本物の音楽体験で子どもの感性を育む!出張クラシックコンサートを子どもたちに届けるNPO法人みんなのことば

本物の音楽体験で子どもの感性を育む!出張クラシックコンサートを子どもたちに届けるNPO法人みんなのことば

現在、文化庁では「未来を担う子供たちに優れた文化芸術体験機会を提供することによって、豊かな人間性の涵養(かんよう)を図るとともに将来の文化芸術の担い手や観客育成等に資する」ことを目的に、「学校における文化芸術鑑賞・体験推進事業」を行っています。2024年度は、同事業のために約55億の予算が確保されていますが、事業の対象となるのは小学生から。未就学児は含まれていません。

そうしたなか、「すべての子どもたち」に心を育てる体験を届けたいと、幼稚園・保育園への出張クラシックコンサートを行っている団体があります。プロの音楽家が参画する、NPO法人みんなのことばです。今回は代表理事の渡邊悠子さんに、活動をはじめた経緯やコンサートの特徴、子どもたちの反応などについてうかがいました。

\お話をうかがった方/
渡邊悠子さん
NPO法人みんなのことば 代表理事。上智大学比較文化学部比較文化学科(国際ビジネス専攻)卒業。在学中に生演奏派遣・音楽家庭教師派遣・音楽ベビーシッター派遣を手がけるベンチャー企業でインターンシップを経験し、2003年に代表取締役に就任。その後、2008年に「みんなのことば」の活動を開始し、2009年3月に特定非営利活動法人へ。2024年に設立15周年を迎えた。プライベートでは1児の母。

「心を育てる生演奏の体験が、子どもたちにとっての“当たり前”になる社会をつくりたい」と話す渡邊さん。

周囲に気兼ねすることなく、親子でプロの生演奏を楽しめる場を提供したかった

見慣れない楽器とアーティスト、そして目の前で繰り広げられる生演奏に子どもたちは釘付けです。

――まずは、「みんなのことば」の活動をはじめたきっかけについて教えてください。

渡邊:現在の活動をはじめる前、私は結婚式やパーティなどのイベントで生演奏の演出を手がける仕事をしていました。そうしたイベントでは、本番前に演奏家たちが狭い部屋でリハーサルを行うのですが、目の前で奏でられる音楽がとても素敵なんです。本番のようにかしこまってはいないけれど、ライブ感があって音の振動やアーティストの息づかいが肌で感じられる。そんな時間が毎回とても楽しみでした。

そして、仕事を続けるなかで「大好きなこの時間を子どもたちにも体験させてあげたい」と思うようになり、そのための方法を模索しはじめました。そんなある日、新聞でこんな言葉に出会ったんです。

「楽器を手にする子どもは、武器を手にしない」

コロンビアの大統領を務めた、故アルバロ・ウリベ氏の政策スローガンでした。このスローガンを知ったことで、「音楽で子どもたちの心を育てたい」という気持ちがいっそう強くなり、15年前の2009年にNPO法人を設立しました。

――未就学児を専門とした活動をしているのはなぜでしょうか。

渡邊:「子どもの感性は、6歳までに80パーセント以上が成長する」という話を聞いたことがあります。文部科学省の調査でも、子どものころの体験が、その後の意識形成や性格形成に影響をおよぼすことがわかっています。たとえば、小学生の時期に体験活動の機会に恵まれた子どもは、高校生になって自尊感情や外向性、精神的な回復力などが高くなる傾向がみられたそうです。

文科省の調査は小学生の時期の体験活動が焦点となっていますが、私たちは幼児期の体験活動も同じくらい重要だと思っています。幼児期は、心と感性が育つ大事な時期。だからこそ、五感をとおしていろいろな体験をしてほしいのです。ただ、日本の未就学児は、残念ながら体験活動の機会が多いとはいえません。文化庁は国家予算を組んで小学校や中学校で文化芸術公演を行う機会を設けていますが、保育園や幼稚園は対象外です。

感性がもっとも育つ時期なのに、十分な体験活動をさせてあげられないのはもったいないですよね。そこで、みんなのことばが主体となって、未就学児を専門に音楽体験を届けることにしたんです。

――ひと口に音楽体験といっても、童謡やポップス、ロックなどさまざまなジャンルがあります。そのなかでなぜ「クラシック音楽のコンサート」だったのでしょうか。

渡邊:おっしゃるとおり、音楽にはさまざまなジャンルがあり、コンサートにもいろいろなスタイルがあります。最近は未就学児OKのコンサートも増えていますよね。ところが、プロが演奏するクラシックコンサートに限っては、未就学児があまり歓迎されません。未就学児の入場が可となっていても、お子さんが泣き出したらホールの外であやすよう促されるケースが多いのが実情です。

ほかのお客さんへの配慮から、そうした対応がとられるのは仕方がないことかもしれません。でも、小さな子どもたちが、保護者の方が、周囲に気兼ねなくプロの生演奏を楽しめる場があったら、とても素敵だと思いませんか?

