第45回
苦情を宝に!
井上 さく子
保育園、子ども園、幼稚園は、
地域の子育てセンターの役割を担えているのでしょうか?
様々な保育現場に関わらせていただく中で、「保護者対応に悩んでいる」「地域からの苦情対応に翻弄されていて大変」という相談の多さに驚いています。
それには、それなりの理由があるはずです。
ですが、真摯に受け止めようとする姿勢よりも「できるだけ直接関わらずに問題解決をはかりたい!」という大人の考えが先行していることも事実としてあります。
地域に暮らす子どもたちが集うそれぞれの保育現場は、地域住民にとってもなくてはならない施設だと思いませんか?
苦情を恐れずに、真摯に向き合うことから始めてみませんか?
なぜ苦情があがってきているのか。
その理由を洗い出さずして、改善策は見出せないと思いませんか?
苦情の内容や度合い、緊急度によっては、悠長に対応している場合ではないと思いますが、いかがでしょう?
ここで私が現役時代に受けた苦情から学んだエピソードを振り返ってみます。
保育園を取り巻く360度の戸建て、マンション、アパートの住人に一軒一軒挨拶周りをした時のことです。
園庭のすぐ目の前のお宅に在住のおばあちゃまは、「今度息子一家が二世帯住宅にした家に引っ越してきてやっと帰国子女の孫たちと一緒に住める」と楽しみにしていたそうです。
ところが、毎日保育園から聞こえてくるのは騒音の嵐。うるさいと思い始めたころから4年間、ずっとおばあちゃまは我慢してきましたが、息子一家はどう思うでしょうか。
「声がやかましい!! 4年間の縛りをどうしてくれる!?」
と、そのおばあちゃまからこれ以上の怒りはない!と言わんばかりの苦情を私は全身で浴びてしまいました。おじいちゃまも大層お怒りでした。
前任の園長からも引き継いではいたものの、「4年間の縛り」という言葉に、圧倒されたことを鮮明に覚えています。その時改めて「地域に根ざした園運営とは?」を問われていることに気づかされたのです。
子どもたちの健やかな成長を保証することだけではない、地域の暮らしも同時に保証していく役割があることをおばあちゃまは苦言してくれたのです。
もちろん、前向きに「子どもたちの声は元気をもらえる特効薬ですから、気になさらずに」と心温まる言葉を添えてくれる方もいらっしゃいました。
そういった涙が出るほどほっこりする言葉にどれだけ励まされたことでしょう。
窓を開けると保育園からの声が反響して、TVの音が聞き取れないとも言われました。
その一つひとつの言葉を重く受け止めて、早速、夜の職員会議に問題提起をしました。
この先どんなふうに受け止めて、具体的に何をどのように改善していけば良いのか?
全ての職員に振り返ってもらいながら、具体策を打ち出していきました。
一番にしたこと
おばあちゃまとおじいちゃまの心持ちになって見ることです。
相手の心持ちを真剣に受け止めようとしなければ、具体策を見出すことができないからです。
洗い出していくこと
それはこれまでの保育内容からでした。
指示、命令、禁止語が飛び交っていませんか?
飛び交っていました。
大人の大声で子どもたちを動かしていませんか?
動かしていました。
園庭に選べる道具が必要な分だけ、用意されていますか?
