「週休3日制」で保育士の働き方はどう変わった?マムズ・サンに聞く、業務改革が現場に与えた好影響とは
保育士の人材不足が社会問題となるなか、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」に、「選択的週休3日制」が盛り込まれたのは2021年のこと。政策によって柔軟な働き方が推奨されことで、2022年には大手保育園が「週休3日制」を導入しはじめました。その後、改革の流れは全国の中小規模の保育園にも波及。現在は、保育士の求人サイトで「週休3日」という検索ワードを打ち込むと、10数件の候補があがってくる状況になっています。
そうしたなか、独自の働き方改革として、2021年以前に同制度を取り入れていた会社があります。長野市で、「ひかりほいくえん」「きらりほいくえ」「イキイキほいくえん」という3つの保育園を運営するMom’s sun(以下、マムズ・サン)です。2020年に週休3日制を導入したマムズ・サンでは、現在も同制度を続けており、改革の先駆者として、その動向に注目が集まっています。
今回は、同社の創設に携わり、運営する3園の統括マネージャーを務める高橋江美子さんに、週休3日制を導入した背景や導入による保育士さんたちの変化、先駆者として保育業界に伝えたいことなどをうかがってきました。
\お話をうかがった方/
高橋江美子さん
Mom’s sun(マムズ・サン)
長野市小規模認可保育園 ひかりほいくえん施設長、企業主導型保育園 きらりほいくえん・イキイキほいくえん 統括マネージャー 看護師として地域のお母さんたちの産後ケアをするため、代表・池尻由美さんとマムズ・サンを創設。母乳ケアや育児相談も担当。
人材確保が難しいなか、試行錯誤して週休3日制に行き着いた
——はじめに、マムズ・サンが週休3日制を導入した背景についてお聞かせください。
高橋:もともとマムズ・サンは、出産を経て生活の場を地域に戻したお母さんたちをサポートする、“産後ケア”の会社として設立されました。しかし、しばらくするとお母さんたちから、「子どもを預けることはできないか」という声が聞かれるようになり、みなさんの要望に応える形で保育園を作りました。
マムズ・サンの代表(池尻由美さん)は助産師、私は看護師だったので、保育園をはじめるにあたっては保育士を雇用し、シフトを組むなどの業務管理を私が担当していました。ただ、園は朝7時から夜8時まで開所していたので、8時間勤務の正社員の保育士だけでは人手が足りません。それで、何人かのパート保育士にも入ってもらい、それぞれの勤務できる時間を照合しながら、複雑なパズルを組むようにシフトを作っていました。早朝や夕方以降の手薄な時間帯だけ勤務できる都合のよい方なんて、そうは見つからないので、とにかく人材確保が難しかったですね。
——ただでさえ不慣れな業務なのに、保育園には必要な配置基準もあります。苦労が多かったのではないですか?
高橋:実は、産後ケアでこられるお母さんたちのなかには、元保育士の方がたくさんいて、ケアをしながら「朝は早くて帰りが遅い」「昼休みもなく残業は当たり前」といった保育の実情を聞いていました。なので、ある程度はわかっていたのですが、それでも大変でしたね。
おかげで、8時間勤務の正社員は昼休みがきちんと取れないうえに、残業までしている状況。その姿を見ていて、「保育園を運営する側として、真剣に働き方改革をやらないといけない」と感じました。
——シフトの問題と、保育士さんの労働環境に関する問題が重なっていたのですね。
高橋:そうです。マムズ・サンとして「女性の生き方、働き方をサポートしたい」という思いもあったので、なおさら改革の必要性を感じていました。それで試行錯誤した結果、「残業や持ち帰り仕事があって、昼休みさえ取れない」というスタイルで週5日働くなら、「業務時間内に仕事が全部終わって、休憩もきちんと取れて、休みが1日増える」という働き方のほうがいいだろうと思い、「週休3日制」を取り入れることにしたのです。
簡単にいうと、1日の実働時間を8時間から10時間に増やして、その分休みの日数を多くするという考え方ですね。
——週休3日制には、労働時間は8時間のまま週休3日にして、2割ほど給料を下げるという形もありますが、選択肢として検討されましたか?
高橋:シフトを組む際の苦労を解消したいという思いも大きかったので、最初から10時間勤務の形を考えていました。ほかの選択肢は考えてはいなかったですね。
10時間勤務のメリットを丁寧に説明し、職員の心理的負担を軽減
——運営されている3園が、同時に週休3日制を導入されたのでしょうか?
