『アートで育む自己肯定感――保育士さんのための対話型アート鑑賞法講座』

『アートで育む自己肯定感――保育士さんのための対話型アート鑑賞法講座』

家庭や保育園・学校で行うアート活動というと、お絵かき、工作、折り紙など、子どもたちが「作ることを楽しむもの」がほとんどですよね。でも近年は、「作る」だけでなく「(アートを)観ることから得られる学び」に焦点を当てた教育法にも注目が集まっているのだとか。アメリカで生まれた「ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ(Visual Thinking Strategies/以下、VTS)」がそれです。今回は、学力をのばす美術鑑賞法ともいわれる、VTSについて紹介していきましょう。

VTS——対話型アート鑑賞法とは何か?

VTSというのは、1980年台にMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開発されたアート鑑賞教育法の呼び名。もともとが学校教育現場を意識して作られており、アートを鑑賞するなかで、観察力、クリティカルシンキング(批判的思考力)、コミュニケーション力などの複合的な力が身につくとされています。

では、さっそく具体的な内容をみていきましょう。VTSの中心となるのは、次の「3つの問いかけ」で、これをもとにアートを「みる・考える・話す・聞く」ことで、思考のプロセスが構築されていきます。

①「作品の中で何が起こっているでしょう?」
——自由に発想を広げて考えることを促します

②「作品のどこからそう思いましたか?」
——印象や独自の解釈について根拠を探します

③「他にも気づいたことはありますか?」
——付け加える意見や異なった意見、これまで出ていなかった発言を促します

「3つの問いかけ」に答えてもらう際、ファシリテーターは、スムーズで活発な対話ができるように場を調整し、子どもたちが以下のことをスムーズにできるように促します(知識や情報を教えることが、ファシリテーターの役目ではありません)。

  • よく観る
  • 観察したことについて発言する
  • 意見の根拠を示す
  • 他の人の意見を聞いて考える
  • 話し合い、様々な可能性について考える

つまり、「正解」とされるひとつの知識をひたすら教わる“受動的”なものではなく、自分から作品の意味や価値を見出そうとする“能動的”なものである点に、VTSの特徴があるわけです。アートの解釈はさまざまで、人の数だけ違う視点や意見があるもの。そんな「正解がない」アートだからこそ、自分で考えて解決する力が鍛えられるのでしょう。

加えて、ほかの人との共通点・相違点を受けとめる体験や、学力アップの効果が期待できるのもVTSのよさ。発祥地であるアメリカでは、すでに数多くの学校や美術館で導入されており、ハーバード大学との共同プロジェクトなども展開されているそうですよ。

日本での対話型アート鑑賞法

学校教科としての美術カリキュラムをみると、日本ではVTSのような対話型アート鑑賞法が浸透しているとはいえないのが実情。そうしたなか、「アートを、いきいきと生きるチカラにすること」を目指して、VTSの知見をベースにした「アーツ×ダイアローグ」プログラムを実践しているのが、NPO法人芸術資源開発機構(ARDA)です。

ARDAでは、保育園児の子どもから高齢者まで幅広い年齢の人たちを対象に、芸術と社会をつなぐ活動を行っており、対話型鑑賞を含む、さまざまなスタイルのワークショップやオンライン鑑賞会を企画・開催しています。子どもの向けの鑑賞ワークショップは、小学生対象のものがほとんどですが、保育園での実績もあり、ARDAの理事兼コーディネーターの桑原和美さんは「未就学児でも十分にアートを楽しめますよ」といいます。

ここでは、桑原さんが保育園でファシリテーターをつとめた際の活動と、そのときの子どもたちの様子を紹介していきましょう。

【保育園での対話型鑑賞ワークショップの実例】

◎場所:神奈川県内の保育園
◎対象:年長さん(5歳) 12人
◎ワークショップ回数:全4回/3カ月
◎スケジュール
1〜2回目/小グループ(3~4人)で体験(A3くらいの小サイズの絵を観る) ※グループごとにファシリテーターがつき、対話を介したアート作品鑑賞
3回目/クラス全員で対話型アート鑑賞会(プロジェクターやポスターなどを用い、大きな絵を観る)
4回目/美術館に行き、本物の作品の前で対話型アート鑑賞会

◎準備
事前に保育園とていねいな打ち合わせを実施。保育園側の希望や子どもたちの様子を聞き、適切な進行を考え、子どもの興味が得られそうな作品選びをしました。

◎導入
緊張やとまどいがある子どもたちも少なくありません。ファシリテーターは最初に、「なんでも言っていいよ」「お友だちのお話を聞くのも楽しいよ」と語りかけることで、安心感を与え、子どもたちとの距離を縮めます。

◎内容
まずは絵を見せ、じっくり観察してもらった後に、思ったことを発言してもらいます(最初は言葉がでない子もいますが、回を重ねるごとに慣れてきて、活発な会話ができるようになりました)。ファシリテーターは、「子どもたちが感じたことを受け入れ、受け止めることが大事」ということを念頭に、子どもたちの反応に共感を示しながら、対話を促していきます。また、ワークショップにおいては「お話したいときは手をあげる」「人が話しているときは待つ」「人の話をよく聞く」などのルールを知り、守ることも、大事な学びのひとつ。その点もきちんと伝えていきます。ただし、「ルールは、あくまでお話ししながら絵を楽しむためのもの」で、ルール自体が目的にならないように注意!

