【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】日本の教育・保育はどう変わっていくのか

2022年3月1日に開催された、汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談。前半のテーマは「日本の教育・保育はどう変わっていくのか」です。教育改革にともない、今後ますます重要視される幼児教育の質。直面する改革や変化にどう立ち向かい、子どもたちとどう向き合えばいいのかについて語っていただきました。

構成/株式会社京田クリエーション
文/宇佐見明日香 写真/筒井聖子

“教え中心”の教育の終えん

汐見:今日は、日本の教育・保育がこれからどのように変わっていくのかについて、たっぷりお話させていただきたいと思います。

今、世界中で大きな教育改革が進んでいることは、みなさんご存じのことと思います。そんな中、日本でも小学校でタブレット教育が導入されるなど、従来の授業形式が大きく変わろうとしています。そして、小学校教育と並行して21世紀型へと改革が求められているのが、保育、幼児教育です。

明治・大正・昭和の時代、子どもたちは、教科書を読み、先生に教えてもらうしか学ぶすべがありませんでした。また、社会の変化がゆったりしていたため、子どもは大人たちを見ることで将来を予想できた時代でもありました。“教え中心”の教育が長く続いた理由には、こういった背景があったわけです。

ところが、現代は社会の変化スピードが急速で、10年後がどうなっているのかさえ、はっきりと言える人がいません。ましてや20年後、30年後のことなんて想像もつかない。人間に残されている仕事は何なのか、環境問題、社会問題、政治問題はどうなっているのか。わからないことだらけです。

教育とは、子どもの「今」を充実させて、「未来」に送り出していくことです。しかし、その送り出し先である「未来」が誰にもわからないため、「今」をどう充実させ、子どもたちのどんな力を育てればいいのかが不明瞭になっています。昭和の時代までは「これをしっかりやっておけば大丈夫」と言い切れたのに、今はそれを言える大人がいないため、“教え中心”の教育にリアリティや説得力がないんです。

“応援する”教育のはじまり

その代わり、今はインターネットや写真、印刷などの技術が発達し、子どもが知りたい、学びたいと思ったことをすぐ知れる、すぐ学べる環境が整いました。英語でネット検索すれば、海外の文献だって読めます。つまりは、学校で先生に教えてもらわなくても学べる時代なのです。

だからこそ、今までと同じやり方をしていたら「学校=つまらない場所」になってしまいます。団塊の世代は頑張って生きてきたものの、地球規模の問題を作ってしまった世代です。そんな時代から続く、“教え中心”の教育をそのままやっても、さまざまな問題を解決することはできないでしょう。

では、どうすればいいのか。21世紀型の教育とは何なのか。それは、子どもが自ら知りたい、学びたいと思ったことを“応援する”教育です。子どもの主体性を応援するには、「環境作り」が重要だと言われています。ではここで、子どもの主体性を引き出す環境作りに取り組んでいる園の実例を見てみましょう。

【子ども主体性を育てる環境づくり】

●「もの」の環境づくり
・園庭にブルーシートを敷き、1~2トンの粘土と道具を置く
・稼働式遊具や遊び方を限定しない「切り株」などをたくさん設置する
・アトリエ(作業場)を設け、さまざまな材料を置く
・園庭の隅に大工道具を一式そろえる
・虫がいっぱい集まってくるようなビオトープを作る

●「人」の環境づくり
・子どもの求めていることを考えて応答する
・子どものチャレンジを上手に応援する
・子どもを無気力にさせる「危ないからやめなさい」という言葉を禁止する

●「制度」の環境づくり
・保育する部屋の広さ、担当する子どもの人数に余裕を持つ
・研修制度の充実化をはかる

子どもたちの将来を豊かにする「非認知能力」

アメリカで行われた就学前教育の社会実験「ペリー・プレスクール・プロジェクト」によって明らかになったのは、子どもの将来の豊かさは、学力ではなく「非認知能力」に比例するということでした。非認知能力とは、物事をやり抜く力、自己肯定感、コミュニケーション能力、論理的な思考力など、数値化できない力であり、どんな社会になろうともうまく生きていく力のことです。

非認知能力を伸ばすには、従来の「~ができるようになる」という目標ではなく、「(~ができるようになるには)どのようにすればいいか」といったプロセスに主眼を置く必要があります。それはつまり、早く正確な解答を求めるのではなく、解答にたどりつくまでの思考や探求心を大切にするということ。そういった教育によって、どんな問題にぶつかろうとも応用のきく力が育つわけです。

小学校との連携・接続・強化の重要性

昨年の夏、幼児教育の質を向上し、小学校教育への円滑な接続を目的とする『幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会』が、文科省に設置されました。そこで本当に問われているのは義務教育の開始期の早期化是か非かということです。まだそのことを直接に議論しているわけではありませんが。フランスでは、すでに3歳からの義務教育がスタートしていますが、「保育・幼児教育が子どもたちの将来を決める」という認識が広まったことで、やっと日本も本気を出したのです。

