脳には「育てる順番」がある!? 脳科学者・成田奈緒子さんに聞く、正しい脳の育て方
以前は、「脳は20歳までに完成し、それ以降は衰える一方」とされていましたが、近年の脳研究から「脳は死ぬまで成長し続ける」ということがわかってきました。ただし、脳がもっとも成長するのは、生まれてから5年間の乳幼児期だといわれています。つまり、保育園に通う子どもたちはまさに脳の育ち盛り! 健全に育つようにしっかりサポートしてあげたいですよね。
そこで今回は、小児科専門医であり脳科学者である成田奈緒子さんに、「正しい脳の育て方」についてうかがいました。成田さんいわく、脳は①からだの脳、②おりこうさんの脳、③こころの脳に分けられ、①から③を順番に育てていくのがいいそうです。いったいどういうことなのでしょうか。詳しく教えてもらいましょう。
\お話をうかがった方/
成田奈緒子さん
小児科専門医、脳科学者、文教大学教育学部特別支援教育専修教授。専門領域は、障害児病理学、生理学、小児科学、発達脳科学。大学で教鞭を執るかたわら、「子どもの脳を生活からの刺激で育てる」という理論のもと、発達障害や不登校、不安障害の悩みを支える専門家によるワークショップ「子育て科学アクシス」を開室し、主宰を務める。『パパもママも知っておきたい 子どもが幸せになる「8つの極意」』(産業編集センター)、 上岡勇二氏との共著『その「一言」が子どもの脳をダメにする』(SBクリエイティブ)、『子育てを変えれば脳が変わる こうすれば脳は健康に発達する』(PHP研究所)など著書多数。
脳には3つの種類があり、正しい順番で育てることが大事
――まずは、子どもの発達と脳の発達がどのようにかかわっているのかを教えてください。
成田:脳は、私たち人間が生きていくのに必要な機能のほとんどを担っています。ですから、「子どもの発達」イコール「脳の発達」であり、「子どもを育てる」ことは「脳を育てること」といってさしつかえありません。
人間の脳には、150~200億の神経細胞があるといわれていますが、実は神経細胞の数自体は大人も赤ちゃんも同じです。しかし、赤ちゃんの未発達な脳と大人の脳とでは、神経細胞のつながり方が違います。赤ちゃんの脳では、神経細胞同士があまりつながっていないのです。つまり、「脳を育てる」とは、神経細胞のつながりを増やすことを意味していて、その過程でからだのコントロールができるようになったり、言語が扱えるようになったりするのです。
ただ、脳全体が一定のスピードで育っていくかというと、そうではありません。脳には3つの種類があり、それぞれが異なるタイミングで成長します。
――脳に種類があるというのは、知りませんでした。それぞれの概要や特徴をお聞かせください。
成田:1つは「からだの脳」です。「からだの脳」は、脳の芯ともいうべき脳幹にあたり、姿勢の維持や睡眠、食欲、呼吸といった、生命維持に必要なからだの機能を担っています。
2つめは「おりこうさんの脳」で、こちらは脳の表面を覆う大脳新皮質にあたります。大脳皮質は、知能や知覚、言語機能の発達、勉強やスポーツの上達などに関わる部位です。
3つめは「こころの脳」です。大脳新皮質の前半分にあたる前頭葉にあたり、論理的思考や問題解決能力、想像力、判断力などをつかさどっています。こころの脳がしっかりと育っていれば、怒っても冷静な思考ができますし、道徳的・倫理的な行動を自発的にとれます。
それぞれの成長のタイミングですが、「からだの脳」が育つのは0~5歳ころです。「おりこうさんの脳」は1歳ごろから育ちはじめ、6~14歳あたりで大きく発達します。「こころの脳」が発達するのは10~18歳あたり。これら3つの脳がバランスよく育っている状態が「理想の脳」といえます。
3つの脳がバランスよく育てば、神経細胞同士のつながりが密になり、脳の機能がアップします。多様な視点や柔軟な思考も身につくため、人生のさまざまな「想定外」にも対応できるようになるでしょう。
――子どもの脳を「理想の脳」に育てるにはどうしたらいいのでしょうか。
成田:もっとも重要なのは、3つの脳を育てる順番です。脳を家にたとえると、1階が「からだの脳」、2階が「おりこうさんの脳」、1階と2階をつなぐ階段が「こころの脳」です。では、家を建てるときはどこから作りますか? まず1階を作り、その後、2階、階段の順に作りますよね。
