泳ぐことで「自己肯定感」や「メタ認知力」が身につく!?水泳が子どもの習い事に最適な理由とは

学研教育総合研究所の「小学生白書」によると、2013年から2024年まで子どもの習い事ランキングの1位は「水泳」でした。また、少し古いデータになりますが、2017年にプレジデント社が行った調査では、「東大生の習い事ランキング」の1位が「水泳」となっており、回答した東大生の60%が子どもの頃に水泳を習っていたという結果が出ています。
一流アスリートのなかにも水泳経験者は多く、あの大谷翔平さん(野球)や本田圭佑さん(サッカー)、錦織圭さん(テニス)も、幼少期には水泳を習っていたそうですよ。
では、水泳はなぜ習いごととして人気なのでしょうか? 水泳を学ぶことで子どもたちにはどのようなメリットがあるのでしょうか? 水泳の個人レッスンを展開するSwimmy代表の菅原優さんに、水泳が子どもに与える影響についてお話をうかがいました。
\お話をうかがった方/
菅原優さん
Swimmy株式会社代表取締役 CEO。中学から大学まで競泳選手として活躍し、インターハイや国体、日本学生選手権などに出場した経験を持つ。東京学芸大学在学中は教育学部にて生涯スポーツを専攻し、中・高等学校保健体育教員免許を取得。2010年4月、東京スイミーSS(現Swimmy株式会社)を創業。発達障害児向けの水泳指導も行う。2022年、著書『子どもに必要な能力はすべて水泳で身につく』(かんき出版)を上梓。2025年2月には群馬・富岡市の「とみおかスイミングスクール」の事業を承継する。俳優としても活動しており、NHK大河ドラマ『いだてん』、映画『ファブル』等に出演。プライベートでは7歳児と0歳児の父でもある。
水泳は身体能力だけでなく、自己肯定感やメタ認知力の育成にも役立つ
――水泳はとても人気の高い習いごとです。その理由について、どのようにお考えですか。
菅原:理由の1つは日本の伝統的な価値観にあると思います。日本では多くの学校で水泳の授業を行っており、「泳げて当たり前」という価値観がありますよね。だからこそ、習いごとに水泳を選ぶ人が多いのでしょう。
また、海水浴や川遊びは日本ではポピュラーなレジャーですが、一方で、水の事故を聞かない年はありません。「水泳を習わせてわが子の命を守ってあげたい」という意識から、水泳を習わせる保護者も多いと感じています。
しかし最近は、水泳を習うことで得られる身体的・精神的なメリットにも注目が集まっており、「基礎的な身体能力を高めたい」「自己肯定感を伸ばしてあげたい」といった理由から水泳を習わせる保護者も増えています。
――水泳を習うメリットについて、具体的にお聞かせください。
菅原:身体的なメリットからお話すると、水泳は、身体能力全般を向上させるのに最適なスポーツなんです。サッカーであれ野球であれ、多くのスポーツは特定の筋肉に負荷がかかるため、どうしてもからだのバランスが崩れてしまいます。
けれど水泳は、水に浮いている状態で全身を左右対称に動かさなくてはなりません。そのため、インナーマッスルをはじめとする全身の筋肉がまんべんなく鍛えられますし、バランス力も向上します。水泳でからだの使い方を覚えて、身体能力を総合的に発達させておけば、子どもが別のスポーツをはじめたときにも、大きなアドバンテージになるはずです。
水泳は呼吸に制限がかかるため、心肺機能の発達にもつながります。呼吸筋や心肺機能が鍛えられることから、小児喘息の症状を軽減させる効果も期待されているんですよ。
――精神的なメリットについてはいかがでしょう。
菅原:精神的なメリットとしてまず挙げられるのが、集中力の向上です。水中でバランスをとりつつ全身を左右対称に動かすには、自分自身の動きに集中せざるを得ません。加えて、水中では視界が狭くなりますから、他人の目や動向を気にせずに済みます。そうしたことから、おのずと集中力が高まるのです。ただし、視界が限られる分、他の泳者とぶつかる危険もありますので、周囲への注意は必要です。
また、水中は日常とは違う環境であり、多くの人は本能的に危機感を持ちます。この危機感も、集中力を高めるのに役立っているように感じますね。
さらに水泳には、自分の思考や行動を客観視するための「メタ認知力」を強化する効果もあります。
――なぜ水泳で、メタ認知力が強化できるのでしょうか。
菅原:メタ認知は、現在の教育現場で注目を集めている概念で、簡単にいうと「自分の思考や行動を客観的に観察して、理解する力」のことです。つまり、メタ認知力を磨けば、自分の強みや弱みを正確に理解したり、自己改善につなげたりがしやすくなるわけです。
では、水泳がメタ認知力にどう関係してくるのか。水泳はからだのほとんどの部分が水に浸かっていて、ゴーグルもしていますから、からだの動きを自分で観察するのが難しいですよね。目視できるのは、腕や指先くらい。しかし、泳ぎのスキルを向上させるためには、自分の動きを正確にイメージしなければなりません。そのため、水泳ではほかのスポーツ以上に、自分の動きをイメージする習慣が身につき、結果としてメタ認知力が強化されるのです。
水泳を通じてメタ認知力を育めば、ほかのスポーツを習う際にも役立つはずです。さらに、自分を客観視できるようになれば、不足の事態に冷静に対応したり、周囲に配慮した柔軟な行動をとったりもできるでしょう。
――水泳は鏡などでフォームをチェックしたりもできないので、おっしゃるとおり自分を俯瞰する能力が磨かれそうです。
菅原:付け加えるなら、自己肯定感を高められるのも、水泳を習う大きなメリットといえます。
自己肯定感を向上させるには、「できた!」という成功体験を重ねることが有効だといわれますが、水泳は成功体験を積みやすいスポーツなので、自己肯定感を高めるのにうってつけなのです。
――成功体験を積み上げるというメリットは、すべてのスポーツにあてはまるのでは?
