Eテレ「アイラブみー」の藤江プロデューサーに聞く、包括的性教育や子どもの人権のこと

Eテレ「アイラブみー」の藤江プロデューサーに聞く、包括的性教育や子どもの人権のこと

2023年4月からレギュラー放送となった、NHK Eテレの未就学児向けアニメ「アイラブみー」。番組名に込められた「自分を大切にする」というテーマを体現すべく、5歳の主人公“みー”が自分の体や心、他者との関わりなどを掘り下げていく内容が好評です。“みー”が探求する素朴な疑問のなかには、「なんでパンツをはいているんだろう?」「あの子は、『くすぐられるのがイヤ』って言うけど、どうしてなんだろう?」など私たちの想像するいわゆる”性教育”をテーマにした内容もありますが、そうしたエピソードには「包括的性教育」の意味合いもあるのだそう。今回は、同番組のチーフ・プロデューサーの藤江千紘さんに、制作秘話や番組に込めた思い、包括的性教育や自己肯定感育成の重要性、放送後の大きな反響などについてうかがいました。

\お話をうかがった方/
藤江千紘さん 株式会社NHKエデュケーショナル チーフ・プロデューサー

さまざまな人間模様を掘り下げる人気番組を手がけてきた、藤江プロデューサー。

株式会社NHKエデュケーショナル
年間およそ10,000本ものNHKのテレビ・ラジオの番組を制作。イベントや教材制作、パッケージ商品やキャラクタービジネスなどさまざまな事業に展開し、企業や教育機関と協力して、社会に還元している。

藤江千紘さん
NHK入局後、「プロフェッショナル仕事の流儀」などのドキュメンタリー番組や『天才てれびくん』をはじめとした子ども番組の制作を経て、『ねほりんぱほりん』の企画・演出など番組開発を担当。現在は、NHKエデュケーショナルにて『アイラブみー』など番組事業のプロデュースを行う。6歳の男の子を育児中。

自己肯定感の醸成を目指して生まれた「アイラブみー」

——まずは、「アイラブみー」が誕生した経緯からお聞かせください。

藤江:2019年頃に他の番組で10代や20代の若者を取材する機会があったのですが、多くの「じぶんを大切にすることが苦手」な人と出逢いました。それ以来、自己肯定感の醸成をテーマとした番組を作りたいと思ったんです。

一方で全然違う文脈で「性教育」の番組を作りたいと、スタッフと取材を進めていたところ、「包括的性教育」という概念と出逢いました。性教育というと、性器や生理のことを思い浮かべる人も多いと思いますが、それは知っておきたいことのごく一部で、包括的性教育は、体や生殖の仕組みだけでなく、人間関係や性の多様性、ジェンダー平等、人権など幅広いテーマを含む学問なんです。

実は、幼児期は自己認識や対人関係の土壌が育まれる大事な時期。この時期に、自分の体や心について知ることで、「自分を大切にする」意識が身につき、同じように他者を大事にすることができる、ひいては自己肯定感をも育むことにつながっていく。このことを知り、ぜひ番組にして多くの子どもや大人たちに届けたい、という思いで生まれたのが「アイラブみー」でした。

「なんでパンツをはいているんだろう?」こうした主人公“みー”の素朴な疑問から番組は展開していきます。

「パンツのなか」をどう説明すれば、タブー視されることなく伝わるか?

——「自分を知ること」の大事さはわかっていても、子どもに対してどのように性教育をすればよいか、悩んでいる保護者も少なくありません。

藤江:性教育に関しては、保護者の方々、先生など子どもに関わる大人たちから多くの悩みを聞きました。特に、未就学児の親世代は、体系的に性教育を受けていないことが多く、子どもから性に関することを質問されても、どんなスタンスでどんな答えを返すのが適切なのかわからず、手探り状態で対応している方や、子どもに性教育をどのタイミングで行うか、慎重に探っているご家庭も多いと感じています。

そうした背景もあって、「Eテレでどのように性教育を取り上げるべきか」については、慎重に議論を重ねました。Eテレにチャンネルを合わせたまま、テレビをつけっぱなしにしているご家庭も多いので、放送でたまたま性器や生殖の話題が流れたら、戸惑ったり、いやだなと感じる方もいるかもしれません。また、性教育については、ご家庭によりさまざまな説明をしているケースも多いので、その点への配慮も必要です。

例えば、「なんでパンツをはいているんだろう」の放送回では、パンツのなかの性器について「おんなのひとには、おしっこの出る穴、うんちが出る穴、赤ちゃんが出る穴の3つがある。穴が傷つかないようにパンツが守ってくれている」とさらっと登場人物に語らせました。

科学的に正確な情報を説明しつつ、アニメーションでは信号機のようなマークでシンプルに表現しています。これは、北山ひと美さんや汐見稔幸さんなど監修の先生方の「性器について伝えることをタブー視しているのは実は大人のほうで、子どもには事実をシンプルに伝えることで、当たり前の情報として認識されていくことが大切」という考え方に基づいた表現です。

そうした表現が「自分の大事なところだからパンツで守る」と子どもたちに理解してもらうにはちょうどよかったようで、多くの好意的な反響が寄せられました。プール開きの前などにみんなでアニメーションを視聴して、包括的性教育の第一歩として活用してくれている保育園もあると聞いています。

番組では男の子か女の子か明示していないため、自分を重ねやすい “みー”。

「アイラブみー」のエピソードができるまで

——「アイラブみー」の番組制作は、どのように進むのですか。

藤江:エピソードごとに、子どもたちに知ってほしい「学び」となるテーマを1つ決めているのですが、これを決定することが、スタート地点ですね。制作陣にも子育て中のスタッフが多いので、保護者目線で監修の先生に疑問をぶつけたり、子どもたちのリアルな様子を取材するために保育園に行ったりして、学びに必要なポイントを整理しています。

