「わらべうた」が子どもの発達を左右する!?保育学・心理学的視点から見た、伝承遊びの効果とは

みなさんにも、冬の寒い日に「おしくらまんじゅう おされてなくな♪」と歌いながら、体を押し合って遊んだ記憶があるのではないでしょうか。親しみのあるメロディーとリズムで、古くから子どもたちに愛されてきたわらべうた。授業などできちんと習ったわけではないのに、いくつになっても忘れることはありませんよね。
ところで、わらべうたには、子どもたちの発達を促す要素がたくさん詰まっていることをご存じですか?
今回は、『「気になる子」のわらべうた』(クレヨンハウス刊)の著者である名古屋短期大学保育科の山下直樹教授に、わらべうたの魅力や子どもの発達への効果、おすすめのわらべうたについて話を聞きました。
\お話をうかがった方/
山下直樹先生
名古屋短期大学保育科教授。
ルドルフ・シュタイナーの治療教育を学んだあと、幼稚園や小・中学校のカウンセラー等として勤務。保育カウンセラー、臨床心理士、公認心理師。年間100カ所以上の保育所・幼稚園を訪問し、これまで10,000人以上の子どもたちと向き合ってきた。4児の父でもある。
地域で語り継がれるわらべうたには、子育ての知恵が詰まっている!?
——山下先生がわらべうたの研究を始めたきっかけは、なんだったのでしょう。
山下:私は大学卒業後、ルドルフ・シュタイナーの治療教育を学ぶために、ドイツに1年、スイスに3年留学しました。ご存じの方もいるかと思いますが、シュタイナー教育では、昔話やわらべうたの教育的な要素について深く研究しています。そのため、私も数多くのヨーロッパの昔話やわらべうたに触れる機会があり、次第にその内容に興味を持つようになりました。
ヨーロッパの昔話というとグリム童話が有名ですが、あれは各地域に伝わる昔話を集めて編さんしたもの。人間のなかにある善と悪をモチーフにし、長い年月をかけて伝承されてきたお話ばかりで、先人たちの英知を結集した作品集といってよいでしょう。
わらべうたも、それぞれの地域に伝承されてきた民族音楽のようなもので、簡単で覚えやすい言葉やリズムに特徴があります。しかし、わらべうたが古くから歌い継がれてきた理由は、それだけではありません。わらべうたのなかには、子育ての知恵がたくさん詰まっており、だからこそ廃れることなく歌い継がれているのです。
日本にもすばらしいわらべうたがたくさんありますが、以前はわらべうたの狙いや効果について、深く研究している人があまりいませんでした。それで、1998年にヨーロッパから帰国したのを機に、日本各地のわらべうたを集めて研究することにしたのです。
その後は、障害のある子どもたちの発達を支援するため「シュタイナー子ども発達相談室」という個人教室を開設。毎日のように、子どもたちにグリム童話を語り聞かせたり、わらべうたを歌ったりしていました。また、そうするなかで「わらべうたには子どもの発達を促す力があるのではないか」ということを強く実感し、現在もわらべうたの研究を続けています。
わらべうたは触覚や生命感覚、運動感覚、平衡感覚の成長を促す
——わらべうたのどのような点が、子どもの発達を促すのでしょうか?
山下:シュタイナー教育では、人には五感だけでなく12の感覚があるとされています。そして、わらべうたは12の感覚のうち、子どもの発達の土台となる「触覚」「生命感覚」「運動感覚」「平衡感覚」の4つの感覚を育む効果があると考えているんです。それぞれの感覚が、どのような影響を与えるかについては、こちらをご覧ください。
(1)触覚:抱っこしたり、触れ合ったりする歌遊びを通して、親子の安心や信頼を育みます。
(2)生命感覚:生命感覚とは、「食べる・寝る・遊ぶ」を中心とした生活リズムを作ることです。歌遊びは生活のリズムを作り、自律神経を整えることにもつながります。また、入眠を促す歌や目覚めの歌も、生命感覚を育てます。
(3)運動感覚:体を使った歌遊びを通じて、自分の体の大きさや動かし方を理解すると、関節や筋肉をコントロールする力が身につき、自由に体を動かせるようになります。
(4)平衡感覚:子どもを膝に乗せて揺すったり、揺らしたりする歌遊びを通して、回転や前後上下左右の動きを感知し、外部空間と自分との関係を捉えられるようになります。
わらべうたには、抱きしめあったり、くすぐりあったりする「触覚」を基本に、「生命感覚」や「運動感覚」「平衡感覚」を育む要素がふんだんに入っています。だからこそ、子どもたちの心と体の健やかな成長に役立つのです。
「音も歌詞も自由に楽しんでOK」な点もわらべうたの魅力
——山下先生が考える、日本のわらべうたの魅力とは何ですか?
