【映画】『サンドラの小さな家』|助け合いの精神から生まれた、“奇跡の瞬間”を描く

【映画】『サンドラの小さな家』|助け合いの精神から生まれた、“奇跡の瞬間”を描く

家庭でのDV、シングルマザーの貧困といった問題は、世界のどの国でも「社会問題」として取り上げられるほど深刻化しています。日本でも、ひとり親家庭の貧困が引き起こす悲惨な事件や、そうした事件が及ぼす子どもへの悪影響が取り沙汰される機会が増えており、「身近な問題として、もっと真剣に向き合うべき」だと感じている人も多いのではないでしょうか。

今回ご紹介する映画『サンドラの小さな家』は、アイルランドに生きるシングルマザーの葛藤と厳しい現実、子どもへの責任、周りの人々のぬくもり、そして未来への希望がぎゅっと詰め込まれた珠玉の作品です。保育に関わる仕事をしている人にとっても、心に響く内容になっているので、「一見の価値あり」ですよ!

<作品情報>
『サンドラの小さな家』

監督:フィリダ・ロイド『マンマ・ミーア!』、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』
共同脚本:クレア・ダン、マルコム・キャンベル『リチャードの秘密』
出演:クレア・ダン
   ハリエット・ウォルター『つぐない』
   コンリース・ヒル「ゲーム・オブ・スローンズ」
2020年/アイルランド・イギリス/英語/97min/スコープ/カラー/5.1ch/原題:herself/日本語字幕:髙内朝子

提供:ニューセレクト、アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/herself/
©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
4月2日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開

どん底から立ち上がるきっかけをくれたのは、子どもたちの言葉

娘たちのために家を建てることを決意するサンドラ。数々の試練を乗り越えた先に手に入れたものとは、何だったのでしょう?

本作を手がけたのは、『マンマ・ミーア!』『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』といった作品で、世界的に高い評価を得ているフィリダ・ロイド監督。また、脚本を執筆したクレア・ダンは、物語の主人公であるサンドラ役も兼任しており、脚本家としてだけでなく女優としても、その才能を絶賛されています。

物語は、夫からの暴力に苦しむサンドラが、2人の幼い娘を連れて家を出るところからはじまります。しかし、あてにしていた公営住宅は長い順番待ち。新たに家を借りる資金もなく、ホテルでの仮住まいから抜け出せなくなってしまったサンドラは、子どもたちに不便な生活をさせてしまっている後ろめたさや、ホテル側からの邪険な扱い、仕事の掛け持ちによる肉体的な疲労などが重なって、次第に気持ちが追い込まれていきます。

そんなある日、娘がサンドラに語り聞かせてくれた「ベッドタイムストーリー」をきっかけに、母と娘たちの人生が大きく動き出します。サンドラが「小さな家を自分たちで建てる」という計画を思いついたのです。「素人の母娘にそんなことできるはずがない」。誰もがそう思うような無謀なアイデアですが、インターネットでいろいろ調べているうちに、サンドラはセルフビルドの設計図を入手。家づくりが“リアルのもの”になっていきます。

とはいえ、実行するにあたっては、土地や資金、人材など、多くの問題を乗り越えなくてはなりません。頼れる人が近くにいないサンドラは、自分の力だけでどうにかして家を建てようと奮闘しますが、世間の風当たりは想像以上に冷たいものでした。しかし、そんなサンドラの必死な姿を見て、一人、また一人と手を差し伸べてくれる人があらわれます。サンドラが掃除婦として働いている家の雇い主である老女、パブの同僚とそのルームメイト、さらには、ホームセンターで偶然出会った土木建築業者の男性とダウン症の息子までが、サンドラと娘たちのために力を貸してくれることとなったのです。

ただし! だからといって家づくりが順風満帆かといえば、そうではありません。仲間内での小さなトラブルが起こったり、元夫の妨害にあったりと、サンドラには常に問題が降りかかります。それでも、必死でもがき、戦い、一歩ずつでも前に進もうとするサンドラ。その原動力となっていたのは、いうまでもなく「子どもたちへの愛情」でした。

社会全体で子どもを見守り、育てることの意義を問う作品

サンドラの挑戦をサポートする個性豊かな面々。家づくりに協力することで、それぞれの人生も次第に輝きはじめます。

貧困や格差によって引き起こされる問題は、ひとり親世帯には特に重くのしかかってくるもの。その現実から目を背けることなく、正面から向き合った本作では、幼い子どもを抱えたシングルマザーに対する“世間の冷たい視線”もリアルに描かれています。

行政や義理の両親、仮暮らし先のホテルの従業員などからサンドラに向けられる視線には、「貧しいシングルマザーに何ができるの?」という軽蔑が含まれているようにも見えます。そして、そうした姿をみているだけで、「がんばっても報われない状況」が社会的な弱者にどれだけの絶望をもたらすかが、容易に想像できます。

そうしたなかで、サンドラたちの救いとなるのが、この作品の重要なキーワードのひとつでもある「メハル」の存在です。メハルとは、アイルランドに昔から伝わる精神で「みんなが集まって助け合い、結果自分も助けられる」ということ。他人同士が徐々に打ち解け、みんなで家づくりを手伝い、次第にファミリーのような一体感に包まれていく様子は、まさにメハルの精神そのものです。

人間関係が希薄になりつつある現代社会では、「手が足りないから協力してほしい」「悩んでいるから相談に乗ってほしい」とは気軽に言えない雰囲気が漂っていますが……。メハルのような感性はぜひ見習いたいところ。みなさんも、保育活動のなかで「○○ちゃん、最近元気がない気がする」「△△くんのお母さん、悩みがあるのかな?」と、周囲のことがつい気になってしまうことがあると思います。そんなときにちょっと声をかけてあげるだけで、相手は安心してくれるもの。一人では解決できない問題も、「みんなが知恵を絞って力を合わせることで、解決への糸口が見つかることもある」ということを忘れないようにしたいですよね!

家づくりの奮闘と希望を通じて、みんなが大きく成長!

子どもたちは、大人ががんばっている姿をちゃんと見ています。だからこそ、大人の言葉やふるまいが子どもの精神を成長させるのです。

物語が進み、小さな家が完成に近づくにつれて、人々の心には少しずつ変化があらわれます。サンドラは母として、ひとりの女性として、強く、たくましく成長。サポートしてくれた仲間たちも、前向きな気持ちが芽生えはじめ、人生を楽しむようになっていくのです。

そして——。「家を建てること」を通じて心に変化が生まれるのは、サンドラのかわいい娘たちも一緒です。事情があって別れてしまったお父さんとお母さんの間で揺れ動きながらも、自分たちのためにがんばるお母さんの姿、周りの大人たちの優しさに触れて、精神的に大きな成長を遂げていくのです。詳細は本編に譲りますが、複雑な状況に置かれながらも、みずみずしい生命力を感じさせる姿に、思わず涙がこぼれることでしょう。

作品中で母と娘たちを待ち受ける運命は、ときに残酷であり、救いがないように見えるかもしれません。しかし、周りの人たちの力を借りることで、奇跡を起こしていく姿は爽快そのもの。この小さな家をめぐる大きな奇跡の物語を、ぜひその目で確かめてみてください!

文/保育ライター 野口 燈

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