【対談前編/保育の楽しさってなんだろう?】子どもの没頭と安心を保証する

2021年3月3日に開催された、汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談テーマは『子どもたちから学ぶ視点を据えていこう』です。対談の前編では、井上先生が現役時代のエピソードを交えながら、「遊びによって成長しようとする子どもをどのように見守るか」についてのお話を展開。私たち大人が「子どもに寄り添う際の態度」や「声の掛け方」など、細やかで具体的な内容が盛りだくさんで、明日からでもすぐに保育活動に取り入れることができそうです。

構成/株式会社京田クリエーション 文/宇佐見明日香
写真/櫻井健司

子どもの圧力にならず、かといって無関心にもならない距離感が大切

汐見:さく子先生との対談も、4回目を迎えました。今回は初めて参加される保育者の方が多いと聞いています。ですから、対談の大テーマにしている「保育を楽しむとはどういうことか?」について、あらためて皆さんと考えていきたいと思っています。

井上:いきなり大テーマがきましたね(笑)。では、この問いからスタートしましょう。コロナ禍において、私たちは、「子どもたちが生き生きと遊び惚けている姿」をどのくらい目にしたでしょうか?

「遊び惚ける子ども」と聞いて思い出すのが、私がまだ現役の保育士として働いていた時の風景です。あるとき、1歳児が園庭のタイヤと必死に格闘していました。倒れているタイヤを自分で起こして立てたい。でも、力が足りないので何度やってもパタン、パタンと倒れてしまう。それでもめげることなく、ずっとやっているんです。

そんな場面に出会ったら、保育者はその子にどう寄り添うべきでしょう。「できないから、あっちに行って遊ぼう」と子どもの気持ちを畳み込みますか? いいえ、違います。その子の力を信じて、見守るのです。ときには「倒れちゃったね。どうしたらできるかな?」と声を掛けたりしながら。でも、ただそれだけ。手を出すこともしないし、どうしたらできるかを伝えたりもしません。

そして、たとえタイヤを立てられたとしても、「すご~い!」とオーバーに持ち上げたり、褒めたりもしません。「すごい」というのは評価ですよね? でも、保育に必要なのは共有や共感であって評価ではありません。保育者がやるべきは「やっとできたね、うれしい?」と言葉を添えてあげること。それだけで子どもは満足します。

話を戻しましょう。タイヤと格闘していた1歳児も、タイヤを立てることができました。でも、達成感に満ち足りてもなおタイヤから手を離さない。そこには、子どもが生き生きと遊び惚ける姿がありました。さて、今年度は遊び惚ける子どもの姿を見ることができましたか? おそらく、難しかったのではないでしょうか。だからこそ来年度は、そんな子どもたちの姿を取り戻すべく、保育に向き合ってみてください。

汐見:保育者は子どもの側にいて、子どもの圧力にならず、無関心にもならない。そんな距離・姿勢・まなざしを保ちながら「今、何がしたいの?」「今、何をしてほしいの?」と問い続ける存在でありたいものですね。

タイヤと格闘している子にも、「うまくいかないから大変だけど、自分でやりたいんだよね? 手伝って欲しいんじゃないよね? ここで見ていて欲しいんだよね? がんばれ!」と心で願いながら寄り添う。そして、やり切った時の笑顔を共有する。

そうやって大人が上手に寄り添うことができたとき、子どもは一生懸命になって自分を表現し、チャレンジする姿を見せてくれます。そして、その姿をみれば「子どもってすごい」「子どもって面白い」ということが、借りものの言葉ではなく胸の内にストンと落ちてくるはずです。

と、こんな話をしていたらあることを思い出しました。子どもが何かを達成したとき、大人がその子に向かって発する「すご~い!」という言葉、僕、嫌いなんですよね(笑)。

井上:よかった、一緒です。

汐見:あの言葉で、子どもがせっかく一生懸命にやったことが、どこか嘘っぽくなってしまう。大人は子どもに対して評価や報酬ではなく、“人と人”としての喜びを共有してほしいんです。

ところで。さく子先生は、虫が大の苦手で、食べられる野菜も少ししかないと聞いています。「保育士なのに!」といわれかねないですよね(笑)。でも、さく子先生は、苦手なことがある、弱い部分があるからこそ、世間の基準でみると「いい子ではない子」や「課題がある子」に共感できるし、子どもたちからも慕われているのだと思います。

私には、感情のコントロールがうまくできない息子がいます。その息子が小学2年生のとき、「お前さ、(感情のコントロールがうまくできないことに)自分でも困ってない?」と聞いたことがあるんです。そしたら息子は「うん」と答えました。そのとき私は、「こいつは将来やさしい人間になるぞ」と確信したんです。弱い部分がある人は、人に強さを求めません。他人を良し悪しで判断せず、そのままを受容できる。「あなたがあなたでうれしい」と他者を受け入れられるスタンスは、保育者にもとても大事な資質です。