そんな思いから私たちは、クラシック音楽のコンサートに特化した活動を行っています。メインプログラムである「みんなのコンサート」は参加型のクラシックコンサートで、設立以来、約1,300公演、12万人以上の子どもたちにお届けしています。

子どもたちは、モーツァルトもベートーベンも理屈抜きで楽しんでくれる!

五感を使って音楽を体感し、表現することで、子どもたちの想像力や表現力が育まれます。

――「みんなのコンサート」の特徴や内容について教えてください。

渡邊:みんなのことばでは、子どもの感性を育てるために、3つのポイントが大切だと考えています。1つめは、五感をたっぷり使うこと。2つめは、五感を使って感じ取ったものを、自由に表現すること。未就学児の場合は、表現というより「反応」といったほうが適切かもしれませんね。手をたたいたり、からだを揺らしたり、笑ったり……。そうした1つひとつの反応が、子どもたちにとっては表現なんです。

そして、そうした表現をほかの人と共有したり、共感してもらったりすることが3つめのポイントとなります。「みんなのコンサート」の特徴をひと言で表現するなら、この3つのポイントを一度に体験できるようにつくられたプログラムといえるのではないでしょうか。

プログラムの所要時間は45分間で、「聴く」「歌う」「演奏に参加する」の3つのパートに分かれています。コンサートのメンバーは、フルート奏者、ヴァイオリン奏者、ヴィオラ奏者、チェロ奏者と司会の5名編成が基本。コンサート中、子どもたちが動いたり声を出したりするのも大歓迎です。

コンサートホールではなく、保育園・幼稚園という子どもたちが慣れ親しんだ場所にプロの音楽家が出向くのも、「みんなのコンサート」の大きな特徴です。もちろん、コンサートホールに行って非日常的な雰囲気を味わうのは、子どもにも大人にもよい体験になるでしょう。でも、私たちは子どもたちにリラックスした状態で音楽を楽しんでほしいのです。いつもの場所で、いつものお友だちや先生と一緒に聞いたほうが、子どもたちは安心して五感を使えるはず。そうやって環境を整えることも、心や感性を育むための重要な要素だと考えています。

――リラックスして楽しめるのはいいですね。ただ、なかには「未就学の子どもにクラシック音楽がわかるのかな」と、不安に思う保護者や保育者もいるのではないでしょうか。

渡邊:クラシック音楽というと、どうしても敷居が高いイメージがありますよね。でも、クラシックって本当はとても身近な音楽なんです。

クラシック音楽は200年、300年という長い歴史のなかで愛されてきた音楽であり、すべての音楽の基礎でもあります。実際、はやりのアニソンやポップスにも、クラシックのリズムのとり方が使われていたりするんですよ。ですから、意識してクラシック音楽を聞く機会がなかった人も、さまざまなジャンルの音楽を通じてクラシックに触れている可能性が高いんです。

また、クラシックの器楽曲には基本的に歌詞がありませんから、言葉の壁もありません。モーツァルトの曲であってもベートーベンの曲であってもブラームスの曲であっても、子どもたちは理屈抜きで楽しんでくれます。

加えて、クラシック音楽はマイクやスピーカーをとおさずに演奏するのが基本。「みんなのコンサート」は保育園や幼稚園が会場ですから、アーティストと子どもたちの距離がとても近く、楽器から出た音で空気が振動するのを肌で感じられます。生の音にからだを包まれる体験は、子どもたちはもちろん、一緒に聞いている大人にとっても忘れられない思い出になるはずです。

ただし、「みんなのコンサート」で演奏する曲がすべてクラシック音楽というわけではありません。たとえば、「歌う」のパートでは、ふだん子どもたちが歌っている童謡や園歌をアーティストが演奏し、子どもたちに歌ってもらうのですが、毎回とても盛り上がりますよ。

――演奏を披露する全員が、プロの音楽家だとうかがいました。

渡邊:多くのお子さんにとって、「みんなのコンサート」は生まれてはじめてクラシックの生演奏を聞く場です。人によっては、一生に一度の機会になるかもしれません。その貴重な1回にはやはり、プロによる本物の演奏を聞いてほしい。そんな思いで、プロの音楽家による演奏をお届けしています。

