保育士の転職・求人・募集なら【マイナビ保育士】

採用ご担当者様へ

井上さく子先生の 子どもに学ぶ 21世紀型保育
記事一覧に戻る

第14回
友だち欲しいなあ、ぼくわたし

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

20171026.jpgタイヤの山に3歳クラスの女の子が3人。

周りの声に消されてつぶやきが届かない。側に寄り添いながらその子たちの遊びにこだわっていきました。

パッと見た感じでは、どんな遊びか想像はつきませんでしたが、言葉のやり取りに耳を澄ましていくうちに、見えてきたことがあります。

3人の中でちょっと強く言葉を出している女の子。

「発車します!」と言った後に、振り返りながら

「閉めて!」

「閉めた?」

後ろに座った2人はしぐさもつけて、

「ハイ、ガチャ!」

「ハイ、ドン!」

前の運転手役の強い女の子は、確認する間もなく 「ハイ、降りて!」と言います。

2人は寡黙にその指示に従っていました。タイヤの山はそう簡単に降りることができません。

両手、両足を使ってやっとその場を離れた目の前に、築山があります。

「ハイ、登って!」と言われると素直に従う2人。

登ってすぐに、「ハイ、降りて!」と矢継ぎ早に仕切る女の子。

何回も乗り物に乗る、閉める、降りる、登る、降りるを繰り返している様子から、3歳児らしい関係性だと感じることができました。

イメージのつながりというよりも、友だちと一緒に居られる満足感、本当はそう思っていないのに反抗することもなく、ひたすら力の強い友だちに従おうとする様子を垣間見ることができました。

2人の声は耳を澄まさないと拾えないほどでしたが、同じ行動を繰り返していくうちに、少し強い友だちと変わらない声が出るようになってきたのです。

イメージがつながったから?

慣れてきて見通しが持てるようになったから?

実は2人のうちの1人が、早く早くと言われるたびに、言葉と行動の速さについていけなくて、タイヤの山も築山も後ろ向きになって降りるのです。

まさに個人差が浮き彫りになります。それでも、子どもたちの世界はシビアです。

待ったなしで動きが目まぐるしく変化していきました。

そのときです。

ゆっくりの女の子が自ら、大きな声を発して、リードしていた友だちの言う通りに動かなくなったのです。

それまでは「ハイ、閉めて!走るよ!」の言葉に素直に従っていたのですが、

「ちょっと待ってドアを閉めてからね」

「ちょっと待ってシートベルト閉めてないわ」

「ガチャン! ハイOK!」と

自分のテンポの具体的なイメージを言葉にして言えるようになっていたのです。

すると、リードしていた子も「しようがないなあ!」とムッとした顔になりましたが、怒ることはしないのです。

ちゃんと自分の心持ちを言えることを知って、私自身が嬉しくなりました。

『そうそう、自分の心持ちを相手に届けて仲間関係が育まれていくんですよ!』と心の中でつぶやき見守り続けました。

『どれだけの時間をかけて、この遊びを繰り返しているのかしら?』と振り返るほど、子どもたちはずうっと繰り返しの世界に没頭していました。

"友だちほしいぼくわたし"の世界の中で

こうして、3歳児も友だちを介して自分探し、自分作りをしていることに気づかされます。

大人から見たら、とてもシンプルな世界かも知れません。でも前にも書きましたが実は子どもたちが求めているのはシンプルな世界です。

タイヤの山と築山から、さらに足が延びていきます。

さっきまで、他の子が本物のガマガエルであそんでいたところへ 駆けていきました。

誰もいなくなったその場所で。

リーダー的な女の子がスノコ板を片手で持ち上げようとしても重くてあがりません。

「一人ではムリなんだよな!」のひとことに、

他の2人が「ハイ、手伝いまーす」

みんなでスノコ板をあげることができましたが、「カエルいなかったね!」と確かめた後に、タイヤの山に戻っていく3人。

ちょうどそのタイミングで、「そろそろ食事にしませんか?」と大人に相談を受けるのですが、「もうちょっと遊ぶ!」と言っていました。

そのやり取りを耳にしていた年長児の男の子たちが、「もうシャワーだよ!」と言いながら誘おうとしていました。それでも、まだ遊んでいたいと訴える子どもたちです。

その結果、

「あと1分待っててあげる」とテラスに座って待ってくれたお兄ちゃん。うつむき加減で待つ様子を見ながら、1分はすでに過ぎていました。

「あらっ?!もう1分たったんじゃないの?」と大人に言われて慌てるお兄ちゃん。

「ハイ、もうシャワーにいくぞ!」と言われて素直に従う3人の女の子たちです。お兄ちゃんたちと駆けていく様子がなんとも頼もしい風景でした。

実は年長児2人も3歳の女の子たちの世界に入って、自分たちがその頃どう感じていたかを思い出すという、忘れ物探しをしていたのです。

異年齢交流のなかで自然発生的に生まれる一つひとつの物語。

疎外されずに十分に受け止められた体験の積み重ねを介して、自分がやってもらったように、助けてもらったように、自己肯定感が育まれていく連続的な保育こそが生きる力につながっていくと思いませんか?

一歳児クラスのときから、関わっている子どもたちの世界。発達をたどって大きくなりたがっている遊びの物語でした。

「丁寧な保育とは?」

改めて振り返る機会になりました。

前の記事 記事一覧に戻る 次の記事
お気に入りに追加

まずは求人!かんたん検索