”保護者の費用負担なく”手ぶらで通える「荷物のいらない保育園」が実現する、子どもと向き合う時間
株式会社ハイフライヤーズが、千葉県内で運営する11の認可保育園「キートスチャイルドケア」「キートスベビーケア」で、保護者や保育者が子どもとの時間を大切にできる新しい取り組みを始めました。それが、”保護者の費用負担なく”手ぶらで登園できる「荷物のいらない保育園」です。家庭でも保育園でも、子育て時間の楽しさを増やすことを目指すこの取り組み。始めたきっかけやその背景となった社会課題、そして実際に取り組みを始めての効果から、これからの展望に至るまで、キートス統括園長の日向美奈子さんにうかがいました。
\お話をうかがった方/
株式会社ハイフライヤーズ キートス統括園長 日向美奈子さま
“保護者の費用負担なく”手ぶらで登園できる「荷物のいらない保育園」とは
——荷物のいらない保育園の概要を教えてください。
日向:文字どおり手ぶらで登園できる保育園です。大荷物になってしまいがちなお昼寝用のお布団やシーツ、おむつ、おしりふき、手ふき、口ふき用のウェットティッシュ、エプロン、歯ブラシ、0〜2歳児ならお着替え用の洋服。そうした保育園で使う物品をすべて当園で準備しています。ですから、保護者は手ぶらで子どもを園に連れてくるだけでいいんです。
園で準備している洋服は、体操服のようなものではなくおうちで用意するようなもの。そのなかから、気分にあわせて子どもたちに選んでもらい、登園時と降園時にお着替えします。汚れた洋服やシーツなどは、園が提携しているクリーニング会社で洗濯するので、保育者の負担もありません。
——取り組みを始めたきっかけは、何だったのでしょうか。
日向:アカチャンホンポの調査データを見てもわかるとおり、「保育園に預ける前の準備」は各家庭において大きな負担になっています。また、保護者の方は入園してからも、毎朝多くの持ち物を用意しなければいけません。家事をこなしたり、自身の身じたくをしたりしながらの準備ですから、そちらの負担も大きいですよね。
かく言う私も、子育て中に同じ大変さを味わいました。仕事から帰って子どもが寝るまでの間、おむつに名前を書くなどの登園準備をしながら、洗濯をしたり、ごはんを食べさせたり、お風呂に入れたり。毎日そのタスクに追われてしまい、子どもに話しかけられても、目を見ずに相づちを打つような状態になっていたんです。
そして、そのせいで子どもにトラブルが起きてしまいました。ゆっくり話す時間がない私の様子を見ていたことで、「ママは忙しいから、早く話さないと!」と気持ちが焦るようになり、吃音の症状が出始めたのです。
わが家は祖父母の協力を得てこの問題をなんとか乗り越えたものの、この時のショックは私の心にずっと残っています。「荷物のいらない保育園」を始めたのは、多くの家庭で起きているであろう同じような状況を打開したい、保護者が子どもと向き合う時間を増やしたいという思いからでした。
保護者の負担を軽減するだけでなく、保育者の負担軽減にもつながっているのが「荷物のいらない保育園」のポイントです。
——認可保育料以外の費用を徴収せずに運用しているとうかがっています。どのように予算を確保しているのでしょう。
日向:保育者の人手不足が叫ばれているなか、私たちも人材の確保に大きな費用をかけていました。なので、そこを見直すことにしたんです。具体的には、保育者の採用を人材紹介会社や合同説明会に頼るのではなく、保育者自身がリアルな仕事ぶりをSNSで発信するなどして、直接的にアピールしてみることにしました。
——取り組みの成果はいかがでしたか?
TikTokライブでリアルタイムに匿名質問を受け付けるなど、ざっくばらんな取り組みをしたことで求職者からの反応が増えました。その結果、採用の外注費削減につながり、予算を「荷物のいらない保育園」の取り組みにあてることができています。
また、現在の施策をスタートさせてからは、入社してからのミスマッチも減って、離職率も下がっています。
保育者が荷物管理から解放されたことで、より質の高い保育が実現できた!