菅原:「できた!」という成功体験を積むには、適切な目標設定が必要です。目標が高すぎると達成が難しくなるし、低すぎると達成感にはつながりにくくなりますよね。その点、水泳には「種目」「タイム」「距離」という3つの指標があり、これらを組み合わせれば、子ども一人ひとりに合った目標を無限に設定できます。
たとえば、私が運営する「東京スイミーSS」では、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライができるようになるまで、目標を非常に細かく、段階的に設定しています。水泳の初心者がクロールで25m泳げるようになるには、「水に顔をつける」「水に5秒浮かぶ」「バタ足をする」「息継ぎをする」「腕で水をかく」など、数多くの小さな目標を一つひとつクリアしていかなければなりません。
目標の一つひとつは小さなものですが、子どもたちはそうした小さな目標をクリアするたびに成功体験を積み、自己肯定感を高めることができます。こうしたスモールステップを設定しやすいのは、水泳ならではのメリットではないでしょうか。
――水泳を通じて、子どもたちはさまざまな力を身につけられるのですね。
菅原:ここまで挙げた身体能力や集中力・メタ認知力・自己肯定感のほかにも、水泳を習うことで五感が刺激されて感受性が豊かになったり、好奇心が育まれたりといった効果も期待できます。水に浸かることにより体温調節機能や免疫力も向上するでしょう。
これらは、子どもが社会で生きていくために必要不可欠な力なので、少しおおげさな言い方をすれば、水泳は「子どもの生きる力を育むための要素が、すべてそろったスポーツ」といえるかもしれません。
水泳を習いはじめるのは、4〜5歳がおすすめ
――子どもに水泳を習わせたいけれど、何歳からはじめたらよいのか悩んでいる保護者は多いと思います。水泳をはじめるのに適したタイミングはありますか?
私は4~5歳をおすすめしています。4~5歳は泳ぐのに必要な体力が身につきはじめるのに加えて、コミュニケーション能力も向上する時期だからです。
読者の方のなかには、「ゴールデン・エイジ」という言葉をご存じの方もいらっしゃると思いますが、これは子どもの運動能力が飛躍的に伸びる時期のことで、9歳から12歳頃を指します。
一方、5歳~8歳頃は「プレ・ゴールデンエイジ」と呼ばれ、神経系がいちじるしく発達して、体内に神経回路がはりめぐらされます。そして、この時期にいろいろな運動を経験して神経系に刺激を与えることで、その後の運動能力の基礎が形成されます。
そうしたことから、4~5歳から水泳をはじめておくと、プレ・ゴールデンエイジに全身の運動神経をバランスよく発達させることができるのです。
ただし、「水泳は早くからはじめたほうがいい」ということではありません。習い事は、子どもが興味を持つかどうかがいちばん大事です。仮に就学してから水泳をスタートしても、身体的・精神的なメリットは十分に享受できますよ。
――水泳教室を選ぶ際、集団レッスンと個人レッスンのどちらにするか悩む保護者も多いようです。
菅原:集団レッスンでは、コーチ1人が複数の子どもを指導します。泳ぎ方にプラスして社会性や協調性も学べるのが集団レッスンのメリットで、同年代のお友だちもたくさんできるでしょう。集団行動が苦手でないなら、集団レッスンを選んでも問題ありません。
逆に、集団行動が苦手な子には個人レッスンが適しています。私のスクールにも、集団行動が苦手で不登校になっているけれど、水泳のレッスンは続けているというお子さんが何人かいらっしゃいます。以前、東京スイミーSSで水泳を習ううちに自信がついて、「水泳の授業があるから夏の間は学校に行く」と学校に通い出した子もいました。これはうれしかったですね。
「子どもの特性に合わせたレッスンを受けさせたい」という場合も、個人レッスンを選ぶとよいでしょう。個人レッスンであればスケジュールを柔軟に組みやすいので、「水泳を習わせたいけれど送迎が難しい」という保護者の方にも、個人レッスンをおすすめします。
――なかには水を怖がる子どももいますが、子どもを水に親しませるために、家庭でできることはありますか?
