「不適切保育」の線引きは難しい!? 保育学研究者に聞く、不適切保育の解決への道筋

「不適切保育」の線引きは難しい!? 保育学研究者に聞く、不適切保育の解決への道筋

園児への暴力行為、乱暴な言葉の使用、置き去りや閉じ込め……。近年は、不適切保育が発覚する施設が増えており、大きな社会問題になっています。当然、こうした保育は許されるものではありませんが、一方である疑問も残ります。それは「どこからどこまでが不適切保育なのか?」ということです。

厚生労働省は、 2021年に「不適切な保育の未然防止及び発生時の対応についての手引き」 (調査元:キャンサースキャン)をまとめていますが、そこでは「保育所保育指針の示す子どもの人権・人格の尊重の観点に照らし、改善を要すると判断される行為」を不適切保育としています。

なお、具体的には次のような事例が不適切保育にあたります。

  1. 子どもの人格を尊重しない関わり
  2. 物事を強要するような関わり・脅迫的な言葉がけ
  3. 罰を与える・乱暴な関わり
  4. 子どもの育ちや家庭環境への配慮に欠ける関わり
  5. 差別的な関わり

しかし実際は、悪意があるわけでもなく、恒常的にくりかえされていたわけでもないのに、子どもがけがをしたことで不適切保育と判断されてしまった事例もあります。となれば、現場の保育士は不適切保育をどう定義し、どう防ぐべきなのでしょうか。

今回は、保育研究所所長・村山祐一先生にインタビュー。不適切保育の定義や実際にあった難しい事例と背景、不適切保育の防止策などについてうかがいました。

\お話をうかがった方/
村山祐一先生
保育学研究者、保育問題アナリスト、保育研究所所長。保育条件の向上を目指した制度の研究をはじめ、近年ではセミナーなどを通じて子育て支援制度に関わる活動も。現在は、埼玉県「みつまた保育園」の理事長も兼任し、子どもが楽しく過ごせる環境づくりに取り組んでいる。近著では「幼児教育・保育の真の無償化と公定価格改善課題」(新読書社2023年刊)がある。

村山祐一先生

不適切保育かどうかのボーダーラインを決めるのは難しい

――まずは、村山先生が考える不適切保育の定義をお聞かせください

村山:不適切保育という言葉は不明確で、ぼんやりしています。手引きには、「子どもの人格を尊重しない関わり」と書かれていますが、それがどういう行為を意味するのかまでは具体的に記されていません。また、そうした言葉は受け取る側によっても意味合いが異なります。

ですから、個人的には不適切保育を言葉で定義したり、細かく線引きしたりすることに意味があるとは思いません。そのうえで、あえて言うなら子どもの思いを無視して叩いたり、泣いている子どもを放置したり、乱暴な言葉で傷つけたりということが不適切保育になると思います。ただ、今は微妙な言動まで不適切保育に含まれており、判断が難しくなっています。

――確かにグレーゾーンが広いという印象です。

村山:例えば、厳しく叱る場面があったとしても、子どもが納得していれば、必ずしも不適切保育にはあたりません。そういう意味で言うと、不適切保育には「保育士が日常的な関わりのなかで、子どもとどういう関係をつくっているかで決まる」という側面もあるのではないでしょうか。もちろん、厳しい叱責は好ましくありません。けれども、その場所や雰囲気によっては、子どもに受け入れられる場合もあるので、ボーダーラインを決めるのは難しいのです。

ただし、子どもが納得していたとしても、罰を与えたり傷つけたりする行為は明らかな不適切保育です。これは誰でも理解できると思います。そして、そのようなケースで問題なのは、自分が不適切保育をしていることに気づいていない保育士がいるということです。頭ではわかっているはずなのに、人から指摘されたり他人の保育と比べたりしないと、不適切保育だと認識できないケースが意外に多い。ですから、まずは保育士同士で話し合う環境を整えて、園として不適切保育に関する考え方を積み上げていくことが重要でしょう。

