子どもの個性を伸ばす「シュタイナー教育」を保育園や家庭に取り入れるには?|東京賢治シュタイナー学校
学校教師|鴻巣理香先生 幼児部教師|池田真紀先生
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教育雑誌やメディアに取り上げられ、数多くの著名人を輩出した教育法として注目される「シュタイナー教育」ですが、実際にどのような教育を行っているのでしょうか?
日本でシュタイナー教育を行う、東京賢治シュタイナー学校幼児部のとある1日の活動と教育の狙いを、幼児部教師・池田真紀(いけだ・まき)先生と学校教師・鴻巣理香(こうのす・りか)先生に解説していただきます。保育園や家庭で取り入れる参考にしてはいかがでしょうか?
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
1日のリズムと1週間のリズムの組み合わせ
――貴園の1日のスケジュールを教えてください。
池田先生:わたしたちの園のスケジュールは基本的に毎日変わりません。日々の「リズムと繰り返し」が子どもに安心感を与え、健全な身体の成長を促してくれると考えているからです。
東京賢治シュタイナー学校 たんぽぽこどもの園【1日のリズム】
07:40 | 早朝保育 |
08:30 | 登園、自由遊び(屋内) |
10:00 | 片づけ、ライゲン |
11:00 | お弁当、自由遊び(屋外) |
12:30 | 片づけ・着替え、お話 |
13:30 | 降園 |
13:30 | 延長保育 おはなし お昼寝 |
15:00 | ゆっくり時間 おやつ |
16:00 | 自由遊び |
17:00 または 18:00 | 降園 |
池田先生:また、「一週間のリズム」として、曜日によって取り組むプログラムがあります。たとえば火曜日は「にじみ絵(※)」という絵の具を使った活動が自由遊びの一部に入る、水曜日は「ライゲン(※)」の時間に「オイリュトミー(※)」という身体表現をするといった具合です。
※:詳細は後述します
東京賢治シュタイナー学校 たんぽぽこどもの園【1週間のリズム】
月曜日 | 火曜日 | 水曜日 | 木曜日 | 金曜日 |
---|---|---|---|---|
お散歩 | にじみ絵 | オイリュトミー | みつろう粘土 | お掃除 |
――ちょっと聞き慣れないものもあるようです。「ライゲン」とはどういうものですか?
池田先生:私たちを取り囲む自然に目を向け、季節にちなんだ祝祭や情景、お話などを、保育士の動きを模倣しながらみんなで一緒に動くというものです。引き継がれてきている内容もあれば、保育士自身がつくるものもあります。
たとえば、わたしがいつも4月にしているライゲンは引き継がれてきたものなのですが、小川をお魚がすいすいと泳いでいる、ピュッとはねてぶくぶくっと水のなかに入って、ひと休み……といった内容で、子どもと一緒に動きます。
小川はどんなふうに流れているのだろう、魚はどんなふうに泳いでいるのだろう、と保育者が前もってよく観察することが大事です。これは自然の現象を取り入れたものですが、言葉のいいまわしや動き、歌は、幼児期の子どもにふさわしいものになっています。
動きに関していうと、たとえば小さくなったり大きくなったり、輪の中心に集まったり広がったり、といった「収縮と拡散」の動きを入れます。これはシュタイナー教育で大事にされている「リズム」であり、息を吸って吐くといった対極の動きを小さな子どもはよろこびます。よろこんで動くと、それこそ身体は元気になりますよね。このライゲンをとおして、子どもたちの心身が整っていきます。
「繰り返し」という観点から考えて、だいたい1カ月は同じライゲンを行います。
「ライゲン」の起源についてですが、日本語で訳すと「輪舞(りんぶ)」といいます。古い時代から大人が儀式としてさまざまな場面(赤ちゃんの誕生や収穫の時期に太陽に感謝するなど)で輪になって踊るという風習があったといわれています。時代とともにそういった輪舞はかたちを変えていきましたが、たとえば日本だと夏に踊る盆踊りはそれに近い風習だと思いますし、どの国でも輪になって踊る儀式的なものは残っているのではないでしょうか。このようにライゲンには、人々の発展とともにかたちを変えてきたという時代背景があります。
シュタイナー教育では、人間は大自然の一部であり、また人類の進化をたどりながら成長発達していくという見方もありますので、四季を通じたライゲンを行うことで、子どもは無意識に自然とのつながりを体験するとともに、古代から行われてきたライゲン=輪舞を取り入れること自体が、子どもの成長発達を支えることになると考えています。
「待つこと」の先に豊かな「よろこび」がある
――「にじみ絵」とはどんなものでしょうか。
池田先生:濡れた紙に赤、青、黄色の3つの色を筆で置いていく芸術体験です。シュタイナー教育では、幼い子どもの心を育むにあたって、色との出会いがとても重要だとしています。
たとえば、黄色を塗ったら太陽のような明るさや開放的な気持ちがその子の心に生まれる。赤だったらしっかりとした強い気持ち、青だったら静けさや悲しみといった具合です。色の持っている要素が、心と一致して動くわけです。そういった色の体験を通して子どもの心が満たされ、調和のとれた心の成長へとつながっていきます。
また、色が混ざれば、それは子どもにとって新しい色の発見であると同時に新しい世界の発見でもあります。ともすれば、そのことが友だちとのかかわり方を変えることもある。
「色が混ざることに抵抗がなくなると、いろいろな友だちと遊べるようになった」という子どもたちが過去にいました。にじみ絵は、芸術体験ではありますが、繰り返し体験していくなかで人との関わりを豊かにしていくという側面もあるとわたしは考えています。
わたしたちの園では「シュトックマー社」の絵の具を使っています。濡れた紙のうえで発色や、混色した際の色がたいへん美しいからです。子どもが体験するものを、大人も同様に「美しい」と感じることが大切です。なぜなら、子どもには本質を伝えなくてはならないからです。
濡れた紙に青赤黄色の3色を使って作るにじみ絵(写真提供/たんぽぽこどもの園)
――「オイリュトミー」がどういうものかを教えてください。
鴻巣先生:言葉の音や音の高低、音楽、メロディーなどを動きで表現する運動芸術です。言葉の響きのなかにも音のなかにも、初源の力があります。それを目で見える「動き」にしたのがオイリュトミーで、個的な表現のダンスとは異なります。
年齢によって動きの練習内容は異なります。幼児期の子どもの場合は、オイリュトミー教師のお話を聞きながら、言葉の母音や子音とともに動きます。このとき、子どもに「この音はこの動き」と指示して教えるのではなく、あくまでもお話の内容が動きを通して体験できるように動いています。それによって、子どものなかで生き生きしたものが内的に動き、身体や心の健康が育まれます。
―― 「みつろう粘土」というのは?
