第54回
内緒ないしょのお話
井上 さく子
桃の花がふくらみ、やがて花開くときが
子どもたちの世界も集大成を迎える大切な節目の3月
一人ひとり違う花を咲かせることができているのかしら!
立ち止まって振り返るときでもある。そう思っているのは、大人たちだけ。
子どもたちの日常は、カレンダー通りではない。毎日がぼくわたしだけの時間と思いながら、願いながら暮らしている。
それなのに、大人たちは年度のまとめと、急ぎ急がせ、新年度の準備と言って慌ただしく動いていませんか?
「集まって、
お話をよく聞いて、
約束を守って」
指示や命令のことばが飛び交っていませんか?
ある年長のエピソードです。
3月になると、受験の合否が待っている男の子
ご両親に誰にも受験のことを言ってはいけないと言われ、秘密に耐えかねて、あるときそっと隣にやってきました。
「園長先生、内緒のお話なんだよ。誰にも言っちゃダメって言われたんだ。合格してもしなくても誰にも言っちゃだめ。聞かれても言っちゃダメって、言われてるんだあ...。でもぼくはみんなと同じ〇〇小学校に行きたい! だから、合格しない方がいいんだ。
こんなことパパにもママにも言えない。
ぼく、あと一回だけこの保育園にいたい!......できるかな?」
とても深刻な年長児の相談内容は、悩みが深かったのです。
みなさんだったら、この男の子の心持ちをどんなふうに受け止めていくのでしょう?
誰にも言っちゃダメ!と言われて、ずっと我慢してきだけど、やっぱり無理?!
普段は笑顔が絶えないその子の丸ごとを受け止めました。
大人だって、口止めされたらうっかり言ってしまい、しまったあ!と思っても言葉にしてしまったことで心持ちが軽くなることがたくさんあるのに、子どもがこんな不安と葛藤の中に置かれたらどれほど苦しいことでしょう!
そう思ったら、丸ごとを受け止めるしか方法はありません。「勇気を出して、話してくれてありがとう!」一番にその言葉を添えました。
その言葉を耳にした瞬間、きょとんとしていました。もしかしたら、想定外の反応だったのかも知れません。合格して一人で遠くの学校に通学するよりは、友だちと一緒の学校がいいと願って当たり前です。
たくさんの言葉を言えずに、心の奥底に押し込んでいた不安を全部出していいんだよ!
心通わす対話でその子の言葉をひたすら聴く姿勢をとり続けました。その後、
「今ぼくが話したことは、絶対ぜったい誰にも内緒だよ!内緒にしてね!」
と言って事務所から園庭に駆け出していきました。心なしか、足取りも軽やかに映りました。
大切な節目、集大成を迎えようとしている子どもの心持ち、ほぐれて本当によかったと思う一方で、『子どもの願いを聞いて相談したのかしら?』と思わずにはいられませんでした。
願いは一つ、
「友だちと一緒に通える学校がいい!」
その願いさえも届かず、受験コースに誘われて
「いやだ!」の一言が言えずに、飲み込んでしまった子ども。その後、合格通知が届きました。
誰よりも喜んで報告にきてくれたのが、御両親でした。
笑顔のない男の子もそこに。
「ほら、ありがとうって言いなさい!」
と言われても、言葉はもちろんありません。喜びも悲しみもせつなさも、社会の縮図の如く映りました。
心から「おめでとうございます」と言えない自分もいました。その子の内緒の相談を知らなかったら、普通に喜んでいたかも知れません。
結果は後から付いてくるものと言えども、内緒の話ができて本当によかったと振り返っています。子どもたちの日常は、普通の暮らしのように映っていても、大人たちが知らないところで、 さまざまな葛藤をしていることに、本気で向き合っていきませんか?
ランドセルの中に、たくさんの忘れ物を入れなくて済むようにしていきませんか?
