保育士が職場で実践したい、子どもたちの「非認知能力」の伸ばし方(前編)

保育士が職場で実践したい、子どもたちの「非認知能力」の伸ばし方(前編)

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アメリカ・ワシントンDCでライフコーチとして日米で講演会やワークショップを展開するボーク重子さん。全米の女子高生が知性や才能、リーダーシップを競う大学奨学金コンクール「全米最優秀女子高生」で娘のスカイさんが優勝したことでも注目を集め、日本で出版された本が軒並みベストセラーになっています。そんなボーク重子さんの子育ての軸となったのが、「非認知能力」を伸ばすことでした。この非認知能力が、日本の保育現場でも注目を集めています。2018年4月に保育所保育方針が改訂され、これまで「養護」に重きを置かれていた保育所でも「教育」を一体的におこなうことになりました。新しい保育所保育方針で示された「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿(10の姿)」には、自立心、協同性、思考力の芽生え、豊かな感性と表現など、まさに非認知能力というべきものがいくつも含まれます。ボーク重子さんの子育て経験から、子どもの非認知能力を伸ばすために保育士が心がけるべきことを教えてもらいました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/櫻井健司

子どもの人生に大きな違いを生む非認知能力

認知能力とは、たとえばテストの点数や偏差値といった数字で測れる力のことであり、「結果」で測る力といい換えることもできます。一方の非認知能力は、「非」という字があることからもわかるように、認知能力の対極にある力のこと。つまり、数字では表すことができず、結果ではなく結果に至る「プロセス」で重要となる力のことを指します。

非認知能力に含まれるものというと、回復力、やり抜く力、自信、自己肯定感、リーダーシップ、主体性、社会性、共感力……挙げればきりがありません。ひとことで表すなら、「人間力」であり「生きる力」といっていいかもしれません。

非認知能力が注目されるきっかけとなったのは、シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授の研究です。その研究では、まず3歳の子どもたちを幼稚園で知育教育を受けるグループとそうではないグループにわけました。そして、その子どもたちがどんな成長をしていくのかを追跡調査したそうです。

開始から3年後、子どもたちが6歳になったときの調査結果はどうだったと思いますか? 幼稚園に行った子どもたちはそうではない子どもたちに比べ、多くの文字も書けるし算数もずっとよくできた。ここまでは理解できますし、当然のことでしょう。ところが、さらにその3年後、9歳になったときには知能レベルはほとんど同じになっていたというではありませんか。そこでヘックマン教授は疑問を抱きます。「早期教育には意味がないのではないか」と。

でも、その後も辛抱強く追跡調査を続けていくと……驚くべき結果が出ます。その21年後、かつての子どもたちが40歳になったとき、幼稚園に通ったグループはそうではないグループに比べて学歴や持ち家率が高く、犯罪率が低いということがわかったのです。どうしてこのようなちがいが生まれたのでしょうか?

認知能力は、一度は9歳の段階で差がなくなりました。ということは、子どもたちの人生に大きな違いを生んだのは認知能力ではなかったのではないかとヘックマン教授は考えました。そして、幼稚園というコミュニティーに入ったことで、お互いを尊重する社会性や、やりたいことに一生懸命に取り組むやり抜く力といった非認知能力が伸びたことこそ、人生をわけた最大の要因だという結論に至ったのです。

実は日本の保育現場は非認知能力教育における大国!?

非認知能力というものは、大人になってからでも育むことはできるのですが、とくに伸びやすいのが10歳くらいまでの幼い時期とされています。そういうことがわかり、いまでは世界的な規模で、幼児教育における非認知能力の注目度が増しています。

アメリカの研究によって注目されたということで、非認知能力教育の分野では日本は遅れていると思っている人も多いかもしれませんね。でも、わたし自身も驚いたのですが、非認知能力を伸ばすための教育をおこなっている日本の幼稚園や保育所はものすごく多いのです。

しかし、小学校になるとがらっと変わってしまい、認知能力教育に偏ってしまうのが残念なところではありますが……それは、学習指導要領に基づいたカリキュラムを消化する必要があるからでしょう。

でも、幼稚園には使わなければならない教科書はありません。その自由度があるから、非認知能力を伸ばす教育ができていると見ることができる。それこそ、幼稚園レベルでいえば、日本とアメリカに大きな差はないはずです。

保育士は「教える」のではなく「引き出す」スタンスが大切

「日本では非認知能力の教育が遅れているのではないか」と思い込んでいる人が少なくないことにも表れていますが、日本人というのは基本的に謙虚な民族ですから、保育士さんのなかにも「まだまだ勉強が足りない」なんて思ったり、「どうすればもっといい保育士になれるか」と悩んだりしている人もいるかもしれません。

