「鬼ごっこ」は幼児期の体力づくりに最適!鬼ごっこ協会が教える導入のメリットとおすすめの遊び方

スポーツ庁が、全国の小・中学生を対象に行っている「体力・運動能力調査」の結果を見ると、2019年以降は小・中学生ともに、体力テストの点数(体力合計点)が低下し続けています。2023年(令和5年)の調査では、特に女子の体力・運動能力の低下が目立っており、小学生・中学生ともにこの10年で最低の数値となりました。
未就学児を対象とした同様の調査は行われていませんが、小学生の調査結果を踏まえるなら、「未就学児の体力や運動能力も下がっている可能性が高い」と考えられるでしょう。 そうしたなか、近年は体力・運動能力の向上を目指して、保育活動のプログラムに「鬼ごっこ」を取り入れる園が増えてきました。鬼ごっこは限られたスペースで手軽にできるうえに、ゲーム性が高い遊び。確かに、体力づくりにはぴったりですよね。
そこで今回は、一般社団法人鬼ごっこ協会の代表理事・羽崎泰男さんに、鬼ごっこのメリットや未就学児が鬼ごっこをするうえでのポイント、おすすめの鬼ごっこについてうかがいしました。
\お話をうかがった方/
羽崎泰男さん
一般社団法人鬼ごっこ協会の代表理事
日本体育大学卒業後、都立高校教諭を経て、ペンシルバニア州立大学大学院に留学。MS(Master of Science)を取得後、カナダ、イギリスで研究活動を行う。1984年からは「こどもの城」に勤務し、体育事業部長、企画部長、事業本部長を歴任。2009年には城西国際大学福祉総合学部教授に就任する。現在は一般社団法人鬼ごっこ協会の代表理事として、鬼ごっこの普及に努めている。
すぐに転ぶのは、幼児期の運動や遊びが足りていないせい
——近年は「子どもの体力が落ちている」というニュースを見る機会が増えました。鬼ごっこ協会の活動を通して、子どもの体力低下を実感する場面はありますか?
羽崎:私たちは約14年間、全国各地で保育者向けの研修や鬼ごっこのイベントを行ってきました。そうした活動を通じて、実感しているのは「活動をはじめた頃と現在を比べると、子どもたちの様子がだいぶ違う」ということです。今の子どもは体力面だけでなく、精神面も幼く感じる場面が増えています。コロナ禍以前から子どもの体力測定の数値は下降線をたどってきましたが、コロナ禍でさらに拍車がかかったと感じますね。ニュースが増えたのは、そういった状況にみなさんが危機感をもっていることのあらわれではないでしょうか。
——具体的には、どのようなときに精神的な幼さを感じるのでしょう。
羽崎:「問答鬼」という鬼ごっこをご存じですか? 「問答鬼」は、鬼が短い創作話をするところからはじまりますが、事前に1つのキーワードを決めておき、それが話のなかに出てきた瞬間、追いかけっこがスタートします。つまり、キーワードが鬼ごっこスタートの合図となるわけです。しかし、今の子どもたちはキーワードが出てきても、逃げずにポカンとしている。大人に「ほら、ここで逃げるんだよ」と言われて、ようやく走り出すんですよ。
なぜキーワードが出てきても走らないのか、理由はよくわかっていないのですが、逆に「スポーツ鬼ごっこ」のように、ルールが細かいものだとすぐに理解して動き出します。ゲームや動画などを通して、複雑なルールの遊びに慣れているせいか、シンプルなルールに適応できないのが今の子どもの特徴なんです。そういう意味では、精神面が幼いというより、年齢に見合った判断力がついていないと言ったほうが正しいかもしれません。
——一方の体力面では、どういったところが気になりますか?