山下:1つは、日本特有の音階が使われているため、耳なじみがよく歌いやすいこと。もう1つは、アレンジして楽しめることです。聞き比べてもらうとわかるのですが、同じわらべうたでも、地方によってメロディーや歌詞、歌い方が少しずつ違います。つまり、わらべうたには厳密なルールがなく、環境や風土に合わせて自由に楽しむものなのです。
一方で、子どもたちには別の魅力もあります。それは、お父さんやお母さんに抱っこされて、肌や声の温かみを感じられることです。私は、子育て支援センターや保育園で、お母さんたちと一緒にわらべうたを歌う機会が多いのですが、そのときに「子どもの前で正しく歌える自信がなくて、ついスマホで聞かせてしまう」という話をよく聞きます。でも、それでは子どもとの触れ合いがなくなると思いませんか? せっかくの機会なのに、もったいないですよね。わらべうたを楽しむときは、正しいかどうかなんて気にせず、思うがまま自由に歌ってください。
——わらべうたには、触れ合うだけでなく、つねったりつついたりして刺激を与え合いながら遊ぶものもありますね。
山下:そうなんです。わらべうたには、つねったりたたいたりつついたり、といった「痛楽しい」遊びもあります。保育者から「ほかの子のことをつねったりしていいんですか?」と質問されることがありますが、心配は無用です。そもそも子どもって、ちょっと痛いくらいの遊びが大好きじゃないですか。私たちが子どものころも、「しっぺ・デコピン・ババチョップ!」という「あっち向いてホイ」の痛いバージョンのような遊びがありましたよ。
子どもはちょっと痛い遊びを通して、どれくらいの力を入れたら相手が嫌がるのか、ダメージを負うのかといった、力の加減や体の強さを学びます。ですから、わらべうたを使って、「痛楽しい」感覚をたくさん経験させてあげるとよいでしょう。
子どもの体と心の成長につながる、おすすめのわらべうた5選!
——ほいくらしユーザーに向けて、おすすめのわらべうたを教えていただけますか?
山下:では、おすすめの歌とポイントを5つご紹介しましょう。
①「ぼうずぼうず」
「ぼうずぼうず かわいいときゃかわいいけど にくいときゃペション」という歌詞です。誤解されやすいのですが、「子どもが憎らしいときはおしりなどをたたいていい」という意味ではありません。子育ての光(楽しさ)と闇(大変さ)を短い歌のなかにちりばめ、笑いに昇華させているのが、この歌のすばらしさです。
②「いたいのいたいのとんでけ」
誰もが知っているおまじない的な歌です。痛い部分をなでたりさすったりして、「とんでけ!」とやってあげると、不思議と痛みがなくなったように感じますよね。実は、痛い部分をなでたりさすったりする行為には、痛みの情報が脳に伝わることを抑える効果があるからなんです。また、やさしく触れ合うことでオキシトシンが分泌され、心が癒やされるために、痛みがやわらぐという説もあります。
③「ふくすけさん」
「ふくすけさん えんどうまめがこげるよ はやくいってかんましな」と歌いながら、子どもの足の指を順につまむように触りましょう。子どもが自分の体を認識することで、運動感覚が育ちます。また、触れ合うことで親子の信頼関係も深まりますよ。
④「いちばちとまった」
「いちばちとまった」と歌いながら、子どもの手の甲から腕をつねるように軽くつまんでいきます。最後には「ぶーん」といいながら、子どもの体じゅうを軽くつまむまねをしましょう。ちょっと痛くて楽しい触れ合い遊びを通じて、痛みについて学ぶことができます。
⑤「さらわたし」
お盆の上にコップを乗せて、歌に合わせて運ぶ遊びです。歌に合わせて脇をしめる、体をまっすぐにする、運ぶという動作をするため、体幹が育ちます。お手伝いにもなるので、「ありがとう」とほめてあげて、自己肯定感を育みましょう。
——保育現場では、わらべうたをどのように取り入れるとよいのでしょう。
山下:子どもたちが親しみを持てるように、日常的に取り入れてみてください。その際は、大勢で一斉に歌うより、自由遊びや触れ合いの時間に1〜3人と遊ぶのがおすすめです。少人数としっかり触れ合ったほうが、子どもたちの情緒や心身の発達によい影響を与えるはずです。
——わらべうたについて、「ほいくらし」の読者に伝えたいことがあれば、ぜひお聞かせください。
山下:わらべうたには、子どもの心と体の発達を支援する要素がたくさん詰まっています。にもかかわらず、近年の保育の現場や家庭で、あまりわらべうたが歌われなくなったのは、淋しい限りです。
道具が必要なく、いつでもどこでも楽しめるわらべうたは、ある意味最強の遊びです。また、遊びながら一緒に歌うだけで、保護者や保育者と子どもたちの間に強い信頼関係を生み出します。この記事をきっかけにわらべうたを見直し、わらべうたで子どもと触れ合ってもらえたら、そんなにうれしいことはありません。
取材・文/早川奈緒子 編集/イージーゴー