【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】子どもに聞く、子どもに相談して決める

2021年1月15日に開催された、汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談テーマは「年度末の日常保育と総括について」です。対談前編では、保育者である参加者の方々からの質問を交えながら、「今、見直されているお昼の時間のこと」や「子どもの主体性を育むとはどういうことか」などについて具体的に語られました。汐見先生と井上先生のお話は、まず年明けからの繁忙期にやりがちな「日常保育におけるミスのこと」からスタートします——。

構成/株式会社京田クリエーション 文/宇佐見明日香
写真/筒井聖子

子どもと親の「心」を置き去りにする保育

汐見:年が明け、現場では年度末を迎える準備がはじまっていることと思います。そして、卒園式をはじめとする行事の準備や、来年度の体制決めなどで非常に忙しいこの時期は、「日常の保育」がないがしろになりがちです。さく子先生は、そのへんについてどう思われますか?

井上:まさに年明け早々、保護者の方々から相談がありました。保育園に通っている年長さんの親御さんが、年明け急にスタートした「お昼寝なし」について困惑されていたのです。今までお昼寝でコントロールしていた、気力や体力が持続できなくなったのでしょう。子どもは毎日疲れた様子で、家では家族に当たり散らすようになってしまったとのこと。

また、別の幼稚園に通っている年長さんの保護者の方は、年明けからはじまった「時計の読み方の指導」について疑問を感じておられました。それまで、園では一切触れてこなかった時計の読み方について、ある程度わかっているのが当たり前とでもいうような空気の中で、指導がはじまったとのこと。

しかし、その親御さんは、ご自身のお子さんに対して「お腹がすいたからお昼の時間」とか、「疲れて眠いからお昼寝の時間」といった体の内側から湧き上がってくる感覚を、まだまだ大事にしてほしいと希望されていて、時計の指導は小学校に入ってからでも遅くないとのお考えでした。

これらは、就学に向けて、良かれと思って着手した取り組みであるにもかかわらず、子どもばかりか親御さんの気持ちまで置き去りになってしまっている事例です。目の前の子どもたちはもちろんのこと、親御さんたちの「もがき」や「葛藤」も同時に受け止め、子どもたちの確かな発達を保証するのがプロの仕事。園からは事前にどのような説明があったのでしょう。

汐見:両者とも保育者に重要な視点が弱いですね。それは「子ども主体」という視点です。午睡の廃止にしても、時計の勉強にしても、大事と思って提案するのはいいのですが、それを実際にやるか否かは先生ではなく子どもが決めること。取り組むメリットとその方法をできたら複数提案し、子どもたちに「みんなはどう思う?」と聞いてみることが大事です。

午睡なら、「もう必要ない」という子もいれば、「まだ必要」だという子もいるでしょう。教室内に起きている子と寝ている子がいるとしたら、どういうルールでその時間を過ごせばいいかなども含めて、子ども同士で相談して、それを大事にして決めるのが、保育者のつとめです。

時計の勉強も同じで、読めるようになりたいかを問われもせず、先生がやれというからやっているのでは子どもは面白くないし、親御さんもモヤモヤします。慌ただしい時期ですが、何事においても「まずは子どもに相談し、みんなで決める」といった、自主性を担保する保育を心掛けたいものですね。

今、見直されはじめている食事の時間

井上:保育における重要なキーワードとして「子どもの自主性」が掲げられて久しいですが、現場に足を運ぶと、いまだに「片づけて食事にしましょう!」といったような声掛けがされていて、子どもの自主性を無視した言動がなくなっていないことに気づかされます。

「まだ遊んでいたい」「まだ食べたくない」という子ども願いを一切無視して、大人の都合を優先させ、決まった時間に一斉に食事をとらせる。そうした言動がそんなに大事なのか? ということをもう一度、それぞれの園で議論する必要があるのではないでしょうか。

その一方で、こんな光景に出会うこともあります。先日訪問した、ある保育園でのこと。年長さんの女の子3人が、食事の時間を過ぎても遊びに夢中になっていました。でも、先生は「●時になったら(食事を)片づけちゃいますからね」と伝えただけ。しばらくして「あ、いけない! みんな食べてる!」と本人たちが気づくまでは、「いいかげんにしなさい」とか「いつまでやっているの」とは一切、言いませんでした。

「まだ遊んでいたい」という子どもの願いを優先し、口を出さずに見守る——。大人都合で子どもを動かそうとするのではなく、自分が変わることで子どもが変わると気づいておられる先生でした。今の願いを受け止めてもらい、見守られ、自分自身で気持ちを切り替えて席に着けば、子どもにとって、きっとおいしい食事になるでしょう。

