【映画】旅立つ息子へ|自閉症スペクトラムの息子と父が織りなす、静謐な愛の物語

【映画】旅立つ息子へ|自閉症スペクトラムの息子と父が織りなす、静謐な愛の物語

保育の最新情報や役立つ知識をゆる~く配信中!
X(旧Twitter)をフォローはこちら!

映画『旅立つ息子へ』が3月26日から全国公開

人生のすべてを息子に捧げてきた父親が、長くて短い旅の果てにたどり着いた「答え」とは。親子の絆と別れを描いた映画『旅立つ息子へ』は、東京国際映画祭史上初となる二度のグランプリ受賞を成し遂げたニル・ベルグマン監督の最新作! 登場人物が抱える自閉症スペクトラムの解説とともに、本作の魅力をお伝えします。

<作品情報>
『旅立つ息子へ』

©︎ 2020 Spiro Films LTD.
3月26日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督:ニル・ベルグマン
脚本:ダナ・イディシス
出演:シャイ・アヴィヴィ、ノアム・インベル、スマダル・ヴォルフマン
2020年/イスラエル・イタリア/ヘブライ語/94分/1.85ビスタ/カラー/5.1ch/英題:Here We Are/日本語字幕:原田りえ/配給:ロングライド
PG12

わが子の巣立ちを繊細に描くロードムービー

本作の主人公は、自閉症スペクトラムの息子・ウリを育てることに心血を注いできた父親・アハロン。売れっ子グラフィックデザイナーとしてのキャリアを捨て、ウリと2人きりで田舎で穏やかに暮らしている。ある日、別居中の妻タマラは将来を心配してウリを専門家のいる施設に預けることを決めますが、ウリは父親との別れに戸惑い、移動中の駅でパニック状態になってしまいます。

アハロンは、全力で守ってきたウリを施設に預けることに納得していない様子。根底にあるのは「自分と離れたら、誰が息子を守れるのか?」という不安だ。

その様子を目の当たりにしたアハロンは、思わずウリを連れて逃げ出し、あてのない旅路へ。これまで通りの生活を続けようと模索するアハロンですが、不慣れな土地での二人旅を通して、想像以上にウリが成長していたことに気付かされます。別れの準備ができていないのは、本当は自分のほうではないのか――。突然の試練を経て、この親子のあり方はどう変わっていくのでしょうか。実話がベースとなった、愛にあふれる「子育て卒業」の物語です。

自閉症スペクトラムを抱えるウリ(右)はアハロン(左)に全幅の信頼を置いており、「僕は黄色が好き?」というように、自らの気持ちを代弁してもらいたがる場面も。

保育士なら知っておきたい、自閉症スペクトラムの特徴とは?

ウリが抱える自閉症スペクトラムは発達障害の一種で、乳幼児期からその可能性を指摘されるケースもあります。症状の現れ方や程度は人によって異なりますが、ほとんどのケースで共通する2つの特徴があります。第一に、「対人関係が苦手」で他者に対する関心が薄く、相手の気持ちに対する臨機応変なやり取りが困難ということ。乳幼児期では、あやしても反応が乏しかったり、親の後追いをしなかったりする傾向がみられます。第二に、「強いこだわり」。関心を持った物事や自分なりのルールを最優先したがり、同じ行動を延々と繰り返すことがあります。こうした特性を持つ子どもと関わった経験がある保育士さんもいるのではないでしょうか。

本作では、こうした個性が極めて自然に描かれています。例えば、ウリが眠る前に必ず行うのが、壁に掛けられたスイッチ(のようなもの)を決まった手順でタッチするルーティン。旅先にはスイッチを持っていけなかったため、同じような手の動きをすることで自身の心を整えています。ウリを演じた新進気鋭の俳優ノアム・インベルは、父親が自閉症スペクトラム施設で働くマネージャーだったのだとか。幼いころから施設の子どもたちと遊ぶ機会の多かった彼だからこそ「ウリ」というキャラクターが深掘りされ、まるで実在の人物のような印象を与えるのでしょう。

受け身の生活を送り、時に固定観念から恐怖感に襲われるウリの様子をノアム・インベルが好演。確かな技術に裏付けられたナチュラルな演技から、『ギルバート・グレイプ』のレオナルド・ディカプリオの再来と話題になっている。

脚本家の実体験を基本に、普遍的な親子の物語へ昇華

本作のベースとなっているのは、脚本家ダナ・イディシスの実体験。彼女の弟も自閉症スペクトラムで、父親とは言葉がなくても分かり合えるほどの共生的な関係を築いていたそうです。「もし、自閉症スペクトラムの弟と父親が別れを余儀なくされたら?」――。そうした当事者ならではの発想から生まれた作品だからこそ、細部にまでリアリティーが宿ったのかもしれません。監督を務めたニル・ベルグマンは、ウリが本当に自閉症スペクトラムだと信じられるキャラクターであると同時に、一般化しすぎず特別なキャラクターになるよう心を込めたと語ります。

「ロケハンのために訪れたイスラエル南部のエイラットで見た光景も映画作りに生かされています。まさに私たちが描こうとしている物語が目の前で起こったのです! ランチを楽しんでいるシングルマザーと自閉症の息子がいて、私たちは健気な彼の様子から目が離せなくなりました。すぐにこの親子に映画に協力してほしいとお願いし、ウリ役のノアムやアハロン役のシャイ・アヴィヴィの役作りのために、彼らの生活におじゃまさせてもらいました。親子間の特別な絆や、2人が編み出した独自のコミュニケーション方法は本作にも取り入れています」(ニル・ベルグマン)

旅の途中で立ち寄ったお祭りでは、父親の目をすり抜けて若者らしくダンスを楽しむウリの姿が。「傷付きやすく、自分が守らなければ生きていけない存在」だった息子が、少しずつ自立した大人に近付いていることをアハロンは理解します。

一方で、「障害をテーマにした映画」という枠にとどまらないことも、本作の大きな特徴です。親子の無償の愛、そして、いつかは必ず訪れる別れ――。誰にとっても身近であり、普遍的なテーマが描かれた本作は、子育て支援に携わる保育士さんにとっても魅力的な作品のはず。「この子にとって一番大切なことは?」「本当に求められる関わりとは何だろう?」と自身の保育のあり方を振り返りながらも、温かい気持ちになれること間違いなしです。

取材・文/ナレッジリング(中澤仁美)

この記事をSNSでシェア