高橋:まず「ひかりほいくえん」で1か月間試験的に取り入れて、その後段階的に導入しました。3園のうち「きらりほいくえん」は、3年前に小規模認可保育園になったので、そのタイミングで導入しています。
——10時間勤務の週休3日制を採用すると通達したとき、保育士さんたちの反応はいかがでしたか?
高橋:最初は「えっ、11時間も園にいなきゃいけないの?」と驚いてましたね(笑)。みんなより早く出勤して遅くまで残業するような日だと、トータルで11時間くらい園にいるので、その感覚だったんだと思います。ですから、「業務時間内に仕事が終わるように、10時間勤務にするんだよ」「それによって休みが増やせるんだよ」と、丁寧に話をしました。それでも、試験的に導入したときは「1日が長い」という声がありましたね。残業の場合は「本当はもう帰ってもいいんだ」という気持ちが働きますが、休憩を入れて11時間拘束だと「まだいなきゃいけない」と思ってしまう。そのへんの心理的な負担はあったかもしれないですね。
ただ、働き方改革の一貫としてはじめたからには、大きな問題が出てこない限り導入しようと思っていたので、みんなには「続けていけばきっと当たり前になっていくはず」と声をかけていました。
——週休3日になった際の勤務形態について、具体的に教えてください。
高橋:園によって開所時間が違うので一律ではないのですが、基本的に早番の保育士は朝7時に出勤して18時までの勤務。遅番の保育士は朝8時に出勤して19時までの勤務ですね。1時間の休憩時間があるので、11時間拘束の10時間勤務です。正社員の勤務時間が10時間になったおかげで、シフトを組む業務もすごく楽になりました。
——保護者の方や子どもたちへの影響はありましたか?
高橋:0〜2歳児がメインなので、子どもに関してはそれほど影響がなかったです。保護者対応についても、朝の受け入れをする保育士と、帰りの送り出しをする保育士が同じなので、「引き継ぎがうまくいかない」「申し送りができていない」などのトラブルが起こりにくくなったと思います。
また、うちの園は、保育士数人が1チームとなってクラスの子どもを見ているので、保育士の休日が増えたとしても、保護者の方はさほど違和感を感じなかったのではないかな、と思います。
——週休3日制を選択されている職員の割合はどのくらいでしょう。
高橋:現在、保育士の正社員は3園合わせて12名、そのほか事務や産後ケア、病児ケアに携わる職員が8名、パートの保育士が68名いますが、保育士は全員に対して10時間勤務の週休3日制を採用しています。ただ、事務や産後ケア、病児ケアに携わる職員は、休日を増やすと現場が回らくなる可能性があるので、8時間勤務をお願いしています。
保育士からは「週休2日には戻りたくない」という声が聞かれるように
——試験期間を含めると、制度を取り入れて5年が経過しています。制度を継続するなかで、保育士さんに何かしらの変化は見られましたか?
高橋:最初は勤務時間が長いと感じていたようですが、今は「週休2日の生活は無理。戻りたくない」と言っています(笑)。休日の並びや有給の使い方によっては、3連休や4連休が取りやすいので、「しっかり休める」と実感しているのだと思います。1か月間単位で考えると、4週で16日間働けばあとは休みですからね。
——みなさん前向きにとらえているのですね。ちなみに、週休3日制に関して保育士さんからネガティブな声があがったことはありますか?
高橋:不満は出ていませんが、会社として感じていることはあります。今のところ保育士全員に10時間勤務の週休3日制をお願いしていますが、8時間勤務と10時間勤務を選択できるようにするなど、もっと柔軟に対応したいのです。例えば、妊娠、出産を経て育休を取ってから職場復帰する保育士の場合、10時間働くには家族などのサポートがないと難しいですよね。出勤する7時より前に子どもを預けられる保育園はないので、現状、育休から復帰した保育士は時短勤務にするか、パートになるかしか選べません。そのあたりを変えていけたらと思っています。
——育休から復帰する方への柔軟な対応も必要なのですね。近年は週休3日制を取り入れる園も多くなってきましたが、そこにメリットを感じて求人に応募される方は増えているのでしょうか。
高橋:うちは地方(長野市)なので、週休3日制で働くというスタイルがまだ浸透していないように感じます。現在、来年度の新卒を募集しているのですが、「求人票に週休3日と記載されていたので気になっています」と言ってくれる学生さんが、1人か2人出てきた程度。中途採用も含めて、多くの方から「週休3日ってどういうことですか?」と言われている状況です(笑)。
もちろん、面接できちんと説明すれば納得していただけるのですが、なかには「週休3日制で働いてみたい」と思っても、お子さんやご家族の都合で10時間勤務を選択できない方もたくさんいらっしゃいます。
——新たに採用した方から、10時間勤務がきついという声は聞かれませんか?
