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井上さく子先生の 子どもに学ぶ 21世紀型保育
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第55回
保活の体験記
井上 さく子

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55回寄り集まる子ども達.jpg

コロナ禍であっても、季節は巡りめぐって

春旅立ちのとき

夢が叶い

希望を胸に初めの一歩を踏み出す春

幼子たちは不安を抱えながらも、さまざまな場所で、物や自然を取り込みながら躍動感を魅せてくれます。

こんなにも心持ちがワクワクしたり、ドキドキしたりするのはなぜでしょう?

心も身体も解放される陽気でもあります。

それでも、まだ夢や希望に向かって歩き出した先に、心配や不安も一緒についてまわります。

遠い昔のことですが、私が今でいう「保活」(保育園に子どもを入園させるための活動)をし、長女が保育園へ入った年。

登園初日のエピソードを今でも鮮明に振り返ることができます。

長女が保育園に内定するまでの葛藤物語をお話ししましょう。

安心できる環境に我が子をお願いしたくて、私はわざわざ元在職していた保育園のそばに引っ越して行きました。

4月からの職場復帰をめざし、半年だけの育休中に、行政の家庭訪問がありました。その時に大きな不安を掻き立てられる言葉を浴びてしまったのです。今の時代では、考えられないことでした。

育休は権利としてあるのに、言われた内容がなんと、

「育休が取れるということはこの先も働かなくても大丈夫ということですから、保育園に入れる確率は低いですね。点数が足りません!」

腰を抜かすほどの衝撃でした。

家族で安心の環境を求めて引っ越してきたのに、入れるかどうか分からない?(そんなあ......)

事務的なやり取りをし、担当者の帰っていく後ろ姿を見て、愕然としてしまいました。

今でこそ、育休の権利行使はあたりまえになっていますが、当時は育休制度があっても、なかなか取得できない傾向にありました。むしろ、辞めるか、産休明けで職場復帰するのが当たり前の時代でした。

仕事に復帰するまでの間、保育園に入れることを祈りつつ、一方では入れなかったらどうしようと不安を抱えての通知待ちでした。

特に、母子分離することの不安もかかえながらのもがきや葛藤は、いつの時代であっても変わらずに、誰もが通過するプロセスだと思っています。いかがでしょう?

あれから、それから

内定通知が届きました。ドキドキしながら、ハサミを入れると第一希望の保育園に内定が!

何回も見直しました。

入れるかどうか分からないと言われたことの不安が晴れると、この瞬間に、全ての不安が近くの目黒川に流されていったのです。

こうして不安が希望に変わっていきました。

希望が不安に、不安から希望にと波打つように交互になってくる葛藤を子育て中の親御さんは事あるごとに体験していると思います。

私も立派にその一人でした。

我が子とゆったり向き合う至福のひとときを実感しながら、育児に疲れると計り知れない不安に襲われたりすることもありました。

何はともあれ重い腰も軽くなり、入園に向けての準備をはじめました。が、またもや違う不安が湧き出てきました。

『この子はどんな人たちと出会い、受け止めてもらえるのだろう?』

愛おしい我が子の寝顔を見ると次から次へと言い知れぬ不安が襲ってきました。

特に地域社会に関わる機会が減っていることに気づいたときには、社会から取り残されているような錯覚を起こすこともありました。

令和になっても、育児中の親御さんが遭遇する世界なのかも知れません。

実際に困りごと相談で、受ける相談内容でもあります。

子育て中は、私の子ども、私たちの子ども、私たちの家族と捉えがちですが、

家族の暮らしから集団生活へと変わっていくにつれて「社会の子ども」になっていきます。

そう思えるようになれるのは、ずうっと後のことでした。

なんと言っても、我が子が愛おしいと思えてあたりまえです。

だからこそふと立ち止まると、新たな不安が......。

不安な心持ちは尽きることを知りません。

「こんなふうに揺らぐ気持ちを引き摺っていたら、本当に働きながら子育てができるのかしら?」

という自問自答の連続の中に身を置くことになりました。

集団生活に入ってしまうと当たり前の暮らしになっていきますが、特に初めて母親が子どもを他人に委ねることへの不安がどれだけあるのかを、知って向き合うのと知らずして受け止めるのでは、その先が大きく違うと思いませんか?

もちろん、一番の不安、ストレスを抱えてしまうのは子どもです。

大人の都合で新しい環境、新しい友だち、新しい大人たちと出会っていくのですから。

お願いする立場と受け入れる立場の関係性は、面接の段階から始まっていると言っても過言ではありません。

担任や担当者ですと申し出る前に、我が子をお願いする親御さんの心持ちを丸ごと受け止めて、受け入れるまなざしを、人柄を全身で表現してほしいと心から願います。

最初が要です。

園の空気を吸ってホッとして、『ここの園でよかったあ!』と心から思えたときに、安心の心持ちを抱けると思いませんか?

親御さんが安心できるとお子さんにもその心持ちが伝わり、母子関係も安定していくと思っています。

ある保育園のエピソードです。

ホールでひと遊びした後に、2階から1階に向かう階段を降りていく子どもたちです。

自分で向きを変えて、四つ這いになって降りていく子どもと手摺りにつかまって歩いて降りていく子どもの二手に分かれてました。

間で歩いて降りる子どもが大人の助けを求めてきたのです。担任が前後についていたので、真ん中に付けない状態でした。

そこで「私でもいいですか?」と

先生とその男の子に聴いて、手を繋ぐことにしました。

瞬間的に私の方から繋ぐ手つなぎになっていたことに気づきました。

すると依存した降り方になることを察して、人差し指だけに変えてみました。

するとどうでしょう?

そのお坊ちゃまは、自分でつなぎ直してきたのです。階段を一段ずつ、降りるときの片足が着地する瞬間に、握り方に力が入るのです。

1階の廊下にたどり着くまで、力加減を自分でコントロールしている心持ちを感じることができて、至福の関係性でした。

目に映る風景だけで判断するのではなく、例えば、こんなふうに寄り添いながら内面の心持ちや湧き出てくるサインを見極める目をしっかり据えて、幼子たちと応答的に関わってほしいと願います。

4月の出会いの季節にこそ、親子の葛藤する心持ちをぎゅっと抱きしめられるゆとりを据えていきませんか?

安心の存在、必要とされる存在を意識して、さて何から始めましょうか?

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