【対談後編|保育の楽しさってなんだろう?】子どもの「ありのまま」を受け止める大人のメンタルヘルス

【対談後編|保育の楽しさってなんだろう?】子どもの「ありのまま」を受け止める大人のメンタルヘルス

9月24日に開催された汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談、第二回は「否定語を使わない保育、自己肯定感をはぐくむ保育とは」です。
対談後編では、自己肯定感をはぐくむ保育における「子ども同士のトラブルが起きたときの対処法」「保育者自身のメンタルヘルスの重要性」について語られました。今日読めば、明日からの保育が変わる。子どもたちを幸せにするヒントが満載です。

構成/株式会社京田クリエーション 文/宇佐見明日香
タイトル写真/筒井聖子 本文写真/ブライトンフォト(和知 明)

「1歳の噛みつき癖」という嘘

井上先生

井上:前半では、0歳児から子どもの「NOサイン」を無視しないこと。その気持ちを受け止め、尊重することが「僕は誰より僕が好き」「私は誰より私が好き」という自己肯定感を育むというお話でした。

少し成長して、0歳後半から1歳になると、お友だちとモノを取り合ったり、噛みついたり、引っかいたり、髪を引っ張ったりするようになると言われますが、私が言い続けているのは「噛みついたのは子どもたちです。噛みつかせているのは私たち大人の責任です」ということ。

おもちゃが足りない、先生が受け止めてくれないなど、物的環境や人的環境が整っていない中に子どもが置かれてはいませんか?

不都合だらけの環境に対して子どもが「NO」と言えないから、「NO」と言ったら怒られるから、そのストレスをお友だちにぶつけているのではありませんか?

子ども自身だって、噛みつきがいいことだとは思っていません。「今、僕たち私たちにはこれしか表現方法がない。先生たちわかってよ!」と訴えているんです。そのシグナルに気づいて、噛みついている子に対して、開口一番「こら!」「やめて!」と指示・命令・禁止をするのではなく、まずは「今、そんな気持ち?」「どうしましたか?」と問いかけてあげてください。子どもが今、そうせざるを得なかった気持ちをまるごと受け止めてあげてください。

「私は、噛みついてほしくないと」保育者の願いを伝えるのは、子どもの気持ちを受け止めてからです。そして、園全体で取り掛かるべきは、子どもの発達に見合った玩具が、子どもの人数に見合う数、用意されているかどうか、保育の現場を見直すことです。

汐見先生

汐見:確かに、子どもがせっかく表現していることが、叱られる材料にしかならないのでは、子どもの不安をより大きくしてしまいますよね。

さく子先生は、ひもんや保育園で園長をされていた時代に、徹底的に園庭改造をされました。子どもが遊びを作り出せるような稼働遊具を可能な限り置いておく。モノの取り合い、場所の取り合いにならないよう、物的環境を見直されました。

井上:はい。指示・命令・禁止語を使わず、子どもの「NOサイン」を受け止めて尊重するという人的環境。必要なモノを必要な数、必要な場所に配置するという物的環境。その両方を整えると、子どもたちは暴れません。

実際、公開保育で何度も質問を受けました。「なぜあんなに集団で密着して遊んでいるのに、噛みつきやひっかきがないんですか?」と。1歳になると噛みつくというのは、大人の勝手な決めつけで、子どもたちの内面が肯定的に豊かに育まれていれば、そんなことは起きないということを子どもたち自身が証明してくれました。

心も体もぎゅっと抱きしめる

汐見先生

汐見:昔、ある対談で、小学5年生の暴れる生徒を受け持った担任の先生が、いつものようにその子が荒れだしたときに、がしっと掴んでそのまま抱きしめたら、その子の背中の硬さに気づいてビックリしたとおっしゃっていました。

まだ子どもなのに背中がカチンコチンで、一体この子はどんな人生を送っているのだろうと。そこで、先生は「お前、つらかったな」と言って、その子の背中をさすったり、硬い背中を少しでもほぐしてあげようと指圧したら、はじめは「何するんだよ!」と嫌がっていた子が、「先生、気持ちいい」と言って落ち着いたと。