今、食事は「おいしく、楽しく、心でいただく」というテーマのもと、決まった時間、決まった場所ではなく、食べる時間も場所も量も、子どもが自ら選択できるようにする園も増えてきていますよね。

汐見:中野区の公立の保育園では、好きな人と好きな場所で食べるカフェテリア方式を採用しようとしたときがありました。「先生、一緒に食べよう」と事務室を訪れたり、廊下で食べたりするのもあり。食事開始も一斉ではなく、時間帯だけが決まっている。その取り組みは、子どもだけでなく、先生たちの心持ちまで軽くしたそうです。

「おしゃべり禁止」というコロナ禍の食事風景

参加者:感染予防のために食事中はしゃべらないように指導しています。静かに食べることはコロナ禍を生きる子どもにとって必要な習慣だとは思いますが、ときには、大声でしゃべり続ける子どもを離れた机で食べさせるという、心苦しい対応を取らざるを得ないことも……。こういった状況下でも、食事が楽しい時間になるヒントを教えていただけないでしょうか。

汐見:ご心配はよくわかりますが、お勤めの園で、食事という文化をどのように定義するのかを話し合ったほうがいいと思います。僕は、食事は栄養を摂取する時間であるとともに、楽しさを食べる時間だと考えているのですが、そうした定義を持ったうえでさまざまな策を打つのが、保育者の役目ではないでしょうか。

教室内で十分な距離が取れないのなら、教室外のスペースも使って距離を保ち、食事中も会話できるようにする。距離をとる理由を子どもたちに説明し、どう工夫すれば楽しい食事の時間になるか、子どもたちのアイデアを聞いて取り入れてみる。そういった段階を踏めば、大声で話す子も出てこないかもしれません。

井上:私もそう思います。お昼の時間は、子どもたちが楽しみにしている時間ですよね。だからこそ、子どもたちが願っていることに即した環境構成を再検討されてはいかがでしょうか。

汐見:食事の場面を動画に撮り、職員全員で見返して、客観的な視点から改善策を話し合ってみるのもいいかもしれません。

食事の時間はどんな時間なのだろう? 保育ってなんだろう? 行事ってなんだろう? 子どもたちが主体的に取り組めるようにするには、どうすればいいだろう? と。日常の保育も行事も、普段通りにいかない今だからこそ、保育の原点に立ち返り、いろいろなことを見直すチャンスです。今までのやり方を一旦白紙にして、子どもたちに相談する、子どもたちに決めてもらうことから始めてみませんか。

子どもの主体性を育む、一番の近道とは?

参加者:子ども主体の保育を考えるうえで、来年度、新しい先生を迎える園として、どのような研修を行えばいいでしょうか。

井上:どんな子どもになってほしいかという保育者の願いが、具体的になっていない、あるいはすり合わせができていない園に、豊かな環境は生まれません。園内研修では、園の願いを真ん中に据えて、その願いをかなえるための方法論を語り合ってみてはいかがですか。

汐見:子どもの主体性はどのように育めばいいのでしょう。対話的保育ですべて解決するのでしょうか。言語での対話がかなわない0・1・2歳の子どもたちの主体性はどうやって育めばいいのでしょうか。

実は、この0・1・2歳の保育を研究することが、子どもの主体性や自己肯定感など未来を生きる能力を育む一番の近道です。園内研修では、1日5分~10分でもいいので、0・1・2歳の保育を振り返り、語り合う時間をぜひ設けてみてください。「こんなことに興味を持っていた、没頭していた」「お友だち同士のこんなやりとりに、怒っていた、喜んでいた」「それはもしかしたら、こういうことなのかもしれない」など、大人の都合で手や口を出さず、見守ることで発見できた子どもの面白さについて発表し合うのです。

そうした姿勢を持つことが、子どもたちの主体性や自己肯定感を伸ばすことにつながり、同時に、保育の本質や保育の楽しさにも気づかせてくれますよ。

井上:そうですね。常に「この私でいいですか?」と問いかけながら子どもと対峙し、子どもの心を引き出して、受け止めて、対話できる。それでいて答えを出さないという私の理想の保育者像にも通じる姿勢です。

パターン化した保育を一旦白紙にし、「大人の都合を優先してはいないか」を振り返る。子どもをひたすら見守り、その面白さや頼もしさに気づく。お二人の対談から、保育の本質と楽しさにぐっと近づくことができました。後編の「コロナ禍をうまく生きる」についての汐見先生の見解も、“気づき”がたくさん詰まった内容です。お楽しみに。

【対談後編/保育の楽しさってなんだろう?】ほっとできる人、ほっとできる場所を求めてはこちら!

お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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