羽崎:遊んでいてもすぐに転んだり、人とぶつかったりすることが多くなっていますね。走りながら物を避けたりする力は、認知能力を発達させることで身につきます。とはいえ、特別なことをする必要はなく、本来は遊びながら体を動かせば、自然と培われていくんです。転んだりぶつかったりしやすいのは、幼児期の体づくりの基本である、運動や遊びが足りていないからだと思いますね。
——保育園や幼稚園では外遊びの時間もあります。日常的に体を動かしていると思っていたのですが、そうではないということでしょうか。
羽崎:保育園や幼稚園で遊びの様子を観察してみると、園庭を走り回っている子どもってそんなにいないんですよ。外で遊ぶにしても、砂場でずっと何かをつくっていたりする。外に出ないで、部屋でお絵かきをしたり工作をしたりしている子どもも多いですよね。私が見た限りですが、おそらく8〜9割くらいは、体全体を動かすような運動をしていないと思います。
幼児期はまだ集中してスポーツができないので、運動量を保つためには、遊びのなかで少しでも体を動かすしかありません。ですから、1日30分でいいので、みんなで一緒に体を動かすことが大事なんです。
——そこでおすすめなのが、鬼ごっこというわけですね。
羽崎:そのとおりです。ただ、一般的な感覚だと、鬼ごっこは「鬼を1人決めてその他大勢をつかまえにいく遊び」だと思われています。私たちは、それを「ひとり鬼」と呼んでいますが、ひとり鬼は、実際に走り回っている子が少なく、ほとんどの子どもが見ているだけの状態になってしまうところに弱点があります。
たとえば、20人で鬼ごっこをしていて、保育者が鬼になっている場合、追いかけられている1人の子どもは走っていますが、残りの18人は見ているだけなんです。また、ひとり鬼は足の速さで鬼が決まるので、遅い子はいつも鬼になってしまう。そのため、タッチされて鬼になった途端、つまらなくてやめてしまう子も出てきてしまいます。
——体力・運動能力の向上を目指すにあたっては、どのような鬼ごっこをすればよいのでしょう。
羽崎:未就学児なら、図形を使った鬼ごっこがよいと思います。線や丸などの図形を使って遊ぶ範囲を限定すると、狭い場所でも楽しめるうえに子どもが分散しないので、保育者のみなさんも安心して遊べるはずです。
一例を挙げるなら、「田んぼ鬼」などはどうでしょう。これは、田の字に区切った4つの部屋を子どもが逃げ回る鬼ごっこ(鬼は田の字の十字部分の線上しか動くことができない)ですが、足が遅い子が鬼になっても、逃げる範囲が限られているのでそのうちタッチできます。要は、個々の運動能力に左右されずに、参加している全員がしっかり体を動かせるんです。
また、限られた範囲に大勢で入って、人を避けたり鬼を目で追ったりするので、空間認知能力や動体視力も養えます。それによって、日常生活で転んだりぶつかったりすることも減るのではないでしょうか。
——鬼ごっこが注目されている背景には、そうした効果も関係しているのですね。ここ数年は、鬼ごっこ協会への相談や依頼も増えていますか?
羽崎:相談や依頼の数は、コロナ禍の前よりも増えています。コロナ禍によって子どもの体力が低下し、それが数値として公表されたことで、保育者や自治体が危機感をもって取り組みはじめたのでしょう。以前は、鬼ごっこを使ったイベントの依頼が多かったのですが、今は保育者向けの研修の相談が増えており、子どもの遊びを根本から見直す動きがあるように思います。
遊びに鬼ごっこを導入したら、子どもたちの動きが機敏になった
——鬼ごっこ協会は、昨年千葉県富里市で、鬼ごっこを使った体力づくりの実証事業を行っています。具体的には、どのような取り組みを行ったのでしょう。
羽崎:富里市にあるすべての保育園、幼稚園、こども園にうかがって、保育者向けの研修を行いました。また、そのなかの数園では、遊びに鬼ごっこを取り入れて、体力づくりに関する調査も行っています。施設の規模や広さによって実証を行う時間や鬼ごっこの種類は違いますが、基本的には4、5歳児を対象に1日30分間、鬼ごっこをやってもらうようにお願いしました
——実証事業の前後で、子どもたちに変化はありましたか?