池田先生:ミツバチの巣を見たことがあると思いますが、あの六角形の巣からつくられたものがみつろうです。ミツバチは花の蜜を集めてはちみつをつくりますが、そのはちみつを体内に入れて、お腹から六角形の薄いワックス(みつろう)を出します。
みつろう粘土(写真提供/たんぽぽこどもの園)
それに色づけをし、粘土として使えるよう加工したのが、カラーのみつろう粘土です。一般的な油粘土などと比べると、とても香りがいいのが特徴です。
カラーのみつろう粘土は、常温だと冷たくて硬いのですが、手で温めるとだんだん柔らかくなり、それにつれて血行も促進され、子どもの手もぽかぽかと温かくなります。おそらく粘土が柔らかくなると熱を温存することのほか、粘土を触って手を動かすことによっても温かくなるのでしょう。指先を使って思い思いのものをつくる過程で、微細運動が促進されます。
一般的な粘土と違い、みつろう粘土の場合は柔らかくするために待たなければなりません。つまりこの活動で子どもは「待つこと」をも体験するのです。
いまはなんでもインスタントに手に入る時代です。知りたいことがあればネット検索ですぐに答えをもらえますよね。ビデオオンデマンドですぐにアニメも観られるし、ゲームアプリもスマホで瞬時にダウンロードできてしまいます。そういった大人の環境のなかで育ついまの子どもは、待つことがとても少なくなっていると思います。 硬いみつろう粘土を、時間をかけて柔らかくした先には、自在にかたちづくれるよろこびが待っています。この「待つこと」と「よろこび」の体験は、じつは人生において豊かな彩りを与えてくれることでもあります。みつろう粘土の活動ひとつとっても、子どもは「待つことのよろこび」を徐々に感じていくと思っています。
みつろう粘土(写真提供/たんぽぽこどもの園)
子どもたちの想像力を高め、心を癒やす「素話」
―― 降園の前にある「お話」というのは、絵本の読み聞かせでしょうか。
池田先生:いえ、いわゆる「素話」です。ここまでご紹介したライゲンやにじみ絵などの活動は、異なる教育方針の園で取り入れるのはなかなか難しいように思います。
「なぜその活動をするのか、なぜ子どもに必要なのか」という哲学的背景を抜きにしてかたちだけを取り入れてしまうと、それは真似事になってしまい、単なる「体験」や「イベント」になってしまうからです。でも、素話ならどのような教育方針の園でも取り入れやすいのではないでしょうか。
素話では、絵本や紙芝居を見せることなく、子どもたちの様子を見渡しながらお話をします。素話の場合、絵がないために、子どもたちそれぞれがイメージを内面につくり出せるという大きなメリットがあるとわたしたちは考えています。
そうはいっても、絵本がよくないというわけではなく、絵本を見せる意図をしっかり持てているのならいいと思います。絵本のいちばんのよさは、やはり絵の美しさです。絵本と素話のそれぞれの意味合いを理解したうえで、絵本を読み聞かせたり素話をしたりすることがなにより大切だと思います。
素話の素材として使うのは、グリム童話やむかし話が多いのですが、それらは当然自分たちが生まれていない、はるかむかしから語り継がれてきたお話です。そういったお話を聞いた子どもは、たとえまだ幼くてストーリー自体を理解できなかったとしても、それこそむかしむかしのふるさとに戻るようなほっとした雰囲気を味わえるのです。 たくさん遊んだあとにろうそくを灯してお話を聞き、落ち着いた気持ちで一日の園生活を終えます。ちなみにお話は、繰り返しを大切にするため、3週間は同じものをお話します。
―― 一般の園で素話を取り入れる場合になにか注意点はありますか?
池田先生:特別に感情を込めて抑揚をつけたり声色を変えたりすることはしなくてもいいと思います。そうしなくても、子どもたちはしっかりと話の内容を想像し、お話の世界に入っていくことができます。むしろ、話す側が感情を込め過ぎてしまうと、その影響によって子どもたちそれぞれが心のなかでつくろうとする世界を壊してしまいかねません。そこはおさえておきたいポイントですね。
お話を覚えるのは大変かもしれませんが、語り手と聞き手の一体感がより感じられると思いますし、絵本との違いを発見できるので、おすすめです。
『シュタイナー教育入門 0歳から9歳までの子どもの成長と12感覚器』
東京賢治シュタイナー学校教師・鳥山雅代 著
NextPublishing Authors Press(2020)
シュタイナー教育音声講座
https://www.tokyokenji-steiner.jp/video-gallery/video-category/voice-seminar/