第28回
2歳児と、「自分で選ぶ子」を待てる保育
井上 さく子
ここは愛媛県のとある保育園。
8月に研修でお邪魔して、12月にも研修の機会がありました。
その市では初めての公開保育研修でした。
園運営のリーダーである園長先生のビジョンが素晴らしく、外からの風を取り入れるための公開保育研修に踏み出したことは、大きな決断ではないでしょうか?
0歳児クラスから年長児クラスまで、見学させていただいた中で最も印象的だった物語があります。それはお食事の時間からお昼寝支度中のエピソードです。
2歳児クラスの子どもたちもちょうど食べ始めの時間帯でした。
2クラスそれぞれの場所で食べていましたので
普段は体を動かして遊べるコーナーから、食事の様子を観察し、環境構成の仕掛けをしていきました。
保育室は元々広い畳の部屋で、中央には一本橋をジグザグにしたようなデザインの遊具が置かれています。それに付属した押入れだったところも遊べる空間になっています。
研修生といっしょに押入れだった空間に座って見た先には、現在は何もありません。
そこに何かを仕掛けたら子どもたちはどんなふうに取り込むのか?
取り込まないのか?
試してみることにしたのです。
そのためには、隣の保育室の棚の中から、仕掛けの道具を持ってくる必要があります。
さて、どこから何をどのように......そう思いながら相談して見つけたものは?
木製の連結車とレールと駅と。
この3種類をまとめて押入れの中に持ち込んだのです。
『子どもたちに、ここでどんなふうに遊んで欲しいのか?』色々な道具を手にしながら考えることから始めていきます。
押入れの床いっぱいにレールを敷き詰めたところへ、色分けをした連結車を向きを変えて、アクセントをつけながら並べていきました。
左右に離して駅舎を置いて完成です。
『誰が気づいてくれるのかしら?』
一番に気がついてくれたのが、なんと1歳児のUくんです。
お昼寝前のトイレタイム、下から上がって、用足し済んで下にいくはずが、スッと押入れの中に入って座り込み連結車を手にしていました。
色別に並べていたら、色別に手にしながら順番に動かして遊んでいました。
離れて観察していると色の違いを確かめているかのようでした。
そこへUくんの担任が来て、ここにいることを確かめて他の子どもたちのところへ。
嬉しかったことは、Uくんに「ダメじゃないの、今は遊ぶ時間じゃないわよ」と叱らずに、
『ここで遊んでたのね!』と確かめてその場を離れたことです。
大人が観察していて嬉しいことは、Uくんはその倍も嬉しかったことでしょう。
誰にも邪魔されない僕だけの世界で、大人たちがいることも想定内にしながら遊んでいるところへHくんがやってきて、Uくんの隣にちょこんと座り顔を見合わせて笑っていました。
「ここにいたんだ? 探してたよ!」
なんだかその笑顔に『大好きなUくん』という声なき声を聴いた気がしました。
ちょうど私の傍らにいた職員から、HくんはUくんが大好きなんですと教えてもらいました。
2人の様子からここに一緒に居られるだけで嬉しい心持ちが伝わってきました。
連結車を動かしたり、駅舎を動かして遊んだあとは、立って遊ぶ場所に移動していました。
それは、私が想定していた風景でもありました。
いつもは平均台のような道具で、登り降りを楽しんでいる2歳児のその場所を借りて、手にした連結車を立って動かして遊び始めたのです。
観察していた複数の大人たちは、そのUくんの様子をどんなふうに受け止めたのでしょうか?
1歳児が床で座って遊ぶ、寝そべって遊ぶ、あお向けになって遊ぶ姿は大人にとっては安全で年齢にふさわしいと捉えがちです。が、Uくんがしたかったのはその方法ではなく、立って平均台でどう遊ぶか考えていたことが、よく分かります。
子どもたちは、自分の身の丈ほどの高さを求めて大きくなりたがっています。
自分の身体と対話しながら、コントロールしながらさまざまなことにチャレンジしていきます。
大人たちは大きくなりたがっている子どもたちの育ちをどのように受け止めているのでしょうか?
子どもが願う安心の世界と大人が願う安全な世界が、擦り合わさっているのでしょうか?
Uくんの幸せな世界は「ここは乗り物で遊ぶところではありません!」と言われたら、台無しになってしまっていたことでしょう。
まだまだ、「ここは何をするところ」と大人が決めてしまう保育現場に遭遇することがありますが、その度に、
「それは誰が決めることなの?」
と問いかけたいのです。
「自分がしたいように遊びたいの」と子どもが言えたら幸せ。言えない世界に追い込んでいませんか?
子どもがやりたがっていることに添って、願いが叶えられるように助けていくこと。
これこそが、保育士の役割と受け止められるでしょうか?
Uくんは仕掛けの世界でたっぷりと遊んだ後に担任のお迎えで心持ちを切り替えて、スムーズに下に降りていきました。
「早く!」
「もうおしまい!」
「もう寝る時間でしょ!」
この保育園の大人たちは、誰もその言葉を発していません。大人の指示に従うこと、従わせることではない世界をUくんが教えてくれました。Hくんもいつのまにか、Uくんとともにお昼寝の場所へ。
その後、私たちも下に移動する途中で、廊下越しにUくんのお部屋をのぞかせていただくと、コットベットでゴロゴロしている様子を見ることができました。
お昼寝前のほっこりとするUくんの物語
次の夢の世界ではどんな物語が育まれるのでしょうか?
全ての子どもたちがUくんのように、自分で選べる環境にいられたら、こんなに幸せなことはないと思っているに違いありません。
大人たちも幸せのおすそ分けをしていただいた物語に、ありがとうの言葉を添えて!
