漫画でわかる!「子どもの権利条約」を保育現場で活かす方法とは?
保育現場で働いているみなさんであれば、一度くらいは「子どもの権利条約」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
「子どもの権利条約」というのは、子どもが1人の人間として基本的人権を所有し、行使する権利を保障するための条約のこと。その内容は、大きく「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」の4つに分けられます。この条約は、1989年の第44回国際連合総会において採択されており、日本を含めた世界196の国と地域が条約の実行に同意しています。
では、実際の保育現場において、この「子どもの権利条約」をどう活用するべきなのでしょうか。今回は、「子どもの権利条約」を4コマ漫画とコラムでわかりやすく紹介した書籍『コミックで発信★保育に活かす子どもの権利条約』(エイデル研究所刊)を発案した、へきなんこども園のユリア園長に「子どもの権利条約」の活用方法や、書籍化の背景、目的などを伺いました。
なお、「子どもの権利条約」について詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
●子どもの権利条約とは?条文の内容をわかりやすく解説
\お話を伺った方/
ユリアさん 社会福祉法人へきなん乳幼児福祉会理事長/へきなんこども園園長
保育の現場では、「参加する権利」が軽視される場面が多い
——ユリア園長が、「子どもの権利条約」にかかわる現場でのエピソードを4コマ漫画にしようと考えたのは、どういった理由からでしょうか。
ユリア:10年ほど前、私はへきなんこども園の保育活動を根本的に見直そうとしていました。「今から〇〇をします」という合図で、子どもたちみんなが同じタイミングで同じことをするやり方ではなく、それぞれのニーズを見極めた上で「一人一人を大切にする保育」を実践しようとしていたのです。
そんなとき「子どもの権利条約」のことを書いた本に出会い、「子どもの権利条約」の内容が、私が考えていた「一人一人を大切にする保育」とぴったり一致することに気づきました。同時に「子どもの権利条約」の概念がとても大切なものであると感じ、「子どもの権利条約」と「保育現場での実践」をつなげる方法を模索してみたのです。
その結果、4コマ漫画とコラムを使ったやり方を思いつき、公益社団法人全国私立保育連盟の「保育通信」に連載を提案しました。
——「子どもの権利条約」の内容と保育現場の状況を照らし合わせてみて、いちばん強く感じたことは何ですか?
ユリア:「子どもの権利条約」は、「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」の4つに大別できます。そして、これらのほとんどはどの保育施設でも保障されています。しかし、子どもが自由に意見を表す「参加する権利」だけは、「保障されているとは言い切れないのではないか?」と感じました。
保育の現場では大人が上の立場にあり、子どもたちに「指導する」「何かを教える」というのが一般的な概念になっています。しかし、その概念どおりに活動してしまうと、保育士が子どもたちの言葉に耳を傾ける機会が減ってしまい、子どもたちの意見を尊重する「一人一人を大切にする保育」の実践が難しくなる。つまり、「子どもの権利」の1つである「参加する権利」が損なわれてしまうわけです。
——ユリア先生が目指している「一人一人を大切にする保育」とは、具体的にどのような活動を指すのでしょうか。
ユリア:保育施設の子どもたちは、大人が計画したカリキュラムに沿って過ごすのが一般的ですよね。もちろん、カリキュラム自体は子どものことを考えて計画されているのですが、内容の多くが「子どもたちに〇〇させる」という意識によって決められていることも事実です。そして、そのために保育士の言葉はどうしても指示的・命令的になってしまいます。
また、通常の保育施設では、食事も遊びも一斉に行われることが多いです。でも、「あなたは今どれくらいおなかがすいていて、どれくらい食べたいの?」と一人一人に問いかけ、子どもの気持ちや状態と向き合いながら進められたら良いと思います。この日常の一言が「目の前のあなたを尊重します」という気持ちを表す具体的な行動の1つになると思います。0歳でも自分の意志をしっかり持っていて、問いかければ答えてくれますからね。
