第80回
6年と言う歳月を振り返って、涙
井上 さく子
今、3歳だった「さくらさんの物語」を何回も読み返して、振り返っています。
第1回目の連載スタートのエピソード
あれから、あっと言う間に6年の月日が流れていました。
100回まで頑張れるかしら?
生きていられるかしら?
と、ブラックジョークをつぶやきながら
『継続は力なり』
言ったことばに責任がついてまわることを肝に銘じながら、80回の節目を迎えることになりました。
1回目から79回目まで、読み返していくと、
どこの現場の風景か? リアルタイムに映像として浮かんできます。
『目の前の子どもの育ちから学び続ける視点』をブレずに据え続けてきたこと、その確かな学びがあってこその私がここに存在していると思っています。
子どもって素敵!
子どもってかわいい!
子どもっておもしろい!
子どもってわがまま!
子どもって分からない!
表面的に捉えて、大人の感度で決めて欲しくない! それが全ての子どもたちの言い分だと思いませんか?
『子どもを一人の人間として観る』ことなくして、あれこれ語ることは子どもたちにとっても失礼極まりないことだと思いませんか?
6年前のさくらさんのところに戻っていきます。
あれから、6年! 巻き戻して再生すると、
動画として映像が流れてきます。
天気に恵まれて、園庭でのエピソードでした。
覚えていますか?
さくらさんはもちろんのこと、担任だった男性保育士の
眼差しやことばの添え方、渡し方や
さくらさんを信じて待ち続けた結果
大満足して部屋に戻り、大幅に遅れて部屋に戻ってきたときには、何事もなかったように着替えて、手を洗い食事に入っていったあのときの風景を想像しただけで、今でも嬉し涙がこぼれそうです。
めざしたい保育
めざしてほしい保育
まさしくこのエピソードのことを言います。
『子どもの力を信じて待つこと』
子どもが興味、関心のあることに没頭できるように、観察しながらもその時間や環境を提供していくこと
遊びほうけているときに、
『ことばのシャワーを浴びせない』こと
『洋服はたたんでも心持ちたたまない』こと
担任は、もっと早く帰って来なさいとも、
急いで着替えてとも、
「トイレは行ってきたの?」とも
「みんな食べ終わっているよ!」とも
言わずに、至福のひとときをさくらさんと
共有できていたことが幸せな時間でした。
心持ちにゆとりを!
時間にゆとりを!
頭で理解できていても、なかなか実践に移すことが難しいという保育現場がまだまだ、たくさんあるように感じていますが、皆さんの園ではいかがでしょう?
むしろどのように考えたり、くふうしたらこのような子どもとの関係性を創っていけるのでしょう?
あきらめることは簡単です。
やらず仕舞いにすることも簡単です。
できないことをぼやいたり、嘆いたりすることも簡単です。
子どもの願いを深く読み取る感性を磨いていくと、実は男性保育士のようになれるのです。
それでは、どうやって学べばいいの?
子どもたちの育ちの違いをしっかりと認識しているか?
しようとしているか?
年齢別に発達のプロセスを据えて、一人ひとりの育ちを観察しようとしているか?
しているか?
個人差を意識化しているか?
経験値で子どもを見ていないか?
全ては知ることから始まります。
知って感じて寄り添っていける大人は
子どもたちの心持ちが散漫にならないような振る舞いができるようになります。
それを当時の担任は、見事に実践で示してくれたのです。
人間性が豊かな方だと受け止めています。
もちろん、『見えない手繋ぎの輪の中に子どもたちが安心して暮らす環境』を職員全体で相談している訳ですから、担任としても安心して見守れる環境にあると言うことにもなります。
さくらさんはもう小学4年生になっています。どんなお嬢さまに成長なさっているのでしょう?
すぐ近くの小学校へ魔女になって跳んでいきたい心持ちです。
都内のみならず、地方におかれてもさまざまな園に呼んでいただきました。
今でも継続しています。
その都度、現場に映る風景をエピソードとして取り上げて来ました。
園によっては、毎月アップされる連載を印刷して研修に活用しているところもありました。それどころか、全職員のレポートが郵送で届き、一字一句たりとも見落とすことなく拝読させていただきました。
とても大切なテキストとして保存しています。
何よりも心がけてきたことは、
その場に居合わせていない人にもその時々の情景が描ける文脈を意識化してきたことです。
拙いメッセージから、少しでも気づきを取っていただき『できることから始めよう』と受け止めていただけたら、それだけでいい!と思い続けて今です。
目の前の子どもたちは、
ありのままの自分を受け止めてほしい!
ありのままの自分を知ってほしい!
声なき声に耳を傾けてほしい!
