第3回スキルアップ研修 「保育士の働く環境」 ~離職率と保育の質について~ 野上美希先生
保育士さんの声から生まれたスキルアップ研修も第3回となりました。
今回の講師は学校法人野上学園/社会福祉法人風の森を運営し、幼稚園や保育所を多数展開されている野上美希先生です。2021年に国の基準の2倍以上の保育士を配置した働き方改革が高く評価され、東京都女性活躍推進大賞(医療・福祉分野)を受賞。保育士の働く環境をテーマに、保育の現場で取り組んできた改革や、業務の効率化などについて話していただきました。
保育業界の現状
「ブラック労働国」だった日本の労働環境は2019年働き方改革法案が施行されたことにより、改善されつつありますが、保育業界はまだまだ改革途上にあるのが現状です。
現代の日本は生産年齢人口が少なく高齢者比率が高い「人口オーナス期」にあたり、保育業界に限らず、男女共に長く働き続けられる社会・組織を実現するための働き方改革がより重要となってきます。
風の森の働き方改革① 配置増員編
目的をもった人員配置の重要性
保育園の職員を増員する際、どのようなことに気を付ければ良いでしょうか?
新規職員に大変で騒がしいクラスに入ってもらうといった人員配置をしてしまうことがありますが、これは典型的なNG例です。漠然と保育室に人を増やすことは園の全体的なゆとりには繋がりませんし、場合によっては保育士一人ひとりの責任感や保育力を低下させたり、人間関係を悪化させたりしてしまうということに繋がりかねません。
新規職員の稼働時間をどのように活用するか、現場と相談しながら目的をもって納得感のある人員配置することが重要です。
風の森の働き方改革② 生産性向上編
仕事内容の種類も量も多い保育現場では、人を増やしただけで園運営のゆとりが生まれるわけではありません。配置増員と同時に生産性の向上が必須になります。
ICT化で削減
- 連絡帳アプリで保護者とのやり取りをICT化
- クラス毎に数台PCを配布し、月案や個別記録等を電子化し一切の手書きを廃止
- シフト作成のシステム化
- 会議・研修のオンライン化
- 集金業務は現金ではなく口座振替・エンペイ等を活用
- 見学会・説明会の問い合わせや予約もシステムで管理
事務業務のアウトソース化
会計・経理、労務管理、ICTシステム環境整備
なくす
スタイ、口拭きタオル、オムツを保護者に持参してもらうのではなく園で管理しサブスクリプション化することで保育士と保護者の業務連絡の手間を削減
休憩室の設置
保育士が子どものいない空間でしっかり休憩・事務ができる環境を整備
休憩で60分間子どもと離れることで心も身体もリフレッシュでき、また職員同士のプライベートの会話が増え人間関係も良好になる
風の森の働き方改革③ 女性活躍推進編
ライフイベントに関わらず保育士たちがキャリアを諦めずに働き続けられる職場を作るにはどうすれば良いでしょうか?