保育者が保証したい、子どもの「没頭と安心」

井上:私が園長時代のエピソードを聞いてください。その園は、園庭の隅っこにのぼり棒がありました。そして、年長の子どもたちはのぼり棒が大好き。一生懸命遊んでいるうちに、頂に登るだけでは飽き足らなくなり、三人、四人と次々に登っては、てっぺんに横並びで座るという行為がはやり出しました。柵もありませんし、後ろはプールサイド。バランスを崩して落ちたらケガどころでは済みません。

当時、私の園では「危険をともなう遊びをする際には、必ず事前に大人を呼ぶこと」というルールを設けていました。子どもが木や登り棒から手や足を滑らせてしまったとき、大人が下にいて体を受け止める役目をはたすのです。子どもたちの行為に対して「危ないからやめて!」「ケガするから降りて!」と、子どもの気持ちを畳み込むようなことを言わないのが職員同士の約束でした。

さて、のぼり棒に夢中な子どもたちは、そのときに手が空いていた私を見守り役に選びました。「園長先生、いいからきて。立ってるだけでいいから」と。子どもたちが何をやろうとしているかがわかったとき、表面上は澄ました顔をしていましたが、内心はドキドキ。ついに、いても立ってもいられなくなって……。私も、子どもたちがのぼっている横ののぼり棒に登っちゃったんです(笑)。

すると、「園長先生、お願いだからやめて!」と子どもたちが口々に言い出しました。「なぜ止めるの?」と聞くと、返ってきたのは「園長先生は大人だし、体も大きいから僕たちは助けることができない」という言葉。理由まできちんと説明できるほど、子どもたちが成長していることに、とても驚きましたね。

そうこうしているうちに、子どもたちはのぼり棒のてっぺんで横並びに座りはじめました。子どもたちの力を信じて見守ると決めていた私は、下から子どもたちを見上げながら、にこやかに、そして穏やかに「大丈夫ですか?」と問いかけました。

子どもたちは一瞬、「なにが?」と怪訝な顔をしたものの、次の瞬間、それぞれの手にぐっと力を込めました。「ちゃんと力を入れておかないと、落ちてしまう」と気を引き締めてくれたんです。

その姿をみて、「あなたのことを信じています」という心持ちで聞く「大丈夫?」に対しては、子ども自身が「大丈夫にしなくちゃ」と責任を持つのだな、ということを学びました。

汐見:大人のハラハラやドキドキをぶつけて叱ったり、やめさせたりするのではなく、信じて見守るという姿勢は、子どもたちにある種の勇気を与えるのですね。

保育において、「子どもが育つ」ための要素は二つあります。一つは子どもが「これをやりたい」と自分で選んだことを、気の済むまでやれること。言い換えるなら、子どもが何かに没頭できる環境を作ってあげることです。

もう一つは、「何があっても大丈夫」という安心感があること。子どもは安心しているときに、いつもの自分を超えようとしたり、面白いアイデアを思いついたりします。下手に評価されない。あるいは、失敗しても叱られないで見守ってもらえるといった安心感があってこそ、発揮できる能力があるのです。「没頭と安心」。この二つの要素を保証する人的環境によって、子どもは豊かに育ちます。

井上:子どもに寄り添う、見守るといったときに必要なのは、“監視の目”ではないんですよね。研ぎ澄ませたいのは、“観察の目”のほう。かたわらに寄り添いながら、子どもたち一人ひとりの発達や体のつくりや心模様がどうなっているのか。よく見て、聞いて、知って、感じて、記憶して振り返る。そこに保育の深さ、楽しさがあるんです。

汐見:いま、世界中で、保育の質を上げようとしていますが、実際に何をすればいいと思いますか? その答えの一つは「対話的保育」です。10分程度の短い時間でいいので、職員同士が「こんなことがあった」と1日を振り返り、面白かったこと、嬉しかったこと、困ったことなどを語り合う習慣を持つ。これをどこの園でもやってほしいですね。

職員全員で集まるのが難しければ、付箋に書いて、全員が閲覧・共有できるようにするのもいいでしょう。職員同士、子どもを真ん中に据えて語り合うことで、刺激し合い、学び合い、人としての心持ちを豊かにしていく。同時に、人間力も養っていく。日々の対話的保育によって、保育の見方、感じ方を変えていくことができると思いますよ。

子どもの成長に必要なのは、「没頭と安心」を保証する大人の側の心持ちと、圧力にもならず無関心にもならない見守り——。そのなかにこそ、「保育の深さや楽しさ」があるのですね。後編は、保育者でもある参加者からのリアルなお悩みに、汐見先生と井上先生が真剣に答えます。お楽しみに!

【対談後編/保育の楽しさってなんだろう?】21世紀型の学校教育の土台をつくる保育はこちら!

お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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