【保育】美術作家の園長が実現する子どもの発想力と自己表現を伸ばすユニークな保育活動とは?

【保育】美術作家の園長が実現する子どもの発想力と自己表現を伸ばすユニークな保育活動とは?

京都府京都市中京区にある「創作の杜おいけあした保育園」は、「楽しくなければ、保育園じゃない!」を保育理念に、数々のユニークな取り組みを行っています。ビルに囲まれた街中の園庭に設けられたビオトープ、みんなで行き先を決めるお泊まり保育、半年かけて好きな楽器を作りあげる手作り楽器制作……。そうした独自の活動を通じて、子どもたちの「発想する力」や「自分で考える力」を伸ばそうとするのが、「創作の杜おいけあした保育園」の考え方なのです。今回は、美術作家をしながらも園長を務めるという木原 圭さんに、園長を務めることになった経緯や保育活動に対する考え方などをうかがいます。

\お話を伺った方/
木原 圭さん 創作の杜おいけあした保育園 園長

子どもたちの卒園制作をきっかけに、異業種から園長の道へ

——木原さんは、美術作家をしながらも園長をされているとうかがっています。まずは「おいけあした保育園」に関わるようになったきっかけを教えてください。

木原: 20年ほど前、当園の保育士から「保育園の卒園制作として、子どもたちがタイル に絵を描いて飾っているのだけれど、すぐに色あせてしまう。作品を長く残すための方法はありませんか?」と相談を受けたのがきっかけです。

当時の私は、美術大学を卒業後、海外留学などを経て美術家として活動していたのですが、正直なところ子どもや保育というものに苦手意識がありました。でも、「卒園制作は一人ひとりがこの保育園で過ごしたという証だから、しっかり残したい」という気持ちに共感して、お手伝いすることにしたんです。

——最初は、美術関連の依頼だったのですね。

木原:そうなんです。それで、実際に子どもたちの卒園制作に関わってみたんですが、子どもたちがいっぱい遊んでくれてとにかく楽しかった! 以来、普段の造形や創作の活動も一緒にするようになったんです。

——その後は、どういった経緯で園長に就任されたのでしょう。

木原:はじめのうちは週に1回程度、創作活動を一緒に行なったり、遠足や野外活動などにも参加したりしていたんです。だから、子どもたちからすると「たまに遊びに来るお兄さん」くらいの存在だったと思います。でも、ふと気が付くと創作活動の回数が週2回になり、3回になり……。園の雑用などさまざまなことを手伝い、任されていくうちに、いつの間にか園長になっていました(笑)。

——園長先生なのに、呼び名は「圭兄ちゃん」なんですね。

実は、最初に卒園制作に関わったとき、子どもたちに「先生」ではなく、造形を一緒に楽しむ「仲間」だと思ってほしくて、近所のお兄ちゃん的に「圭兄ちゃん」と呼んでもらったんです。その呼び名が子どもたちの間で受け継がれ、20年を過ぎた今も「圭兄ちゃん」と呼ばれています。

自作の衣装を身に付けて収穫を祝う「収穫まつり」

保育士と子どもたちが半年がかりで作り上げる手作り楽器制作とは?

——美術作家であり園長でもある立場から、造形や創作活動をするときに気を付けていることはありますか?

木原:最初に卒園制作のお手伝いをしたとき、真っ先に感じたのは、子どもたちと関わることの楽しさでした。でも同時に、当時行われていた造形活動で子どもたちの描く絵や作るものがあまりにも画一的だったことに衝撃を受けました。おそらく、大人が絵の描き方を「指導」してレールを敷いてしまっていたからでしょう。

大人と子どもが自由に関わり合っている環境だと、子どもたちはやりたいことを自分たちで見つけ、のびのびと発想し、創造していきます。一方で、大人が画一的な関わり方、いわゆる指導をしてしまうと、子どもはすぐそれに染まり、発想や創造も画一的になってしまいます。

ですから、当園では「画一的な指導にならないように」ということに、特に気を付けています。例えば、絵を描く場合でも「クレヨンでこの画用紙に絵を描いてね」と指示するのではなく、画材は自由、紙もいろいろなサイズを用意して、描きたい絵を、好きな画材で、好きなように描くんです。それだけではないですが、子どもたちは時間を忘れて自分の世界に没頭できるように環境を整えます。それは本来の芸術そのものであり、子どもたちには創造性はもちろん、自分で考えて行動する主体性を育んでもらうことにもつながります。

——他の園にはない「おいけあした保育園」ならではの造形活動はありますか?

木原:当園の造形活動で特徴的なものと言えば、やはり年長児が半年かけて作る楽器ですね。カリンバやカホン、ギターなど、自分が作りたいと思った楽器を、それこそ木をのこぎりで切るところからスタートして、保育士と一緒に半年がかりで作りあげるんです。発表会ではコンサートを開いて演奏もするんですよ! 物に溢れる世の中で、消費しないおもちゃとして、子どもたちに一生の思い出として残って欲しいですね。

ギターは弦が1本ですが、ちゃんとチューニングできるようになっています。

園庭のビオトープで、日常的に「自然」を感じる

——園があるのは京都の中心部。環境の面で何か工夫していることはありますか?

