保育園の消防訓練は「劇場型」から「ブラインド型」へ!リアルの追求が正しい初期対応につながる

保育園の消防訓練は「劇場型」から「ブラインド型」へ!リアルの追求が正しい初期対応につながる

近年、保育園をはじめとする公共施設で行われる消防訓練は、シナリオに沿って進む「劇場型」から、シナリオのない「ブラインド型」へと移行しつつあります。山形県の東根市消防本部では、2018年4月からブラインド型訓練を推奨し、保育園にも導入を促しています。東根市消防本部に、ブラインド型訓練の特徴や効果、保育園で実施する際の留意点などをうかがいました。

\お話をうかがった方/
松田正人さん 東根市消防本部 予防主査

消防訓練の普及に努める、松田予防主査(左)と長瀬一馬消防副主任(右)。

「ブラインド型」訓練で培う臨機応変の対応力

——今まで主流だった「劇場型」訓練とは、どのようなものなのでしょうか。

松田:劇場型の訓練というのは、シナリオに沿って進む訓練のことで、初期消火をする人や119番通報をする人など、訓練時の担当者があらかじめ決まっています。事前に役割分担を周知徹底できるので訓練自体はスムーズに進みますが、臨場感に欠ける分、どうしても参加者の危機意識が薄れがちです。また、「訓練時の担当者が不在の場合はどうするのか?」という点が考えられていないことも問題です。

加えて、消火器以外の消火設備である誘導灯、屋内・屋外消火栓設備、警報設備などの使用方法を訓練しないまま、終わってしまうケースも多く見られます。いざ、火災が起きたときに、初期消火・避難誘導・早期通報が行えるでしょうか。

——「ブラインド型」訓練の特徴についても教えてください。

松田:ブラインド型訓練にはシナリオがなく、参加者に伝えるのは訓練実施日のみ。出火場所や初期消火、119番通報などの役割分担については事前に知らせません。消火設備の説明だけ行い、後は参加者に臨機応変に動いてもらうのです。

出火場所についても、その場で設定します。当日は、発煙機を使って出火場所から無害な煙を発生させますが、出火場所はボイラー室やキッチンとは限りません。放火の可能性も考慮して、玄関などを選定することもあります。

つまり、その場で状況判断が求められるのがブラインド型の特徴というわけです。そうやって、本番さながらの環境を作り出すことで、どの職員も訓練を自分ごととして捉え、いざというときの対応を考えるようになります。

——事前告知がないと、参加者は戸惑うのではないですか?

松田:初めて訓練に参加する方からは、戸惑いの声も聞かれます。ですから、参加者の理解と協力を得ながら、段階的に進めていくようにしているんです。まずは疑似煙を体験することで火災の怖さを知ってもらい、そこから徐々にブラインド型の本格的な訓練へと移行していくといった具合ですね。

——東根市消防本部が、ブラインド型訓練を推奨するようになった理由をお聞かせください。

松田:「訓練のための訓練」のような劇場型の訓練を重ねても、実際の火災現場では適切な対応ができないのではないか。そんな課題意識から、2018年4月からブラインド型訓練を推奨し始めました。

また、ブラインド型訓練を通じて、火災の怖さや防火の大切さを参加者に深く理解してもらいたいという思いもありました。ブラインド型は、出火場所が不明で役割分担もわからないまま訓練が始まるため、参加者は強い緊張感を持って訓練に臨みます。疑似煙を充満させることで、視界が奪われるという火災現場の状況も体感できます。そうした経験は、必ず参加者の防火意識につながるはずです。

そしてもう1つ、ブラインド型訓練には、屋内消火栓をはじめとする消火設備の使用方法を、すべての参加者に習得してもらう狙いもあります。実際の現場で臨機応変に初期消火を行うためには、訓練を通じて消火設備の使い方を理解しておく必要があるからです。最終的には、訓練を予告なしで行っても対応できるレベルを目指しています。

保育園でのブラインド型訓練では、保育園ならではの工夫が必要!

——保育園での消防訓練にも、ブラインド型訓練を導入しているとうかがっています。保育園でブラインド型訓練を行う際の留意点を教えてください。

松田:まず大切なのは、園児の発達段階に合わせた避難誘導方法を検討することです。例えば、0歳児、1歳児は保育士が抱っこして避難することになりますが、訓練で実際にやってみると、想定通りにはいかないことが多いのです。避難用の3人用抱きキャリーを常備している園も多いのですが、訓練では3人を抱いて避難させられないケースも見られました。さらには、避難口が狭かったり段差があったりと、園舎の構造による課題もあります。だからこそ、実情に合わせて、具体的な避難方法をシミュレーションしておくことが欠かせません。

歩いて移動できる園児は、保育士の話を聞きながら避難しますが、その際は保育士が灯台のような役割を果たし、子どもたちの注目を集める工夫が必要です。火災現場では声が通りにくいので、ホイッスルを活用するとよいでしょう。低い姿勢になると煙のなかでも視界が確保しやすいことを頭に入れつつ、壁に沿って避難することも大切なポイントです。