コメント(8)
内緒でも心の内を話せたお子さんはちょっぴり心が軽くなったでしょうね。
子どものためと思う親心はわかりますが、子どもの気持ちとのズレは時には大変な事になるのでは無いかと思いました。
孫育ての中で、孫の心持ちを聞き心を寄せるばあばになりたいと思いました。
子ども達は様々な内緒を背負っている場合があります。我が園では、児童相談所、家庭支援センターなどと連携して見守りをしている子が「内緒だよ、絶対言わないでね」と家庭の話をしてくれるようになりました。はじめは、何気なく聞いても頑なに母を守る姿が伝わってきて胸に秘める姿に胸が一杯になりましたが、絶対内緒だよ‼と自分から話してくれるようになりました。やはり話した後はホッとした様子が伝わってきて、話してくれて本当にありがとう!という気持ちで見守っています。子どもはどんな状況にあってもお母さんを守ろうとします。子どもの葛藤を受け止めながら関係機関と連携し良い方向に繋げていきたいと思っています。今回のコラムを読み、どんなことでも話してくれてありがとうの関係作りを大切にしていきたいと改めて思いました。
三月三日桃の節句
年長さんとひな祭り茶会を行いました。
正座が上手でびっくり
場をわきまえられる子ども達に育ったことに感激!
しかし、お菓子と抹茶への子ども達の反応はさまざまでした。
自分の思いを自由に出し合い過ごしてきた子ども達
桃の花をかたどった上生菓子に、
きれい!といいながらも、
ぼくあんこ苦手とか、
抹茶苦くないよ 美味しいよ
と言う子もいれば、舐めただけで、もう飲めない と言う子もいて、みんな正直 よしよしと嬉しくなりました。
あと一か月足らずで、卒園していきますが、それぞれの小学校でも、きっと大丈夫との確信が持てました。たくましく育った子ども達に、心からおめでとうと言って送り出したいと思います。
内緒の話は、誰かに話せば楽になりますね。聞いてくれる人がいるだけ幸せなのかも。
自分が決めた道ならば結果は出ますが、まだ、そうは行かないお年頃。親は良かれと思うけど、子どもはそうではない。そんなことがずっと昔から続いてますね。将来は誰のものなのか。と考えてしまいます。
苺ほっぺさんへ
何かが起きてから、起こってからではなく
子どもたちの日常の暮らしの中で、困ったときにはいつでも聴く姿勢を見せていくことが大切だと思いませんか?
どうして?!ではなく、
どうしましたか?
いつでも聴きますよ。
受け止めますよ。
相談者になりますよ。
この心持ちをぶれずに据えてくれる大人が居てくれたら、いつでも心の窓を開けてくれる子どもたちですね。
素直に話してくれてありがとう!と言える大人に。
たけちゃんへ
全ての子どもたちたが、自分の思いを主張できる関係性とそれを受け止めてくれる器を用意できてきた大人のあり方が、重なり合って確かな成長につながってきたんですね。嬉しい限りです。
言われた通りにやる。
約束通りに活動するのではなく、途中で疑問を抱いたり
納得できないと思ったときには、そのままあきらめずに納得するまで相談し合うことこそが、めざす子ども像ですね。それに近い成長を遂げようとしていることに
幸せな心持ちを抱きます。
五星さんへ
子どもの未来は親であっても、牛耳らないでほしい!と言えたら幸せ、言えない不幸せの中に子どもを置いていませんか?
受験のみならず、全てに通じる「問い」だと思っています。問い続けている課題でもあります。
今こそ、最善の利益の保証とは?を一緒に学び続けていけたら、幸せです。
すみれさんへ
どんな些細なことでも大人の都合で決めるのではなく
一番に子どもの心持ちいかに?
対話できる大人でいることがキーワードになるといいですよね。子どもが歩む道のりでどんな困難をも乗り越えていってほしいと願うとしたら、なおのことあなたはどうしたいの?まずは、やってごらんなさい!と子どもの力を信じて背中を押していくこと。
それだけでいい!
それだけでだいじょうぶ!と
子どもたちのつぶやきが聴こえてきませんか?