ファシリテーターをつとめた桑原さんの感想
アートを介しておしゃべりをすると、それまで知らなかった人の一面を垣間見ることがあります。保育園でも、作品をじっくりみて、イメージやストーリーを自分の知っていることや体験と関連付けて一生懸命話してくれる小さな子どもたちの姿に、「こんなにスラスラ言葉が出てくるなんて!」「そんな風に考えていたんだ!」と先生方から驚きの声があがりました。感じ方、考え方の個人差が大きい時期ではありますが、どの子どもにも興味のある作品にぎゅっと集中する時間は必ずあります。そんなとき、共感しながら対話してくれる大人がそばにいれば、もっともっと楽しい時間になることでしょう。

未就学児は語彙が少なく表現力も未熟ですが、たとえつたない言葉であっても、「心が動いたことを伝える」行為はとても大事。知識がじゃまをしない“ピュアな感性”を持つときだからこそ、素直な反応と身近な大人の共感が、大きな効果を生むのです。実際、鑑賞会に参加した保護者からも、「アートを感じるままに受け入れる行為が習慣化されれば、大きくなってもそうした感覚を持ち続けられそう」という実感が語られたとか。

ワークショップを通じて、いろいろな絵に出会うことは、視覚から経験値をつむことにもなり、子どもたちの“引き出し”が増えます。また、いろいろなアート作品に触れることで、多様なもの、違ったものを受け入れたり、理解できたりする、柔軟な心も育まれます。それを考えると、小さい頃からアートに親しむことは「人生の大きな財産になる」といえそうですね。

保育園や家庭における、“アート鑑賞会”のすすめ

アート鑑賞を取り入れている保育園や幼稚園はまだ少ない……。ということをふまえて、桑原さんに「小さな子どもとアートを楽しむ方法やそのポイント」についてもアドバイスいただきました。手順は次の3ステップです。

①絵を用意する

作品を選ぶポイントは、4つあります。

  • 子どもが興味を持ちそうなモチーフ(色やかたちなどが視覚的に親しみやすいもの)
  • その年齢の子どもが理解できるテーマ・(意味・内容)
  • 作品からストーリーが思い浮かぶようなもの(物語性)
  • 多義性のあるもの(いろいろに解釈でき、考えたくなる複雑さ多義性を持った作品)

加えて、以下の点も意識してみましょう。

  • 作り手の情熱が伝わるもの
  • 有名なキャラクターなど、キャラクタライズ化されすぎていないもの
  • 加工されていないもの(名画でも簡易化など加工されたものは避ける)

上記は、作品選びの基本的な考え方ですが、慣れてきたらこれらを踏まえたうえで、大人がわからないと思いがちな抽象的な作品にもトライしてみるのもおすすめだとか。「小さな子どもたちから、イマジネーションあふれる言葉が飛び出すこともありますよ」(桑原さん)。

子どもたちの思考を刺激し、言葉を引き出すために、こうした要素を持った作品を選ぶのは、なかなか難しいかもしれませんが、ARDAのワークショップでは、動物や魚などの生き物がモチーフの浮世絵、うさぎや猿が擬人化されている『鳥獣戯画』なども使っているそうです。確かに、生き生きとした動物の表情や、コミカルでかわいらしい動きが、子どもたちの想像力を刺激してくれそうですね!

「作品選びは、対話型鑑賞でとても難しいところですが、いわゆる世界の名画と言われているものは、これまで長い間年月をかけてずっと、世界中の多くの人に語り継がれてきた魅力的な作品でもあります。ぜひ使ってみてください。また、身近なところでは、絵本を使っておしゃべりしてみるのも良いですね」と桑原さん。参考として、おすすめの絵本も紹介してもらいました。

「もこもこもこ」(作:谷川俊太郎、絵:元永 定正/文研出版)

作者の情熱が伝わる絵本。不思議な物体や擬音が子どもたちの感性を刺激します。

「名画で遊ぶ あそびじゅつ」シリーズ(作:エリザベート・ド・ランビリー、翻訳:大澤千加/長崎出版)

名画がそのまま気軽に鑑賞できるシリーズ。本の中に問いかけが散りばめられていて、楽しく対話型鑑賞ができます。

このほか、展覧会を訪れるたびに、お気に入りのポストカードを購入し、集めて、題材にするのもいい方法だという桑原さん。好きなものが題材なら、話もはずみそうですね。

②静かに作品をみる

「早く伝えたい」「聞いてほしい」という気持ちが先走るので、最初は難しいかもしれませんが、話す前に「しばらく黙って、静かに作品をみる時間を作ること」は、とても大切。じっくり観察しながら、頭に浮かんだこと(「どうなっているんだろう?」「なんでだろう?」など)を確認し、落ち着いて考え、言葉にする準備を行うためです。

