おみせやさんごっこがスタートライン!?キッズ・マネー・スクールの三浦康司さんに聞く、マネー教育のはじめ方
近年は、キャッシュレス決済の浸透によって、目に見えない形でお金を使う状況が増え、ゲーム課金などへの抵抗感が薄れています。さらに、成年年齢引き下げによる若年層の金銭トラブルも増加しており、子どもに対する「マネー教育」のニーズが年々高まっている状況です。
いずれは必要になる知識ですから、一般教科のお勉強と同様にできるだけ早く身につけてほしいもの。でも、いざ家庭や保育園で教えようとすると、「いつから、どのように教えればいいの?」「未就学児にお金のことを教える意味があるの?」などの疑問が浮かんできて、前に進めなくなりますよね。
そこで今回は、全国の保育園などで4歳からの子どもにマネーセミナーを行う「キッズ・マネー・スクール」代表の三浦康司さんに、未就学児の子どもにも伝わるマネー教育の具体的な方法を教えていただきました。
\お話をうかがった方/
三浦康司さん
キッズ・マネー・スクール代表
住設メーカーグループ会社、たばこメーカーの営業・マーケティングを経て、2009年にGOEN株式会社を設立。一方で、ファイナンシャルプランナーの知識を生かしてはじめた子どもへのマネー教育が評判を呼び、2014年よりキッズ・マネー・スクールを開催。現在は、全国の保育園などで年に100回以上実施するまでに。著書に『6歳から身につけたいマネー知識 子どものお金相談室』、『10歳までに身につけたい子どもが一生困らないお金のルール』(ともに青春出版社)などがある。
日本は遅れている?子どもたちを取り巻くマネー教育の現状
──そもそも、三浦さんがキッズ・マネー・スクールを開講するようになったきっかけは何だったのでしょう?
三浦:以前から、ファイナンシャルプランナーとして大人向けのマネーセミナーを開催しており、そのなかで「わが家では、娘たちが幼い頃からこんな金銭教育をしてきた」という個人的なエピソードを披露していました。そしたら、「うちの子にも教えてほしい」との言葉を数多くいただくようになり、「じゃあ一度やってみようか」と、2014年に子ども向けのマネーセミナーを開いてみたんです。それがはじまりですね。
──三浦さん自身の経験がもとになっていたのですね。ご家庭でマネー教育を行っていたのは、何か理由があるのですか?
三浦:近年、日本では少子高齢化が大きな社会課題になっていますよね。うちには娘が2人いて、現在は長女が現在23歳、次女が21歳なのですが、彼女たちが生まれた当時から少子高齢化の傾向は明らかでした。そのとき頭に浮かんでいたのは「この状況が今後も進んでいけば働き手が不足し、日本もアメリカのように移民を受け入れないと経済が立ち行かなくなる」ということです。
海外の多くの国では、子どもたちへのマネー教育が盛んです。では、幼い頃からお金のことを勉強している外国人と、お金に疎い日本人が当たり前のように一緒に働く時代になれば、どうなるでしょう。日本人は経済感覚の点で遅れを取り、ビジネスのさまざまなシーンで不利益をこうむるかもしれません。それは良くないなと思ったのが、マネー教育をはじめた大きな理由です。
──諸外国では、子どもに対してどんなマネー教育が行われているのでしょうか。
三浦:わかりやすいのは、イギリスの事例でしょうか。イギリスでは2010年代から金融教育を国家戦略として実施していて、小学校のカリキュラムにもお金の価値や計算、使い方、貯金、カードの利用法といったマネー教育が組み込まれています。