見えない心持ちを見抜いてほしい!
本当はホントは、毎日まいにちこの心持ちを抱いて暮らしていることに、大人たちよ!
気づいてほしいと願っています。
子どもたちが願っていることは、とてもシンプルなことです。
『ぼくもわたしもここに居ていいんだ!と実感できる暮らしの保証を!』
最善の利益の保証とは?
安心.安全の保育環境とは?
『私と子どもとあなた(職員.保護者.地域)の真ん中に子どもを置いていますか?』
現場から生まれたさく子語録がいみじくも
子ども庁あげてのキーワードになりました。
ことばだけが一人歩きすることのないように願います。
大切なことは、
『人としての土台を据える6年間、たった一度の子ども時代に忘れ物をさせていませんか?』
ときどきさく子語録を思い出していただけたら、しあわせです。
長きに渡って、連載の機会を提供していただきましたマイナビのスタッフの皆様へ、この場をお借りして心より感謝申し上げます。
そして、拙いメッセージを心待ちにしてくださり、お忙しい中貴重なコメントをお寄せいただいたたくさんの読者の皆様に心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。
『この地球に生まれて
この地球に生きる
この地球を生ききる
全ての子どもたちの幸せを願って』
井上 さく子
コメント(11)
節目の80回
六年間とは素晴らしい
おめでとうございます
継続は力なり
大好きな言葉であり、
子どもたちの成長は
その言葉が真実であることを
たくさん示してくれました
こども園や幼稚園で
せっかくゆったりと見守り
育ててくださったお子様たちを
迎える小学校はまだまだ
昭和?いえいえ令和の小学校の景色は??
昭和を引きずりつつ
コロナ禍も経て
子どものための変革ができているか?
というと
はい、できています
といいがたいところがあり、
とても心配です〜
幼保小に関わる全ての大人が
一番大切なのは子どもであることに立ち返り
子どもたちのための
より良い変革を目指していきたいものです
井上先生
ご無沙汰しております。懐かしいエピソードに気持ちがほっこりしました。
保育園から児童相談所に行って、もうそんなに月日が経っていたのですね。
”ありのままの自分を受け止めてほしい!
ありのままの自分を知ってほしい!
声なき声に耳を傾けてほしい!
見えない心持ちを見抜いてほしい!“
児童福祉の原点とも言える“ここ“を大事にすることは引き続き忘れずに、子どもたちと真摯に向き合っていきます。
本当にありがとうございます。
心温まるさくらちゃんの亀のエピソードから6年も経つんですね。大好きなエピソードでした。
80回、いろいろなエピソードから、子どものこと、保育者のこと、保護者のこと、チームワークのこと、安心安全なこと、お孫さんのことなど学ばせていただきました。
本当にありがとうございました。
最後なのですね。
あの頃の感動を思い出します。
子どもたちやその周りの大人たちを信じて良かった〰️。と思います。
子どもと一緒に楽しんで、お互いに頼って
過ごしたあの日々は、あの時の全ての人の宝物ですね。
保育って楽しいね。と他の園に行ってもあのときからの気持ちでいてくれる人が多いのは、とても嬉しいことです。
私も負けずに、私に出来ることをやっていこうと思います。
ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
さく子先生いつもありがとうございます。
長きにわたる連載の中で、だいぶ私は最近に出会わせていただいた方なのですが、毎回連載を読ませていただき、自分自身の保育への向き合い方を見つめ直す学びの場とさせていただいておりました。
今までの、私から一歩踏み出した私があるのも、さく子先生とで会わせていただいたからこそなので、感謝の気持ちでいっぱいです。
こどもも、大人も、相談し、話し相手繋ぎしながら、2度とないこの時期を子どもたちと、より濃い時間を、すごしていけるよう、新たな職場で、日々取り組んでいます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
6年間、80回、大変お疲れ様でした。
大人の6年ってあっという間だけど、子供の6年は濃密な期間ですね。
身近な環境からこの連載を拝見して、新たな、そして改めての気づきをたくさん与えていただきました。
本当に貴重な財産を提供していただいたと思っています。
色々な世界に広がって受け継いでいけたらと願っています。
ありがとうございました。
さく子先生、6年間、ご苦労様でした!