他者がいるところで起こす問題行動というのは、他者への訴えなんですよね。

保育の現場でも、子どもを責める前に、その子が噛みつきたくなる原因が、自分たちの保育の中にあるんじゃないかと疑ってみる、見直してみることが重要です。それに、子どもを抱きしめるって大事なことですよね。

井上:そうですね。子どもが求めている間は、ぎゅっとしてほしいと私も思います。

汐見:やがて「やめてよ」という年齢が必ず来ますから、それまではね。抱きしめられると、自分は愛されているんだという実感が、理屈抜きに湧き上がってくる。満たされて落ち着き、子どもが自ら離れていくまで抱きしめて、受け止めてやれることのできる大人の側の時間と心の余裕が必要です。

保育者のメンタルヘルスの重要性

汐見先生と井上先生

汐見:どんな場面でも子どものありのままを微笑ましく受け止めるには、保育者自身のメンタルヘルスも保たれていなくてはいけません。

井上:そうですね。でも、だからといって完璧な人を目指さなくていいんです。自分自身を振り返り、苦手だなと思うこと、困っていることがあれば、ぜひ子どもたちに相談してみてください。「先生はこういうことが大好きだし得意だけど、こういうことが苦手なの。だから力を貸してくれない?」と。決して大人が先に答えを出さず、子どもたちに任せてみるんです。子どもによってすごく助けられると思います。子どもの凄さに気づけると思います。まずは保育者自身が、気負わない、頑張らない、ありのままの自分を見せて、ありのままの自分で子どもたちと向き合うことです。

汐見:保育士同士のグループワークで、子どもの可能性を発見したり、子どもから教わったことを発表してみると、子どもが面白いのは、大人があまり口を出さなかったときだという結論に達するんです。どうしていいかわからずに見守っていたら、子ども同士で解決しちゃったということが往々にしてある。そういう発見を繰り返しているうちに、子どもに任せて見守ることが自然とできるようになります。

ぜひお勤めの園で、会議前の10分でもいいから、子どもに教わったこと、子どもの可能性を発見したエピソードを先生で語り合う時間を設けてみてください。保育のどこにエネルギーを注げばいいか、保育の楽しさがわかってくるはずです。

井上先生

井上:そうですね。私たちは保育士である前に、「ほっこりするな」「優しいな」「心地いいな」といった感覚や感触を子どもに与えるために存在している大人でもあります。そういった大人に受容されているから、子どもは自分で自分をつかんでいくことができるし、感情豊かに成長していくことができるんです。

汐見:保育者のメンタルヘルス、やはり大切ですね。

井上:はい。休日には自分のやりたいことに没頭するなど、自分の時間を豊かに過ごして存分に充電してほしいと思います。そこで充電されることで、プロとしてという以前に人として、言われて嫌なことは言わない。やられて嫌なことはしないという最低限の努力ができます。

また、子どもに語る前に「私って、本当に素直に生きているかしら?」と自分に問うてください。大人が素直になれていないのに、子どもに素直になれって言えますか? まずは保育士自身がありのままの自分でいることです。

汐見:大人の期待どおりに行動してくれないから愛さない。というのとはまったく逆で、何をやってもあたたかく見守ってくれる、そういう信頼に足る大人が近くにいることで、心の一番深いところに「僕は愛されているし、そういう僕が好き」「私は愛されているし、そういう私が好き」という自己肯定感が育つのですね。

そういった子供時代を過ごせると、大人になってもメンタルヘルスが保たれて、何があっても動揺しない。自己肯定感の低さを、他人の評価や人との競争によって補おうとせずに済む。子どもを預かる者として、乳幼児期から保育は、自己肯定感を育む上で、大事な意味を持っているんだと自覚するとともに、社会にももっとアピールしていかなければいけません。

【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】否定語を使わない保育、自己肯定感をはぐくむ保育とは

汐見先生と井上先生の対談を聞いて、誰もが「コロナと言う状況に、嘆いてばかりはいられない」と思ったのではないでしょうか。汐見先生のおっしゃったように「いついかなる状況においても子どもの成長は待ったなし」です。コロナという分かれ道を前に、最善の道を選び、進んでいきたいものです。

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お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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