「宇宙教育」に取り組む松山認定こども園 星岡|園の名前が付いた小惑星も誕生

愛媛県松山市の「松山認定こども園 星岡」では、2014年から年長児を対象にJAXAとの連携授業を行うなど、全国でも珍しい「宇宙教育」を行っています。その活動が評価され、2022年10月には国際天文学連合が小惑星に園名を付けることを決定。「Hoshioka」と命名された小惑星も誕生しました。今回は、「松山認定こども園 星岡」の園長である西宮京子さんに、宇宙教育とはどのようなものなのか、子どもたちの成長にどのような影響があるのかなどについて、話を聞いてみました。
\お話を伺った方/
西宮京子さん 松山認定こども園 星岡 園長
遊具のない園庭で、子どもたちの「生きる力」を育む
——「松山認定こども園 星岡」について、簡単にご紹介いただけますか?
西宮:愛媛県で医療・福祉・教育の事業を中心に展開している「アトムグループ」の幼稚園として、1978年に設立された松山幼稚園を前身とし、「自分の生活は自分で作る」という教育理念のもと、2009年に認定こども園として認可された幼保連携型の認定こども園です。園の大きな特徴として挙げられるのは、園庭に滑り台以外の遊具がないこと。
園を訪れた方にはいつも驚かれるのですが、遊具がなくても子どもたちは意欲的に遊び方を生み出し、研究したり工夫したりしながら、楽しく過ごしています。
——まさに、教育理念通りの過ごし方ですね。
西宮:おっしゃる通り、研究したり工夫したりする過程を通して子どもたちの「生きる力」を育むのが狙いです。当園では自然との関わりも大切にしていて、1年を通して自然を身近に感じられる活動を実施しています。例えば、色水遊びのときも絵の具ではなく、自分たちでつんだ草花を使って色をつけているんですよ。体験のなかでは、色が出やすい草花はどれか、変色を防ぐにはどうしたらいいのかなど、子どもたちなりに考えたり試したりしながら自然との関わりを楽しんでいます。
また、命に触れることで命の大切さを知ってほしいという思いから、節分には一緒にイワシをさばいて、つみれ汁を作ったりもしています。この活動を実施するようになってから、子どもたちは「食べることは、イワシの命をいただくことでもある」と気づき、食べ物を粗末にするような場面がなくなりました。
子どもたちの興味に応えようと、手探りで始めた宇宙教育
——「宇宙教育」も園の大きな特徴となっています。この取り組みが始まった経緯について教えてください。
西宮:七夕集会がきっかけでした。集会では彦星と織姫の話をしたのですが、それを聞いた子どもたちは「お空には彦星様と織姫様がいるんだね」「見えるのかな」と夜空の星に興味津々だったんです。その姿を見て、「彦星はわし座のアルタイルで、織姫はこと座のベガで……」と夏の星座についてきちんと教えてあげたい、実際の星空を見せてあげたいと思い、宇宙教育をスタートさせました。
とはいえ、職員に宇宙や天体の知識があるわけではないので、実際の取り組みについては手探りの状態。まずは、宇宙への関心を高めてもらうために、宇宙服のレプリカを用意し、年長児を対象に「アトム宇宙探検隊」を結成することから始めました。
——宇宙の知識がなかったとのことですが、宇宙教育のプログラムはどのように作られたのでしょう?
西宮:愛媛大学の教授や、NPO法人東亜天文学会の愛媛支部に協力してもらいました。特に印象に残っているのは、愛媛大学の宇宙進化研究センターから教授が来園して「君たちだって宇宙人なんだよ」という話をしてくれたときのことですね。子どもたちは、自分も宇宙人だということに衝撃を受けたようで、自主的にiPadで宇宙のことを調べるようになったんです。
そして、私たちも「子どもたちに負けてはいられない!」と、ホールのステージに天体のオブジェを作りました。太陽を1とした場合、他の惑星はどれくらいの大きさなのかがわかるように工夫しながら、さまざまな惑星をホールに吊るしたところ、子どもたちはとても 興味を示してくれましたね。
そうした経験を経て、今は年齢に合わせて星の観望会を行ったり、宇宙をテーマにした作品を作ったり、劇の題材にしたりと、普段の活動に宇宙を散りばめるような形で取り組みを 進めています。外部の方に向けて、園内に活動の資料も展示していますので、ぜひ多くの方に宇宙教育のことを知っていただきたいですね。
いつか星に園の名前を付けたい——。そんな夢が現実になった日
──そうした活動が小惑星の命名にまでつながりました。どのような理由で命名できることになったのでしょうか?
