第5回
4歳児 ゆっくり共育ち
支援を必要とするそらくんと初めて出会ったのは、3歳児クラスのときでした。
そのときは大人に手をとってもらいながら、やっと歩いていました。
あれから半年が過ぎて、久しぶりに会うと、バランスを崩しながらも自分の力で好きな場所へ自由に移動している姿に遭遇して驚きました。
4歳児の女の子たちが、人形を患者さんに見立てて聴診器をあてたり、注射器で注射をしている様子を見ながら
「入れて!」
と言うそらくん。すると女の子に
「だーめよ!」
と言われてしまいました。語彙は少なくても表情豊かに
「やりたいの!」
と言うと一人の女の子はそらくんの目を見て首を傾げていました。だめ押ししないところに女の子の心持ちが伝わってきました。そらくんにも何かが伝わった瞬間でもありました。
だめとは言われなかったせいか、そらくんは病院ごっこの傍から離れずにじっと見ていました。
「人形の足にトゲが刺さったので注射しますよ」
と言いながら注射をしている様子を見て、そらくんは自分がされているように痛そうな表情をしていました。
仲間にこそ入れてもらえませんでしたが、友だちの遊びに関心を持ち始めると、じっくり見たり聞いたりしながら自分の力にしようとする空気が伝わってきます。周りの仲間も『ここにいてもいいよ!』のオーラを醸し出しているように感じ取ることができました。
その後にそらくんは、プラレールをつなぎ、ブロックでつくった乗り物を走らせようとしている3人の男の子たちの遊びへ移ってきました。
友だちがつくった乗り物を手にして、早速レールの上で走らせようとしたときのことです。
たかしくんがそらくんに言います。
「まだ走らせないの!」
それでも聞き入れずに走らせようとするそらくんに、
「ここはね、そういうやり方ではないの。だからまだ走らせないで!」
と伝えていましたが、分かってもらえず困りながらも次に言ったことは
「説明するからよく聞いてください。ここはスタートで、あっちがゴールです」
『う~ん?』と首を傾げるそらくんに、「分かった、スタートとゴールって書かないと分からないんだね」とそらくんに言いながら、書こうと思ったのか手を止め、でも気がまたレールに行って続きのレールをつなぎ始めていました。
お互いに分かったような分からないようなやり取りだったかも知れませんが、それでもそらくんは仲間の中にいることが嬉しくて、何やらオウム返しに話しながらレール遊びを共有していました。そらくんの言葉がときどき友だちにつながると会話が成立します。
つながったときのそらくんの笑顔がなんとも素敵です。満面の笑顔を見せてくれています。
同じ4歳児クラスの仲間のやり取りで、一回はダメと言ったり困ったりしながらも、そらくんのゆっくりの育ちを分かって向き合い、ただなんの区別もなく分かるように伝えようとする心持ちを感じることができてほっこりとした気持ちになりました。
思いやりとかやさしさとは訳が違います。
もしかしたら、そらくんのゆっくりさを自分たちがそうだったかのようにまっすぐに、素直に受け入れられるのかも知れません。
ことばに表せない幸せ感が漂うエピソードはそこに居合わせた人にしか分からない、子どもたちの内に秘められている力を見せられた気持ちになる出来事でした。
大人がいないことの不安や、助けてもらわないとできないことの一つずつを乗り越えれば、大人だけといる生活から離れます。そして同じ年齢の仲間の輪の中に自分から入ろうとしたり、入りたがったりしながら成長していくことに、改めて気づかせていただいたエピソードでした。
子どもたちの世界は奥が深いです。
見えない心持ちを見る目を確かなものに、声なき声に耳を澄ます心持ちを研ぎ続けていきたいものです。
コメント(6)
暖かいエピソードに年度末の慌ただしい気持ちがほわっとなりました
クラスの中の支援が必要な子どももクラスの子どもとの関わりの中でお互いに育っている姿がすてきです
大人になると色々な価値観にとらわれて、周りの方とかかわることが多いですが、今回のエピソードのように、良い悪いの価値観でなく、その両方があっていいという自然な子どもたちのかかわりは、大変勉強になりました。保育者同士でもこのような、かかわりができると良いと思いました。
読んでいるとまるでその場にいるような穏やかな雰囲気と子どもたちの表情が想像できるような気がします。相手の気持ちを察する、心持ちに気づくことって、教えられることではありませんよね。二回目にダメよって言わなかった子、わかるようにルールを伝えようとする子たちは、自分が経験、体験をしているから気づけることもあるのかなと思いました。大人がむやみやたらに仲に入らず見守る保育をすることが子どもの心を育て、仲間意識も育てることの始まりなのではないかと感じました。
支援の必要な子には「一人で出来ないから『特別』に優しくしてね」そんな対応をし過ぎていることに気づかされるエピソードでした。困ったり、考えたり、それでも諦めなかったり。子どもは子ども同士の中が好きなことに改めて気づかされます。異年齢の関わりの中でも育ち育ちあうことが生きる力につながる真の育ちであるように、支援の必要な子にも『特別』ではなく子どもが自分で乗り越えようとする力をそっと見守りたいと思いました。「手伝って」というサインを見逃さないようにしながら。
そらくんの存在は、回りにいる子どもたちにとってなくてはならない存在だと思います。
大人の都合では、大変が先行してしまいますが、子どもは凄い。ちゃんと仲間として認め、互いに苦手なことは手伝おう、とか見守ろうとか瞬時に、または、長い付き合いの中で自然に身に付いてくることなのですね。
同等であり、ちょっと労る。
子どもはいいです。このまま大きくなっていってほしい。そらくんがいることで、回りの子は本当の優しさを学んでいるのだと思います。
子どもってステキだな。子どもから学ばないと。人生の大切なことは、子どもがみんな教えてくれる。ね。