「発達障害」は保育現場の大きな課題 保育士が最低限知っておくべき「基本のき」とは? お茶の水女子大学名誉教授・榊原洋一先生インタビュー【第1回】

「発達障害」は保育現場の大きな課題 保育士が最低限知っておくべき「基本のき」とは? お茶の水女子大学名誉教授・榊原洋一先生インタビュー【第1回】

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近年、保育の現場で大きな課題となっている「発達障害」。みなさんの中には「なんとなく見聞きしたくらい」の知識しか持ち合わせていない人もいるかもしれませんが……。発達障害の子どもの診断・対応を行うにあたって、保育士の存在はとても重要です。そこで、今回は発達障害研究の第一人者である、お茶の水女子大学名誉教授・榊原洋一先生に、発達障害の基礎中の基礎を教えてもらいました。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹(株式会社ESS) 写真/山本未紗子

発達障害は、子育てや保育の仕方ではなく「遺伝」で決まる

発達障害は、子育てや保育の仕方ではなく「遺伝」で決まる

――「発達障害」とはどんなものかを教えてください。

まず、みなさんにお伝えしておきたいのは、「発達障害という診断名はない」ということです。発達障害というのは、「注意欠陥多動性障害」「自閉症スペクトラム障害」「学習障害」という3つの脳機能の障害に対する総称で、一つの障害を指す言葉ではありません。そして、3つのうちどの障害を持っているかによって、親や保育士の対応はまったく違ったものになります。

発達障害に含まれる3つの障害は、そもそも違う障害なのですから、症状や行動特徴もそれぞれに異なります。ですが、その一方で「集団生活、社会生活においてさまざまな支障をきたす」という共通点があることも事実。そのために、発達障害という名でひとくくりにされているのです。

また、「発達障害は遺伝で決まっている」ということも、必ず覚えておいてほしいことの一つです。といっても、発達障害は多数の遺伝子の複雑な組み合わせによって決まりますから、遺伝子を調べればすぐにわかるというものではありません。したがって、ここでは「育て方や保育の仕方で発達障害になるわけではない」ということだけ押さえておいてください。つまり、親御さんが「わたしの子育てが悪かったのかな」と思い悩む必要はないし、保育士さんも「保育の仕方が悪かったのかな……」などと考える必要はないのです。

3つの発達障害、それぞれの特徴をチェック

3つの発達障害、それぞれの特徴をチェック

――3つの発達障害には、それぞれどういった特徴があるのでしょうか。

それぞれの特徴を順番にお伝えしましょう。

【注意欠陥多動性障害】

いちばん数が多いのが注意欠陥多動性障害で、日本では子ども全体の約4%が注意欠陥多動性障害だといわれています。特徴として挙げられるのは、「集中できない」「注意できない」「多動である」「衝動的である」など。もう少し具体的にいうと、園の行事に参加できない、保育士さんの指示が通らない、親のいうことを聞かない、友だちと頻繁に喧嘩する、小学生になると宿題を忘れるといったことになります。

【自閉症スペクトラム障害】

次に多いのが自閉症スペクトラム障害で、日本では2%ほどの子どもたちがこれにあたります。以前は、自閉症スペクトラム障害を「自閉症」と「アスペルガー症候群」にわけて考えていましたが、現在はひとまとめにして、自閉症スペクトラム障害という呼び方になりました。特徴としては、自閉症の「言葉が未発達でコミュニケーションができない」「感覚過敏がある」という特徴と、アスペルガー症候群の「周囲の空気が読めない」「独特の強いこだわりがある」といった特徴の両方が挙げられます。

自閉症スペクトラム障害のいちばんの問題は、「周囲の空気が読めない」ということ。つまり、「他人の意図やその場のルールを理解できない」のです。注意欠陥多動性障害の子どもの場合は、他人の意図やルールは理解しているし社会性もある。ただ、ある瞬間にそのことがパッと頭から消えて衝動的に動いてしまうだけです。しかし、自閉症スペクトラム障害の場合は、他人の意図やルール自体を理解できていません。そのため、集団生活や学習面で大きな課題にぶつかることになります。

【学習障害】

最後の学習障害は、他の2つとはまったく違うもので、最大の特徴は「基本的に読み書きができない」ということです。簡単にいえば、文字を読んだとき、それを頭のなかに思い浮かべられないのです。そのため、学習面で大きな障壁となり、小学校入学以降に課題として顕在化してきます。

発達障害の診断に大きな役割を果たす、保育士の見立て

発達障害の診断に大きな役割を果たす、保育士の見立て

――発達障害はどのように診断するのでしょうか?