でも、わたしは断言できます。保育士に求められる資質という点において、日本の保育士さんたちは本当に素晴らしい! 日本人の美徳は、世界でも有名ですよね。たとえば倫理観、勤勉さ、正直さ、丁寧さ、敬う心……。多くの人たちがそれらを持ち合わせているわけですから、幼い子どもたちを預かる保育士に求められる資質という点は、ほとんどの保育士さんがクリアしているといえるでしょう。

ただ、子どもの非認知能力を伸ばすという観点で見ると、これまでの教育にはなかったスタンスを取り入れることも大切です。それはなにか? 「双方向性」というスタンスです。

これまでの一般的な教育は、「教える」という「一方通行」のものでした。でも、それでは子どもの非認知能力は伸びていきません。そうではなくて、子どもから「引き出す」という「双方向性」のスタンスが大切になるのです。そのようにマインドセットを変える必要はあるかもしれませんね。

とはいえ、まったく難しいことではありません。なにをすればいいかというと、「子どもの話を聞く」――ただそれだけで十分。「これをしなさい」と押しつけるのではなく、「なにをしたい?」「どっちがいい?」と、子ども自身に選ばせてあげるのです。

わたしが視察に行った日本の幼稚園のなかには、「チョイスタイム」というものを設けているところもありました。これは、子どもに「なにをして遊びたい?」と聞いて、ある子は粘土遊び、ある子はキッチン遊びというふうに、それぞれの子どもがやりたい遊びを選べるというシステムです。こうした取り組みはとても素晴らしいし、広がってほしいものですね。

保育実践~非認知能力育成に欠かせない「安心感」

そして、保育士さんがいちばん心にとめておくべきは、子どもにとって安全な環境をつくってあげることではないでしょうか。具体的には、子どもがなんでもいえる環境であり、子どもが「自分はここにいてもいいんだ」と思える環境のことです。

その環境をつくるためにどんなことをすればいいでしょうか? これもまた難しく考える必要はありません。わたしの娘を通わせたアメリカの学校では、朝、校長先生をはじめ先生たちがずらっと並んで子どもたちを出迎えてくれていました。そして、子ども一人ひとりの目を見て、名前を呼び握手をして、「今日は学校でなにするの?」と聞いていました。

ただそれだけのことですが、それによって子どもたちは「自分はここにいていいんだ」と安心することができる。この「安心感」こそ、非認知能力が伸びていくために欠かせないものです。ぜひ、そんな環境づくりを心がけてみてください。

【関連記事】
保育士が職場で実践したい、子どもたちの「非認知能力」の伸ばし方(後編)
https://hoiku.mynavi.jp/topic/2019/05/000289/

【関連著書】
世界基準の子どもの教養
ボーク重子 著
ポプラ社(2019)

ボーク 重子さん03

【プロフィール】
ボーク 重子(ぼーく・しげこ)
ライフコーチ、アートコンサルティング。福島県出身。30歳の誕生日1週間前に「わたしの一番したいことをしよう」と渡英し、ロンドンにある美術系の大学院サザビーズ・インスティテュート・オブ・アートに入学。現代美術史の修士号を取得後、留学中にフランス語の勉強に訪れた南仏の語学学校でのちに夫となるアメリカ人と出会い1998年に渡米、出産。「我が子には、自分で人生を切り開き、どんなときも自分らしく強く生きてほしい」との願いを胸に、全米一研究機関の集中するワシントンDCで、最高の子育て法を模索。科学的データ、最新の教育法、心理学セミナー、大学での研究や名門大学の教育に対する考え方を詳細にリサーチし、アメリカのエリート教育にたどりつく。最高の子育てには親自身の自分育てが必要だという研究データをもとに、目標達成メソッド「SMARTゴール」を子育てに応用、娘・スカイさんは「全米最優秀女子高生 The Distinguished Young Women of America」に選ばれた。同時に、子育てのための自分育てで自身のキャリアも着実に積み上げ、2004年、念願のアジア現代アートギャラリーをオープン。2006年アートを通じての社会貢献を評価されワシントニアン誌によってオバマ大統領(当時上院議員)やワシントンポスト紙副社長らとともに「ワシントンの美しい25人」に選ばれた。2009年、ギャラリー業務に加えアートコンサルティング業を開始。現在はアート業界でのキャリアに加え、ライフコーチとして全米並びに日本各地で、子育て、キャリア構築、ワークライフバランスについて講演会やワークショップを展開している。

【ライタープロフィール】
清家 茂樹(せいけ・しげき) 1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。