【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】幼稚園・保育園は子どもの原風景を作る場所

2021年10月8日に開催された、汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談は、おふたりの「保育の原点」にもなっているという”子ども時代”のお話からスタートしました。「保育園や幼稚園に子どもを叱る言葉はいらない」という汐見先生の強い思いも、「子どもたちには本物に触れさせたい」というさく子先生の切なる願いも、子どもの頃の原体験・原風景からきていて——。

構成/株式会社京田クリエーション 文/宇佐見明日香
タイトル写真/筒井聖子

おふたりはいたずらっ子!?

汐見:さく子先生とともに回を重ねてきた本対談のテーマは、一貫して「保育って面白い」です。保育者がそう感じながら働くことが、ご自身にとってはもちろん、子どもたち一人ひとりの豊かな育ちにもつながると、私たちは信じています。

では、「保育って面白い」という境地に達するために、保育者は普段どんなことを心掛ければいいのでしょうか。今日はいつもと趣向を変えて、さく子先生と私の子ども時代の話からスタートしてみたいと思います。なぜなら子ども時代の原風景は、その後の人生観・価値観のベースとなり、保育の原点になっている可能性があるからです。では早速ですが、さく子先生は、どんなお子さんでしたか?

井上:静かにいたずらをする子どもでした(笑)。今もよく思い出すのは、親のいない間に、押し入れに大切に仕舞われていた冠婚葬祭用の什器を庭に運び出し、弟と妹と一緒におままごとをしたことです。子どもながら高価な食器を手にしているという高揚感があったこと。本物を使うことで、本物の料理人になったような気分がしたことをよく覚えています。

あと、子ども時代はずっと自分の部屋が欲しいと思っていました。仏間や座敷の隅に机を運んで行って据えては「ここが私の勉強部屋」と満足するも、すぐ親にみつかって「どかしなさい」と言われてしまう……(笑)。

現役時代から今も変わらず、「子どもたちにはさまざまな分野で本物に触れてほしい」と願っています。また、自分の居場所をはじめ、遊びたい道具、一緒にいたいお友だち、助けて欲しい大人など、「全部ぜんぶ自分で決めていいんだよ」と言ってあげたいし、そういう環境を作りたいと願っているのは、子ども時代の経験からきているのかもしれません。汐見先生は? どんなお子さんでしたか?

汐見:私は本当に悪い子で(笑)。神社の賽銭箱を友達と協力してひっくり返したり、人の田んぼをぐちゃぐちゃに踏んで荒らしたり……。おかげで母は、方々に菓子折りを持って行っては頭を下げていました。それなのに、母は一度だって、私を直接叱らなかったんです。ただ頭を下げ、隣にいる私にひと言「あんたも謝り」と言うだけ。「やってしまったことは仕方がないから、ちゃんと謝りなさい」そう言わずして教えてくれるような人でした。子どもを後ろからじっと守ってくれる人。母の姿が私の保育の原点です。

いたずらっ子の真意

井上:汐見先生の”叱らないお母様”の話を聞いていて、思い出しました。私が小学1年生で妹がまだ未就学児だった頃。「父ちゃんと母ちゃんのために、ドーナツを用意して待っていよう!」と思い立って、絶対にダメと言われていたのに、大人が留守の台所で火を使ったんです。小麦粉を練って、型をとって、中華鍋にたっぷりと油を入れ、ドーナツを揚げました。

すると、何の拍子か、鍋に水が入ってしまい、ボンという音とともに、私の右手にたくさんの油が飛びました。子どもながらも本能がすぐに働いて、洗い桶にたまっていた水に右手をつけ、ガスを止め、水を流しながら、「父ちゃん母ちゃんを呼んできて!」と妹に頼みました。

