アトリエのある保育園!芸術活動を通じて子どもの創造性や主体性を育む|オルト保育園

東京都新宿区の認可保育園「オルト保育園」は、保育の一環として芸術活動を取り入れているユニークな保育園です。同園では施設内にアトリエを構えて、子どもたちの感性や意思、アイデアを重視した活動を実施。1人ひとりの創造性や主体性を育んでいます。
そんなオルト保育園は、どんな思いで運営され、保育士さんたちはどういった工夫をしながら子どもたちと接しているのでしょうか。園長の牧田瑞輝さんに、お話をうかがいました。
\お話を伺った方/
牧田瑞輝さん オルト保育園 園長
自由な発想でのびのびと芸術活動に取り組む子どもたち
——保育に芸術活動を取り入れた経緯について教えてください。
牧田:開園の際に 、「レッジョ・エミリア・アプローチ(※)」を取り入れました 。これは子どもの創造性と 協同性を尊重するイタリア発祥の教育法で、芸術活動のほかに子どもたちが長期間、主体的に1つのテーマを掘り下げるプロジェクト活動なども行います。その方法に着目し 数年経験を重ねていく中で、「子どもから出発する保育」という理念を掲げて誕生したのが、今のオルト保育園なんです。
※イタリアのレッジョ・エミリア市で生まれた教育法。子どもの主体性を大事にしながら、それぞれの個性(表現力、探究心、考える力など)を引き出すことに主眼を置いています。
——園内にある「アトリエ」も、芸術活動のために設けられたものでしょうか。
牧田:レッジョ・エミリア・アプローチでは、園内にアトリエを作って子どもたちの芸術活動の場としています。それを参考に、オルト保育園でもアトリエを設けました。アトリエには、空間を独立させるための扉がついているため、子どもたちは落ち着いて 活動を楽しむことができます。また、壁が円形になっているので、子どもたち同士、あるいは保育士と子どもたちの対話がしやすいのも特徴の1つです。
——アトリエには、たくさんの画材や素材が置かれていますね。
牧田:画用紙や折り紙、絵の具、色鉛筆といった一般的な画材に加えて、松ぼっくりやどんぐり、お菓子の箱なども置いてあります。ペットボトルのふたや枯れ木のように、普通なら捨ててしまうようなアイテムもありますが、子どもたちはそうした材料を「何か」に見立てて、創造力を発揮しながら作品を作っています。
芸術活動を通じて、子どもたちの主体性やコミュニケーション力を育む
——芸術活動に力を入れている背景には、どういった目的があるのでしょう。
牧田:何かを作ることを通じて、子どもたちの主体性や考える力、伝える力を深めていきたいと考えています。新入園児の保護者の方や保育士には、必ずこの話をするのですが、園でのさまざまな活動では「何かを上手に作ること」よりも、「完成に至るまでにどう考え、どういったプロセスを経たか」のほうが大切です。
そのため、芸術活動に取り組んでも、すぐには目に見える成果につながらないかもしれません。でも、主体的に考える力や意見を伝える力、誰かの意見に耳を傾ける力は、見えないところで少しずつ育っていると思います。
——子どもたちが芸術活動を行う時間は決まっているのですか?
牧田:プログラムとしてではなく、保育園での過ごし方の1つとして導入したものなので、時間は特に決めていません。芸術活動をやる・やらないについても、子どもたちに任せています。子どもたちの興味が向かないまま実施しても、主体性や創造性にはつながらないので、こちらから「これを作ります」と指示することはないんです。
——お話をうかがうまでは、みんなで一斉に芸術活動に取り組むのだと思っていました。
牧田:実をいうと、数年前までは1年 のスケジュールに、「アトリエ の時間」という枠を設けていました。でもそうすると、「作品を作ること」が目的になってしまうんですよね。作品を作るために保育士が準備をしたり、子どもたちに対して形式的なプログラムを組んだり……。そうした姿を見ていたら「本当に子どもたちのためになっているのか?」「子どもたちの主体性は育つのか?」と疑問に思えてきて、現在の形に方向転換したんです。
——現在は、どういった体制で芸術活動に取り組んでいるのでしょう。
牧田:先ほどお話したように、保育園での過ごし方の1つと位置づけて、時間や曜日などの制限を設けずに行っています。子どもたちが何かに興味を示したときに、「じゃあ、アトリエに移動してやってみようか」と声を掛けています 。芸術活動を学ぶ・教えるということもそれほど意識しておらず、あくまでも子どもたちの興味や関心を深めるための活動としてとらえています。
子どもたちの作品をおうちでの「会話のきっかけ」にしてほしい
——芸術活動に取り組んでみて、よかったと思うことは何ですか?
牧田:園での過ごし方のバリエーションが増えたので、子どもたちの満足度が上がったように感じます。みんなで一緒に遊んだり、屋外で過ごしたりするのが好きな子もいますが、1人で静かに過ごしたい子や制作が好きな子もいますから。
私たち保育士側もいろいろと学ぶところがあります。こちらから「何かしよう」といって取り組ませるよりも、自分でやりたいことを選んで取り組んでいるときのほうが、子どもたちはいきいきしているんです。そうした姿を見ると、「大人が一方的に物事を決めてはだめなんだな」と考えさせられますね。
——芸術活動も含めて、子どもたちに接する際に注意していることを教えてください。
牧田:子どもの意思を尊重して、きちんと対話をするということです。例えば、「春だから桜の絵を描こう」となったときに、花の色は青色でも黄色でもかまわないし、花の形が違っていたとしてもOK。絶対に「普通はこういう色だよ、こういう形だよ」といったことは言わないようにしています。子どもたちがそう思うなら、それでいいんですよ。
——その考え方は、どの年齢の子どもに対しても当てはまるものですか?
