【対談後編/保育の楽しさってなんだろう?】ほっとできる人、ほっとできる場所を求めて

2021年1月15日に開催された汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談テーマは「年度末の日常保育と総括について」です。対談後編では、保育者である参加者の方々からの質問を交えながら、「コロナ禍の今、子どもたちが必要としていること」や「コロナをうまく生きるための総括」について語られます。今だけでなく未来の子どもたちまでも笑顔にする、保育者のスタンスや工夫が具体的にわかります。

構成/株式会社京田クリエーション 文/宇佐見明日香
写真/筒井聖子

ほっとできる人、ほっとできる場所はどこ?

参加者:昨年担任をした子どもたちが、今も私のクラスにしょっちゅう来ては、喜びや悲しみを伝えてくれます。子どもの自主性を大切にしたいと考えていますが、現担任はあまり快く思っていないようです。子どもたちに元担任の私のところに来るのを止めるよう言うべきでしょうか。

井上:子どもには選ぶ権利がありますから、今のままでいいです。子どもたちは、コロナ禍にあってより、ほっとする人を求めています。受け止めてくれる人を探しています。それがあなたなのですね。

汐見:とはいえ狭い職場です。くすぶって人間関係を悪化させないためにも、職員会議などで「先生のクラスの子どもたちが、うちのクラスによく来ますが、帰りなさいとは言わず、一緒に遊ばせてもいいでしょうか?」と勇気を出して合意を作ってみてはいかがですか。

私の友人の子どもが通っていたアメリカの保育園では、毎朝、その日の担任を子どもが選ぶのだそうです。日本の担任制は、子どもからしてみたら理不尽ですよね。保育者は「(担任は選べなかったけど)あの先生でよかったね」と言われるところを目指さなければなりません。さく子先生がよくおっしゃるように、子どもに対し「この私でいいですか?」といった謙虚さを失わずに。

身近な人が自分の思い通りに動かないとイライラしてしまうというのは、その人自身がストレスを抱えている証拠だそうです。もしかしたら、現在の担任の先生は、ものすごいストレスを抱えているのかもしれませんね。しかし、ストレスを抱えた保育者によって、期待通りに動かされる子どもたちのストレスたるや、計り知れません。どうりであなたの所に来るわけです。

やることなすことに規制が生じ、思いきりできない毎日が続いているのは、大人ばかりではないはず。子どもが「毎日が楽しい!」と思えるような保育をするのは、今の時代にあって非常に難しいことですが、私たちが目指すべきはそこ。子どもたちが求めているのは、毎日が楽しいと思わせてくれる、ほっとできる人であり、ほっとできる場所なのです。

子どもが他のクラスに自由に行き来ができる環境は、今、すごく求められているような気がします。この狭い教室だけが自分の居場所ではなく、園全体が自分の居場所なのだと思えるだけで、元気の出る子が大勢いるんじゃないかな。

井上:「さく子ゼミ」でも、保育室のすべての鍵と冊を外しませんか?という過激な提案をしたばかりです(笑)。現場にお邪魔して、子どもの目線で360度見回してみると、扉があるのに鍵がかけられていて開かないことのストレス、見えているのに冊があって行き来できないことのストレスに気づきます。「安心・安全な環境」という看板は誰のため? 何のため? 実は大人のためなのではないか、という厳しい目で洗い出し、改善を急ぐべきです。

汐見:3・4歳児の部屋を区切る壁に、子どもが通り抜けられる30㎝四方の穴を空けて、自由に行き来できるようにした園がありました。少しおとなしい4歳の子は3歳の子と遊びたがり、活発な3歳の子は4歳のお兄ちゃんやお姉ちゃんと遊びたがる。

年齢別保育は、大人の管理の都合なわけで、四六時中とはいわないまでも、他のクラスに自由に行き来できる時間帯を設けるだけで、子どもはその選択によって自分の思いを表現し、環境を変えて気分転換することができ、思い思いの遊びの中でストレスを発散することができます。

子どもも大人も、公園遊びの憂鬱

参加者:公園の遊具に対象年齢が記載してあります。何かあったらいけないので、その年齢に満たない子は遊ばせることができません。子どもは遊びたいのに阻止され、仕方なく諦め、落胆した姿に職員もがっかりする。そんなことを繰り返しているうちに、公園遊びを避けたくなってきました。

汐見:10の力がある子は、11・12の力を発揮して遊べるものを選びます。それはもう動物の本能のようなものです。10の力がある子たちを、30の力を発揮しないと遊べない遊具しかない公園に連れて行ったのなら、無理して挑んでケガをするでしょうね。遊具の利用者は対象年齢を厳密に守る必要はありませんが、その公園選びは、子どもたちの発達に対して適切でしたか?

