SNSで話題沸騰! ねこがいる―“ただそれだけ”の「頭がよくならない絵本」が子どもたちにウケるわけ|お笑い芸人・たなかひかる
取材・文/野口 燈 撮影/山本未沙子
2月10日の発売からわずか2週間あまりで重版が決定した絵本『ねこいる!』(作・たなかひかる/ポプラ社)が、いまSNSを中心に話題を呼んでいます。発売直後から「親子で大ウケ!」「子どもが酸欠になりそうなほど笑い転げた」など興奮気味の投稿が相次ぎ、その不思議な世界観にハマる人が続出。芸人、漫画家としても活躍中のたなかさんに、独自の世界観や、絵本の活用法を聞きました。
バカバカしさを追求した絵本『ねこいる!』に潜むただならぬこだわり
——絵本作家としてのデビュー作『ぱんつさん』(ポプラ社)から3年、待望の2作目となる『ねこいる!』が早速話題になっています。この絵本が誕生したきっかけと、制作の経緯についてお聞かせください。
たなかさん:
『ぱんつさん』では、自分のやりたいことを詰め込んだので、次はもうちょっと小さい子どもがシンプルに楽しめるものを作りたいと考えていました。見せ方としては、フリップ芸に近いものがいいかな、と。ページをめくるごとに「バーン!」って出てきてびっくりする…「いないいないばあ」のような構図ですね。そのイメージを落とし込んで、小さい子たちに喜んでもらえたらなあ、と思いながら制作しました。
最初はもうちょっとオシャレな雰囲気で作っていたんですけど、自分で描いていて「オシャレでしょ?」感が嫌になってしまって、「もっとバカバカしくしないとあかん!」って(笑)。バカバカしい見せ方を追求していった結果、「ババーン!」が出てきました。「ジャジャーン!」でも「テッテレー!」でもよかったんですけど、「ババーン!」と後ろの黄色のギザギザのフラッシュの組み合わせが、もうバカバカしいじゃないですか。
一番大変だったのは、「文字の色」ですね。「ちょっとひと癖入れたいな」っていうこだわりがあるんです、気づきました? 実は最初の文字からずっと猫はいたんですよ。
「ずっといた怖さ」っていう、ジャパニーズホラー的な怖さが潜んでいるんです。でも最初の段階で、すぐに猫がいるというのが見えてしまったら、最後の驚きがなくなってしまう。だからここの色の調整は何回もやり直しました。見えるか見えないかくらいの、絶妙な黒を出すまでに、デザイナーさんに何度もお願いして調整してもらったんです。
別に見えなくてもいいかな、というレベルなんですが、最終的に「文字の中にいる!」ってわかってから読み返してみると…っていうホラーっぽさが、一番こだわった部分ですね。
——たくさん登場する猫ちゃんたちの動きもユーモラスで、「猫らしさ」を感じられます。
たなかさん:
ぼくは「猫は無表情であってくれ」と思っているんです。さすがにめっちゃ怒ってるときは顔に出ますけど、基本的にはあまり変化がないですよね。無表情のまま飛びついてきたりするのが、なんともかわいい。だから、出てくる猫たちの表情は変わりません。どんな状況に置かれても淡々としていて無表情、というのがぼくにとっての「猫らしさ」だと思っているので、その点は意識しました。
「創作物はもっと自由でいい」と気づかせてくれた絵本の世界
——『ぱんつさん』も『ねこいる!』も、シュールでユーモラスな独特の世界観が魅力です。たなかさんご自身は絵本から影響を受けたことはありますか?
たなかさん:
『もけら もけら』(文・山下洋輔 絵・元永定正/福音館書店)はわりと大人になってから出会ったんですけど、衝撃的でしたね。聞き取れていない音が全部聞こえたらこういう世界なのかな、という不思議な感覚になりました。あと『ころころ にゃーん』(作・長 新太/福音館書店)も。長新太さんが描く世界っていい意味で狂気を感じさせるというか…。「創作物はもっと自由でいいんや」って思わせてくれるんです。
『からすのパンやさん』(作・かこ さとし/偕成社)は、子どものころ親が寝る前に読んでくれた温かい記憶として残っています。めちゃめちゃたくさんパンが出てくるページでは、妹と一緒に「わあ、たいこパンや!」とか、楽しみながら見ていました。
『ねこいる!』でも、そんな風にコミュニケーションツールとして、親や兄弟、おじいちゃんおばあちゃん、読んでくれた先生と話しながら楽しんでほしいと思います。
「こういうことしちゃいけないよ」とか「力を合わせてがんばろう」といった絵本はいっぱいあって、もちろんそういう絵本も大事です。ただ、ここで挙げた絵本のように、もっと深くて、言語化できないような感覚も大切にしてほしいと思っています。
読んだあと「楽しかった」で終わりじゃなくて、そこから先、その子の考え方の角度を1度くらいずらせたら、もっと面白くなっていくんじゃないかな、と。大人になってから角度を少し変えたところで、あまり影響がない。でも、子どものときにちょっと傾けたら、20歳、30歳になったとき歩いてる場所が全然違う。それってすごく大事なことだと実感しています。
子どもの想像力を育むための「絵本」を保育園でも活用しよう
——家庭や保育園で『ねこいる!』を読み聞かせするとき、おすすめの活用法などはありますか?