――一緒に働く保育士同士が協力して不適切保育とは何かを考え、回避していくのですね。

村山:そのとおりです。園のなかに、問題行動が多いと感じる子どもがいたとしましょう。でもあるとき、ほかの先生とその子の関わっている様子を冷静に見て「あれ、ほかの先生の前では問題行動をしないな」と気づいた。それによって、何が見えてくるでしょうか。「自分と一緒にいるときだけ、叱られる行動をしているのかもしれない」ということです。さらに突き詰めていけば、「もしかしたら甘えたいだけなのかな」と、その子の気持ちまで理解できるかもしれません。

このように、ほかの保育士の保育を見ることは、自分の対応を客観的に見直すことにもつながるので、「保育は1人ではなく、複数で協力して行うものだ」という考えを持つことは、とても大事だと思います。

――保育士不足の状況では1人にかかる仕事量も多いので、なおさら協力が必要かもしれません。

村山:「不適切な保育の未然防止及び発生時の対応についての手引き」のなかにも、保育士同士が日常的に保育について話し合うことが大事で、そうした環境を園や管理者が整備するべきだと記されています。しかし、今の保育現場のほとんどは、話し合えるような環境が整っていないのが実情。少しずつでも、環境が整備されていくことが望まれます。

――話し合いの場を整えることが先決だと思いますが、そのような場が少ない現状で、自分の保育が不適切ではないかを調べる、あるいは振り返る方法はないのでしょうか?

村山:全国保育士会が「人権擁護のためのセルフチェックリスト」を作成し、公式サイトでも公開しています。このチェックリストは、保育士自身が「保育者の都合で進める保育」をしていないか点検するためのツールで、子どもの人権に対する意識の向上と保育の質の向上を目指してつくられました。

リストには、保育活動を行うなかで「よくない」と考えられる関わりの具体例が示され、それに対してチェックを入れる形になっています。「母親となかなか離れられない子どもに対して、『ずっと抱っこしてもらっていると恥ずかしいよ』と声をかける」という事例があった場合、保育士は「(そうした声を)かけたことがある」「かけたことはない」という選択肢から、該当するものにチェックを入れていくのです。

――具体例が示されていると、振り返りがしやすそうですね。

村山:リストにはチェック項目だけでなく、「そのケースにはどう対応するとよいか」のポイントも記されています。

先ほどの、抱っこされている子どものケースだと、「『恥ずかしい』という表現は、大人の価値観の押し付けになる可能性があります。例えば『お母さんの抱っこってうれしいね』など子どもの気持ちを受け止めて、子どもの好きな遊びに誘うなどして働きかけるとよいでしょう」といったように、対応のポイントが挙げられているのです。

自分の保育を振り返りたい場合は、このチェックリストを上手に活用するのもよいかもしれません。ただ、先ほどお話したように、不適切保育のなかには自分だけで気づけないものもあります。ですから、リストを活用するときも保育士全員がチェックし、園で共有したうえで、改善に向けたミーティングをすることが大事でしょう。

不適切保育は個人だけの責任ではありません。みんなで話し合い、反省や改善をくりかえしながら保育の質を高めてほしいですね。

保育士同士の情報共有不足が不適切保育につながる場合もある

――実際の保育現場で、不適切保育と判断された事例についてもお聞かせください。

村山:以前、ニュースにもなりましたが、昼寝の時間中、1人の子どもが起き上がって突然室内を走り出したために保育士が制止。その際、子どもが転んでけがをしてしまったというケースがあります。保育士は故意にけがをさせたわけではありませんが、結果的に不適切保育と判断され、責任を負って退職しました。

子どもが楽しく走っているなら、保育士はその様子を見守ることも大事です。しかし、この保育士はほかの子どもにつまずいたり、転んだりする可能性を考えて制止したのでしょう。その行為自体は責められませんが、「走るのには理由があるのだろう」とゆとりを持って子どもの様子を観察したり、ほかの保育士に「この子のことを見ていてもらえませんか」とお願いしたりすれば、また違う結果になっていたかもしれません。

――その保育士の方は、余裕がない状況で保育をしていたのでしょうか。

村山:保育士3人で、20人くらいの子どもを見ていたそうです。そのうち2人の保育士は多動傾向のある子どもに専念しており、1人が全体を見ていた。その状況で、別の子どもが走り回ったため、全体を見ていた1人が制止したのです。

園ではそういったシーンが日常的にありますから、ヒヤリハットがあったときに「けががなくてよかったね」で済ますのではなく、「ほかの人ならどう対応したか」「どうすればよかったのか」を話し合い、次の保育に生かすことが重要です。この事例では、保育士が退職していますが、それでは問題の解決にならないと感じます。

――ほかに、不適切保育と判断された事例はありますか?