羽崎:園庭で遊んでいる姿を見ると、動きが機敏で活発になったと感じます。実証事業の対象は4、5歳児なので、来年小学校に入学したら「なにかスポーツをやっているの?」と聞かれるのではないでしょうか。それくらい印象が変わりましたね。
——運動能力の測定値も、実証事業の前より上がったのでしょうか。
羽崎:モデル園に指定されていた「向台子ども園」で、市が運動能力の計測を行ったところ、4歳児の25メートル走の平均タイムが24%も向上していました。これは全国の平均値を上回る数字なので、大きな成果と言えるでしょう。
■運動能力(25m走、両足連続飛び越し)の測定結果
——5カ月で24%の向上というのは驚きです。羽崎さんが気にされていた精神面についても、変化は見られましたか?
羽崎:5歳児には、コート内で行う競技性の高い「スポーツ鬼ごっこ」をやってもらっていたのですが、取り組む姿を見て驚きました。「スポーツ鬼ごっこ」では作戦会議も重要な要素なのですが、会議をする姿が小学生並みにしっかりしていたんです。最初の頃は、保育者が入ってある程度指示しないと動けなかったのに、5カ月後は子ども同士でコミュニケーションを取り合い、作戦を立てるところまでできていました。
——急速に子どもたちが成長した理由は、どこにあるとお考えですか?
羽崎:全員が一緒になって、鬼ごっこを楽しめたからではないでしょうか。子どもを動かすためには、「楽しい」と思ってもらうことが何より大事なので、今回の結果は「楽しくて夢中になって遊んでいるうちに、子どもたちがしかるべき成長を遂げていた」ということだと思います。言葉をかえるなら、鬼ごっこが子どもたちの成長のアシストをした形ですね。
また、普段活発に動いていなかった子どもが動くようになり、平均値の底上げにつながったことも、短期間で成果が出た理由だと思います。私たちは、「運動が好きではない子にどうやって運動させるか?」が重要だと考えているので、この結果をとてもうれしく思います。
——今後も、鬼ごっこを活用した実証事業を続けていくのでしょうか。
羽崎:現在も継続中です。協会としては、事業としてうまくいくかどうかよりも、子どもたちが鬼ごっこをして遊ぶことが「当たり前」になればいいなと思っています。
鬼ごっこは、運動を「楽しい!」と感じてもらうための手段
——未就学児が鬼ごっこで遊ぶときのポイントについてもお聞かせください。1〜2歳の小さな子どもの場合はいかがでしょうか。
羽崎:小さいうちは参加しても、何をやっているかまではわからないと思います。ですから、1、2歳の場合は「ひとり鬼」の要領で、「追いかけちゃうぞ〜」と言って走り回らせるのがよいのではないでしょうか。小さい頃から運動をしてこなかった子どもが、3、4歳になって突然運動に興味がわくことは少ないので、まずは月齢に応じた刺激を与えていくことが大事なんです。
——まずは、体を動かすのが「楽しい」と思ってもらうことが大事なんですね。
羽崎:そうですね。さらに言えば、1、2歳の生育過程では、運動以上に言葉と動作を一致させることが大事です。たとえば、「座る」という言葉を理解してもらうには、座っている動作を見せたり、やらせたりしなければなりません。そうやって、動作を表す言葉を実際の体の動きと一致させることで、子どもも動けるようになるはずです。
だからこそ、小さいうちはやみくもに運動させるより、言葉と行動を結びつける作業のほうが重要なんです。
——言葉と行動をつなげて理解することは、その後の運動能力の発達にも関係しそうですね。では、あまり運動に興味がない3〜5歳の子どもにはどういったアプローチをすればよいですか?
羽崎:子どもに、運動することを「楽しい」と感じてもらうためには、まず体験させなければなりません。1週間のうち「火曜日と金曜日は鬼ごっこをする」と決めて、全員に参加を呼びかけ、いろんな種類の鬼ごっこを楽しんでみるのはどうでしょう。それを続けるなかで好みの遊びが見つかれば、きっと「またやりたい!」と言ってくれます。
また、鬼ごっこに慣れてくれば、子どもたちだけで遊んでくれるようになるので、保育者は見守りに徹することができます。そうすれば、安全面の強化にもつながるのではないでしょうか。
——ありがとうございました。では最後に、「ほいくらし」の読者に向けてメッセージをお願いします。
羽崎:鬼ごっこには、運動能力の向上にとどまらないメリットがあるので、ぜひ普段の活動に取り入れてみてください。鬼ごっこを取り入れるときは、保育者がずっと走り回らないといけないひとり鬼ではなく、子どもがみんなで楽しめて、なおかつ運動量が保たれるものを選ぶのがポイントです。おすすめの鬼ごっこについても、別途紹介しておきますので、参考にしていただけると幸いです。
鬼ごっこ協会おすすめ!楽しく遊べて体力づくりにぴったりな鬼ごっこ4選
子どもたちの年齢や個性にあわせて、アレンジできるのも鬼ごっこのよさ。ルールにとらわれすぎずに楽しみましょう!