③おしゃべりしながら絵をみる 

アート鑑賞を「勉強」として強制するのではなく、「アートを通したコミュニケーションと」捉えて、遊びの延長線上で取り入れてみるのもポイントのひとつ。「たとえば、壁に絵を貼ったり、テーブルに置いておき、話題にする。読み聞かせのとき、好きなページにフォーカスして、感じたことを語り合ってみるなど、簡単なことからはじめてみるのもいいですね」と桑原さん。そのときに大事なのが大人の声かけで、適切な声かけは対話をしながら鑑賞するときの大切な手助けになるそうです。

【声かけのポイント】

◎絵を観るとき
「すみずみまでみてみようか」
「絵の中に入って考えてみようか?」
じっくり観ることを促すような声かけをしましょう。

◎対話のとき
「そうなんだね。〇〇ちゃんはそう思ったんだね」
「よく気がついたね」
子どもの気持ちを受け入れ、発言をねぎらう声かけをするのがコツ。

◎子どもの反応があまりないとき
「どんな音が聞こえそう?」
「ここはどんな場所なんだろう?」
言葉が出にくい時には作品に合わせて、具体的な問いかけをするのが有効です。

◎子どもの観察力・洞察力を深める声かけ
「どこからそう思ったの?」
子どもなりの解釈やストーリーに対し、根拠を示す問いかけをすることも大事なコツ。絵の中に根拠をみつけようとすることで、感覚的だったものが、だんだんと具体的になっていくはずです。また、絵をよくみることは、子どもの思考力を深めることにもつながります。

なお、声かけのときには、以下のNG対応にも気をつけましょう。

  • 子どものいったことを否定する   
  • 無理強いする
  • 大人の見方を押しつける 

何より大事なのは、子どもにとって、そばに共感してもらえる人がいること。自分の思いが受け入れられた安心感が自信に、そして自己肯定感へとつながっていくことでしょう。

アートをチカラにするために、大人ができること

アートを敷居の高いものにしている原因のひとつに、「大人の思い込み」があります。でも……。アートって、そんなに難しいものなのでしょうか。

ARDAのオンラインワークショップのアクティビティに、「アートだと思うものを家の中から探してきてください」というものがありますが、そこに込められているのは、「アートってなんだろう?」という答えのない問いを考えてほしいとの思い。そして、「アートは自分が価値づけしていくもの」ということを体感してほしいという思いです。

つまり、作品と対峙して、観て、感じて、考え、共感し、自分と作品の関係性を認識するという行為を含めて、「自分が作品を価値づけたもの=アート」ということ。自分の価値観を自分で認めることが、「アートが生きるチカラになる」を体現したことになるのです。そう考えると、「アート=難しい」と構える必要はありませんよね。要は、自分なりに楽しみ、感じればいいんです!

最後に、桑原さんからこんなメッセージをいただきました。

「アートの見方に正解や不正解はありません。気になるアートを見つけたら、思ったこと、感じたことを言葉にして、作品を見ながらご家族やお友達とおしゃべりしてみてください。ものごとを考えたり、新しい世界を知るきっかけとなるだけでなく、何より楽しいはずです。その人ともっと仲良くなれるかもしれませんよ! 音楽や映画について語るように、大人も気軽にアートに親しんで、素敵な鑑賞体験を重ねていってほしいと思います」

大人自身が自分の感性でアートを楽しめるようになれば、子どもたちにもよりアート鑑賞の楽しさが伝えられそうです。なお、以下にARDAの今後の活動も紹介しておきますので、対話型のアート鑑賞にご興味がある方は、参考にしてみてください。

文/保育ライター 長野真弓

[参考]
フィリップ・ヤノウィン著 京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター 訳 (2015), 『学力をのばす美術鑑賞 ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』, 淡交社.

ARDA (NPO法人芸術資源開発機構)

【今後のワークショップについて】
◆「世界のミュージアムツアー(全6回)」(6月スタート予定)
2月に好評を博した、家族みんなで楽しめるオンライン鑑賞会がバーションアップして登場します!毎回テーマに沿って様々なアート作品を見て、世界中の家族と繋がりながら、みんなで考え、対話しながら進めていきます。家族の新しい休日の過ごし方が見つかるかもしれません。そのほか、大人の時間、子どもの時間に分けた単発プログラムも準備しています。

https://oyako-art2021.peatix.com/view

◆「対話型鑑賞ファシリテーター養成講座」(9月開催)
3日間の短期講座で、鑑賞ファシリテーターとしての理論と実践の基礎を学ぶことができます。美術、教育、ビジネスなど様々なバックボーンを持った人たちと共に学べる2012年の開講以来、大人気の一般向け講座です。ご予約はお早めに!
https://www.arda.jp/dialogue/general
※詳しくはこちらから ARDAウェブサイト

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