脳も同じで、最初に1階である「からだの脳」を育て、次に「おりこうさんの脳」、最後に「こころの脳」を育てるのがポイントです。1階にあたる「からだの脳」がしっかり育ってはじめて、「おりこうさんの脳」や「こころの脳」も健全に発達できます。子どもの教育では、「おりこうさんの脳」がつかさどる知能や言語が注目されがちですが、「からだの脳」が育っていないと、「おりこうさんの脳」もうまく育たないのです。
保育園に通う子どもたちは、ちょうど「からだの脳」が育つ時期。そして、生まれてからの5年間は脳がもっとも変化する時期でもあります。だからこそこの時期は、「力の入れどき」なのです。「からだの脳」を中心に、脳の発達をしっかりとサポートするのが、私たち大人の役目と心得ましょう。
「からだの脳」の発達には、十分な睡眠が不可欠
――「からだの脳」を育てるために、保育士は何をすべきでしょうか。
成田:「からだの脳」は、命を保つための脳です。発達させるには、規則正しい食事を心がけることや暑さ寒さを適切に体験させること、全身を使って遊ばせることなど、いくつかのポイントがありますが、もっとも重要なのは睡眠です。
世界中の小児科医が利用するテキストに、『ネルソン小児科学』というものがありますが、同書にしたがえば、1~3歳ごろは昼寝を含めて12時間、昼寝が必要でなくなる4歳からは、夜間に連続して11時間ほどの睡眠が必要です。
しっかり眠っていれば、からだの脳は自然と頑丈に育ち、「おりこうさんの脳」や「こころの脳」もすこやかに発達します。ですから5歳までは、「しっかり寝る習慣をつけさせる」ことが最重要課題となります。
――「保育園でのお昼寝が長いから、子どもが夜なかなか寝てくれない」という保護者もいますが、そうした場合の対策はありますか?
成田:子どもが長時間お昼寝をしてしまうのは、年齢相当の夜間睡眠がとれていないためでしょう。夜しっかり寝ていないからお昼寝が長くなり、お昼寝が長いから夜眠れなくなるという悪循環に陥っているのです。
この悪循環を断ち切るには、保護者と保育士さんの連携が不可欠です。保育士さんは保護者の方に、子どもがどんなにぐずっても、朝6時くらいには起こすよう伝えてください。早起きして睡眠時間が減ったことで、子どもはいつもより長くお昼寝をしたがるかもしれませんが、そこは保育士さんのがんばりどころ。1時間程度で起こすようにしましょう。そして、お昼寝が短かったぶん、保護者には早寝させるよう連絡してください。
これを1週間ほど続けると、夜は自然にぐっすり眠って、昼寝は適度な時間で起きられるようになります。悪循環がなくなって生活リズムが整えば、「からだの脳」も万全に育つはずです。
「おりこうさんの脳」は、普段の保育活動のなかで育つ
――保育園の年長さんにあたる6歳ころからは、「おりこうさんの脳」も育ちはじめるとのことですが、「おりこうさんの脳」を育てるためには何をしたらいいでしょうか。
成田:「おりこうさんの脳」を育てるには、言語を使ったコミュニケーションや、手足を自分の意志でたくさん動かす体験をさせることが大切です。とはいえ、これは保育園でやっている活動そのもの。特別な対策は必要ないでしょう。
強いてアドバイスするとしたら、子どもに話しかけるときに、「言葉を省略せずにフルセンテンスで話す」「抽象的な表現は避ける」「理由を説明する」の3点を心がけてください。
例えば、絵本を片づけてほしいときに、「ちゃんと片づけて」と言っていませんか? 実は、「ちゃんと」という表現は、子どもにといってとてもあいまいです。どういう状態が「ちゃんと」なのかがわからないため、何をすべきかが判断できないでしょう。
この場合は、「読んだ本を床に置いたままだと、ほかの子が踏んでけがをするかもしれないよ。そうならないように、絵本を読み終わったら本棚にしまおうね」という具合に語りかけるのが正解です。論理的かつ具体的な話し方は、子どもの言語発達にも非常に有効です。
――もう一つの「こころの脳」に関してはどうでしょう。10~18歳あたりに発達するのであれば、保育園では特に気にしなくても大丈夫ですか?
