輪車を介して、4歳児の男の子たち。

一輪車の中に水を入れたり出したり、さまざまな道具を使って水が運ばれてきます。ただ、それだけではないことに気づかされて、その遊びに着目してみました。

子どもたちのつぶやきに耳を澄ますと、どうやらその遊びの主役はシャクトリムシでした。

手前にいる男の子が虫を得意気に捕まえたり、放したり、水の中に落としたり、救ったり。自由自在に操っている様子はまるで虫使いのようです。

周りの子どもたちには、そのチャンスがなく、

「動いたよ!」

「動かないよ!」

「死んでるかも?」

「死んだかも?」と、さえずりのように言葉だけが飛び交っています。

「Aくん持ってみる?」

「Bくんは?」と言われた瞬間に、

手を引っ込めたり、後ろに下がったりしながら困り顔の他の男子たち。

子どもたちの間に、

「高価なおもちゃや道具よりも、虫の命を好きなように扱い変化していく様子を観察したり、試したりする遊びの方がずっと面白い!」そんなオーラが流れていました。

その時々の子どもたちの笑顔や驚きの表情とは裏腹に虫の力はみるみるうちに弱っていきます。

大人は

「あらあら! なんて残酷な遊びでしょう。かわいそうでしょ!」と言いたくなる光景かも知れません。

もし、その物語の傍らに居たらどんな言葉を添えるのでしょうか?

子どもたちにとってはこれだけ面白い体験はないとばかりに、

驚き、笑い転げながら、ときには心配もしながらその遊びの世界は限りなく続いていきます。

3歳の男の子も傍で、そのやり取りをずうっとじっと観ています。

一声も発することなく観察していました。

私は限りなく拘り続けていました。

いよいよ虫の動きが鈍くなってきました。

ペットボトルで水を運んできた男の子が、一輪車の縁で一休みさせてもらっている虫を狙って何回も水をかけます。

その度に、虫は水の中で溺れそうになります。

最初は歓声に近い声をあげて喜んでいた様子から一転して、

「死んじゃったんじゃない?」

「かわいそうだよ!」

「もうやめよう!」

「休ませてあげないと本当に死んじゃうよ」と

いたずらすることだけに夢中になっていた子どもたちが、虫の命を心配し始めたのです。

名人の如く虫を操っていた子が、

「分かってるよ、分かったよ!」と怒りながら、一輪車の縁にその虫を休ませていました。

他の子どもたちが食事に向かおうとその場を離れた瞬間に、一人になった男の子が虫をそうっと置きながら、「おかあさんに会いたい? 会いたいよね」とつぶやいていました。

その言葉を拾った私は、その子が自分の心持ちを虫に重ねてつぶやいているように映りました。

(なんてやさしい心持ちなんでしょう!)

目がうるっとしてしまいました。

その後に、また「虫はどうする?」と戻ってきた子どもたちです。相談の結果、プランターで育てている枝豆のところに置いてあげることになりました。そのときの言葉のやり取りがまた頼もしい。

「枝豆の棒に置いてあげよう!(棒ではなく枝)」

言葉の引き出しの中をのぞかせてもらった心持ちでした。

最後に虫の命を大切にしてくれたのが、名人の男の子でした。

何本か植えてある枝豆の左端に置かれた虫はやっと子どもたちの手から解放されて、じっと休んでいるかのように映りました。

みんなが部屋に戻ってやれやれと思いきや、またもや虫を見にきた子どもたち。

「あれここに置いたはずの虫がいない!」

「どこどこ、どこに置いたっけ?」

4人の目で探しても見当たらず、「風が強いからびゅーんとあっちに飛んでいったんだよ」という結論に。がっかりしながら、部屋に戻っていく子どもたちでした。

実は風に飛ばされてなんかいませんでした。

私は見ていました。

知っていました。

分かっていました。

でも、「ここにいますよ!」とは言わずに、子どもたちの世界を覗いていました。

揺らされても落ちないように、隠れて自分の居場所を確保していた虫でした。

(やれやれ)

さんざん遊ばれた虫の心持ちまでも伝わってきそうです。

おやつ後に、また探すのでしょうか?

4歳児に発見されて、またまた遊ばれるのでしょうか?

私だけが知っている虫の居場所。

しばらく見つからないでほしいと祈りました。

命を大切にしてほしいと願う私たちの心持ちとは違う世界を子どもたちは生きています。

こうして体験しながら、生きる力を育んでいることを教えてくれたエピソードでした。

第11回虫の命.jpg

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