保育ドキュメンテーションってなに?|玉川大学教授・大豆生田啓友

保育ドキュメンテーションってなに?|玉川大学教授・大豆生田啓友

いま、日本の保育現場で急速に広まりつつあるのが、「保育ドキュメンテーション」です。とはいえ、まだ導入していない園も多いため、「なんのことかわからない」という保育者さんもいるかもしれませんね。そこで、日本における保育ドキュメンテーションの第一人者である玉川大学教育学部の大豆生田啓友先生に、「保育ドキュメンテーションとはどういったものか」「導入するにあたってのポイントはなにか」などについて教えてもらいました。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人

保育ドキュメンテーションとは?「親向けの写真付きおたより」ではない

「保育ドキュメンテーション」は、もともとイタリアのレッジョ・エミリア市の幼児教育から発祥した記録の方法です。保育者のみなさんであれば、レッジョ・エミリアが町を挙げて幼児教育に取り組んでいることをご存じかもしれませんね。

保育ドキュメンテーションを簡単に説明するなら、「子どもたちの学びのプロセスを記録すること」といったところで、記録のために写真を使う点に大きな特徴があります。子どもたちの毎日の活動を文字情報だけで記録しようとすると、たくさんの言葉が必要ですし、記録をする保育者の側も多くのエネルギーを消費します。でも、写真であれば視覚的に理解しやすいうえに、作成する保育者の負担軽減にもつながりますよね。

現在、日本でも急速に広まりつつありますが、導入に際して少し困ったことも起きています。それは、保育ドキュメンテーションを「保護者に向けた写真付きのおたより」というふうに認識している現場が多いこと。これは明らかに誤った認識です。

これには、仕方がない側面もあります。レッジョ・エミリアの実践が日本に紹介されたとき、写真の記録を保護者に発信していたインパクトが大きく、それが広まった経緯があるのです。

保育ドキュメンテーションは子どもの学びの記録を通した「対話のツール」

では、保育ドキュメンテーションについて、どう認識するのが正解なのでしょう。保育ドキュメンテーションの本質は子どもの学びの記録を通して対話を行うツールという点にあります。

①自分自身との対話のツール 

第一には、自分自身との対話のツールです。今日の保育を振り返って記録しながら、子どもの姿を思い返し、どのような学びのプロセスがあったか、興味関心があったか、課題を乗り越えようとする姿があったかなどを探ります。写真があることで、今日の大切な場面を視覚的に振り返ることができるのです。そして、今日の子どもの姿や興味関心などから明日の保育計画をデザインします。このサイクルがとても大切です。

②子どもとの対話のツール 

第二には、子どもとの対話のツールとしての活用です。お散歩の時間に子どもたちが消防車を見たとします。その写真記録を壁面に掲示したりするのです。その掲示された写真記録を子どもたちが見ながら、自分たちの経験を振り返ることができます。そして、「先生、消防車をつくってみたい」といったふうに思考を発展させ、次の学びにつなげていく子どもも出てくるでしょう。そういった意味で、保育ドキュメンテーションは「保育者と子どもの対話のツール」であると同時に、「次の学びを誘発するツール」でもあるのです。

③保護者との対話のツール 

第三には、保護者との対話のツールにもなります。写真を親に掲示・発信することで、その日の子どもの姿や、いまどんな遊びを通じてなにを学んでいるのかといったことを、視覚的にわかりやすく伝えることで対話が生まれるのです。

たとえば、「保育者と子どもの対話のツール」の例のように、子どもたちが「お散歩中に消防車を見た」「その消防車を段ボールでつくることになった」ということが親に伝われば? 親子の会話にもつながりますし、場合によっては「じゃ、この段ボールを園に持って行く?」というふうに親が園の保育に興味を持ち、理解を深め、参画していくようなことにもなるでしょう。

④保護者同士の対話のツール 

第四は、保育者同士の対話のツールです。保育者各自の記録が掲示されていれば、自分の担任以外の子どもたちの様子がよくわかりますし、同僚保育者の記録のなかに面白い遊びの様子を見つければ、自身の刺激にもなります。すると、「これ、自分もやってみようかな」とか、「もっとこうしたら面白いんじゃない?」といった具合に、同僚との間に対話が生まれる。つまり、保育ドキュメンテーションが「保育者の質を上げるツール」として機能するわけです。

以上のように、保育ドキュメンテーションは子どもの学びのプロセスを通して対話を広げ、よりその理解を深め、明日の保育につながるような、保育の質を高めていくツールなのです。

保育ドキュメンテーションの導入で大幅に軽減する保育者の負担

保育ドキュメンテーションに関しては、わたしのもとに保育者のみなさんから多くの悩みや疑問も寄せられます。たとえば、「保育ドキュメンテーションを導入すると、負担が増えるのではないか」という声もそのひとつ。

