第60回
周りの愛情を糧に成長し続ける子どもたち
井上 さく子
日本の文化に触れる
畳と障子のある暮らし
そこは保育園のすぐ前のお茶の先生のお宅です。
開園以来、代々の園長から引き継いできた年長児になるとできる体験
それがお茶の教室でした。
子どもたちは、異年齢交流の中で、年長になってお茶の教室に行くお兄ちゃんお姉ちゃんたちを憧れのまなざしで見ていました。
私も園長として着任して、年長の子どもたちと同じ心持ちを抱いたことを現場を離れても鮮明に振り返ることができています。
地域に根ざすとか?
根ざさないとか?
お年寄りには親切にしようとか?
しないとか?
お年寄りには優しくしてあげようとか?
あげないとか?
そんなことではない
もっと奥が深いご縁をいただいたこと
お茶の教室で学んだことがタイムスリップに
実はコロナ禍でずっとずうっとお会いできずにいた
お茶の先生から10年振りでしょうか?
思いがけず、お電話をいただきました。
私よりも張りのある元気そうな声に、安堵しながら
現役時代の積もり積もった話題で限りなく対話が続いていきました。
しかしお話しをしていくうちに、とても残念でさみしい心持ちを抱いていることを知ることになったのです。
以前は代々の園長先生方は異動してくると必ずあいさつがあったが、今はどなたが園長先生なのか分からないこと、
家の周りのお掃除中に、登園して来た親子におはようのあいさつをしても返ってないこと、
時代とともに園を取り巻く風景が変わってきていること、
などなど、
コロナ禍のせいではなく、コロナ禍のおかげで余生をいかに過ごしていくのか?を考えているうちに急に私の顔を思い出し、声を聞きたくなったということでした。
切なさと嬉しさが混在!?
電話の始まりはここからでした。
当時は月に一回、年長クラスの子どもたちとともに
担任と一緒に出かけていました。
子どもたちが玄関の外で
「ごめんください!」とあいさつをすると
ガラガラガラと引き戸を開けます。
すると先生に
「どうぞお入りください!と言われてから入るんですよ!」と教えていただきました。
玄関に入って靴の脱ぎ方から教えていただきます。
自分の靴を脱いだら、次の方のために開けておくんですよ!ということは、自分の靴をひざをついてお隣に置いてみましょう!
畳のヘリは踏まないこと
座布団の扱い方、座り方、立ち方など、一つひとつの作法から体験し、学習できた教室でした。
普段はとても活発な子どもたちも、この時ばかりは少しの緊張感を抱きながら、回を重ねるたびに作法が自然に身につくようになってきました。
子どもたち向けにお茶を点ててもらっているときも
とても真剣な眼差しで、先生の作法に注目していました。
最初の頃は、お茶を口にするたびに必ず苦い!と反応する子どもがいましたが、慣れてくると美味しい!と言う表現に変わってきました。
一人ひとりの成長をこうした風景からも読み取ることができます。特に、担任の様子から発見できない子どもたちの横顔を覗くことができるのです。
そして子どもたちはお茶の先生から、思いがけない言葉を耳に!?
その当時先生は、子どもたちの顔だちから、おとうさまは〇〇さんかしら?おかあさまは〇〇さんかしら?と親子関係を読み取っていました。
地元に暮らし、地元で結婚したおとうさま、おかあさま方も卒園児だったりすると二代目の子どもたちに遭遇することになるのです。
子どもたちも「えっ!?」と驚きを隠さずにいましたが、私たち大人も先生の記憶と観察力に脱帽でした。
一人ひとりをよく観察することの大切さ、丁寧な保育の大切さは、
保育の世界のみならず人としての最も基本的なあり方であることをお茶の教室で学び直す機会になりました。
こうして関係性が豊かになっていくと子どもたちも自然発生的にあいさつができたり、そこで学んだことを家族の誰かに伝えたり、教えてあげたりするようになりました。
ですから、あいさつをしても返さない親子は居なかったと言っても過言ではありません。
前はこんなでしたので、なおのこと、先生が21世紀の関係性に愕然としてしまうことが容易に痛感できてしまいます。
お茶の先生のお隣には、高齢者の施設があります。
園庭からそこの風景を垣間見ることができること
逆に、日向ぼっこしながら、園庭で遊ぶ子どもたちの様子をお年寄りたちがニコニコしながら観てくれていること
そんなことから
子どもたちの願いがあがってきました。
折り紙でできた作品をプレゼントしたい。
首飾りをおじいちゃん、おばあちゃんにかけてあげたい。
おじいちゃん、おばあちゃんに歌を歌ってあげたい。
『〜してあげたい!』
この願いを受け止めて、その施設にもときどき訪問させていただき交流をしてきました。
車椅子に座っている方、パイプいすに座っている方々が、保育園児を笑顔で迎えてくれました。
子どもたちはその笑顔に魅せられて、
お名前は?
歳は?
いくつ?
好きな食べ物は?