その「学び」や要素、ポイントを放送作家の竹村武司さんが、子どもたちが楽しめるようなワクワクするストーリーに組み立てくださいます。

子どもたちが、あくまでもエンタメとして面白いと思って観はじめて、10分間観終わったときに、気付いたら「学び」を得ている状態にするにはどうすればいいか、どうしたら飽きないか、話し合いを重ねています。

——“みー”はアニメーションには珍しく、性別が明示されていないキャラクターですが、どういった思いが込められているのでしょう。

藤江:はじめは、性教育をテーマにするからには男の子と女の子、2人の“みー”が必要だろうと漠然と考えていました。しかし、包括的性教育の視点から「自分を大切にする」というテーマが浮かび上がってきたことで、「性別を明示することは今のところ必要ない」という結論に至ったのです。

“みー”をはじめ、50人以上いるすべての登場人物の声を俳優の満島ひかりさんが演じていますが、それも「男女の垣根を超えて、多様な人を演じてほしい」との期待を込めたキャスティングです。1人ですべての役を演じるのはチャレンジングな取り組みでしたが、全員がそれぞれに“みー”であるというメッセージを感じてもらえたらと思っています。

番組では、「死の受容」というセンシティブなテーマも扱っています。

保育者におすすめしたいエピソードはこれ!

——藤江さんが思う「アイラブみー」の魅力はどういった点ですか。

藤江:“みー”を自分だと思って共感している子どもが多い、という声が多く届いています。近年は、ジェンダーを考慮したエンタメコンテンツは多いですが、まだまだ女の子が「プリンセス」の番組を、男の子が戦隊ものの番組を好む傾向は根強いと、保育園や幼稚園の取材を通して感じます。

そんな中で「アイラブみー」を見て、男の子とも女の子とも明示していない “みー”が課題を解決していく姿を自分に重ね合わせ、「自分ごと」だと感じてくれている子どもが多いというのはとてもうれしい発見でした。

——保育者の方に、特に見てほしいエピソードがあれば教えてください。

藤江:「だいすきなともだちのことばでなんでくるしいんだろう」です。5~6歳ぐらいの子どもって、お友だちのお気に入りのものに対して、悪意なく「それ変だね」などと言ってしまうことがありますよね。このエピソードは、そうした場面をモチーフにして生まれたものです。大好きな人がどんな評価をしても、自分が本当にそれを好きであれば、それを好きでいつづけていい。そんなメッセージが込められた話なので、ぜひご覧ください。

「しんじゃったら、もうあえないの?」も反響が大きい放送回でした。友だちのペットの死をきっかけに、“みー”は「死」に思いをはせます。「死の受容」というセンシティブなテーマですが、アニメーションだからこそのやさしさで、「これが自分の身に起きたらどうだろう」と、子どもたちに考えてもらえるような仕上がりになっていると思います。

「みーのめはなんでちいさいんだろう」もおすすめです。ここ数年で「ルッキズム」という言葉が浸透してきましたが、「スリムなほうがかわいい」「目は大きいほうが素敵」といった画一的な価値観はなくなっていません。このエピソードが、家族でお互いの好きなところや自分の好きなところを話し合うきっかけになればいいなと思っています。

最後にもう1本、「“ゲジゲジがすき”ってヘン?」も紹介させてください。これは、“みー”がゲジゲジを宝物だと思っていることをまわりに理解してもらえないというエピソードで、保育の場で取り扱われることが多いと聞いています。お互いの好きなものを知ることは、「相手をより深く理解し、相手の好きなものを尊重する気持ち」を育む——。アニメーションの中から感じとってもらえたらうれしいですね。

今後は、子どもの人権についても取り上げていきたい

——大人の方からも、「保護者だからというだけでなく、視聴者として心に響く」との反響が寄せられているそうですね

藤江:道徳の授業などで「人を大切にしましょう」とは教わってきましたが、「自分を大切に」ということはあまり教えられてこなかったですよね。どちらかというと、自分を大切にすることは「自己満足」や「自己中心的」とネガティブに捉えるような風潮もあったと思います。そんな中で、みーが、「本当は子どものときから知りたかったことを教えてくれる、大人になって知っても、子どもの時の自分が喜んでいる」といった声も多いんです。

——これからの「アイラブみー」はどのような展開をお考えですか。

藤江:「自分を大切にする」というシリーズを通じたテーマは変えずに、子どもの人権についてよりリアルに取り上げたいと思っています。例えば、「大人にパーソナルな部分を侵害されそうになったときに、どのような知恵を子どもは持っていればよいのか」といった問題もその1つです。非常にセンシティブなテーマであることは承知していますが、長期間かけてじっくり準備を整えていく予定なので、人権意識を学ぶ教材として見ていただけるとうれしいです。

——最後にほいくらしの読者に向けて、メッセージをお願いします。

子どもたちの等身大の疑問に寄り添う形で制作しているのも、「アイラブみー」の特徴の1つ。保育園を取材する際には、今どのような遊びがはやっているのか、自他認識はどうなっているのかなど、子どもたちのリアルをじっくり観察し、より親しみやすい設定となるように心がけています。

保育園でよくある遊びや出来事などもたくさん登場するので、「包括的性教育」「人権教育」という言葉に身構えず、子どもたちと楽しく考えるきっかけにしていただけると幸いです。

◆アイラブみー:https://nhk.jp/iloveme
Eテレで全国放送中
毎週 (水) 15:45~ 毎月 第4・5 (火) 8:25~毎月 第4・5 (木) 7:20~

取材・文/二階堂ねこ 編集/イージーゴー

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