ここからは、羽崎さんおすすめの鬼ごっこを4つ紹介します。屋内・屋外どちらでも遊べますが、屋内の場合は図形を描く際にロープを使ったり、体育館の床のカラーテープを利用したりするなどの工夫をするとよいでしょう。
【年少(3歳)向け】
- ●ライン鬼
-
<人数>
鬼:1人〜/子:複数<遊び方>
①線を1本引き、保育者が鬼になって線上に立ちます。鬼は線上しか移動できません。
②子は鬼にタッチされないように、線の向こう側へと走り抜けます。鬼は「捕まえるよ〜」と言いながら、子をタッチして阻止します。
③鬼にタッチされた子は、元の場所に戻ってまた挑戦します。<ポイント>
・鬼は子どもを捕まえるふりをしながら通過させるなどして、達成感が味わえるように工夫しましょう。
・最後に鬼と子が1対1になってしまった場合、子が通り抜けを諦めてしまわないよう、ほかの子どもと一緒に励ますことも大事です。<メリット>
・達成感が得られると、積極的に取り組むようになります。
・サイドステップで線上を移動するとバランス感覚が養えます。
- ●丸鬼
-
<人数>
鬼:1人〜/子:複数<遊び方>
①鬼を1人決め、子全員が中に収まるように円を描きます。
②鬼は円の外側に出て、内側には子全員が入ります。
③鬼は10秒数えてから、円の外側から手を伸ばして子をタッチします。タッチされた子は外側に出て鬼になります。
④時間内に子をどれだけ減らせるかを楽しみます。<ポイント>
・子同士が「後ろから鬼がくるよ」「もっと寄って」などと声をかけ合うようにうながします。
・鬼が効率よくタッチするにはどうすればよいか、いろいろな作戦を考えながら遊びましょう。<メリット>
・チームワークを学ぶことができます。
・狭い空間で気を配るので空間認知能力が高まります。
【年中〜年長(4〜5歳)向け】
- ●レンジ鬼
-
<人数>
鬼:1人〜/子:複数<遊び方>
①鬼と子を決め、遊ぶ時間を決めます。
②鬼は10秒数えてから、子を追いかけてタッチします。鬼にタッチされた子は、その場にしゃがんで固まります。
③逃げている子2人が手をつなぎ、固められた子を両腕で囲むと助けることができます。
④終了時間になるまでこれを繰り返します。<ポイント>
・子が散らばって逃げるのを防ぐため、遊ぶ範囲を限定しましょう。
・時間を区切って鬼を交代し、1人の子どもが鬼をやり続けることのないよう配慮してください。<メリット>
・固まっている子(障害物)を避けるときの細かな動きが身につきます。
・仲間を助けるか、逃げるかを判断する力が養われます。
- ●線鬼
-
<人数>
鬼:1人〜/子:複数<遊び方>
①つなげたり、交差させたりしながら、逃げ道になる線を地面に描き(直線、曲線、ジグザク線などを3〜4本)、遊ぶ時間を決めます。
②鬼を1人決め、鬼も子も線上にのります。移動できるのは線上のみで、鬼も子も線から出たらアウトです。
③鬼は10秒数えてから、線上を追いかけて子をタッチします。タッチされた子は次の鬼になります。
④制限時間までこれを繰り返し、誰が最後まで生き残るかを楽しみます。<ポイント>
・どのような線・図形にすると楽しくなるか、みんなで相談しながら決めましょう。
・保育者は「あと○秒だよ」と残り時間を子どもに伝え、ゲームを盛り上げてください。<メリット>
・図形を考えるときに想像力が育まれます。
・線上を歩くのでバランス感覚が養われます。
取材・文/木下喜子