コメント(10)
素敵なエピソードありがとうございます
U君の夢中で遊ぶ姿が目に浮かびました。自分で選びながら目をキラキラさせて遊びに没頭している姿!想像しするだけでワクワクしてきます。
自分で選んで遊ぶ姿を大人はどれだけ待てるでしょうか 頭でわかっているつもりでも、そこがひたすら課題です
もう寝る時間だよ、そうするところじゃないよ、
ほぼ毎日のように言ってしまっています。。
子どもがしたいように遊ばせてあげられる環境を
親も作らなければと思いました。
最近、2歳の我が子(絶賛芽生え期)は保育園にいくのを毎朝とっても楽しみにしています。きっと通っている保育園では、このような保育が実践されているのだと思います。先生方に感謝と併せて、親も見習わたいと!という気持ちです。
さく子先生に出逢わなければ、私たちは、いえ私はどんな保育を目指していたのでしょう。『子どもが伸び伸びと遊ぶ』と私たちはよく使います。伸び伸びとという言葉は便利です。子どもが元気そうに動いていたら、その言葉を使う保育士はたくさんいると思います。でも、自らが選んで自らが決定をして、楽しい!と心が喜んでいる遊びが本当にできているかというと疑問だらけの毎日でした。今でも、それは誰のためですか?と問いかけたくなる時もあります。まだまだ子どもの気持ちに寄り添い、やりたい遊びを仕掛けるのは難しいこともありますが、その子の様子を見ながら、クラスの様子を見ながら数々の仕掛けを保育士たちがしていることが何よりも嬉しいです。まだまだ失敗も多いですが、失敗は子どもの育ちとあっていなかったんだ……。という反省もできるようになりつつあります。まだまだこれからもやり続けなくてはなりませんが、この地でさく子先生に出会えて、保育をするのではなく、こどものやりたい遊びを応援(仕掛けを)することを学び、やりたい遊びを見つけられたときの子どもの弾けるような笑顔とそれを応援できた保育士の嬉しそうな笑顔を忘れることはできません。そして、その時こそ、こどもの育ちが発達にみあっていることを、私たちは気づくことが驚きでもあり、喜びでもあります。このような気持ちになったのは、さく子先生のお陰とこの保育園の園長先生に一緒にやっていこう!と手を差しのべられたおかげです。つまり、人と人の繋がりが子どもたちをそして私たちを成長させてもらえるのですね。さく子先生、今回も感動させていただきました。ありがとうございました。
仕掛ける大人と夢中になって遊ぶこども。こどもの姿を温かく見守る大人。こどもも大人も心が満たされて幸せな空気が流れているのが感じとれます。一歳児で自分で選び自分で決める事のできる子を育んでいる園は素敵ですね。
何度も読み返してしまうほど、温かみのある、Uくんの場面、場面が頭に光景が浮かびました。
環境設定をどのようにしたら子ども達はどんな行動をするのか、ワクワク感がひしひし感じました。自分だけの世界に入り、誰にも邪魔されることもなく集中して遊んでいる姿、それを見守る先生、皆が同じ方向に向いている、子ども中心の保育。とても素敵なお話、また明日から頑張ろうという気持ちにさせて頂きました!
園長先生の素晴らしいビジョンにも、感銘をうけました。私もそんな園長先生に近づけるようになれたらと思います。さく子先生、ご指導お願いします
”子どもの姿をどう見るか”ということが改めて大切だと思いました。日々の生活の中で、どうしても「活動」など頭で考えたことを優先し、過ごしていくことが多いように感じます。そして、いつの日か、それは”当たり前”になってしまう。しかし、目の前の子どもを、”身体で感じる”そういうことで、かかわりも変わってくる、生き方も変わってくるのではないかと感じました。ありがとうございます。
私はさく子先生から学んだことのなかで、しかけもそうですが、つぶやきやエピソードを拾っていくことがとても自分のなかに残っています。今年度はたくさんのエピソードを保護者の方と共有できました。そういう視点をさく子先生からいただいたと思っております。
つぶやきやエピソードは、聞く耳をしっかり持っていなければ聞き逃してしまいますし、見逃してしまいます。しかし、しっかり見よう!聞こう!とすれば、こちらが思っている以上のつぶやきがあり、その子その子の心持ちや、困っていることにも気が付くことがありました。
エピソードの園のUくんの姿からも学ぶことは大きいです。これからも子どもたちの心持ちを理解できることが一つでも多く持てるよう、学んでいきたいです。
毎回楽しみに読んでいます。
今回は、さく子先生の仕掛けにあっぱれ!です。
ここにこんな仕掛けをしたら子どもたちの遊びが更に
広がりそうだなと思っても、保育者が同じ心持でなければ
子どもが叱られるだけかな~とそちらにイメージ馳せてしまいます。この事例を園内研修に用いて我が園も一歩前進を試みます。
今年度は、小学校の特別支援学級へ、月2回絵本を読みに行っています。
お話会が始まる前は、子ども達は教室にある遊具などを構ったりしているのですが、先生が「それは、そういう使い方をするものじゃありません」「今は何をする時間ですか?」という否定や質問形式の叱責、はたまた、子どもの意思に反した誘導の言葉を連呼されるのです。
当然子どもは機嫌が悪くなって、座ってお話を聴く気になれません。癇癪を起こす、さらに大声で叱られる、お話を聴きたい子どもにちょっかいをだす、教室の雰囲気が炎上するところまでエスカレートする事もあります。
先生は、ボランティアの人の手前、懸命に指導しているポーズをしたいのかもしれません。でも子どもにとっては、害あって利なし。ほとほと困っています。教頭先生を通じて、「きちんと座って聴かなければ!ボランティアの人に申し訳ない、などという気遣いは無用です」と伝えてもらったこともあるのですが。
わたしにできる言葉掛けは、あるでしょうか?