【音楽教育①】歌がうまく歌えなくてもいい。音楽教育の最重要テーマは「幸福感」にあり|高崎健康福祉大学教授 岡本拡子

【音楽教育①】歌がうまく歌えなくてもいい。音楽教育の最重要テーマは「幸福感」にあり|高崎健康福祉大学教授 岡本拡子

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子どもたちがみんな一緒に歌を歌ったり合奏をしたりといった活動は、むかしから保育現場で欠かせないものです。保育現場における音楽教育にはどんな意義があるのでしょうか。

音楽による幼児教育研究を専門とする、高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授の岡本拡子先生にお話を聞きました。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子

発達途上の子どもはあらゆる音を聞いてしまう

子どもは母親のおなかのなかにいるときから外部の音を聞いています。いちばんよく聞こえるのが母親の声や心臓の音であるために、生まれたあとも母親の声や心臓の音を聞くと胎内にいたときの心地よさを感じて子どもは安心します。

また、「胎教」(母親のおなかのなかにいるときから赤ちゃんに音楽を聞かせたり優しく話しかけてあげたりすること)が子どもの発達によい影響を与えるということは、ずいぶんむかしから広く知られていますよね。

わたし自身も、心や感性の育ちにとって音や音楽はとても大切なものだと考えています。だからこそ、保育者には子どもたちが置かれている音の環境をあらためて見直してほしいと思います。というのも、大人と子どもでは音を聞く能力にちがいがあるからです。

わたしたち大人は、雑踏のなかなどのちょっとした騒音を耳にしてもそれほど気になりません。なぜなら、音を取捨選択して聴きたい音だけを「聴く」、無視したい音は「聞き流す」という能力を身につけているからです。

ところが、子どもの場合は音を取捨選択する能力が未発達ですから、あらゆる音に敏感に反応してしまいます。不要な騒音などに囲まれているのは子どもの精神にとってよいことではありませんから、不要な音を排除していくことが保育現場では大切です。

心地よい音を残して、不要な音はなるべく排除していく

そもそも、保育現場はとてもうるさいものです。学校における教室の騒音レベルは、学校保健安全法という法律によって、窓を閉めているときは50dB(デシベル)以下、窓を開けているときは55dB以下が望ましいとされています。これは、家庭用エアコンの室外機の音や、静かな事務所のなかといったレベルの音で、小さな声でも会話ができる環境です。

ところが、実際の保育現場の騒音レベルは80dBということも珍しくありません。それこそ楽器を弾いたり歌を歌ったりすれば100dBにも達します。100dBというと、高架下で聞く電車の通過音というレベルの音です。

もちろん、同じ音圧であっても音の種類によって聞こえる印象は異なります。たとえば運動会での歓声など、音は大きくとも子どもが楽しい気分になれる音もあります。しかし、このような例外を除き子どもにとって心地よい音だけを残して、不要な騒音をなるべく排除できる環境が理想です。

ただでさえ騒音レベルが高いのが保育現場なのですから、音の取捨選択能力が未発達の子どもたちに悪影響を与えないように心がけましょう。

そうするために、本当に身近なところから、子どもたちがどんな音に囲まれているのかを考えてみてください。たとえば、大人に比べてはるかに背が低い子どもたちには、足音も大人より大きく聞こえています。とくに乳児クラスがある保育所では注意が必要でしょう。床に座っていることも多い乳児は、それだけ足音も大きく聞こえるからです。

保育士のみなさんはなるべく静かに歩いたり、静音効果のある履物を選んだりしてください。また、椅子や机を動かすときも注意したいですね。大人にとっても、机や椅子を引きずるときの音は不快なものですから、床に近いところにいる子どもにとってはなおさらです。椅子や机の足に静音用のクッション材をつけるといった工夫をしてみるといいと思います。

人間にとって欠かせない力を育む「唱え言葉」

そのうえで、子どもたちの心や感性が豊かに育つよう、さまざまな音に触れる機会をつくってあげてください。まず、「音楽=歌を歌ったり楽器を弾いたりすること」という思い込みを払拭しましょう。自然のなかで聞こえる音だって、子どもの心や感性の育ちには重要なものです。

でも、風の音や川の流れる音、小鳥の鳴き声などは意識しなければなかなか聴けないものでもあります。そこで保育者であるみなさんが、「あ、小鳥さんが鳴いてるよ」「風さんが歌ってるね」というふうに声をかけ、子どもの意識を自然の音に向けてあげましょう。

また、子どもが水たまりでチャプチャプと足踏みをしたり、身近なものをたたいて音を出したりして楽しんでいる姿はよく見られます。そのとき、「水たまりで遊んでいると汚れるよ」というふうな言葉がけをしたり、なにかをたたく行為を駄目なこととして叱ったりせず、「音を出すことを楽しんでいるのかな」ととらえてみてください。

「この子は音を鳴らして楽しんでいるのかもしれない」。そういった目線で見ることで、子どもがどんな音楽体験をしているのかということに気づくことができます。

そして、とくに重要といえるのが、子どもが遊びのなかで使う「いーれーて」「いーいーよ」「じゃんけんぽん」といったリズミカルな言葉です。それらは「唱え言葉」と呼ばれ、友だちと声を合わせて一緒に唱えることで、呼吸や間(ま)が合い、そこに気持ちが通じ合う感覚や一緒にいて「楽しい!」と感じる気持ちが生まれます。

つまり、周囲と心地よい関係性をつくるという、社会生活を営む人間にとってとても大切な力を身につけることにもつながるのです。

歌をうまく歌えるようになることが重要なのではない

そして、保育現場における音楽教育で大切なことは、子どもたちが歌をうまく歌えるようになることや楽器をうまく弾けるようになることなどではありません。声楽家やピアニストといった「専門家を育てる音楽教育」と「保育現場における音楽教育」はまったくの別物だからです。

保育現場における音楽教育でもっとも大切なことは、「一生涯、子どもたちが音楽を楽しめるようにしてあげること」だとわたしは考えています。保育のなかで、子どもたちがみんな一緒に歌を歌う活動がよく行われますが、そういった活動も「お友だちや先生と一緒に歌うと楽しい!」といった気持ちを育てることにつながります。

だからこそ、「いまはちょっと歌いたくない」といった気持ちになっている子どもを強制的に活動に参加させたり、歌うときの姿勢といったものを厳しく指導したりすることは好ましくないと思います。子どものなかの「楽しい!」という気持ちを奪ってしまうことはやはり避けたいところですね。

それに、みんなの輪のなかに入ってこないで他のことをしている子どもでも、よく見てみると他のことをしながら一緒に歌を口ずさんでいたり身体を揺らしてリズムに乗っていたりする場面を見ることもよくあります。

繰り返しになりますが、保育現場においては歌をうまく歌えるようになることや楽器をうまく弾けるようになることが重要なのではありません。音楽によって「音楽って楽しい! 気持ちいい!」といったことを感じることが大切であり、そんな素敵な時間を過ごすことができるという幸福感を味わうことこそが、子どもの発達には不可欠なものなのだと思います。

1962年8月25日生まれ、大阪府出身。高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授。
大学在学中より幼稚園や小学校などで「歌のお姉さん」として活動。
その後、子育てをしながら大学院で幼児教育を学ぶ。現在は保育者養成に携わりながら、
保育現場等で幼児やその保護者を対象としたコンサートを行う他、子どもの歌の作詞・作曲を手がける、
保育者研修の講師を務めるなど、幅広く活躍する。

『感性をひらく表現遊び 実習に役立つ活動例と指導案』 岡本拡子 著 北大路書房(2013)
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