さく子先生の問いかけは、私たちにいつも気づきを与えてくれました。曰く「たった一度の子ども時代に忘れ物をさせていませんか?」とか、「子どもの願いはどこにあるのでしょう?」、「子どもの力を信じて待ってみませんか?」等々、私たちを保育の源泉に連れ戻してくれる言葉が数多くあります。
さく子先生語録からは、保育とは、「業務でもない」し、「流れるもの」でもない、「子どもの思いに向き合って生活をしていくもの」という一貫した信念を感じてきました。かつて倉橋惣三先生が、「保育園らしさに合うように子どもを持って行くのではなく、子どもの生活に寄せていく。生活を生活で生活へ」と唱えましたが、さく子先生の保育観・子ども観には同じものを感じています。
引き続きさく子先生から(さく子先生と一緒に?)学び続けていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
六年間、本当にご苦労様でした。
さく子先生、この終わりは、終わりでない事を信じています。なぜならば、子どもたちは、これからも日本全国素敵な笑顔で過ごしていくはずですから、保育は続いていくはずですから、さく子先生も私たちも止まることはありません。
これが一つの区切りだとしても、また新しい形で、さく子先生とで会えることを確信しています。
先程、子どもたちの素敵な笑顔と書かせていただきましたが、実はそんな現実になりたいという希望なのです。
私は、今年度から新しい園に異動しました。市内のほんの近くの園なのですが、行ってみて、びっくりでした。
残念ながら、子どもたちに自由はなく、『安心、安全』という合言葉のような管理の中、生活だけではなく遊びも全て、管理されていました。
保育士の見守りというさも素晴らしい保育と勘違いしそうな言葉で、子どもを縛っています。
そして、残念ながら、そこに存在する保育士たちは、この環境を不思議に思っていない現実でした…。
本当に悲しい…。自分は、自分の園だけでなく、近くの園から、子どもの見方、保育士の在り方を伝えてきたつもりだったのに…この現実です。
でも、これで立ち止まる私ではありません。どのようにすれば、この園が動いていくか?子どもたちも保育士も保護者も幸せになるか…を考えて既に行動を始めました!
どうして、このエネルギーができたのでしょうか?
それは、井上さく子先生から教わったことです。闇雲に変化させようとすると反発で結果、誰も幸せにはなりません。自分たちがしている事を自覚させて、自分がこれはおかしいぞ?…と感じるようにしていきながらそこのタイミングで、『今していることは、誰のためですか?どうして、こうしましたか?』と責めるのではなく、一緒に考えていく方法です。
さく子先生の教えがなかったら、きっと私は流されたり諦めたりしていたことでしょう。
でも、子どもたちが幸せになるためならば、反対に変化を楽しむ事ができることをさく子先生にこのコラムや実際のお話からまなぶことができたのです。こんな貴重な経験を他の皆さんにも絶対に味わってもらいたい!
その為に、このコラムが終了することは、残念以外のなにものでもありませんし、さく子先生、お疲れさまでしたと素直に言えない私がいます。すみません。へそ曲がりで…。
でも、この80回というコラムは一旦終了ということですので、このコラムいえそれ以上の温かさを伝えてくれたさく子先生に心よりお礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございましたございました。そして、新しい先生のステップを楽しみにして、今後もついて行かせていただきます。
さく子先生、今後ともよろしくお願いいたします。
さく子先生、連載6年間80回!
おめでとうございます(^^)
でもでも、せっかく80回まできたのですから、100回を目指していただきたいなぁ~(^^)
マイナビさん、さく子先生、よろしくお願いいたします。
そして、このエピソードたちが、いつ書籍化されるのかな?と楽しみにしています。
私は今は保育現場から離れてしまいましたが、この連載で、さく子先生のエピソードから学ぶこと、気付かされることがたくさんあります。
公立保育園は、なかなか研修予算の確保が難しいので、講師の先生を招いての研修が難しい現状ですが…こうしてエピソードを発信していただき、学ばせて頂ける機会はありがたいなぁと思っていました。
これからも、よろしくお願いいたします(^^)
さくこ先生のコラム、毎回楽しみにしていました。最終回なんて、、。とっても寂しいです。
短時間勤務のひよっ子保育士の私。なかなか先輩先生方と話し合う機会が持てず悩んでいた時、偶然さくこ先生の本に出逢いそしてこのコラムにも。
現場の情景が浮かび、子どもの気持ちを代弁している先生から私は多くの気づきを頂き、保育を振り返ることができました。ありがとうございました。
子どもを信じて待っていますか?子どもが真ん中にいますか?
時々さくこ先生の声が聞こえてきます。
はい、大丈夫です。と、いつか言えるよう日々研鑽していきたいと思います。
さく子先生の言葉は、いつも忘れてはいけないけれど忘れかけてしまったことを思い出させ、気付かせてくれます。子どもたちと共に過ごす暮らしの中にさく子先生の言葉が私にとって必須です。だから、最後のコラムというのは残念です。忘れないように心に書き留めておきます。いつも心にさく子先生の語録を!