ICT化と働き方改革で「選ばれる保育園」へ!元ビジネスマンの現場改革奮闘記|まつやま大宮保育園

ICT化と働き方改革で「選ばれる保育園」へ!元ビジネスマンの現場改革奮闘記|まつやま大宮保育園

茨城県守谷市にある山ゆり会は、茨城県内に5つの保育園を運営する社会福祉法人です。今回、取材のために訪れたのは、そのうちの1つである「まつやま大宮保育園」。広い園庭では子どもたちが泥んこになって駆けまわり、それを見守る保育士たちの顔もいきいきと輝いています。

そうした環境のよさもさることながら、国基準の1.5倍以上の保育士を配置し、職員の有給休暇取得率が毎年のように99%を超えるのも山ゆり会の大きな特徴です。しかし、十数年前までは保育士不足や労働環境が整っていなかったために、有給休暇を取る余裕がなく、保育士が疲弊して辞めていくこともあったと言います。 現在、園を運営する松山圭一郎さんは、2009年に他業種から保育業界に転身した人物。当時は、保育士不足や業務過多の状況を目の当たりにして、環境改善の必要性を痛感したそうです。その後、10年にわたって山積みの課題に取り組み、作業量の見直しや処遇改善、DX化などの改革を行ってきた松山さんに、「職場環境を変えるためのポイント」についてうかがいました。

\お話を伺った方/
松山圭一郎さん 社会福祉法人 山ゆり会 法人本部長

社会福祉法人山ゆり会 法人本部長の松山圭一郎さん。

一般企業と保育園のギャップに愕然とし、根底からの変革に着手

——松山さんは一般企業から保育園業界に入ったとうかがっています。保育業界に対する第一印象はいかがでしたか?

松山:正直、「これは厳しいな」と感じました。それまで私が働いていたのは、東京の不動産ディベロッパーで、IPOに向けてゴリゴリと業績アップに取り組んでいるような環境でした。そこから両親が運営する社会福祉法人山ゆり会に入ったのですが、とにかく保育現場と一般企業とのギャップに愕然としたのを覚えています。

——具体的にどのような点にギャップを感じたのでしょう。

松山:私が入職したのは2009年で、世間にスマートフォンやクラウドサービスが普及し始めた頃でした。にもかかわらず、保育現場にはインターネット環境がなく、連絡手段は手書きのノートやFAX。教材費や延長保育料などは現金で個別に回収し、それを保育士が数え、銀行窓口まで入金しに行くという昔ながらの方法でした。

でも、保育士の人数がギリギリで休みを取る余裕もないのに、そんなことをやっていたら無駄な作業が多すぎますよね。しかも、それについて「おかしい」「無駄が多い」とは誰も思っていないんです。保育業界の「常識」は、私にとってカルチャーショックでしかありませんでした。

——現在、報道で目にする保育士の過酷な労働状況は、その頃からあったわけですね。

松山:保育業界の課題は、ここ数年に突然生まれたものではありません。「子どもたちのため」というキラキラした言葉の陰で、やりがい搾取が起こり、職員の心身が慢性的に疲弊してしまう……。そんな状況を目にして、「職場環境を抜本的に変革しなければ、持続不可能だ」と強く感じました。

「職員の要望はすべて聞く!」という姿勢が好循環につながった

——目の前にたくさんの課題があるなか、どこから改革をスタートさせたのでしょう。

松山:デジタル環境の整備からです。まずはWi-Fi環境を整え、パソコンの台数を増やし、自社サーバーを作って保育園同士を連携させました。その後も職員にスマートフォンを配布したり、連絡帳や事務作業をデジタル化したりと、とにかくICT化の推進に努めましたね。

——突然のICT化に反対したり、ついてこられなかったりする職員はいませんでしたか?

松山:新しいやり方に不安を感じる職員は当然います。ですから、あまり急ぎすぎず、時間をかけて取り組むように心がけました。例えば、スマートフォンがあれば、保育士は手元で事務的な作業を完了させられるので、手書きで紙に書き込む時間は不要になります。当たり前のことですが、それだけで業務は効率化しますよね?

でも、それを言葉で理解してもらうのは難しかったので、まずは1つの園に導入し、1年間その効果を見てもらい、みんなが納得できてから他の園にも導入するといった流れで、段階的に浸透させていきました。キャッシュレス決済なども含めて、完全にICT化が完了したのは2019年頃です。

——ICT化のほかには、どのような改善に取り組まれたのですか?

松山:ICT化と並行して処遇改善も進めました。当時、職員から「保育士は給与水準が低くて、将来が見通せない」という声を聞くことが多かったからです。処遇改善でまず行ったのは、園長も含め全職員の賃金を俸給表にして示し、「見える化」することでした。「このポジションで何年働くと年収はいくらになるのか?」がわかれば将来が見通せますし、モチベーションアップにもつながると考えたのです。

そのほか、定期的に職員アンケートやヒアリング調査を実施して、「職員の要望をすべて丸のみにする」という取り組みも実施しました。あとは、人を増やして有給を取りやすくしたり、給与の見直しを行ったり……。最近では、副業も解禁しています。

——要望のすべてを丸のみしたら、経営に支障が出てしまいそうです。

松山:そんなことはありません。実はその逆で、人を大切にすると、その効果はちゃんと返ってくるんです。減収になるどころか、入園希望者が増えて職員のモチベーションが上がるなど、実際はいいことずくめでした。

保育士全員にスマートフォンを貸与することで、事務作業の効率化を実現しました。

保育士数は国基準の1.5倍、有給休暇取得率は99.6%

——2009年以来、大改革に取り組んできたわけですが、現在までどのような変化がありましたか?

