「根拠のない自信」で、子どもはぐんぐん伸びていく!(おおたとしまさ)

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「褒める」から「認める」へ

「自己肯定感」という言葉が生まれたのは1994年のこと。臨床心理学者の高垣忠一郎氏が提唱したものです。以降、とくにここ10年くらいのあいだに、自己肯定感という言葉は急激に浸透してきました。そもそも、自己肯定感の重要性はどんなところにあるのでしょうか。教育ジャーナリストとして活躍するおおたとしまささんに、子どもの自己肯定感の伸ばし方のポイントを伺いました。おおたさんは、キーワードに「褒める」ではなく「認める」ということをあげます。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 写真/石塚雅人

※この記事は、『究極の子育て 自己肯定感×非認知能力』(プレジデント社 監修:おおたとしまさ 編:STUDY HACKERこどもまなび☆ラボ)より引用しアレンジしたものです。

持っている自信のちがいが自己肯定感の高低を生む

「自己肯定感」と「自信」は、似て非なるものです。一見、自己肯定感がありそうに見えても、じつは自己肯定感が低いというケースもあります。

自己肯定感が高い人間というのは、無条件に自分を認めている人間を指します。「僕は○○ができるからすごいんだ」と思っているわけではありません。「自分は自分なんだから、自分のままでいい」と思っているわけです。となると、そのベースにあるのは、いわば「根拠のない自信」といえるでしょう。

一方、一見、自信があるように見えてじつは自己肯定感が低い人間はどうかというと、「僕は○○ができるからすごいんだ」と思っている。つまり、そのベースにあるのは、自己肯定感が高い人間とは対照的に「根拠のある自信」となります。

では、この自己肯定感の高低が人間性にどんなちがいを与えるのでしょうか? 自己肯定感が高い人間の場合、根拠のない自信から「自分は自分のままでいい」と思っているのですから、「他人も他人のままでいい」と思うことができる。もちろん、他人とのあいだに意見のちがいなどはあって当然です。でも、それすらも含めて他者の存在自体を認め、尊重することができるのです。

逆に自己肯定感が低い人間の場合は、自分のベースにあるのは「○○ができる」「○○を持っている」といった根拠のある自信ですから、自分と比べて「○○ができない」「○○を持っていない」という他人を認めようとはしません。わざわざあら探しをして優劣をつけ、他人にダメ出しをしてしまう。そうなると、他者との良好な人間関係を築くことは難しくなるでしょう。このタイプの人間は、社会的弱者に対して自己責任論を振りかざす人たちのなかにも多いように思います。

「自信家でありながら自己肯定感が低い人」という存在

「自己肯定感が高い人」というと、自分に自信がある「自信家」をイメージするかもしれません。でも、そうとは限らないわけです。持っている自信の種類が「根拠のある自信」だけという場合、「自信家でありながら自己肯定感が低い人」になり得るのです。

そういう人間を生むひとつの要因として、親が子どもに対して過度の勉強を強しいる「教育虐待」が考えられます。教育虐待を受けて育った子どもが、親の無茶な期待になんとか応え、受験でも就活でも出世レースでも勝ち進んできたとしましょう。でも、教育虐待とは教育という名のもとに行う人権侵害です。ひとりの人間として認められないまま育った人間が、自己肯定感を持てているはずもありません

だけど、受験でも就活でも出世レースでも「結果」だけは出してきたことによって、「自分はすごい」と自信を持って生きてきた。その人間にとっては「結果がすべて」です。

すると、たったひとつのつまずきによって「結果」を出せないということが起こると、大人になってからでも、ぽっきりと心が折れて立ち上がれなくなってしまうということもあり得るのです。

このことにも通じることですが、自己肯定感の高低は、「チャレンジ精神」にも大きな影響を及ぼすと考えられます。自己肯定感が高い人間は、どんな失敗をしても「無条件に認めている自分の核の部分」は損なわれることがない、絶対に変わらないという「安心感」を持っています。だからこそ、さまざまなチャレンジをすることができますし、たとえその結果が失敗に終わったとしても「なんとかなるさ」とへこたれずに再び立ち上がることができます。

一方、自己肯定感が低い人間には「僕は○○ができる」という根拠のある自信しかありませんから、「○○ができない」ということを極端に怖がることになる。安心感とは正反対に、なにかに失敗したら自分の価値が無になってしまうような「恐怖感」を持っているために、心の支えである「僕は○○ができる」という「いま、あるもの」を高める方向ではなく維持する方向に意識が働きます。そうすると、どうしてもチャレンジを怖がるということになるのです。