されていませんでした。
などなど、
振り返っていく先に
洗い出していく先に
たくさんの課題が山積していることに気づかされ、共有することから保育の見直しをしていきました。
まず迷惑の原因だったのは子どもたちの声ではなく、保育士の先生たちの大声だったのです。
保育士が一カ所にとどまって大声で号令をかけるのではなく、子どもたちに声をかけてまわり、大声を出さなくしました。
また、園庭には自由に選んで遊べる道具を必要な分だけたくさん置くようにしました。
そうすると、子どもたちは大人が遊びを決めて動かさなくとも自分で選んで、好きなように遊べるようになったのです。
保育内容を洗い出していくことが、立派な苦情の改善策につながることを共有できたら、そこからは職員の心持ちも動き、園庭の風景が一年で大きく変化し、進化していきました。
子どもたちは、一目散にその環境を取り込み、仲間の中で遊びを展開するようになりました。子どもたちが成長した姿で応えてくれていること、私たち大人にたくさんの課題提供をしてくれていることに気づかされました。
大声が少なくなった保育園、その後も園は定期的におばあちゃまに声をかけに行きました。だんだん態度が和らいでいったころ、園の行事にご招待をするようになりました。園内に見学に来たおばあちゃまは一言。
「保育園ができる前から何十年と住んでいるけれど、保育園の中から家を見たのは初めてだわ。なんでいつもかわいそうな泣いている子をテラスに出すのかと思っていたけど、他の子がお昼寝中で、テラスを歩いて落ち着いたら寝に戻るということだったのね。」
「うるさい!」と怒っていて、目が合うたびにジロリとにらんでいた道路を挟んでお向かいのおじいちゃまも、柵越しに植木に水をやりながら、声をかけてくる子どもたちとお話しするようになりました。
「おじいちゃん、何やってるのー?」
「お水やってる。保育園の植木にも水遣りしようか」
「ううん、じぶんでー!じぶんでやるー!」
「そうかそうか」
ある時、その苦情を言っていた正面のお家に救急車が来ました。お向かいの園児たちは保育園の柵まで駆け寄って、運ばれていくおじいちゃまに声を掛けました。
「おじいちゃん大丈夫!?」
「元気になって帰ってきてねー!」
しばらくたって、退院したおじいちゃまが外に出て、お向かいの家でまた水をやり始めた日、子どもたちは気がついて、
「おじいちゃん、元気になった?」
「大丈夫―?」
と騒ぎました。
するとおじいちゃまは、道路を渡って保育園側の子どもたちがいる柵のところまで歩いてきて、
「元気になったよ、ありがとう」
と言ったのです。
コメント(5)
人として人と向き合う事や自分を振り返る事の大切さを教えてもらいました。
我が子が中学生の時、吹奏楽部に所属し夏のコンクールに向けて練習をしていた時に、近所の方から「うるさい」と苦情をもらい、学校と父母会で相談し、自宅から扇風機や保冷剤を持って行ったり学校の配慮でエアコンのある校長室やパソコン室で練習させてもらった事を思い出しました。
その方はタクシーの運転手さんで昼間睡眠を取らなければならない方でした。自分達の思いだけでなく相手の気持ちになること、出来る事を実践する事などそれぞれがやる事で解決する事を学びました。そして、子ども達は見事に金賞を取り、その方も喜んでくださったと聞きました。
「苦情は宝」と自分達の保育を見直す機会にし、地域の方から大切だと思っていただける場所にしていきたいです。
すみれさん、早々にメッセージをありがとうございます。具体的にご自身の体験を振り返りながら、連載を受け止めてくださったんですね。
なんて謙虚な方なのでしょう?
その心持ちを知って素直に嬉しく思っています。
私も含めて、人はみんなみな一人では生きていけない!
当たり前のことですが、そのことにさえも気づかずに自分中心に地球が回っていると大きな勘違いをしている人たちが多過ぎ?!と思いませんか。
周りに気配り、心配りができる人は他者と周りの共存、共生ができると思っています。苦情も生まれません。
苦情が発生したときには、相手のせい、人のせいにするのではなく、その原因探し、なぜ?に拘り紐解いていくと答えは一つ、くっきりと浮き彫りにあがってきます。
苦情を問題提起や課題として受け止め、置き換えると肯定的に受け止められますよ!