村山:ある園の園庭に、山頂からロープを垂らした遊具があり、3歳の子どもがロープに絡まってけがをする事故が起こりました。この遊具について、乳児や低年齢児を担当する保育士の間では「危ない」という認識があったそうですが、4〜5歳の少し大きい子どもを担当する保育士には、その感覚がなかったと言います。

確かに、4〜5歳くらいになると、危ないかどうかの判断がある程度できるので、そうした遊具でも気をつけて遊ぶことができます。そのため、保育士同士の感覚にズレが生まれたのでしょう。そして、保育士間で「年齢によって使い方や危険度が変わる」という認識を共有できずに事故が起きてしまいました。情報共有の不足が、不適切保育につながった一例と言えるでしょう。

保育士の働き方が多様化したことで、話し合いの場が減っている!?

――不適切保育を予防するためには、保育士同士の話し合いの場が必要とのことでした。そうした環境がなかなか整わない原因は、どこにあるのでしょう?

村山:理由はいくつかあります。1つは、保育時間が長くなったことです。2000年頃までは、保育時間が10〜11時間でしたが、現在は11時間を超える施設が8割以上にのぼっています。しかし、保育士が8時間以上は働けないため、出勤時間を7時・7時半・8時などに分ける「時間差出勤」が当たり前になりました。その結果、出勤、退勤時間がばらばらになって、クラス内の保育士のすれ違いも増え、全員がそろって会議をすることが難しくなったのです。

子どものことを日常的に話し合う環境づくりが大切だと言われても、この状況では不可能ですよね。先ほどお話した「不適切保育の未然防止及び発生時の対応についての手引き」には、保育について話し合える環境を園や管理者が整備するべきだと記されていますが、国の保育士配置基準は保育園側が抱える課題に対応できていません。保育士の「時差出勤」が日常化しているのに、国はそれに応じた保育士の増員を行っていない。自治体によっては保育士の加配補助を行っているケースもあります。

もうひとつの理由は、保育士のライフプランの変化です。以前は結婚を機に退職する保育士が多く見られましたが、今は結婚や出産をしても働き続ける人が増えています。それ自体はよいことなのですが、子どもを持つ保育士は自身の子どもの送迎があるので、定時退勤を希望します。当然の要求ですよね。すると、年配や未婚の保育士に負担がかかり、厳しい労働条件のために、その人たちの不満が募っていく。そういう環境では、話し合いをする雰囲気づくりがなかなか進みません。

そのため、保育士一人ひとりの状況を相互に理解し合いながら、話し合える場づくりを進めることが大変重要になります。また、この矛盾を抜本的に改善するには、すべての保育士が8時間勤務で、完全週休2日制が保障できるような「働き方改革」も必要です。

――保育士の勤務形態が多様化するのも、結婚や出産後も働き続ける保育士が増えるのもよいことのように思えます。しかし、そこから生まれる新たな課題もあるのですね。

村山:話し合う時間があれば、失敗を相談したり、先輩が後輩にアドバイスしたりといった関係も築けます。しかし、保育士同士の連携がとれていないと、不適切保育を指摘されたときに話し合いができず、そのまま退職を選ばざるを得ないような極端な結果を招きかねません。ですから、話し合いの機会が少なくなった今の現場は、不適切保育を防止する力が弱まっているように感じます。

また、「◯◯先生がこんなことをしている」「あの行為は不適切ではないだろうか」と気づくには、他人の保育を冷静に見守るだけの心の余裕が必要です。余裕がないとそうした気づきが生まれにくくなりますし、気づいたとしても「自分だけでは対処できそうにない」と考えて、指摘や共有に至らないこともあります。