一斉に遊ばせるのではなく、自由に遊べる環境を整えることが大切
——一人一人の意志を尊重するのは非常に大切なことだと思います。ただ、それを実践すると保育士の負担が大きくなるのではないでしょうか。
ユリア:おっしゃる通りで、「保育士1人で15人の子どもを保育しているような状況で、どうやって実践するの?」とよく言われます(笑)。ですが、逆に聞きたいのは、なぜそれが無理なのかということです。理由は「全員を管理しようとしているから」ですよね。大人が決めた通りに子どもたち全員を動かそう、管理しようとするから無理が生じるのです。
一人一人の意志を尊重するために、当園でまず実践したのは、子どもたちの「遊びの環境を整える」ことでした。多くの方は、保育施設にはおもちゃがたくさんあって、子どもたちはそのおもちゃで自由に遊んでいるというイメージを持っていると思います。ですが、現実はそうではありません。多くの保育施設では保育士がおもちゃを選び、「はい、今から遊んでいいですよ」「はい、片づけて」と時間を決めて、子どもたちを一斉に遊ばせているんです。
そこで当園では、子どもたちが80種類以上のおもちゃから好きなものを取り出して、いつでも自由に遊べる環境を作りました。管理されて過ごすのではなく、自分の意志によって遊ぶことができると、みんな夢中になって遊びますよ。遊びは脳の発達を促すとも言われているので、こうした取り組みは「子どもたちの最善の利益(※)」につながると思います。
※「子どもの権利条約」における「4つの原則」の1つで、「子どもに関することが行われるときは、その子どもにとって最もよいことを第一に考える」という理念です。
また、遊びの環境を整えると、食事も1対1で問いかけながら進めることができます。子どもたちが自発的に遊べる環境があれば、1人の子どもと向き合っている時間に、ほかの子を「待たせておく」必要がないからです。
——遊びの環境を変えたことで、子どもたちにどのような変化が見られましたか?
ユリア:遊ぶ姿がまったく違ってきましたね。0歳を含めてどのクラスも、みんなが夢中になって遊んでいます。やることがなくてぶらぶらしていたり、「先生、次は何やるの?」と聞いてきたりすることがなくなり、子どもたちが主体的に行動するようになりました。
——「一人一人を大切にする保育」を実践するために、保育士の方たちはどのようなことに気をつけているのでしょう。
ユリア:以前は、子どもたちに対する言葉かけが指示的・命令的なことも多かったのですが、今は子ども自身が考えて、答えられるような言葉かけに変わりました。大人の都合で子どもを動かすのではなく、その子の意志を確認した上で、こちらの考えや気持ちを伝える。そんな当たり前のことを積み重ねながら活動しています。
「現場目線で書いた本」だから、わかりやすいと好評
——『コミックで発信★保育に活かす子どもの権利条約』(以下、『保育に活かす子どもの権利条約』)を出版することになった経緯と目的をお聞かせください。
ユリア:「子どもの権利条約」は国際法ですし、保育士なら当然知っておいたほうがよいでしょう。とはいえ、この本は「子どもの権利条約」の文言を伝えるために作ったのではなく、「一人一人を大切にする保育」の実践方法を伝えたいという思いから作ったもの。その思いを4コマ漫画とコラムにして「保育通信」で連載していたら、後に書籍として出版されることになりました。
——出版後、まわりの方たちの感想や評判はいかがでしょう。
ユリア:「わかりやすい」という言葉を数多くいただいています。愛知県私立保育連盟では、会長が「今の時代の保育士にぜひ読んでもらいたい本だ」とおっしゃって、会員全員に配布してくださいました。それをきっかけに、他の地域でも会員に配布してくださるところが増えているそうです。
『保育に活かす子どもの権利条約』は、2022年12月に発行されたのですが、ありがたいことに2023年1月には2刷、6月には3刷が決定しました。これだけ多くの方に読んでいただけるのは、保育業界の書籍としては異例のことだと聞いているので、とてもうれしいですね。
——4コマ漫画を採用したことの効果はありましたか。
ユリア:「わかりやすい」と言っていただけるのは、やはり漫画の力が大きいと思います。加えて、理論を伝える本ではなく「現場目線で書いた本」だという点もよかったのではないでしょうか。ニュースで報道される子ども関連の悲しい事件・事故などを見ていると、「子どもの権利条約」の概念は今の世の中にこそ必要なものだと感じます。『保育に活かす子どもの権利条約』が多くの方に読まれているのは、時代の必然なのかもしれませんね。