気づかせてくれてありがとうと思えたら幸せに。
以前にさく子先生とお会いした時、少し気になる事を相談しました。
私が以前に勤めていた地区の中学生のことについてでした。登下校中の中学生が、剣道部のノリのような元気さで、『おはようございます!』『さようなら!』とあまりにも絵に描いたようなご素敵な挨拶を全員がしてくれるのですが、この挨拶をしてくれる中学生が、本当は心の中が荒れているのが予想されました。
挨拶はしてくれますが、不登校の子どもさんが多かったり、近くの公園に子どもを連れて行くと、公園の中でタバコの形跡があったり、それを片付けて、次に行っても、公園中が荒らされていたりと何だか寂しくなる状態でした。近所の方に聞くと、中学生の仕業であると教えてもらいました。勢いのある挨拶は、この地域のスローガンになっていて、以前から元気な挨拶が出来る地域でしたが、その挨拶と普段の素行のギャップに、このままで良いのかなぁ…?と悩みました。そんな時にさく子先生とにご相談した時に、『地域の懇談会のようなものはありませんか?…そのような場面で今の現状について話をあなたからしてみてはどうかしら?地域の方々だって、自分たちの地域の子どもが良くなることを望んでいるはずですよ』というアドバイスを頂いた時、あっ、自分は結局蚊帳の外にいて、誰かが何かをしてくれる事を待っていたんだ…と恥ずかしくなった事を覚えています。
その後、勇気を出した私は、この地域の子どもさんの良い所と心の成長にも気をつけながら、本当の自分が出せるようになることが大切ではないでしょうかということを、皆んなで話し合うことができた経験があります。素行のが悪いのは学校のせい。地域で何も言わないのは、地域のせい。結局、自分は安全な所に身を置いて心の中で、批判をする人になっていた事を教えてもらいました。
そうでした。私も地域の人でした!そのことに気付かせてもらったことは、私の宝です。
その後直ぐに転勤になって、違う場所に勤務して、現在に至りますが、さく子先生に先ずは、保育所の周りの方々にご挨拶を…というお話を聞いていましたので、一番に実行しました。お恥ずかしい話ですが、周りの方々一軒、一軒にご挨拶をしたのは今回が初めてでした。
すると、周りの方々は、園の騒音を詫びると『いやいや、子どもたちの元気な声に元気をもらっている』と概ね良い意見でした。前任の方の人柄も良かったのでしょう。そして、1つだけ、ゴミ出しの時に、保育所のゴミをカラスがつつき、ご近所の方が黙って始末をしてくれていた事を知り、反省しきりで改善策を打ち立てました。
すると、保育所に変化がやって来ました。
保育所の近くの川で魚やエビを捕まえてきて水槽で飼っていると、水替えを頻繁にしないと死んでしまうことがわかり、川から汲んだり、井戸水を近くの方に頼んで頂いたりと保育士たちは、案外苦労しながら水替えをしていました。
するとその様子をお隣のお爺ちゃんが見ていたのでしょう。『先生は忙しいから、水槽の水替えは私がやりましょう』と隣のお爺ちゃんが買って出てくれて、お隣のお爺ちゃんが中心となって保育所の水替えを行ってくれています。おかげさまで子どもたちとの交流ができ、今では新種の川魚やウナギを子どもたちと世話をする役目を一緒に楽しんだりしています。○○保育所水族館と名前がつき、毎日の観察に夢中です。
あの時、さく子先生に言ってもらったことが、私の世界を広げてくれました。私の世界が広がるということは、子どもたちの世界が広がるということに繋がります。そう思ったら、私もしっかり環境ですね。
苦情は、宝! 本当にその通りだと思います。苦情から逃げ出していた時の私より、今の自分の方が好きです。子どもたちにも、自分が好きと思える人になって欲しいと思います。
おささん、長文のメッセージをありがとうございます!
初めてお会いしたときのさまざまなドラマを巻き戻して再生しながら、拝見していました。
高級車のハンドルさばきに驚きながら、乗り心地の良い助手席で溢れんばかりのことばが次から次へと飛び出してきましたね。
そうでした、そうでした。
こんなことも、あんなことも相談を受けましたね。
おささんの凄いところ、素晴らしいところは、有言実行あるのみ?!
誰にでもできそうで、なかなかできないことです。
いつでも目の前の子どもたちの幸せを願いながら、自分磨きをし続けている姿勢に感動しています。
今の自分が好きになれた!
これ以上のことばはないですね。
大人になってもいつも自分から出発することをぶれずに据え続けていくと、人間力も高まっていくと思いませんか?
離れていても心持ちがつながり合っていると実感できて
幸せです。
相手を変えるのではなく、自分が変わることで周りの景色が変わることを教えてくれています。
さく子の力ではありません。
おささんご自身が自己啓発しながら、蓄え続けているエネルギーが今の自分が好きと言えるまでになっていると思います。
今の職場は、私と主任を除くと平均年齢26歳と若さ溢れる新園です。4月から保育の中で大切にしたいことなどを皆で話し合いながら3カ月目に入りましたが、子どもが少ないこともあり大人の声が日に日に大きくなってきました。いつの間にか部屋にコーナーとは名ばかりの柵が出来、安全保育と称して柵を閉めて囲みこむ保育になりつあります。これで子ども達は幸せかなと課題を投げかけても、前の園でもこうしていました!と聞く耳無
しのリーダー。何十年やっててもここで足踏みする私。さく子先生ならどう投げかけるのだろう?意欲を削がずに気づかせるには…とあの手この手の日々です。第三者の意見が欲しい!苦情、ご意見は園全体で考えていける貴重なチャンスですね。保護者対応の前に保育者対応で悩んでいます。