10時間労働が理由で退職した人は、いまのところいません。定着率が高いので、本当に助かっています。
週休3日制の実現には、ノンコンタクトタイムも大事
——保育士さんたちがどのように休日を過ごしているのかについて、把握している範囲でお聞かせください。
高橋:ドライブが好きな人はドライブに行き、温泉が好きな人は温泉めぐりをするといった具合で、それぞれに楽しんでいるようです。実は、プライベートと仕事は完全に分けるというのがマムズ・サンのモットーなので、プライベートが見えにくいんです。
——週休3日制を取り入れる前から、そういった社風だったんでしょうか?
高橋:そうですね。業務は業務時間に終わらせて、家に持ち帰ってまで仕事をしないでほしいというふうに、会社から通達しています。効率よく働くためにICTも早い時期に導入しましたし、園の行事も「やりたい」ではなく、「やらなきゃいけない」という義務感でやっているものは見直してきました。
ですから、みんなで働きやすい環境を目指して、少しずつ変えてきた結果、今があるという感覚ですね。週休3日制を取り入れるにあたっては、そうした環境づくりがとても大事だと思います。
——確かに、やみくもに週休3日制を導入すると、何かしらの不具合が出てきそうです。
高橋:勤務時間内に子どもと離れる時間を「ノンコンタクトタイム」と呼びますが、これもすごく大事です。例えば、ずっと泣いている子どもに対して、何も感じないで接していられるかというと、そんなことはありません。保育士でも、しんどくなることはありますよね。でも、一旦子どもがいる部屋を離れて、お茶でも飲んでまた戻ってくれば、気持ちの切り替えができます。
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——きちんと休憩時間を確保するために、園全体で心がけていることがあればお聞かせください。
高橋:基本的には1時間の休憩を設けていますが、丸々1時間取れないこともあるので、30分と30分に分けるなどの工夫をしてもらっています。また、各クラスのリーダーに「○○先生、休憩に行ってください」と声かけしてもらうことも徹底しています。個人の判断にゆだねるとみんな遠慮してしまうので、「きちんと休憩を取りましょう」という会社の姿勢を、明確に示すことが大事だと思うんです。
8時間勤務だったときは、休憩時間中子どもがお昼寝しているそばで雑務をこなすような場面も多かったのですが、おかげでそういう姿も見られなくなりました。個人的な感覚ですが、保育業界には10時間勤務という働き方が合っているのかもしれませんね。
——これまで5年以上、週休3日制を続けてきたわけですが、今後は何か新しい展開を考えていますか?
高橋:先日、社会福祉協議会が開催しているセミナーに参加したのですが、介護や医療の現場の話をうかがっていると、勤務形態の面で保育と似ているところが多く参考になりました。なので、今後は他業種の働き方や考え方も踏まえて、どうしたらもっと働きやすくなるか、いい労働環境がキープできるかを考えていこうと思っています。例えば、早番で出勤した保育士が途中で抜けて、また再出勤して遅番の退勤時間まで働くといった働き方ができれば、シフトが組みやすくなりますよね。今は1か月に160時間働くのが正社員の条件なので、中抜けした分は別の日に補えばいいのかな、と。もちろんまだ検討中なので、実現できるかはわかりません。
——人手不足をはじめとする保育業界の課題を解消するには、より柔軟な考え方が必要ということですね。最後に、「ほいくらし」を読んでいる保育士さんや園の方にメッセージをお願いします。
高橋:マムズ・サンが運営しているのは、3園ともに小規模保育園です。だからこそ、週休3日制を採用できている部分もありますし、同じ制度で運用していけるかは社風にもよると思います。ですから、週休3日制をどの園でも実践できるかといわれると、正直なところわかりません。
ただ、残業や持ち帰り仕事が当たり前になっている保育業界の悪しき風習は、「しょうがないよね」で終わらせず、みんなで変えていく必要があります。でないと、せっかく保育士を目指して資格をとった若い人たちが、2〜3年で辞めてしまうような状況は変えられないと思うんです。少子化のなか、ただでさえ保育士さんのなり手が少なくなってきているので、それぞれの園に合った形で働き方改革を進めていく必要があるのではないでしょうか。
取材・文/木下喜子