例えば育休明けで9時~15時の固定シフトに入ってもらうと、業務上一切保護者と関わりを持つことができなくなってしまい、職務内容が保育補助のみになってしまいます。育児に携わる何年もの期間で経験する業務が保育補助だけでは十分なキャリア構築を図ることができず育休復帰後の早期退職に繋がりかねません。
そこで風の森保育園では0~6歳の乳幼児の子どもを持つ保育士を対象に、8時~18時の限定した時間の中で流動的なシフトを組む方法を取り入れました。その結果、職員の育休復帰率はなんと100%に達しています。子育て中の職員にも、そうでない職員にもある程度の納得感がある形で、子育てしながらキャリア構築を実現できる働き方を模索・提案することが重要になります。
風の森の働き方改革④ フィードバック編
満足度アンケートの実施
表向きには職場に満足しているという保育士も、無記名のアンケートには本音を語ってくれることが多くあります。働き方改革を実践したら、アンケートを取って実際保育園に改革がどのような影響を及ぼしているのかをリサーチしてみましょう(実践前の事前調査でも可)。職員の余裕を生むために良かれと思ってやっていたことが、実は保育士たちの成長を妨げていたということが分かることもありますし、パワハラやセクハラなどがアンケートによって明らかになる場合もあります。そうして浮き彫りになった様々な課題を改善し、職員に直接フィードバックしましょう。職員たちの多様な価値観と法人の価値観を近付けていくことができます。
風の森の働き方改革⑤ 資金編
保育士を増員した場合の人件費をどう工面するかについて一部ご紹介します。
例えば、以下の方法があります。
- 行政の人員加算等で受けられる補助をできる限り活用
- 多園展開により規模のメリットを得る
→園の事務を本部で一括請負し効率化したオペレーション、事務業務をフリーランス等に委託 - 土地建物代を最低限に抑えられる園を中心に絞る
- 求人広告、紹介利用をSNS採用に転換し採用コストを大幅カット
- 国の助成金(パパママプラス等)をリサーチし使用
- ITベンダー(Microsoft、Zoom等)の非営利団体向けプランの利用
採用について
働き方改革と採用のポジティブスパイラル
働き方改革を実行したら、そのことを採用でPRすることが大切です。
働き方改革を採用の際にアピールすれば、より良い人材を採用することができ、良い人材が入ってくればより働き方改革を推進していくことができます。
採用の落とし穴
採用計画を立てる際、一定数の職員が年度途中に育休に入ることや、新年度直前に家族の急な転勤等で退職する人がでることも必ず考慮するようにしましょう。この見積もりをしなければ、園が急な人員不足に陥り、働き方改革が頓挫してしまうリスクがあります。
採用手法について
今は求人媒体以外にも採用PRに使えるツールは増えています。
特に、SNSを長期的に使ってブランディングすることは、これからの働き手の中心となるZ世代に働きかけるために必須です。それに加えて、状況に応じた採用ツール(人材紹介会社・職員紹介・無料低額媒体)を選択することが大切です。
媒体別採用手法
- 長期視点…SNS(X、Instagram、LINE、 TikTok、YouTube)
採用に活用できるようになるまでには、長期的なブランディングをしてアカウントをチェックしてくれるファンを作ることが必要になります。 - 短期視点…人材紹介、ジョブメドレー、求人媒体等
費用や採用までの期間といった状況に応じて採用ツールを選択しましょう。 - リファラル採用
保育士を厳選して採用するには、職員から転職希望の知人友人を紹介してもらうリファラル採用も有効な手段です。職員が推薦する人材は優秀な人が多く、推薦者に紹介料を支払うとしても、採用費を大幅に削減することができます。最初から園と求職者の印象がお互いにいいので、クロージング率が高いことも特徴です。但しリファラル採用の実現には、職員が紹介したいと思える園であることが必須になるので、園の実力が問われます。
最後に
経営者の働き方改革をしようという意識こそが第一歩です。子育て支援をする職業である保育士自身が、子育てしながら働き続けられる組織を作るために、まずは小さな一歩を踏み出してみましょう。保育士が壁面装飾に費やしていた数時間を、事務作業の時間に変更してみるといった小さなことからも、働き方は変わっていきます。子育て世代も働き続けられる組織であるために、全職員が残業をせず、休憩が取れ、保育を学び続け発展できる組織を目指し、職員一人ひとりをどう活用するかをシビアに考え抜きましょう。
日本の未来は保育経営者の手腕にかかっています。保育者が心から保育を楽しむことができる保育現場を作ることが、日本の未来を担う子どもの成長に繋がっていくのです。
改めて、本研修にご参加いただき、誠にありがとうございました。
第4回は「保育業界の今後とは」について汐見稔幸先生よりお話していただきます。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
~次回の開催情報~
●【日時】
2024年2月19日(月) 13:00~15:00
●【テーマ】
「保育業界の今後とは」
~子ども家庭庁創設、2025年問題~
汐見稔幸先生
(東京大学名誉教授)
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