牧田:もちろんです。乳児クラスの子どもたちがアトリエを使うことはあまりありませんが、それでも「どうしてそれを描きたいのか」「なぜその色、その材料を使いたいのか」という意思は、子どもたち1人ひとりがきちんと持っているものです。接する子どもたちの年齢を問わず、そうした意思は尊重してあげるべきだと思いますね。
——子どもたちが作った作品は、どのように活用しているのでしょう。
牧田:普段は園内で展示しています。展示するときは、子どもたちが制作している様子を写真と文章でまとめて、作品と一緒に飾っているんですよ。
また、年に1回行っている発表会のときも「オルト展」という作品展を開いて、園内に子どもたちの作品を展示しています。
――作品や制作中の姿が見られるのは、保護者の方もうれしいでしょうね。
牧田:展示会には、保護者の方に園内での様子を伝えるだけでなく、作品のことをおうちで話してもらうためのきっかけ作りという意図もあります。ですから、保護者の方には「なぜこれを作ったのか」「なぜこの色、この材料にしたのか」などの話をぜひ聞いてあげてほしいですね。そうしたやりとりが、自分の考えを人に話す力に なると思います。
園生活の中で 見せるいきいきとした姿は、保育士のやりがいにもつながる
――子どもたちの芸術活動について、保護者の方からの反応はいかがでしょうか。
牧田:非常に喜んでいただいており、「帰ってきてからも、子どもがその日に作ったものについてずっと話していた」といった話を聞くこともあります。子どもたちがのびのびと活動できていることは、保護者の方にとってもうれしいことなのだと感じますね。
――保育士さんたちからは、どういった声が聞かれますか?
牧田:保育士からは、「担任を持つことがとても楽しい」と言われます。子どもたちの興味や関心から活動を開始し、いきいきと取り組んでいる姿を間近で見守る。そんなふうに、子どもたちが主体的に活動する姿が、担任としてのやりがいにつながっているようです。
あとは、「無理なく働けている」といった声を聞くことも増えました。数年前から「アトリエの時間」という固定概念をなくしたため、やることに追われることなく、子どもたちの興味や関心などに集中できるとの声が聞こえます。子どもたちが主体的に活動する姿が、担任のやりがいにつながっているようです。
――子どもたちから聞いた言葉で、特に印象に残っているものがあればお聞かせください。
牧田:芸術活動の場で聞いた言葉ではないのですが、5歳児クラスの子が言った「園長さんになりたい」という言葉が印象に残っています。理由を聞いてみたら、「園で出しているおやつに、自分の好きなものを出したいから」だとか(笑)。それで、園の栄養士とその子を交えておやつ会議を開くことにしたんです。
会議ではその子の考えを聞きつつ、栄養士からどうやっておやつを決めているかを話してもらったのですが、その子は話を聞くうちに「自分のことだけではなく、ほかの子のことも考えて行動しなくてはいけない」ということに気づいた様子でした。日常のちょっとしたきっかけを「ほかの学びにつなげること」が、子どもたちのためにとても重要なのだと感じましたね。
1人ひとりの「個別性」を尊重し、丁寧に向き合いたい
――今後、オルト保育園として取り組みたいことは何かありますか?
牧田:保護者の方とのコミュニケーションをもっと増やしたいですね。ここ3年ほどはコロナ禍のために、保護者の方がほとんど行事に参加できていません。保育士と保護者の方の関わりも、以前ほど密ではなくなってしまったように感じます。なので、これからは保護者の方に子どもたちの姿を見ていただく場や、その日の様子をお話しできる時間を増やせたらと思っています。
もちろん、「子どもの主体性とは何か、どうやって育むべきか」についても常に考え続け、保育に生かしていきたいです。主体性というと、自主的に何かに取り組んだり、意見を伝えたりする姿を思い浮かべがちですが、私は「子どもの主体性」には、それぞれの「個別性」も含まれると考えています。ですから、今後も1人ひとりの個別性を尊重し、丁寧に向き合う姿勢を忘れないようにしたいですね。
——最後に、「ほいくらし」読者へのメッセージをお願いします。
牧田:子どもたちの日々の姿や成長を近くで見られることは、この仕事の良いところです。しかし近年は、保育園の安全管理に関するニュースが注目を集めています。せっかくよい取り組みをしていても、園として安全管理をきちんとしていないとなかなか理解してもらえないものです。
とはいえ、保育士の仕事はとても楽しいもの。子どもたちを預かる園としてきちんと対応すべきところは対応し、子どもたちと一緒に楽しむ気持ちを忘れずに過ごしていきたいですね。
▼オルト保育園
https://www.shineikai.or.jp/ortohoikuen.html
取材・文/シモカワヒロコ 編集/イージーゴー