——子どもの荷物管理に頭を悩ませている保育者も少なくありませんが、「荷物のいらない保育園」の仕組みは、その点にもメリットがありそうです。
日向:以前は登園後の荷物チェックの際、子どもの持ち物をなくしたり間違えたりしないよう、チェック表と写真で確認していました。お友だちとおそろいの大切なタオル、おばあちゃんからもらったおみやげのコップ……。他人からするとなにげないものでも、本人にとっては替えのきかない大切なものかもしれません。だからこそ、作業の際の心理的な負担は意外に大きいんです。そして、荷物管理に追われるあまり、子どもたちが保育者に話しかけてきても、「ちょっと待ってね」と言わざるを得ない状況が少なからずありました。
その点、「荷物のいらない保育園」では、保育に必要な物品がすべて園のものですから、一元管理することができます。例えば、おむつなどはサイズさえ合っていれば、以前のように名前を確認したりせず、その場ではかせることが可能です。そうやって、荷物の管理業務から解放されたことで、保育者にはかなりの時間的余裕と心理的余裕が生まれていると思います。
実際、保育者に話を聞いて見ると、子ども1人ひとりの表情をよりきめ細かく捉えられるようになり、質の高い保育を提供できるようになったと実感しているようです。
——保護者からはどのような反響が寄せられていますか。
日向:「荷物がないので、手をつないで登園できてうれしい」「身軽なので、帰りに公園に寄ることが増えた」「お布団を持っていく日は、バスに乗ると荷物が大きくてまわりに気を使っていた。でも、手ぶらで登園できるようになって気楽になった」「車で園まで送っていたが、荷物がなくなって徒歩で登園できるようになった」など、たくさんの喜びの声をいただきました。なかには、お父さんが子どもを肩車して登園したおうちもあったんですよ。それって、手ぶらだからこその光景ですよね。
そのほか、「登園時の荷物の準備がなくなったことで、夫婦仲が改善した」という話も聞いています。ある共働きのご夫婦の話なのですが、以前は保育園の荷物の準備を押し付け合っていたそうなんです。しかし、登園時の荷物の準備がなくなってからは、「押し付け合ってもめることがなくなり、ほかのことも協力し合えるようになった」と話してくださいました。子どもにとっても良い影響があったのではないでしょうか。
「荷物のいらない保育園」のいちばん目的は、子どもとの時間をより充実したものにしてもらうこと。みなさんから、「子どもと向き合う時間が増えた」という声を聞くのは本当にうれしいですね。
DXの取り組みをプラスして、子どもとの時間をさらに豊かにしたい
——子どもと向き合う時間を増やすために、ほかにはどんな取り組みをされていますか。
日向:当園では、DXに腰を据えて取り組んでいます。例えば、園と家庭が連携するスマホ連絡システムは、使い勝手にこだわって1から開発しました。連絡帳機能はもちろんのこと、母国語が日本語ではない保護者向けに、翻訳機能も搭載しています。給食業者から夕食用の「ミールキット」を注文・購入することもできるんですよ。
ちなみに「ミールキット」の提供は、「安価で健康的な食材を降園時に受け取れる仕組みがあれば、保護者の負担がさらに減るのでは?」と考えての取り組みです。
ほかにも、保育者のモチベーション向上を目指して、保育者間で「ありがとう」を伝え合うチャットツールを導入したりもしています。これからはAIの時代。デジタル技術をしっかり活用して、保護者により伝わりやすい連絡帳やお便りを作成する取り組みも行っていきたいですね。
——最後に、今後の展望についてもお聞かせください。
日向:少子化が進むいま、保育園が園児を集めるのは容易ではありません。また、コロナ禍に「子どもがいない静かな保育園」を経験したことで、あらためて子どもたちと向き合える喜びを実感しました。そういった背景のなか、当園の保育者は子どもや保護者と真摯に向き合い、子どもたちの未来や保護者の楽しい子育てのためになにができるかを自ら考える姿勢をもっており、日々のよりよい保育に反映されています。このことは、当園の大きな強みになっていると感じます。
子育ての取り組みは、保護者だけでなく、保育者、地域社会などすべてが幸せになる「三方よし」の関係を作ることが重要です。子育ての喜びを社会全体で共有できる仕組みを実現するために、今後もさまざまな取り組みを続けていきたいと思います。
◆株式会社ハイフライヤーズ:https://www.kiitos-kids.net/
取材・文/二階堂ねこ 編集/イージーゴー