その一方で、待機児童の問題はあと2、3年もすれば解消すると予想されています。言うまでもなく、少子化の影響です。以降は、定員を割ってしまう園がどんどん増えるでしょう。そうしたなかで、「生き残る園」になるためにはどうすればいいのか。教育の変革を前提として、園のウリをどう作っていけばいいのか。私は、保育の現場で働く人たちと大いに議論したいと思っています。

井上:私が現役時代、春から小学1年生の担任になるという先生が、「卒園する子どもたちの様子を見せてほしい」と保育園を訪ねて来られました。以前から小学校の先生に、保育の現場を見てほしいと思っていたこともあり、とても嬉しく感じたのを覚えています。

その先生は、半日ほど子どもたちの様子を見学された後、園長先生に「子どもたちがこんなにも遊びほうけていることや、大人からの命令、禁止の言葉が飛び交っていないことに驚きました。この子たちが小学校に入ったとき、さてどうしようかと思い悩みます」と本音を語られました。

汐見:そういった小学校との連携は、地域単位でどんどんやったらいいと思います。幼稚園・保育園・小学校の連携、接続、強化はとても大事ですからね。以前、ある保育園で、小学校の先生が1週間の研修中、遊んでる子どもたちに向かって「こっちを向きなさい」と言ったそうです。すると、そこの園長先生が「今、子どもたちは一生懸命、遊んでるでしょう? 子どもたちがやっていることを見ないで『こっちを向け』と言ったって、誰も見ないわよ。これだから小学校の先生は……」と指摘されたとのこと。子どもたち1人ひとりの主体性を大切にする教育は、小学校に先んじて保育の現場で行ってきたことなんです。

それを考えれば、保育・幼児教育が、統制や教え中心の小学校教育に合わせるのではなく、小学校教育が保育・幼児教育をモデルにするべきでしょう。

井上:私が園長になってからは、何度も地域の小学校に「交流を持ちたい」とお願いしました。その結果、校庭を開放していただいたり、高学年の子が園児にパソコンを教えてくれたり、一緒に絵を描いたり。先生同士の交流を皮切りに、子ども同士の交流も年間で行ってもらえるようになりました。

また、小学校の職員の皆さんに、保育の現場を知ってほしいと、見学・研修をお願いしたこともありました。小学校との連携については、具体策を見いだすためにも、まずは模索・実践・実行していくことが大事なのではないでしょうか。

新しい時代の新しい教育

汐見:小学校の校長の中にも、「従来の教える教育ではだめだ」と気づいている人はいます。大人がやることを決め、子どもはなぜそれをやるのかの説明も受けないまま、納得できずにやらなければいけない。そんな時代は終わったのだと。これからは、子ども自身がやることを決めて、組織をつくるような形にしていかないといけません。

それがどういうことか具体的に知りたければ、映画『夢みる小学校』をご覧になるといいと思います。きのくに子どもの村学園に密着したドキュメンタリー映画なのですが、その学校には先生がいないばかりか、カリキュラムも学年もない。その代わり、子どもたち自身が何を学ぶかを決める時間がたくさんあります。今日やることを子どもたちが決め、子どもたちだけで実践していく。大人は子どもから必要とされるまで見守っているだけです。従来の教育とはまったく違いますが、子どもたちは本当にいい顔をしていますよ。

対話の大切さ、場づくりのヒントが詰まった『こどもかいぎ』という映画も、もうすぐできあがります。新しい時代を反映した、新しい教育がどんどん生まれているので、ぜひヒントをもらってください。

保育の現場にいる人たちに知っていただきたいのは、学校が急速に変わろうとしていること。そして、先生がどう教えるかではなく、子どもたちが何を学びたいのかに重きが置かれるということ。それをしっかり理解し、実践することで、「新しい時代に保育の現場で何をすればいいのか?」が見えてくると思います。

井上:答えを出すことよりも「なぜ?」を面白がり、不思議がりながら、葛藤する。そのプロセスにこそ学びがあるんだということを、保育の現場で働く大人たちが体現してみませんか?

汐見:決まった形を求めないで進むと、失敗もたくさんあるでしょう。でも、失敗することはとても大事です。失敗をたくさんさせてあげる営みこそが、保育ですから。ただし、「どうしてうまくいかなかったのか」を考える時間をたっぷりとることと、相談できる人や信頼のおける人を近くに置くことには、十分に配慮してください。そうすれば、本当の意味での生きる力が育つはずです。

子どもが知りたいこと、学びたいことを見つけやすく、打ち込みやすい環境づくり。失敗を含めプロセスを見守る時間的、心理的な余裕をどう持てばいいのか。現場で取り組むべき課題が明らかになりました。後編では、対談をリアルタイムで視聴されている先生方や保護者の方からの質問に、お二人が回答していきます。お楽しみに。

【対談後編|保育の楽しさってなんだろう?】“教え中心”から“応援中心”の教育へはこちら!

お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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