でも、保育ドキュメンテーションには、「保育者の業務負担を軽減する」という狙いもあります。すでにお伝えしたように、毎日の活動を文字情報だけで記録しようとすると多くの時間やエネルギーが必要になりますが、写真を使えば一目瞭然。視覚情報によって、記録の負担を軽減してくれるはずです。

さらにいうなら、保育ドキュメンテーションをICTシステムと組み合わせて活用すれば、保育者の業務負担はより軽減されるでしょう。ICTとは「Information and Communication Technology」の略で、日本語にすると「情報通信技術」のこと。現場の保育者さんたちには説明の必要がないと思いますが、保育の場においては、スマホやパソコンを活用した子どもたちの登降園や健康状態の管理、保護者との連絡、保育者の勤怠管理や業務管理など、保育業務全般をサポートするシステムを指します。

つまり、ここに保育ドキュメンテーションを組み込めば、保育ドキュメンテーションが保育日誌や個人記録になり、今後の保育の計画書になり、保護者への連絡帳や保育の発信記録になり、そして子どもたちへの掲示物にもなるわけです。

よりよい保育ドキュメンテーションのための撮影のポイント

「保育中にそんなに写真ばかり撮っていられない」というのも、多く寄せられる言葉です。しかし、そういう悩みを持つのも当然といえば当然。日本の保育者は本当に子どもの遊びのなかに入って、積極的にかかわっているからです。

それは、とても素晴らしいことです。ただ、その一方で、ときには引いてみる視点も必要です。今日の子どもたちの姿のどこに重要な学びがあるかのポイントを見る視点ともいえるでしょう。かといって、いつもカメラを向ける必要はありません。子どもの姿から大切な姿を読み取る習慣をふだんからつけていると、「ここだ!」という場面を撮れるようになってきます。

また、「保育ドキュメンテーションを作成する際、どこを撮影していいのかわからない」という質問もあります。おそらく、今日の子どもたちの大切なポイントが見えていないと、どこを撮影したらよいかわからないと思います。今日はこの遊びできっと大切な経験があるだろうという視点があれば予測ができるので、ずっとカメラを抱えていなくても、写真を撮るポイントがはっきりしてきます。

もちろん、想定外のポイントも撮れるようになります。最初は慣れなくても、それを意識していると、次第に、いつもカメラを構えていなくても大事なポイントを撮れるようになってくるものです。そうすると、「写真で記録すると、こんなに子どもの姿が見えるようになってくるのか」ということも実感することでしょう。つまり、保育の質の向上につながるのです。

保育者自身の「心が動いた場面」を撮影する

「どこを撮影していいのかわからない」という場合は、保育ドキュメンテーションを「保護者に向けた写真付きのおたより」ではなく、「保育者の質を上げるツール」だと意識してみるのもポイントです。

前者としてとらえると、「どこを撮影したら親たちにウケるか」ということばかり考えてしまいますし、「子どもたち全員を撮影しなければならない」といった意識も働きます。それはとても大変な作業ですから、それこそ保育者の負担軽減どころではなくなりますよね。また、全員が写って「○○公園に行ってきました」といった「〜しました」という記録は、結果的に、保育にも役に立たなければ保護者の心にもうったえかけません。子どもの具体的な学びのプロセスを記録することで、保育にも役立ち、保護者にも伝わるのです。

保育ドキュメンテーションにおいてもっとも重要な「保育者の質を上げるツール」だという点がおろそかになってしまうと本末転倒です。そのように作成した保育ドキュメンテーションは、結果的になにも伝わらないものになってしまいます。

繰り返しますが、保育ドキュメンテーションは「親たちへのサービス」ではなく、「保育者の質を上げる」ための記録です。そして、それを親たちに発信するからこそ、保育者が大事にしていることや子どもたちの遊びのなかにあふれている学びのドラマが、親たちにもしっかり伝わっていくのです。

「親に見せるもの」といった意識は捨て、子どもたちとのかかわりのなかで「ここが大事なところだ!」と自身の心が動いた場面を撮影する。これをいちばんに心がけてほしいと思います。

玉川大学教育学部教授
1965年生まれ、栃木県出身。専門は乳幼児教育学・子育て支援。青山学院大学大学院教育学専攻修了後、青山学院幼稚園教諭などを経て現職。他に日本保育学会理事、こども環境学会理事も務める。『非認知能力を育てる「しつけない」しつけのレシピ』(講談社)、『園行事を「子ども主体」に変える!』(チャイルド本社)、『日本版保育ドキュメンテーションのすすめ』(小学館)、『非認知能力を育てる あそびのレシピ』(講談社)、「あそびから学びが生まれる動的環境デザイン」(学研プラス)、『保護者支援の新ルール 10の原則』(メイト)など著書多数。
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