成田:保育園に通う子どもたちは、「からだの脳」がもっとも育つ時期であり、保育士さんにはそのサポートをいちばんに考えてほしいと思います。ただ、「こころの脳」の発達のためにできることはもちろんあります。
保育士さんに限らず、大人は子どもに道徳的な話をよくします。子どもが誰かからおもちゃを受け取ったら、「おもちゃを貸してもらったら、ありがとうと言おうね」と言ったりしますよね。でも、それを日ごろから実践している大人は案外少ないものです。みなさんは、ほかの人から何かを受け取ったとき、「渡してくれてありがとうございます」ときちんと伝えていますか?
何が言いたいかというと、子どもには、「ありがとう」といわせるよりも、大人が実際に「ありがとう」といっている場面を見せるほうが効果的だということです。大人が普段から道徳的、あるいは倫理的な行動を示していれば、それは子どもの「おりこうさんの脳」に情報として蓄積されます。そして、その蓄積が、大人になったときの「思いやり」のベースとなるのです。
叱りすぎには要注意! 保育士さんもしっかり眠って心身を整えて
――脳がすこやかに育つために注意すべきことがあれば、そちらもお聞かせください。
成田:いい子に育てようとするあまり、子どもを叱りすぎたり、正論で追い詰めたりするのは逆効果です。今は間違った言動があったとしても、脳が成長すれば子どもは自分で正解を見つけ出せるようになります。大人はそれを信頼することが大事なんです。
ですから、私は保護者の方に「自分が死ぬかもしれない行為をしたとき、誰かを死なせてしまうかもしれない行為をしたときは、絶対に叱ってください。寝る時刻を過ぎても起きているなど、『からだの脳』を育てるのに不可欠な睡眠時間を損なう行為をしたときも叱りましょう。それ以外の行為は、叱るのではなく、注意すれば十分です」と伝えるようにしています。
――神経質になりすぎる必要はないということですね。
成田:保育園に通う子どもたちは、脳が育っている最中です。いわば、人間になる前の「原始人」の時期。食べ物で遊ぶのも、ほかの子のおもちゃを取り上げてしまうのも、原始人であれば仕方がないことであり、声を荒らげて叱るほどのことではありません。正しい振る舞い方を、大人が言葉や行動で示してあげれば、それで十分です。
また、保育士さん自身が元気で健康でいることも大切です。忙しいとは思いますが、まずは睡眠をしっかりとりましょう。帰宅後にスマホを見てだらだらするような時間を減らして「寝る」ことを生活の中心に据えれば、今よりも睡眠時間を確保できるはずです。心身が健康なら、子どもが何かしでかしても「小さいうちはそんなものよね」とおおらかにかまえていられると思いますよ。
――確かに、コンディションが悪いと気持ちに余裕がなくなってしまいます。
成田:近年は、発達に特性がある「気になる子」が増えているといわれますが、私は保育士さんや保護者の方に余裕がなくなっているのも要因の1つではないかと考えています。
心身ともに疲れているときは誰だって、相手のちょっとした行動にイライラしたり、不安になったりしますよね。しかし、そうした精神状態が続いていると、子どもが集団行動を乱すような行為を数回くり返しただけで、「この子は発達に特性がある」「療育が必要だ」と思ってしまうおそれがあります。
もちろん、実際に発達に特性がある子もいますし、早く療育につなげたほうがいいケースもあります。ただ、発達のスピードに個人差があるのは自然なこと。判断が難しいところですが、だからこそ客観的に見守れる余裕を持つことが大切です。そのためにも保育士さん自身が、しっかり眠って心身のコンディションをととのえるようにしてください。
――ありがとうございました。最後に、保育士さんたちに向けてメッセージをお願いします。
成田:脳はさまざまな刺激を受けながら、約18年かけて一人前に育ちます。その基盤となるのが「からだの脳」です。からだの脳が堅固に育つよう、保護者の方と連携しながらしっかりサポートしてあげましょう。
取材・文/小川裕子