実際に、こんなケースがありました。ある園で、複数の保育士によって不適切保育が恒常的に行われていたのですが、保育士は自分たちの行為が不適切だと認識しながら、それをやめなかった。その背景には「自分たちにはこの保育しかできないから、仕方がない」という開き直りがあったとされています。こうした事態は、保育士同士の相談やアドバイスがあれば防げたかもしれません。だからこそ、それぞれの保育所で、話し合える場づくりを進めていくことが大切なのです。

――以前、子ども家庭庁が、全国の保育所に向けて不適切保育の実態調査(※)をしたところ、「1件もない」と回答した施設が7割以上にのぼる一方で、1施設から100件以上の報告があったりもして、数に偏りがあったようです。これはなぜでしょうか?

村山:不適切保育の定義があいまいなこともありますが、やはり保育士同士の話し合いの場がないことが大きいと思います。話し合いの場がなければ、不適切保育の実態はつかめません。一方、ひんぱんに話し合いを持っていれば、不適切保育やヒヤリハットも見つけやすくなります。それを考えれば、偏りが出るのも当然と言えるでしょう。

保育士はけっしてオールマイティではありません。「お互いに注意しよう」という意識を持ち、サポートし合うことを心がけてください。

※出典:「「保育所等における虐待等の不適切な保育への対応等に関する実態調査」の調査結果について」(こども家庭庁)(https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e4b817c9-5282-4ccc-b0d5-ce15d7b5018c/de52c20b/20230512_policies_hoiku_4.pdf

よりよい環境をつくるには、園の取り組みを保護者と共有することも大事

――保育士同士の話し合いの場を整えるにあたっては、「どうやって時間をつくるか」が課題になることも多いと思います。その点について、アドバイスがあればお聞かせください。

村山:会議の日は早めにお迎えにきてもらうなど、保護者に協力を仰ぐのも1つの方法ではないでしょうか。お迎えの時間を前倒ししてもらう日を定期的に設けて、習慣化するのです。もちろん、その場合は会議を行う理由を保護者の方に説明して、理解を得る必要があるでしょう。

それが難しければ、昼休みや昼寝の時間に30分から60分程度の短いミーティングを設けるのもよいと思います。ただ、子どもの昼寝の間に保育士の休憩を兼ねている園もあるでしょうし、睡眠チェックも必要ですから、毎日できるわけではありません。全員が集まる日と責任者だけ集まる日を明確に分けるなどして、効率的に情報の共有を行ってみてください。

休み時間を犠牲にするのではなく、休みは取りつつ、少人数でもいいから話し合いをする。それが不適切な保育や、ヒヤリハットの防止につながると考えてもらえたらと思います。

ただし、会議や話し合いの場を継続的に持つには、現在の国の保育士配置基準の抜本的改善が望まれます。例えば、保育士1人で3歳児15人、4歳以上児25人を8~11時間担当するという基準に無理があることは明白です。基準を2倍に改善することが必要でしょう。

――ありがとうございました。最後に、「ほいくらし」の読者にメッセージをお願いします。

村山:不適切保育かどうかの判断は難しいので、主任や園長をはじめ経験豊富な保育士は、経験の浅い保育士に対して積極的な声かけをしてほしいですね。逆に、自分自身が不適切保育の判断に困った場合は、迷わず先輩や上司に相談しましょう。

また、不適切保育を回避するにあたっては、保護者の協力が必要になる場合もあります。国に自治体に要望しなければならないこともあるでしょう。保育士だけでは解決できないことが多々あるので、できないことはがんばりすぎずに協力を求めてください。

そのためにも、送迎のときには子どもの様子だけでなく、園の取り組みについても伝えておくのがよいと思います。日々のやりとりを通じて、保育士の仕事や役割を正しく理解してもらい、よりよい環境づくりを実現してください。

くりかえしになりますが、不適切保育の防止を進めるには、保育士がゆとりを持って保育に従事できるような環境づくりが大事です。そして、そのためには保育士配置基準の抜本的改善を国や自治体に粘り強く強く要求していく必要があります。

加えて、「働き方改革」を推進して、保育所の保育時間を現在の「8~11時間」から「8~10時間」に改善できるように、社会全体で働きかけていくことも必要でしょう。

取材・文/木下喜子

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