たかなさん:
先ほどもお話ししたように、コミュニケーションツールとして使ってほしいと思っています。「ねこいる?」「ババーン!」っていうリズムは無視していただいていいんです。何回も戻ったりしながら、「ああ、ここにいるよね」と会話につなげられるのも「本」の良さですよね。映像だと一方通行になりますが、本だったら何度でも自分で戻れる。
あと、「ババーン!」っていう音はすごくバカバカしいので、日常に効果音として取り入れてもらえればいろいろ遊べるかな、と。あくまできっかけですが、やっぱり「驚く」「びっくりする」っていうのはおもしろい。人をびっくりさせよう、笑かしてやろう、みたいな感覚を楽しんでほしいですね。もちろん悪いびっくりはダメですよ。でも、驚かせるのって楽しいじゃないですか? そこから派生した遊びなんかが出てくるといいですよね。
子どもってすごい速度で人間になっていこうとしているわけじゃないですか。先ほど言ったように、ちょっとの「角度」でその子の人生が変わることもありますし。そこに寄り添う保育士さんたちは、すごく大変で重要なお仕事をされていると思います。 全然しんどさは違うけど、子どもたちの心に影響するものを作っている、という意味では、保育士さんたちと近い作業をしているところもあるかな? と勝手に思っています。なにか自分も、部分的ではありますけどお力になれたらな、と。絵本を読んで培われる「想像力」ってすごく大事です。想像力をちゃんともっていたら、大人になったときにいろんな選択肢が考えられます。何かあったときに、マイナスの手段以外に他の可能性を考えられることは、未来を担う子どもたちにとって重要な武器になりますから。
日本絵本賞受賞! 衝撃のデビュー作『ぱんつさん』とは?
ここで、インタビューでも触れられた前作の『ぱんつさん』について。たなかさんの絵本作家としてのデビュー作でもある『ぱんつさん』は、第25回日本絵本賞を受賞するほど、各方面から高い評価を受けている絵本です。『ねこいる!』と一緒に、ぜひ『ぱんつさん』も子どもたちと楽しんでくださいね。
——受賞後、なにか変化はありましたか?
たなかさん:
また絵本を作らせていただきやすくなりました。本を出すっていうのが正直難しい時代になっているんで、そんななか、出したものを評価してもらえたのはありがたいですね。あと、シンプルに親が喜んでくれたのでうれしかったです。実は両親ともに小学校の先生だったんですよ。これまでよくわからない漫画ばっかり描いていたんで、心配していたんだと思います。「ようやく人様の役に立つものを作った」と感じてくれたんじゃないでしょうか(笑)。 子どもたちから届く感想もとてもうれしいですね。ハガキにオリジナルの『ぱんつさん』の絵を描いて送ってくれる子もいるんですよ。絵本の絵をそのまま模写するのではなく、自分の味付けした絵を見て、その子のクリエイティブな部分を、ちょんちょんって突つけたようでうれしくなりました。
事務所先輩・サンドウィッチマンも才能を絶賛!
2020年にポプラ社で行われた「第25回日本絵本賞」の贈呈式では、事務所の先輩・サンドウィッチマンがビデオレターで後輩の受賞を祝福。
「もう何度も見てるんですけど、たいした本ではないんですよね(笑)」と、笑いを挟みつつ、「でもやっぱり(子どもたちに)刺さるんでしょうね。芸人初の快挙ですよ。素晴らしいですね」と伊達さん。富澤さんも「評価してもらえたっていうのがすごいことですよ」とベタ褒めし、今後の活躍に期待を寄せていました。