発達障害は、「行動特徴」で診断するしかありません。したがって、発達障害かどうかを診るには、まず医師などの専門家が、対象となる子どもの行動を確認し、発達障害の診断基準を満たしているかどうかをチェックする必要があります。そして、そのためには親御さんや保育士さんにその子の普段の行動特徴を聞くことが不可欠です。

ちなみに、発達障害の診断基準のなかには、家庭ではあまり見られないのに、幼稚園や保育所における集団生活のときによく見られる行動特徴もあります。そんな行動特徴にも、しっかりと目を向ける必要があるのです。だからこそ、保育士さんたちの役割は重要で、保育現場における子どもの行動観察、見立てが診断にかなりの影響を与えます。

そういう意味で、保育士さんには「発達障害には併存障害や二次障害が多い」ということをぜひ知っておいてほしいと思います。「併存障害」とは、3つの発達障害のうち複数の障害が個人に見られるケースのこと。注意欠陥多動性障害と学習障害、注意欠陥多動性障害と自閉症スペクトラム障害の併存がよく見られるケースです。

また、「二次障害」とは、発達障害のいずれかひとつが原因で、二次的に生じる障害のことです。たとえば、注意欠陥多動性障害の子どもには、行為障害、不安障害、うつがよく見られ、自閉症スペクトラム障害の子どもには被害念慮などの二次障害が見られます。

発達障害の基礎知識を得たうえで、対応法を勉強してほしい

発達障害の基礎知識を得たうえで、対応法を勉強してほしい

――保育士には、発達障害に関するさまざまな知識を持っておくことが求められるわけですね。

そのとおりです。まずは、「発達障害という診断名はない」「発達障害は遺伝的に決まっている」ということを認識し、3つの発達障害の行動特徴、さらに「発達障害には併存障害や二次障害が多い」という事実を知ったうえで、発達障害の子どもたちそれぞれに対応していく必要があります。

しかし、残念ながら「注意欠陥多動性障害の子どもにはこれ!」というようなわかりやすい対応法はありません。それこそ、ケース・バイ・ケースとしかいいようがない。だからこそ、発達障害の子どもへの対応は難しいのです。でも、わたしの著書も含めて、専門家が執筆した本などもたくさんありますから、まずはそれらを参考にしてみるといいでしょう。

日常の業務だけでも大変だろうとは思いますが、子どもたちを預かるにあたって重要な役割を果たす保育士さんたちには、医療従事者と同様、一生懸命勉強してほしいというのが私からのお願いです。

「この子、もしかしたら発達障害かも……」 そう感じたとき、保育士はどうするべきか? お茶の水女子大学名誉教授・榊原洋一先生インタビュー【第2回】はこちら!

著書紹介
『子どもの発達障害 誤診の危機』
榊原洋一 著 ポプラ社(2020)

榊原洋一(さかきはら・よういち)

榊原洋一(さかきはら・よういち)

1951年12月15日生まれ、東京都出身。お茶の水女子大学名誉教授。医学博士。東京大学医学部卒業後、お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授等を経て2016年より同大学名誉教授。CRN(Child Research Net)所長、日本子ども学会理事長等の肩書も持つ。小児科学、発達神経学、国際医療協力、育児学等を専門とし、なかでも発達障害研究の第一人者として知られる。『最新図解 女性のADHDサポートブック』、『最新図解 ADHDの子どもたちをサポートする本』、『最新図解 自閉症スペクトラムの子どもたちをサポートする本』、『最新図解 発達障害の子どもたちをサポートする本』(いずれもナツメ社)、『発達障害のある子のサポートブック 保育・教育の現場から寄せられた学習困難・不適切行動へのすぐできる対応策2800』(学研プラス)など著書多数。

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