「保育士辞めたい!」職場の人間関係で悩んだときの対処法とは?|アドラー心理学③ 熊野英一

「保育士辞めたい!」職場の人間関係で悩んだときの対処法とは?|アドラー心理学③ 熊野英一

考え方や価値観が異なる者同士がともに働く保育現場では、ときに保育者間の対立が起こることもあるでしょう。しかし、「よりよい保育を実践したい」という思いは、すべての保育者にとって共通なはず。だからこそ、良好な人間関係を保ちつつ、みんなで共通の目的に向かうのが得策です。そこで今回は、日本アドラー心理学会/日本個人心理学会の正会員である株式会社子育て支援代表取締役の熊野英一さんに、大人の人間関係を良くする方法についてアドバイスをしてもらいました。熊野さんは、「『アドラー心理学』は、職場などの人間関係を改善する際にも大いに力を発揮します」と力強く語ります。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人

保育現場は、人間関係がこじれがちな職場

近年、子育ての場や保育・教育現場での注目度が高まっている「アドラー心理学」ですが、実は職場などにおける人間関係の維持や改善にも、力を発揮します。なぜなら、「どうすれば、わたしとあなたは仲良くできるのか」ということを追求したのがアドラー心理学だからです。

保育現場における保育者同士の人間関係は、一般の会社と比べて「こじれがち」だと感じます。ほとんどの保育者が、「こんな保育者になりたい」「こんな保育をしたい」という強い思いやこだわりを持っている分、意見がぶつかりやすいのです。とはいえ、保育者が目指すゴールはほぼ同じ。「よりよい保育を実践したい」という思いを聞いて、「私はそうは思わない」などと反論する保育者はいないと思います。

つまり、それぞれの思いやこだわりが影響しているのは、目指すべきゴールではなく、ゴールに至るためのルートのほう。「Aルートが最適だ」と思う人もいれば、「Bルートがいい」という人もいて、そこから対立が生まれたりするのです。

ではそのとき、それぞれが自分の正義や価値観を押しつけ合って、譲らなかったとしたらどうなるでしょうか。「勝ち負け」を決めるような争いに発展してしまい、人間関係はどんどん悪化することでしょう。

こだわりを押しつけず、相手に「共感」する

そうした場面で大切なのは「共感」です。アドラー心理学では、他者の話にしっかりと耳を傾け、相手が体験しているシチュエーションを追体験し、自分の解釈を入れずに受け止めることを重視しており、そうした一連の関わり方を共感と読んでいます。

AルートとBルートで意見が分かれたとしたら、Aルートがいいと思う人が、Bルートにこだわる人に対して「Bルートのどこがそんなにいいの?」と聞く。逆にBルートがいいと思う人はAルートのいいところを聞く。そんな具合です。

そうすれば、争いによって勝ち負けを決める道とは別の道が開けてくるはずで、もしかしたら「ゴールは共有できているのだから、それぞれのルートを進んでみてゴール付近でまた会おう」という話になるかもしれない。あるいは、「AルートとBルートのいいところをとって、別のCルートを模索しよう」ということになるかもしれません。どういう形が待っているにせよ、争いにはならないでしょう。 保育者として、強いこだわりを持つのは大事なことですが、誰かに意見を押しつけるのはやめたほうが賢明です。私自身も、アドラー心理学の専門家ではありますが、アドラー心理学が唯一絶対の正解だと言うつもりはまったくありません。職場の人間関係を維持したり改善したりする方法はほかにもたくさんありますし、アドラー心理学もそのなかの一つ。そんなふうに考えています。

先輩や園長に、自ら「仲良くしたい」と伝える

ここからは、保育現場における人間関係の悩みのなかから、「立場の違いによって生まれがちな悩み」を取り上げ、その解消法をアドラー心理学の観点から考えてみます。

まずは、「新人保育者」から。新人という立場だと、「先輩や園長とうまくコミュニケーションがとれない」というのが典型例な悩みでしょうか。

それに対する私からのアドバイスは、「うまくコミュニケーションがとれない」という思い込みを捨ててほしいということです。もしかしたら、「うまくコミュニケーションをとれない」と思っているだけで、本当は自分自身が「コミュニケーションをとろうとしていない」だけかもしれません。そして、本当に「先輩や園長とうまくコミュニケーションをとりたい」と思っているのなら、その思いを自分の言葉で素直に先輩や園長に伝えてみるのが賢明です。 アドラー心理学では、未来を切り開く「勇気」というものを重視します。相手からのアクションを待つのではなく、勇気を持って「私は、先輩や園長先生ときちんとコミュニケーションをとりたい」「良い関係を築きたい」「仲良くなりたい」「新人なりに職場に貢献したい」と自分から伝えてみるのです。立場を逆転して考えればすぐにわかると思いますが、そのように素直で積極的な新人との関係を、わざわざ悪いものにしようとする先輩や園長がいると思いますか? あれこれと思い悩むよりも、思いを伝える勇気を持ちましょう。