菅原:お風呂は水と親しむ絶好のチャンスです。わが家には0歳と7歳の子どもがいますが、0歳の子をお風呂に入れる際には、あお向けで水に浮かぶ「背浮き」をさせて、水にぷかぷか浮かぶ気持ちよさを教えています。
0歳ですから、もちろん1人で背浮きはできません。私が両手で背中を支え、耳が少しお湯に浸かるくらいの状態をキープしてあげるのですが、そうすると、本当に気持ちよさそうな表情をするんですよね(笑)。
また、入浴時に子どもの顔に水がかかったときは、「大丈夫?」とあわててタオルでふくのではなく、「顔に水がかかっても大丈夫だよ」といいながら軽くふく程度にしています。親がおおらかにかまえていれば、子どもも「顔に水がかかるのは普通のことなんだ。怖いことではないんだ」と感じるからです。
子どもに「水=楽しいもの」と感じてもらうために、保育園ができること
――子どもを水に慣れさせるために、保育園でできる取り組みについても教えてください。保育園で水遊びやプール遊びを行う際、子どもに「水=楽しいもの」と思ってもらうにはどのような工夫が必要ですか。
菅原:1歳くらいであれば、水に手や足をつけて「冷たいね」「気持ちいいね」と声をかけるだけで十分だと思います。じょうろなど、水が出る遊具を使うのもよいでしょう。ただし、水を怖がる子がいた場合は無理強いをする必要はありません。ほかの子どもたちが楽しそうにしていれば、そのうちに興味を示すようになります。
2~3歳くらいになったら、水で遊んでみましょう。子どもは遊びが大好きです。水鉄砲で水を発射させたり、お友だちや先生と水を掛け合ったりしたら、それだけで「水=楽しいもの」と感じてもらえるはずです。
3~6歳なら、ごっこ遊びがおすすめです。プール全体、あるいはプールを設置したエリア全体を冒険の国に見立てて、プールやその周辺に宝を設置。子どもたちに宝探しをしてもらってはどうでしょうか。
――宝探しを通じて水に触れるのであれば、水遊びやプール遊びが苦手な子も抵抗が少なそうです。
菅原:そうですね。宝探しに夢中になるうちに、水への抵抗感や恐怖心も薄れるはずです。
プールがある程度広ければ、「カニさん歩き」や「ワニさん散歩」も取り入れてみてください。「カニさん歩き」は、プールサイドのふちを両手で握ってカニのように横に歩く遊びです。「ワニさん散歩」は、プールの底に両手をついて顔を水面から出し、両脚は後方に伸ばした体勢で、腕を交互に動かしながら前進します。腕だけで前進するのが難しいなら、膝をつけてハイハイしてもOKです。
「このゾーンはカニさん歩きで進みましょう」「このゾーンはワニさんのまねをして移動しようね」というふうに提案すれば、楽しんでトライしてくれるのではないでしょうか。
宝探しに使う宝そのものものを、工作の時間に子どもたちにつくってもらうのもよい方法です。自分たちがつくった宝をゲットするという目標があれば、子どもたちの意欲がよりアップするのではないでしょうか。
――どれも子どもたちが喜びそうですね。一方で、子どもが水嫌いにならないために、保育士は何に注意すればよいのでしょう。
菅原:早く水に慣れてほしい、泳げるようになってほしいと思うあまり、無理やり水に触れさせようとするのは絶対にNGです。子どもが水に対して恐怖心を抱くようになってしまいます。園の方針にもよると思いますが、保育園では、泳ぐ手前の「水慣れ」ができれば十分。あせりは禁物です。
保育士さん自身が楽しそうにしていることも大切です。保育士さんが楽しそうにしていれば、子どもたちも「水で遊ぶのって楽しいんだ!」と思うようになりますよ。
――ありがとうございました。最後に、「ほいくらし」の読者にメッセージをお願いします。
菅原:教員不足や施設の老朽化、熱中症対策、事故防止などの観点から、子どもたちが泳ぐ機会はどんどん減っています。だからこそ保育士のみなさんには、子どもたちが水に触れる機会を積極的につくってほしいと思っています。そのうえで、数少ない水と触れる機会を子どもたちが「楽しい」と思えるよう、サポートしてあげてください。
私たちも個人レッスンを通じて、1人でも多くの子どもたちに水泳のおもしろさを伝え、生きる力を身につけるきっかけを提供していきたいと思っています。
●東京スイミーSS https://www.swimmy-ss.com/
取材・文 小川裕子