木原:都市部での暮らしは便利ですが、エレベーターや段差のない道路など、人工的な設備に囲まれて育つことが、子どもたちの育ちにとって良いかのどうかは疑問です。そうした考えから、当園では、子どもたちの基礎体力やバランス感覚を養うこと、そして何より楽しいことを目的に、園庭全体にわざと高低差を作ったり、土や落ち葉を敷いたりしています。

また、開園後3年目に園庭の一角に、自然の生態系を観察できるビオトープ(※1)も作りました。以前から、山や川などに出かける園外保育を積極的に行っていたのですが、そうした活動を行うなかで「自然をもっと近くに感じてもらいたい」という思いが強くなり、保護者の方たちに協力してもらいながら完成させたんです。

ビオトープができたことで周囲の自然とつながることができ、子どもたちは虫やカエルなど、さまざまな生き物たちの気配を感じながら、日常的に自然との触れ合いを楽んでいます。

※1 野生の生き物(植物や虫、魚など)の生息空間のこと。

大都会のなかでも、豊かな自然が息づいています。

子どもたちのために知恵を絞ることが、保育士の成長につながる

——お泊まり保育もユニークだとうかがっています。具体的にはどのようなことをされているのでしょう。

木原:毎年夏に、年長さんのお泊まり保育を実施しています。園に泊まることは決まっているのですが、日中の行先や活動内容は子どもたちが話し合って決めているので、年によって行き先が異なります。そういえば、子どもたちが「ハワイに行きたい!」と言い出した年もあったんですよ(笑)。

——ハワイでお泊まり保育ですか!? そのときはどう対応されたのでしょう。

かなえてあげたいけれど、さすがにハワイは遠すぎます。なので、まずは園内をハワイ風のインテリアで飾り付けることにしました。加えて、ハワイアンの音楽をかけたり、アロハシャツを着たり、ハワイ風のカクテルのような飲み物を用意したり……。すべてをハワイ仕様にして、日中の活動から帰ってくる子どもたちを迎えたんです。子どもたちは、本当にハワイに行ったかのように大喜びでした。

——ユニークな活動が多い「おいけあした保育園」ですが、ほかに力を入れていることはありますか?

木原:最近は、「世界とつながること」を考えていて、スウェーデンなど海外の保育園との連携を進めています。子どもたちは、スウェーデンがどこにあるかも最初はわからなかったのですが、作品を画像メールでやりとりしたり、お互いの遊びを紹介したり交流を楽しんでいます。今後はオンラインMTGをつなげて直接会話をしたりしながら、こういったグローバルな活動も広げていきたいですね。

<レオパードヘッドプロジェクト> 日本とスウェーデンで同じようなレオパードの壁画を作り、その顔を子どもたちが自由に創造し表現しています。

——それは楽しそうです! でも、多彩な活動がある分、園長先生や保育士さんたちは準備に追われて大変なのでは?

木原:一人一人の意見が形になり「どうやって子どもたちを喜ばせようか」「どうやって笑顔を引き出そうか」と知恵を絞っている保育士たちは、とても楽しそうでいきいきしていますよ。子どもたちと一緒に楽しむために、知恵を絞る。その積み重ねが一人の人としての成長にもつながるように感じます。大人も子どもも自己実現ができることが大切です。

——子どもたちを喜ばせるためには、保育士さん同士の連携も大切だと思います。関係性をよくするために工夫していることはありますか?

木原:当園には現在、20代からベテランまで40名ほどの保育士が在籍しているのですが、誰一人として同じ人生を歩んでいる人はいないので、どの世代の意見も一つの意見として大切にすることを心がけています。また全体会議とは別に世代別に会議を設けて、全員が意見を出しやすいような仕組みを作ろうとしています。小さな工夫ではありますが、それによって風通しのいい環境が実現できていると感じます。

園庭のサクランボ。保育士もいっしょに食べてみます。

「楽しくなければ、保育じゃない!」という思いを大切にしたい

——最後に、「ほいくらし」の読者に向けてメッセージをお願いします。

当園は『楽しくなければ、保育園じゃない!』を保育理念に掲げています。保育活動において大切なのは「子どものレベルに合わせること」ではなく、「子どもと大人が一緒に楽しむこと」だと考えているからです。

楽しむというと一過性のものを想像するかもしれませんが、楽しむことはサステナビリティ(持続可能性)を実現するための大事な要素でもあります。だって、どんなにいいことでも楽くないと続けられないじゃないですか。だから、子どもたちはもちろん、保育士にとっても楽しむことが第一! みなさんも、ぜひ楽しむことを大切にしながら、子どもたちと向き合ってみてください。

・おいけあした保育園 https://oikeashita.net/
・インスタグラム https://instagram.com/oikeashita

取材・文/曽田照子 編集/イージーゴー

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