子どもたちが「ありのまま」で過ごせる保育環境を作ってほしい
——『保育に活かす子どもの権利条約』を読むことによって、保育現場においてどのような変化が起きてほしいと思いますか。
ユリア:保育園や幼稚園で過ごす時間が、子どもにとって「管理された時間」ではなく、その子が「ありのままでいられる時間」になることを望みます。
子どもは基本的に素直なので、指示・命令されても文句を言わずに動きます。でも、だからといって管理するのが正解だとは思いません。子どもたちが自分の意志で楽しいことを選べるような園が、どんどん増えていってほしいですね。それから、ソファを置くなどして、子どもたちが疲れたときにゆっくりくつろげるような場所も作ってあげてほしいです。
——言われてみれば、保育室にソファがある保育園はあまり見かけませんね。
ユリア:自分の園を「家庭的です」とうたっているところは多いのですが、実際には硬い木の机と椅子しかないケースがほとんどです。大人でも仕事で疲れたら休みたくなるのに、保育施設で過ごす子どもたちは、大人より長い時間をくつろぐ場所もなく過ごさないといけない。それって、本当に家庭的でしょうか。
だからこそ、「保育室に子どもがくつろげる場所を作る」ということを真剣に考えてほしいのです。大げさに改装するのではなく、ソファや大きなクッションなど柔らかいものを置いて、自分のタイミングで休めるようにしてあげるだけでいいと思います。
——へきなんこども園には、そうした場所がきちんと用意されています。くつろげる場所を作ったことで、子どもたちに何か変化はありましたか?
ユリア:子どもたちはゆったり休みたい時にはゴロゴロする姿がみられます。そして元気になったらまた遊び出します。そんなふうに、自然に自分の身体の声を聴いているようです。子どもたちが自由に遊んだり、ゆっくりくつろいだりする環境を重視しているからといって、集団での行動をまったくしないわけではありませんよ。運動会などの集団活動では、子どもたちが立派な姿を見せてくれます。
——普段から実践されている「一人一人を大切にする保育」は、集団行動にも何かしらの影響を与えるのでしょうか。
ユリア:普段から一人一人の意思を大事にしていると、集団になったときでも、子どもたち自身に「聞く耳」ができていると感じます。保育士が大きな声で指示・命令しなくても、自分で考えてさっと動いてくれるんです。目の前のことを丁寧にやっていると、結果として全体が成長するのかもしれませんね。子ども同士のトラブルも非常に少ないです。
「〇〇させる」から「支える」保育へ
——「子どもの権利条約」に関して、今後実現していきたいことや挑戦したいことがあればお聞かせください。
ユリア:今はとにかく「子どもの権利条約」をベースにした保育が全国の保育施設に定着するといいなと思っています。そして、子どもたちに「〇〇させる」保育から、子どもたちのやりたいことを「支える」保育へと、価値観を転換していってほしいです。
そのためにも、この本が多くの保育現場に届いて、みなさんの気づきや学びにつながってくれたらうれしいですね。
——最後に、これを読んでいる保育士さんたちへアドバイスをお願いいたします。
ユリア:『保育に活かす子どもの権利条約』は、まず「保育現場での実践方法」をお伝えし、それが「子どもの権利条約」にどうつながっているのかを解説する形でまとめてあります。それぞれの園に置き換えて気づけることがたくさんあると思いますので、子どもたちの権利や「一人一人を大切にする保育」を考える際の参考にしていただければ幸いです。
ただ、現場で「何かを変えたい」と思っても、保育士の判断で実践できないことは多いですよね。ここまでお話しさせていただいた「遊びの環境を整える」「くつろげる場所を作る」なども、できる範囲でしていただければと思います。
また「子どもたちへの言葉かけを変える」というのは、すぐに実践できることです。たとえ0歳の子どもに対してであっても、指示・命令ではなく、相手の意志を尊重しながら言葉かけを行う。子どもたちの権利を理解し、保育活動に活かすためにも、まずはそこから始めてみてください。
◆ へきなんこども園:https://hekinan-ecec.com/
取材・文/山王かおり 編集/イージーゴー