子どもの行為のプロセス、発想そのものを「認める」

もちろん、親としては考えるまでもなく子どもには自己肯定感が高い人間に育ってほしいと思うはずです。では、子どもの自己肯定感を高めるために、親はどうすべきなのでしょうか? その答えは、先の教育虐待のケースとは逆に、「子どもの人権を認める」ことに尽きます。

ただ、それだとちょっと抽象的かもしれませんね。もう少し具体的にいえば、とにかく「子どもの言葉をばかにしないで真面目に聞く」ということです。子どもは子どもっぽくてあたりまえです。大人からすればどんなに子どもっぽくてばからしいことに聞こえたとしても、子どもの言葉をきちんと聞いて「へえ、そんなことを考えたんだね」というふうに答えてあげるのです。

それは、「褒める」ということではなく、「認める」ということです。いま、教育界では「褒めて伸ばす」ことがいいと盛んにいわれています。もちろん、本当に褒められるところは褒めるべきでしょう。ただ、なにかの結果を出したときばかりに褒め続けるようなことがあれば、「結果を出したから自分はすごい」と子どもに思わせることになる。それこそ「根拠のある自信」を植えつけ、逆に子どもの自己肯定感を下げることになりかねません。

そうではなく、子どもの行為のプロセスそのものを認める、あるいは子どもの言葉に対して「面白いところに気づいたね」と発想そのものを認めるのです。そうすれば、自分の内から湧き上がってくるものを子ども自身が認められるようになる。それが、最終的には子どもに「根拠のない自信」を与え、自己肯定感を高めることにつながるのではないでしょうか。

アイコンタクトだけでも子どもを「認める」ことができる

また、子どもを「認める」際には、必ずしも言葉はいりません。大切なのは子どものサインを見逃さないこと。幼児であれ思春期の子どもであれ、「いま、僕頑張ったよ。見てた?」とか「やった! わたし、すごいでしょ?」という意味で、親をチラッと見ることがありますよね? そのときに「うん、見てたよ」「すごいじゃん!」とアイコンタクトを返すだけでもいいのです。そういう場面でこそ「いいね!」をするんです。SNSで社交辞令的な「いいね!」なんてしている場合じゃありません。

それだけで子どもは勇気づけられ、励まされます。「お父さん、お母さんはちゃんと自分のことを見ていてくれる」と安心します。逆に、そういうサインを何度も立て続けに見逃すと、子どもはだんだんとやる気を失っていきます。「どうせ……」が口癖になっていくのです。

わたしは、親が子どものためにあれこれ手を出したり口を出したりするのは最低限にとどめるべきだと思っています。でも、子どもに背を向けてなにもしないほうがいいといっているわけではありません。子どもが「いま、見てた?」とこちらを見たときにはそれに気づいてあげることができて、目の動きひとつでいいので「見てたよ!」と応えてあげてほしいのです。そんな親になれれば、余計な心配などしなくても、子どもは勝手にぐんぐん伸びていくはずです。

Point !

「根拠のない自信」があれば、他者を認めて尊重できる
子どもの行為のプロセスや、考え方の発想そのものを認めよう
子どもからのサインを見逃さず、「見ているよ」と伝える
教育ジャーナリスト
1973 年生まれ、東京都出身。育児・教育ジャーナリスト。雑誌編集部を経て独立し、数々の育児・教育媒体の企画・編集に携わる。中学高校の教員免許を持っており、私立小学校での教員経験や心理カウンセラーとしての活動経験もある。現在は、育児、教育、夫婦のパートナーシップ等に関する書籍やコラム執筆、講演活動などで幅広く活躍する。著書は『21 世紀の「女の子」の親たちへ』『21 世紀の「男の子」の親たちへ』(ともに祥伝社)など60 冊以上。
2018 年2 月開設。「子どもたちの “学び” に焦点を合わせ、科学的に正しいとされる、信頼できる情報のみを発信する」ことがコンセプトの教育系ウェブメディア。「あたまを使う」「からだを動かす」「音楽をたのしむ」「芸術にふれる」「教育を考える」といったカテゴリー別に、最先端の教育情報と専門知識をわかりやすく伝え、親たちの支持を得ている。教育学、心理学、精神医学、脳科学など分野を横断し、「これからの学び」を伝える専門家インタビューも人気。
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