「みんなのコンサート」に出演するアーティストは、「音楽で子どもたちの心を育てたい」という私たちの理念に共感し、オーディションに参加してくれた方たちです。オーディションを通過して採用になった方には、単なるプロの演奏家ではなく、「子どもに音楽を届けるプロ」になってもらうための独自の研修を受けてもらっています。

――単純に演奏するだけではないのですね。

渡邊:「みんなのコンサート」では、アーティストが曲調に合わせて表情を変えたり、からだを動かしたりと、一般的なコンサートではまず見られないパフォーマンスを行います。音だけでなく視覚でも音楽を感じてほしいからです。

さらには、子どもと目があったときに、うなずいたり、アイコンタクトしたりもします。こちらは、子どもの反応に「わかるよ!」「そうだね」と共感を示すための工夫ですね。「自分の気持ちをわかってもらえた!」と感じられたら子どもはうれしいと思いますし、もっと表現しようという意欲も高まるのではないでしょうか。

全身を使って音楽を表現し、演奏をしながら子どもたちと心のやりとりをする。そんな難易度が高いパフォーマンスができるのも、プロだからこそです。

子どもに音楽の楽しさを届けるためにも、まずは自分が楽しみましょう

「みんなのコンサート」に出演するのは、「子どもに音楽を届けるプロフェッショナル」のおにいさん、おねえさんたちです。

――「みんなのコンサート」に参加したみなさんの反応はいかがですか?

渡邊:保護者と保育者のみなさんは、コンサートが終わると口々に「子どもたちが45分もの間、飽きたりぐずったりせずに聞いていられるなんて思わなかった」とおっしゃいます(笑)。「子どもにこれほどの集中力があるのをはじめて知った」「子どもの感性の豊かさをあらためて実感した」といった声も多く聞かれます。

子どもたちのほうは、先ほどお話したようにとても楽しそうに聞いてくれます。0歳のお子さんは音楽が心地よくて寝ちゃったりもしますが、1歳くらいのお子さんであれば曲に合わせておしりを振ったり、声を出したり、手拍子したりと最後まで参加してくれます。

未就学の子どもたちは、自分の感情を言葉で十分に説明できません。そのため、「楽しかった」「おもしろかった」というシンプルな感想が多いのですが、なかには「きれいだった」「悲しくないのに涙が出た」といった回答があったりして、コンサートのたびに、私たちもたくさんの教えや気づきをもらっています。

――子どもたちにどうやったら音楽の楽しさを伝えられるか、悩んでいる保育者も多いと思います。そうしたした方に向けて、アドバイスをいただけますか。

渡邊:アドバイスというのもおこがましいのですが、なによりも大切なのは、先生自身が音楽を楽しむことではないでしょうか。先生が楽しんでいないのに、子どもたちに音楽の楽しさを伝えることはできないと思うからです。

たとえば、ピアノを弾くのが苦手で音楽に苦手意識をもっている先生がいたら、思い切って伴奏をCDにまかせてはどうでしょう。そのうえで、先生は子どもたちと一緒に歌ったり、踊ったりするんです。先生が子どもたちに背を向けて苦手なピアノに向かっているよりも、音楽の楽しさをしっかりと届けられる気がしませんか?

――最後に、今後の活動について教えてください。

渡邊:未就学期の体験活動は、子どもの今後の人生を左右する可能性があるとても重要なものです。だからこそ、体験活動の機会は、すべての子どもに平等に与えられるのが理想といえます。

けれど、未就学期にどんな体験ができるかは、大人の興味関心や金銭的な事情によって決まってしまうことがほとんどです。また、多くの保育園・幼稚園が、園の規模や方針、行政の取り組み、物価の動向などに影響されて、体験活動のための十分な予算を確保できないという課題を抱えています。

こうした課題の解決に少しでも貢献できるよう、私たちはNPO法人の会員さまやパートナー企業さまのサポートのもと、保育園・幼稚園の費用負担をできるだけ軽くする方法を模索しながらコンサートをお届けしています。現在は、主に関東圏で活動していますが、今後はエリアを拡大してより多くの子どもたちに、プロによるクラシック音楽の生演奏という「本物の音楽体験」を提供していきたいと思っています。

「みんなのコンサート」という本物の音楽体験が子どもたちの感性の種となり、いつか大きな花を咲かせてくれたら、これほどうれしいことはありません。

█みんなのことば:https://minkoto.org/

取材・文/小川裕子