矢継ぎ早に質問していました。
施設のスタッフの方が、こんなに満面の笑顔を観るのは初めてですと涙ぐんでいました。
交流を終えて、帰る時間になると
ある男の子が少し困り顔で
「おじいちゃんが僕の手を握ったまま離してくれない!」と訴えてきました。
またきてもいいですか?とお話ししてみるといいかも知れませんね!と言葉を添えました。
すると顔を近づけて、
「また来てもいいですか?」と。
するとキュッと握った手を離してもらうと同時に
「よかったあ!」と、ほっとした表情になったのです。
後日談で、
「あのおじいちゃんは僕のこと好きだったんだね!」と友だちに嬉しそうに話してくれたとのこと。
その日は『〜してあげたい!』の心持ちがお互いに触れ合うことから、確かな愛が生まれた日
「記念日」でもありました。
命の大切さや
一人では生きていけないことや
お互いを必要としていることや
お互いが必要とされていることや
困っている人がいたら
助け合おうと思うことを
わたしから
あなたから
繋がり合おうと思う心持ちさえあれば
いつでも誰でもどこからでもつながり合えること
つながり続けることの大切さを知る体験をたくさんしてきました。
時が流れても、例えば 「敬老の日」
思いやりや優しさは、日常の関係性の中でシンプルに育まれ続けていることに気づけること
ここに
大きな意味があると思いませんか?
~さく子ゼミの参加者募集~
『21世紀型保育とは?~
公立保育園の園長を長年経験され、
全国の保育現場の環境改善に奔走する井上さく子先生が、
実践的な事例を元にWEBを通して参加者の『
に答えます。
■開催日時 2021年9月27日(月)18時45分~21時00分
■会場 WEB配信となります。
■詳細・お申込み
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保育園の近隣や地域との関わりは、難しいこともあるけれど、大切にしたいと思っていました。
私が最後に異動した園は、街中で住宅が密集している所で、青少年育成などに力を入れている地域でした。地域の会合に出させてもらうと、地域の保育園なのに、内容など知られてないことが多く、地域に向けての保育園便りを作って、地域に回覧してもらうことにしました。少しずつ関心を寄せてもらい、1地域から5地域まで増やしていきました。退職時、次の園長に、是非地域便りを続けて欲しいことを伝えると、苦手だからやらないとのお返事をもらい、がっかりしたことを思い出しました。地域にあり、地域で育っていく子ども達を産まれてからずっと見守り応援してくださる方達がたくさんいること、また、それらを繋いでいく事も保育園の使命だと思っています。
さく子先生のエピソードを読ませてもらいそんな事を思い出しました、
私が異動の度に大切にしていることは、保育園は地域に支えられて運営されていると言うことです。まず、ご近所に挨拶に行きますが、合わせてリサーチも兼ねて行きます。隣のお寺さんには、5歳が住職さんから毎月お説法と礼儀作法を教えていただけるように。材木屋さんからは、木っ端を頂き木工遊びができるように、向こう隣の大きな会社からは新聞紙を分けていただく等々積極的に交渉を成立させ子ども達との日常的な繋がりを築いてきました。
ある保育園に異動したときは、園の前の公園に花が1本も無く、公園課の許可を得て子どもたちと四季折々の花を植え楽しみました。これは、地域新聞にも掲載され町会から子ども達に感謝状が送られ 嬉しかった思い出です。しかし、園長が変わると継続されるものは少なくまさにさく子先生の気持ちがよくわかります。義務になると本来の思いの真逆になり「面倒」なことに変わってしまうのですね。例え次に繋がらなくても、私は災害など何かあったら力を貸していただかなければならないことを心に、地域の皆様との繋がりを大切にし続けています。
私たちの保育園は、定期的にその街の中で異動がありますが、どうしても地域のことをよく知っているというような勝手な思い込みがあったせいか、園をかわっても、ご近所とのコミニュティは、取れるからと初めは御挨拶回りにでかけておりませんでした。
しかし、さく子先生からのアドバイスで、「ご挨拶に行くだけではなく、今まで、園に対してどう思っていたかとか、苦情、要望も聞くことができますし、反対に良いこともたくさん聞けますよ。こんな機会は無くしたらもったいないですよ」と以前に言っていただき、初めて聞いた時には、始めるには勇気がいるなぁと思っていました。でも、少し遠い街に異動が決まった時、園にいる職員に聞いても情報が分からなかったり「あのお家の方とは敬遠の仲です」等とマイナスの情報しか無くて、本当の情報は自分が聞くしかないと思い、新しい園に異動した時には、ご挨拶回りに行くようになりました。
ご挨拶回りを始めて、感じたことは、ご挨拶回りをして、何一つマイナスな事は無かったということです。まず、挨拶をさせていただき、園がご迷惑をかけている事はないか?丁寧にお話を進めていくと概ね園に対して協力的であったり敬遠の仲と言われているお家こそ大切な情報を正直に話してくれる方ということが分かり、こちらも丁寧に接することで、どの方よりも園のことを大切に思う協力者になってくれました。
そして、ご近所の方々を説得してくれる味方になってもらえたのです。こんなミラクルな出来事のきっかけは、新しい園に行った時のご挨拶回りがなかったら実現しなかった事でしょう。さく子先生が、挨拶回りには行くべきですと言っていただいた意味が今では、本当によく分かります。行きにくいと思っていた自分もいたので、今行きにくいと思っている方々の気持ちも分からないわけではないのですが、行ってみると良いことしか起こらないので(ご挨拶をして苦情などの問題解決をするのに少し時間がかかることはありますが…)安心して、ご挨拶に行くことを皆さんにもお勧めしています。
もし、苦情がきたとしても、その苦情を根本的に園の職員に返すことで、この苦情が理不尽なものではなく、園の方の問題であることも多いということに気が付きます。そうする事で、職員自身がご近所の方々に積極的に言葉を交わすことになったり、応援してもらったりして、自分たちの今までの態度を反省する事にも繋がりました。苦情は宝ですとよく聞きますが、まさにその通りです。宝になった時、地域で子育てが可能になります。
その事を教えてもらったのが、さく子先生です。感謝しています。地域に受け入れてもらえるということは、地域で子どもたちを見守ってくれるということに繋がりますから、私たちもとても心強くなりました。