障害がある園児への対応も、保育士間で協議しておく必要があります。視覚、聴覚、肢体不自由など、障害の特性に応じて避難誘導の方法が異なるので、本人の特性を考慮したうえで、安全を最優先した対応を話し合っておくことが大切でしょう。

また、訓練では、目の前の一時避難場所に逃げることだけを考えがちですが、風向きによっては1次避難場所にも煙が流れ込んでくる可能性があります。そのため、その先の2次避難場所に避難することも視野に入れて、訓練を行うことが重要です。

——「本番さながら」だからこそ、訓練ではけがにも注意する必要がありそうです。

松田:おっしゃるとおり、ブラインド型は事前予告がないので、通常の訓練以上にけがなどのリスクに配慮しなければなりません。特に、初めてブラインド型訓練を行う場合は、園児も保育士も動揺してしまう可能性があります。私たち消防本部は、そうした事態にそなえて、消防士間で綿密な打ち合わせを行い、リスクを最小限に抑えられるように努めています。

——保育園におけるブラインド型訓練の効果は、どのような点に見られますか。

松田:園児の防火意識が向上するという効果がありますね。訓練後は、園児が消火器や避難経路を自発的に確認する姿が見られるようになりました。年齢相応とはいえ、「火事は怖い」「逃げなければ」という意識が芽生えている証拠だと思います。

訓練の効果という話からは少しそれますが、実は、訓練のときは大人より子どものほうが冷静です。子どもたちは、保育士さんの話をきちんと聞き、行動もしっかり見ている。だからこそ、保育士さんが正しい判断をすることがとても重要だと感じます。

課題を浮き彫りにするため、訓練では失敗することも大事!

消防訓練ではリフレクションシートを使って、よかった点や課題点を振り返ります。

——消防訓練の後には、反省会のようなことも行うのでしょうか。

松田:訓練後は振り返りをして、「リフレクションシート」に疑問点や改善点を記入してもらうようにしています。また、今年から事業所の協力を得られれば、訓練中の動画を撮影するようにしています。初期消火がスムーズにいかなかった、避難誘導に時間がかかったなど、訓練中に見られた課題を参加者全員で共有し、改善策を話し合うんです。場合によっては、改善策をうけて部分訓練を実施するケースもあります。例えば、歩けない0歳児や1歳児の避難でつまずいた場所があれば、あらためて園児を窓から手渡しする部分訓練を行い、その日のうちに課題を解決するようにしているんです。

また、課題の改善につなげるため、私たちは保育士の方々に「訓練では失敗してください」と伝えています。失敗は課題を直視するきっかけになりますからね。

——訓練以外に、保育園に求められる防火対策にはどのようなものがありますか。

松田:日頃から、防火について話し合う機会を持つことが大切です。可能であれば、職員会議を活用して避難経路の確認、消火器の点検、火元となりやすい場所の洗い出しなどを、毎月行ってみてください。そうした話し合いは、保育士さんだけでなく、栄養士さんや調理師さんを含めてみんなで行い、防火意識の共有を図ってほしいですね。人員の入れ替わりもあるでしょうから、継続的に取り組むことが大事です。

もちろん、保護者との連携も必要です。生活発表会やお遊戯会といった行事の際には、会場の避難経路の確認、消火器の位置の把握などを保護者と一緒に行いましょう。そうした対策の積み重ねが、いざというときの連携につながるはずです。

——お話をうかがっていて、保育園の施設管理の面でも工夫が必要だと感じます。

松田:保育園には、子どもたちの活動に必要なおもちゃや教材がたくさんあります。いざというときのことを考え、避難経路となる場所や非常口の前には物を置かない、火気のまわりに可燃物を置かないなど、日頃から整理整頓を心がける必要があるでしょう。

消防士の立場から伝えたいのは、「同じ火災はない」ということです。火災はいつ、どのような形で起こるのか、誰にも予測できません。ただし、地震などの天災と違って、火災は事前の取り組みで被害を抑えられる可能性があります。だからこそ、日頃の備えが重要になるんです。

——最後に、保育士の方々に向けてメッセージをお願いします。

松田:なかには、「そんな頻繁に訓練をしなくてもよいのでは?」と思われる方もいるかもしれませんが、訓練はけっして無駄にはなりません。火災対応では、「みんなが無事に避難できた」という結果こそが唯一の正解です。そして、その正解にたどりつくためには、とにかく訓練の場数を踏むことが大切なのです。

保育士のみなさんには、園児の安全を守るという大切な使命があります。しかし、消防隊に頼りきっていては、自分自身も園児も守りきれません。特に、実際の火災現場では、消防隊が到着するまでの間の初期対応が、被害の大小に関わってきます。

消防本部はこれからもできる限りの支援をしていきます。ですから、みなさんも1人ひとりができることを積み重ねて、園児の命を守ることにつなげていってください。

■東根市消防本部
https://www.city.higashine.yamagata.jp/section_list/section026/738

取材・文/二階堂ねこ 編集/イージーゴー