松山:まず、有給休暇の取得率がここ数年は平均して99%以上になりました。100%にするのはなかなか難しいですが、休みたいときに休める体制は整ったと言えるでしょう。

——毎年99%以上というのは、一般企業でも難しいと思います。どうやって実現したのでしょう。

松山:全員が自由に有給休暇を取得するには、十分な人員が必要です。そのため、山ゆり会の保育園では、国の基準の1.5倍以上の保育士を採用しています。そして、ほとんどの保育士が8時間勤務。この2つが有給休暇の取得率を上げるポイントでした。

たとえば、8時間勤務の保育士が1人休もうとしたとき、その日に交代できるのが午前勤務のパート職員2人だけだったとします。午前中は2人もいるのに、午後は誰もいない。これは非常にもったいないケースですよね? それで、勇気を持って保育士の採用を「8時間勤務ができる方」に限定してみたんです。みんなが8時間働けば、さっき例に挙げた状況でも別の誰かがぽんと入れるじゃないですか。

また、一般的に有給休暇が取得できるのは、入社後6か月経ってからですが、山ゆり会では入社直後から利用できます。働き始めは精神的に疲れることもありますし、リズムをつかむ前に体調を崩すこともある。それを踏まえると、6か月という規定は合理的じゃないと感じたんです。

——お話を伺っているだけで、職場環境の変貌ぶりが伝わってきます。

松山:おかげさまで、保育士の離職数も確実に減りました。また、たとえ離職する職員がいても、その理由が「将来のために別の仕事を経験したい」「海外留学したい」など、前向きなものに変わってきています。うちではいわゆる「出戻り」も大歓迎なので、いろいろな経験を積んで、戻ってきてもらうのもOKなんです。

——保育士さんが長く勤めてくれれば、子どもたちもうれしいのではないでしょうか。

「登園すれば〇〇先生がいる」という安心が生まれるのは、とてもよいことだと思います。大好きだった先生がずっと園にいれば、卒園してからもときどき顔を出してくれるかもしれませんよね。

産まれる前から卒園後までカバーできる園に

——今年から新しくスタートした事業もあるとか。どのようなものかお聞かせください。

松山:2023年4月から、守谷市の委託を受けて「利用者支援事業」を開始しました。妊娠中から産後、保育サービスまでを一貫してサポートし、安心して子育てできる環境を提供するのが目的で、地域の保健師、助産師の方たちと協力しながら実施しています。

妊娠中は不安になりやすく、産後は孤独になることも多い。そうした方たちのお役に立てたらうれしいですね。

——いわゆる妊産婦伴走型支援ですね。どのような思いで始められたのでしょうか?

松山:このサービスは、妊娠期から産後、そして保育園などに通うまでの期間を線でつなげることができます。例えば、私の息子が通っている小学校では、一定数の不登校児童がいます。この数は、中学生になるとさらに増えるそうです。

その話を聞いて、卒園した園児が学校生活で壁にぶつかったときに、山ゆり会の保育園を「いつでも戻れる場所」にできたらと思い、この事業が卒園後の子どもたちの居場所づくりにも役立つはずだと信じて参入することにしました。

卒園しても子どもたちの居場所になりたい。それが松山さんの思いです(まつやま百合ケ丘保育園)。

「選ばれる園」になるために必要なのは、経営者の意識改革

——多くの保育園では、いまだに業務改善や処遇改善が進んでいません。加えて、大量離職や悲しい保育事故の報道を目にする機会も、けっして少なくありません。一方で、山ゆり会のように改革がうまく進んで、保育士がいきいきと働く職場もあります。前者のような状況を変革するには、何が必要だとお考えですか?

松山:おっしゃる通り、保育業界はいまだに多くの課題を抱えています。そして、保育士たちは「子どもを守りたい」と思いながらも、大量離職やストライキにおよぶほど追い詰められています。では、この状況をどうやって変えればいいのか。私なりの結論を言うなら、状況を変えられるのは経営者しかいません。

数年前、保育園の人材確保のために行われた規制緩和によって、多くの事業者が保育業界に参入しました。しかし、現在は急激な新生児減少によって保育園の淘汰が進んでいます。こんなにも早く出生数が80万人を切るまで減少するなんて、誰も予測できなかったのではないでしょうか。

つまり、保育園は業務改善や処遇改善に加えて、競争に生き残る必要があるわけです。生き残るためには、「保護者や地域に選ばれる園」になるしかありませんが、そのためには保育士の働き方改革やDX化など、経営者が現場を変革する意識を持つことが必要です。だからこそ、保育業界を変えられるのは経営者しかいないと、私は思います。

◆ 社会福祉法人 山ゆり会 まつやま保育園グループ

取材・文/宮﨑まきこ 編集/イージーゴー

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