西宮:宇宙教育でお世話になっている東亜天文学会の会員さんに、小惑星の発見者がおられたので、「小惑星に園の名前を付けてもらえないか」と相談してみたところ、快諾していただけたんです。
その後、国際天文学連合に申請し、2022年10月に「Hoshioka」という名前が決定しました。園名と地名に由来した小惑星の誕生は、子どもたちだけでなく地域の方たち もとても喜んでいただけましたね。余談ですが「星岡」という町名は、町に点在する小高い山々を 線で結んで上から見ると星の形になることに由来しているそうです。そして、園の建物はその星の中心に建っているのだとか。
そんなふうにとても宇宙にゆかりある園ですから、「いつか星に園の名前を付けられたら」と思っていたのですが、夢がかなって本当にうれしかったです。
宇宙教育から得たさまざまな体験が、感受性や積極性につながった
──宇宙というテーマは、大人でもイメージがわきにくい部分があります。子どもに興味を持たせるために、どのような工夫をされていますか?
西宮:宇宙教育に限ったことではありませんが、子どもに何かを教えるときは、初めから全体像を説明するのではなく、テーマを絞って順番に教えるということを意識しています。
宇宙教育でも宇宙全体のことではなく、「飛ぶ」ということに絞って教え始めました 。そして、「飛ぶ」ことのイメージが固まってきたら、「宇宙飛行士さんは宇宙でどんな活動をしているのか」「無重力の世界はどういうものか」というふうに進めていく。そうすると、少しずつ知識が深まり、興味の対象も広がっていくんです。
当法人の母体であるアトムグループには、「海」や「音楽」をテーマに活動している園もあるのですが、それらの園でも、いかにして本物の経験や体験を積ませるか、テーマと普段の生活をどうつなげていくかという流れを大事にしています。どんなテーマであれ、きちんとステップを踏んでいけば、子どもたちは関心を持って取り組んでくれるはずです。
──活動を通じて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)ともご縁ができたとうかがっています。
西宮:JAXAさんには年に1度、連携授業を行ってもらっています。授業では傘袋ロケットを飛ばしたり、水ロケットを使ってロケットの仕組みを学んだりしていますが、そうした体験 のおかげで、子どもたちの宇宙への興味はどんどん広がっているようです。地域の催しに「アトム宇宙探検隊」が出演することもあるんですよ。
──宇宙教育から得られるさまざまな体験は、子どもたちの成長にどのような影響を与えていますか?
西宮:感受性や積極性が高まったように感じます。宇宙教育に取り組むようになってからは、子どもたちから「わからないからやめておこう」という消極性が消えて、どんどん自己表現ができるようになりました。そうした傾向は、自分に自信のなかった子どもに顕著ですね。自分の将来の夢を描く際も「夢をかなえるにはどうすればいいのかな?」「よし、こうしてみよう!」と積極的に考えるようになっています。
話は少しそれますが、個人的には「宇宙を知った子どもは幸福感が増す」とも思っています。どんなときでも私たちの頭上には宇宙が広がり、星が輝いています。それを知っていれば空を見上げて、「星がきれいだ」と思うことができるじゃないですか。同じように、野山に花が咲くことを知っているからこそ、自然のなかに出かけて花の美しさに感動できる。そういう気持ちを持てる子どもは、日々の生活がより豊かになると思うんです。
──今後の目標はありますか?
西宮:ゆくゆくは宇宙飛行士さんに園に来てもらい、直接宇宙の話を聞かせてほしいですね。 また、将来的には、卒園児から宇宙や天文学に携わる人材が出てほしいとも思っています。
子どもに対して「手間暇をかける」ことを意識してほしい
──最後に、「ほいくらし」の読者に向けてメッセージをお願いします。
西宮:子どもに関わる方々には、子どもに対して「手間暇をかけてほしい」と思っています。例えば、強制的に何かをさせるのではなく、子どもの興味をキャッチし、気持ちに寄り添ってあげるのも手間暇をかけることの1つ。そういう時間を大事にしながら、「あなたはあなたでいていいんだよ。大切な人間なんだよ」と認めてあげることで、それぞれが力を発揮できる子に成長すると思います。
取材・文/万谷 絵美 編集/イージーゴー