リーダーが「鎧」を脱げば、会議が盛り上がる

続いて、「リーダー保育者」です。ここでは、「保育者同士が意見を出し合えるような環境を、どう作ればいいかわからない」という悩みを想定してみましょう。この悩みを持つ人にまず知ってほしいのは、職場や会議の雰囲気を作っているのがリーダー保育者——つまり、自分自身だということです。

保育者同士の職員会議で「何か意見はありますか?」と聞いても、誰も何も言わない。そんなときは「どうして何も言わないのか」と、つい後輩のせいにしたくなるものですが、そうではありません。リーダーが作っている「何も言えない」「言っても無駄」という雰囲気のなかで、後輩は自分の意見が言えなくなっているのです。

そして、そうした雰囲気の原因となっているのは、「リーダーだから正解を言わなければならない」「リーダーだから後輩を指導しなければならない」といった、「自分はこうあるべき」という「鎧」です。ですから、まずはその鎧を脱ぐことから始めましょう。

そのうえで、自分自身が過去にやってしまった失敗談をたくさん話してみてください。それだけで、後輩たちは「できるリーダーだと思っていたけれど、そんな経験もあるんだ」という安心感が得られます。また、そうした安心感が「こうやってすべてをさらけ出してくれるリーダーになら、自分の相談事や意見も伝えられる」という気持ちにつながり、どんどん意見を出してくれるはずです。

目指すべきは、強がって格好をつけるリーダーではなく、自分の弱さを見せられるリーダー。それを実践することで、周りから貴重な意見や助けを得られるようになり、組織の絆をより強固なものにできるでしょう。

それぞれの存在自体を認めれば、保育者は辞めない

最後は、「園長」の悩みです。多くの園長の悩みといえば、「人材育成や人材定着の難しさ」ではないでしょうか。その悩みを解消する方法は、保育者のみなさんに「所属感」を持たせることに尽きます。

所属感とは、「私は価値がある人間で、この場で役に立っている」という感覚のことで、人間は本能的に所属感を求めています。なぜなら、人間が一人で生きる生き物ではなく、集団で社会生活を営む生き物だからです。そのため、自分が所属する集団において「役に立っている」という感覚は、人間にとって無上の喜びとなります。

それを踏まえれば、従業員である保育者たちに所属感を与えることが、園長の最大の仕事だという意味がおわかりいただけるでしょうか。

園で働く保育者は性格や考え方、行動も千差万別。なかには、仕事が遅いだとかミスが多いといった短所を持つ人もいるでしょう。でも、そんな保育者にも必ず持ち味があります。その持ち味をしっかり見て、「あなたはこういうところが素敵だよ」「あなたがいてくれて本当にありがたい」と伝えたうえで、その人の存在自体を認めてあげてください。

そうやって自分の存在を認められた保育者は、きっと「この園に所属していて本当によかった」と感じるでしょう。そして、「もっと貢献したい」という思いを強め、自ら学び、成長していくはずです。その結果、保育者の定着率も上がるのではないでしょうか。

株式会社子育て支援代表取締役
1972年1月22日生まれ、フランス・パリ出身。株式会社子育て支援代表取締役。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。
メルセデス・ベンツ日本人事部門に勤務後、米国Indiana University Kelley School of Businessに留学(MBA/経営学修士)。製薬企業イーライ・リリー米国本社及び日本法人を経て、保育サービスの株式会社コティに統括部長として入社。
約60の保育施設の立ち上げ・運営、ベビーシッター事業に従事。
2007年、株式会社子育て支援を設立し、代表取締役に就任。日本アドラー心理学会/日本個人心理学会正会員。主な著書に『夫婦の教科書』(アルテ)、『急に「変われ」と言われても』(小学館)、『仕事も家庭も充実させたいパパのための本』(小学館)、『家庭の教科書』(アルテ)、『育児の教科書』(アルテ)がある。