また、公園に行かないと遊べないと決めつけるのではなく、もし園庭があるなら、あまりお金をかけない方法で、子どもたちが安全に取り扱えるような可動式の遊具を十分量、用意されてはいかがでしょうか。

井上:遊ぶための園庭が、遊べるもののない、ただのスペースになっているとしたら改良の余地がありそうです。保育者でアイデアを出し合っていくと、可動式遊具が豊かに増えていき、増えた可動式遊具は子もたちの手によってどんどんデザインされ、遊びの世界が広がったり深まったりして展開していきます。もし園庭があるなら、子どもたちが自ら遊びたいと思えるような環境に整えられてはいかがでしょうか。

公園選びについては汐見先生と同意見です。加えるなら、子どもたちにどんな体験をさせてあげたいという目的意識があって、その公園を選びましたか? 保育者の責任は、ケガをさせる・させない以前に、公園選びの目的意識とその選択にあります。

コロナで得た気づきだけは、来年度にも持って行く

汐見:一年の集大成であり、来年度の保育方針を決める重要な総括について。さく子先生は現役時代、どんなことに気をつけて総括されていましたか?

井上:園として目指す子ども像に対して、忘れ物をしていないか振り返るようにして総括を行っていました。一人ひとりの子どもについて、ああでもない、こうでもないと、様々な視点で意見を交わし合い、子どもの育ちを介して、大人同士が気づき合い、成長させてもらえる機会でもありました。

汐見:ある園では職員全員から総括のテーマを募集し、そのすべてに当たるため、総括が5月くらいまでかかるそうです(笑)。しかし、一回目の総括テーマだけは毎年固定で 「保育とは何か。その認識がどれほど深まったか」に決まっているのだとか。今年は子どもから何を学び、子どもの成長を通してどんな発見があったか。それらの気づきによって得られる先生の成長は、園の成長にもつながります。

コロナ禍、期せずして異年齢保育の楽しさや可能性に気づくなど、日常の保育や行事がいつも通りにできないことによって、保育者は多くの気づきを得たはずです。それらを無駄にしないためにも、総括でしっかりと振り返り、来年度の保育にも着実に活かしていく。コロナをうまく生きるって、こういうことなのではないでしょうか。

また、総括によって、子どもの面白さや凄さについて語り合うことで、保育者自身がたくさんのパワーをもらえるはずです。

井上:そろそろまとめの時間ですね。たった一度の子ども時代を「コロナ」というひと言で終わらせないためにも、私たち大人が率先して日々を楽しみましょう。面白がりましょう。目の前の子どもに寄り添い、一人ひとりの願いを見極める目を確かなものにしていきましょう。

汐見:マスクが子どもの成長や発達に、どういった影響を及ぼすかという研究結果が世界中で出始めています。そういった最新情報にアクセスしながら、子どもたちの負担を少しでも取り除けるよう、環境を見直していくのは保育者としての責務です。

同時に、子どもたちをどういった未来(社会)に送り込んでいくのか。その未来にどうあってほしいと願いながら保育をするのか。アンテナを高く、広い視野を持って、保育に必要な情報を日々アップデートしながら、未来と子どもをつないでいく保育を日々実践する。やることに際限はありませんが、貪欲に取り組んでいきましょう。

「子どもたちのためなら、ピンチだってチャンスに変えてやりましょう!ね、そうでしょ?」と保育者の背中を力強く押す、汐見先生と井上先生の対談に胸が熱くなりました。ウイルス以前に、大人の不安を子どもたちにうつしてしまわないよう、まずは私たちが楽しむ。面白がることから始めて、ほっとできる人になり、ほっとできる場所を作り上げていきましょう。

【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】子どもに聞く、子どもに相談して決めるはこちら!

お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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