アメリカやオーストラリアもマネー教育に力を入れていますが、教育方針が各州に委ねられているため統一されたカリキュラムはなく、マネー教育が普及している州もあれば、そうでない州もあるといった具合です。ただ、アメリカの場合は学校で教えなくても親が家庭で教えますから、総じて子どものマネーリテラシーは高いといえるでしょう。
──小学校の授業でお金のことを教えるとは驚きです。一方で、日本のマネー教育はどのような状況なのでしょうか。
三浦:2022年になって、ようやく高校の家庭科に資産形成の授業が導入されました。大きな一歩ではあるものの、諸外国に比べるとスタートの年齢がかなり遅いですよね。
マネー教育には、「家計管理ができるようになる」「金銭トラブルに巻き込まれるのを防ぐ」などの目的がありますが、いちばんの目的は「経済的な視点から将来のライフプランを考察すること」です。日本の高校でも、株式や投資信託といった金融商品を活用しながら、いかに資産を形成していくかを学ぶことになりましたが、背景にあるのは社会保障制度の危うさかもしれません。つまり、「あなたたちが大人になる頃には年金制度が立ち行かなくなるかもしれない。だから、老後のお金は自力でつくってくださいね」ということです。
その観点で言うと、時間をかければかけるだけお金が増える可能性は高まります。あくまで計算上の話ですが、5歳のときに年利7.2%(※)の金融商品を100万円分買って複利で運用すれば、15歳の時点で200万円、25歳で400万円、35歳で800万円になり、45歳で1600万円、55歳で3200万円、65歳で6400万円になる。お金を正しく活用すればそういうこともできるんだと、早い段階で知ってもらうのはとても重要だと思います。
※ここでは説明をわかりやすくするために、「10年でお金が2倍になる金利」で試算しています。資産を2倍にするのに必要な年数を求める方法は、「72の法則」と呼ばれており、「2倍になる年数=72÷金利」で計算します。
お金とは、「ありがとう」と交換するすばらしいもの
──三浦さんとしては、何歳頃からマネー教育をはじめるのが良いとお考えですか?
三浦:キッズ・マネー・スクールでは、3〜4歳を推奨しています。適切な年齢には個人差がありますが、子どもがスーパーなどで「〇〇を買って」とおねだりするようになれば、その子なりに「物はお金で買える」と理解している証拠。そろそろおこづかいをあげても良いタイミングです。
そうお伝えすると、「そんな幼い子にお金を渡したら、無駄遣いをしそうじゃないですか」と言う方もいらっしゃいますが、その点はご指摘のとおりかもしれません。子どもは必ず失敗します。でも、そこで私が「4歳の子が失敗する40円と、40歳すぎのおじさんが失敗する40万円だったらどちらが良いですか?」と問うと、みなさん「40円」と答えるんですよね。
当たり前のことですが、幼い子の失敗のほうが被害額は少なくて済みます。それなのに、なぜ日本では子どもにお金のことを教えたり、お金を持たせたりすることに忌避感があるのでしょう。多くの日本人は、子どもの頃にお金に関する正しい教育を受けてこなかったからです。それどころか、お金の話をするとネガティブな反応をされることが多くなかったですか?
──確かに、お金の話をすること自体、「下品」「はしたない」みたいな空気があった気がします。では、そうした環境のなかで育ってきた親世代が、幼い子どもにお金のことを教えるにはどうしたら良いのでしょうか。
三浦:まずは「お金とは何か」を教えてあげましょう。私の場合、「お金は『ありがとう』と交換するものだよ」と説明しています。
──「ありがとう」と交換するとは、どういうことですか?