飛んで帰ってきた親に、病院へ連れて行ってもらい、処置を済ませた後、母の第一声は「ケロイドにならなくてよかったね」でした。その言葉に、心の底からほっとしたのを覚えています。その後、家に帰ってから「そこに座りなさい」と言われ、とうとう叱られると覚悟をしていた私に、母は「なぜガスを使ったの?」と聞いてくれたんです。

「喜ばせたかったから」と言いました。そうやって聞かれたら、子どもはいくらでも答えられる。いたずらをしたかったんじゃない。喜ばせたかった、驚かせたかった、自分たちだけでもできるって安心させてあげたかった。

汐見:そうなんですよね。子どもはよかれと思って、面白いと思ってやるんです。それが許される環境であればあるほどいい。だから、私は常々「保育園や幼稚園に子どもを叱る言葉はいらない」という原則でやるべきだと言っています。

井上「こうなったらいいな」という子どもの願いを、「今、やっちゃおう!」というスリルやタイミングを、尊重できる大人でいたいですよね。

大人の価値観に子どもを付き合わせないで

汐見:僕はね、保育園や幼稚園は子どもの原体験・原風景を作る場所と思っています。子どもの真剣勝負や本気や一生懸命を思う存分やらせてあげる場所です。でもね、子どもの本気は、大人にとって意味のあるもの、価値のあるものとは限らないんですよ。

ある園で、「宝物を探しに行こう」とお散歩へ出掛けたそうです。先生方は子どもたちに内緒で、何日も前から宝物を用意して、公園のいろんな所に宝物を隠した。ところが、一人の園児が、公園に着く前に「宝物、見つけた!」と言って、道端に落ちていた大きなどんぐりを高々と掲げて、先生に見せたそうです。

すると、先生は「今日の宝物はどんぐりじゃないの」と言って、どんぐり探しを続けようとする、その子を止めたそうです。先生は自分たちの計画通りに子どもを動かすことに必死で、その実、”子どもを大人に付き合わせてしまっていること”に全く気付いていない。なぜひと言「〇〇ちゃんにとっての宝物はどんぐりなんだね!」と足を止めてあげられなかったのか。

このように子どもが面白がる世界は、大人が想定しているものとは違うことがかなりある。子どもが本当にわくわくする体験を自らし始めた時に、「それ面白いね!」と言ってあげられる、やらせてあげられる大人が側にいるのと、いないのとでは、その後の人生観・価値観に決定的な違いが生まれます。

目の前の子どもはあの頃のあなた

汐見:昨年、ある研究機関が5000人の子どもを対象に、「眠れないことがあるか」「大声を出したくなるか」などの質問を用いて、医学的にうつ状態にあるかどうかをオンラインで調査しました。

すると、15%の小学生にうつの疑いがあるという結果に。コロナ以前との比較がないので信憑性はそれほど高くありませんが、社会全体が不安だ、心配だ、あれダメ、これダメとやっている状況が、これだけ長く続けば、子どものうつが増えても何ら不思議はありません。

こんな時だからこそ、子どもには「生きるって面白い」と心底感じられるような体験をして欲しい。目の前の子どもに自分の子ども時代を重ねながら、言ってもらえて、やらせてもらえてうれしかったこと、言ってもらえなくて、やらせてもらえなくて悔しかったことを思い出し、子どもの気持ちを尊重してあげてほしい。

井上:目の前の子どもたちの育ちを見ると、自分自身の子ども時代と重なる部分がたくさんあるはずです。まずは、保育者自身が自分から出発する必要があるのかもしれませんね。

大人にとってはただの“いたずら”でも、子どもからしたら今、挑戦したいと思った“真剣勝負”。だから、道理を教える時に、叱る言葉は必要がないというお話にハッとさせられた方も多いのではないでしょうか。対談後編では、視聴者(園長先生や先生)からの質問におふたりが回答していきます。お楽しみに。

【対談後編|保育の楽しさってなんだろう?】コロナ禍における逆境を上手に生かしてはこちら!

[参照]「コロナ×こどもアンケート」第4回調査報告

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お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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