三浦:たとえばスーパーでお菓子を買うと、店員さんは「ありがとうございました」と言いますよね。一方、買ったほうも「ありがとうございました」と返す。なぜなら、店員さんはお菓子を買ってもらうと店の利益になってうれしいし、買ったほうはほしかったものが手に入ってうれしいからです。お金は、物を売る側と買う側をどっちも幸せにする良いものなんだよと教えてあげてください。
最近はクレジットカードや電子マネーを使い、無人レジで会計を済ませる方も多いですが、子どもと買い物に出かける際はあえて有人レジを選び、現金で買い物するようにすると伝わりやすいと思います。
そうして子どもが「お金は良いもの」だと理解したら、次にお金はとても大切なものだと教えましょう。「お金はいくらでもあるわけではなくて、お父さんやお母さんが一生懸命仕事をして、少しずつ手に入れてくるものなんだよ」という具合です。
そのうえでおこづかい制度を導入すれば、子どもは「お金とは何か」を順を追って学んでいくはずです。おこづかいの額については、相場のようなものはありません。毎月定額だけを渡すのか、子どもがお手伝いをしたときの報酬制にするのか、あるいは両者を組み合わせるのかなど、子どもと話し合って決めることをおすすめしています。
「おみせやさんごっこ」で、マネーリテラシーと生き抜く力を養う
──保育園でも実践できるマネー教育には、どのようなものがありますか?
三浦:キッズ・マネー・スクールでよくやるのは「おみせやさんごっこ」ですね。具体的な方法としては、園にあるおもちゃや絵本などを並べて、店員さん役の子と買い物客役の子で物々交換をするんです。物を売ったり買ったりする際は、互いに「ありがとう」を言うルールにすることも忘れないでください。
対象が4歳くらいの場合は、子どもたちにミッションを与えても良いでしょう。たとえば、子どもたちが描いた絵を商品に見立てて、「早く売り切れにすること」「お金を増やすこと」という2つのミッションを与えるのです。
すると、子どもたちは「早く売り切れにするにはどうすれば良いか」「お金を増やすにはどうするべきか」を考え、絵の色をきれいに塗ったり、店の陳列スペースをきれいにしたりと、商品に付加価値をつけはじめます。それって「ビジネスの基本」を体験しているのと同じですよね。
──おみせやさんごっこといえば、コミュニケーション能力や協調性を養うための遊びというイメージがありましたが、マーケティングやブランディングのようなことまで経験できるんですね!
三浦:おみせやさんごっこが終わったあとで子どもたちに感想を聞くと、みんな「楽しかった!」と言いつつ、「いろいろな工夫をするのが大変だった」「お客さんを呼び込むために声をかけるのにすごく緊張した」などと口にします。そうやってお金を稼ぐことの大変さを肌で感じて、お金の大切さをより強く実感するんです。
少し大げさな言い方をすれば、ごっこ遊びを通じて生きる力を身につけていると言ってもいいかもしれません。
──親が子どもに「お父さんやお母さんは、がんばって仕事をしてお金を稼いでいる」と口で言ってもなかなかわかってもらえませんが、体験すればすぐに伝わりそうです。
三浦:そういう意味では、子どもたちを園外での買い物に連れ出すのも効果的です。地域のバザーなどに参加しても良いですし、給食を自営調理している園なら、食材の買い出しに子どもたちを同行させてみるのも一つの方法でしょう。
給食の献立は日によって違うと思いますが、野菜や卵、牛乳など、頻繁に買う食材ってありますよね。買い出しに連れていくたびに、子どもたちに「今日のにんじんの値段はいくら?」と聞いてみてください。子どもたちはこちらが驚くほど記憶力が良いので、何度か行っているうちに「前回は◯◯円だったのに、今回は◯◯円になってる」と価格の違いに気づくと思います。
それをきっかけに、「同じにんじんなのに、なぜ日によって価格が違うんだろう」と考えるようになればしめたもの。おみせやさんごっこと同じように、楽しみながらビジネスや社会の仕組みを伝えることができます。
──今回お話しいただいたマネー教育を実践すれば、お金の正しい知識が身につくだけでなく、子どもたちがお金に対してポジティブなイメージを抱きそうです。
三浦:まさにそれが私たちの目的です。お金は、誰にとっても生きていく上で欠かせない大切なものであり、人と人の間に「ありがとう」を生み出すすばらしいものです。幼いうちの失敗は学びだと捉えて、まずは「おみせやさんごっこ」から試してみてください。
取材・文/岸良ゆか
■キッズ・マネー・スクール https://kids-money.com/