【音楽教育②】子どもたちの表現すべてを受け入れる。感性と表現力を伸ばすために大切なこと|高崎健康福祉大学教授 岡本拡子

【音楽教育②】子どもたちの表現すべてを受け入れる。感性と表現力を伸ばすために大切なこと|高崎健康福祉大学教授 岡本拡子

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「日本人は表現力に乏しい」といった指摘は、いまもむかしも頻繁にメディアに登場します。子どもの人格形成の基礎に関わる保育者としては、子どもたちの表現力をしっかり伸ばしてあげたいところ。

そこでアドバイスをお願いしたのは、音楽による幼児教育研究を専門とする高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授の岡本拡子先生です。岡本先生は、「音楽表現でも身体表現でも造形表現でも、保育者が注意すべきことや心がけるべきことは基本的に同じであり、なにより『強制しない』ことが大切」といいます。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子

子どもは、実際の経験から学んでいく

子どもの学びは、「直接体験」と呼ばれるかたちで行われます。大人に比べてあらゆる経験が浅い子どもにとっては、経験したことがないものを想像したり教わったりして学ぶことはとても難しいのです。実物を見たり実物に触れたりするなど、実際に自身で体験してはじめて学ぶことができます。

そのことは、身体を使った表現遊びのなかにも生かされます。絵本作家の村上八千世さんが作詞、わたしが作曲を担当した『うんこダスマンたいそう』(CDつき絵本/ほるぷ出版)という曲も、そういった表現遊びとしてつくられたものです。村上さんは、保育環境の研究を専門としていて、トイレ環境の在り方を考えることから子どもたちに排泄の重要性や意味を伝える活動にとくに注力されている方です。

みなさんにも、子どもの頃は園で排便をすることがとても恥ずかしかったとか、そのために我慢をしたといった思い出があるのではないでしょうか。でも、いうまでもなく排便は人間が生きていくために欠かせない行為です。「よい排便をするにはどんな生活をすることが大切か」ということを、絵本と歌とダンスで伝えることが『うんこダスマンたいそう』の狙いでした。

ありがたいことにこの曲は多くの子どもたちに大人気のようで、制作の狙いどおりに子どもが自分の便に興味を持ったり「今日はこんなうんこが出たよ」と話してくれたり、この体操をしたあとにトイレに駆け込むようになった子もいるといった話も聞きました。わたし自身、保育者のみなさんや親御さんたちから、「あ! あのうんこの先生ですか!」なんて呼ばれることもあるくらいです(笑)。

身体の表現遊びが育む「社会性」

また、身体を使った表現遊びでは、それこそ人間にとって欠かせない「社会性」も育まれると考えています。

縄跳びで遊ぶには、リズム感が重要です。では、たくさんの友だちと一緒にする大縄跳びだったらどうでしょうか? そこで必要となるのは、ただひとりでリズムに乗るリズム感などではなく、他者と「リズムを合わせる」=「身体の動きを同期させる」ということです。

じつは、大縄跳びを楽しむには、他者とシンクロするというとても高度な能力が必要なのです。もちろん、ダンスなど他の遊びでも同じことですね。まわりの友だちと同じタイミングでジャンプをしたり身体を動かしたりするには、シンクロする能力が欠かせません。そして、このシンクロすることに大きな意味や価値があるとわたしは考えています。

子どもたちが友だちとシンクロすることに楽しさを感じるのは、「同じ動きをしなさい」といったふうに誰かに強制されて合わせたときなどではありません。友だちと一緒に遊んでいて「自然に動きが合ってきた」というときにこそ、楽しさを感じるはずです。

そのように、子ども自身が自発的に「お友だちと一緒に動くことって楽しい!」と思えることがとても大切。子どもがそう思うことができたなら、社会生活を営む人間に欠かせない、他者とうまくかかわっていくための社会性を自分のなかにしっかりと育んでいけるはずです。

表現手段を子どもに伝えることが保育者の役割

先に、「強制」という言葉を使いました。親や保育者が「子どもに強制しない」ことが大切となるのは、身体の表現遊びに限ったことではありません。歌を歌ったり楽器を弾いたりする音楽の表現遊び、絵を描いたり粘土細工をつくったりする造形の表現遊びなど、あらゆる表現において同じことがいえます。

絵を描いている子どもに対して、「空は青く塗ろうね」とか「ここにちょっと隙間があるから、なにか描いてみようか」なんてことをいった経験がある人はいませんか? わたしが過去に見た保育現場では、そういった強制をしている保育者のみなさんが少なくありませんでした。

でも、本当に空は青でしょうか? 真っ青なときもあれば、曇っていて灰色のときだってある。太陽も赤に見えるときもオレンジや黄色に見えるときもあります。大切なのは、子どもたちそれぞれにどう見えているかということです。そして、それをどう表現するかも子どもの自由なのです。

もっといえば、絵を描くといったふうに表現を限定することすらしなくていいと思います。動物園に遠足に行ったあとに「動物園の様子を絵に描いてみましょう」というふうに絵を描く活動をするのもよくあるケースですよね。

でも、表現する手段は絵だけではない。はじめて見たゾウの長い鼻が印象に残ったとして、「絵に描きたい!」という子もいれば、腕を鼻に見立てて「ゾウの真似をしたい!」と身体で表現したがる子もいるでしょう。あるいは、「粘土でゾウをつくりたい」という子もいます。そういった自由を奪わない教育こそがベストだと考えます。

ただし、そうするためには子どもが表現手段を知っておく必要があります。絵を知らない子どもは絵を描きたいと思うことはないでしょうし、粘土を知らない子どもは粘土細工をつくりたいとは思いません。ですから、たくさんの表現手段、引き出しを持っておき、それらを子どもに伝えるところまでが保育者の役割だと認識しましょう。その先の表現は、子どもたち自身に任せることが大切です。

表現手段はちがっても、保育者がやるべきことは同じ

音楽表現、身体表現、造形表現とそれぞれ手段のちがいはあっても、「子どもが表現すること」の意味や価値は変わりません。保育現場においては子どもたちの「豊かな感性」と「表現する力」の両方を育むことが大切であり、そうするためには子どもたちが「自分で感じたことや考えたことを自分なりに表現すること」がもっとも重要なのです。

だからこそまず、「なにをどのように感じるか」といった「心を動かす経験」が必要だとわたしは考えます。わたしたち大人や保育者は、歌を歌うとか絵を描くといった子どもが表現した結果を見て、「この子は感性が豊かだ」といった評価をしがちです。でもそうではなく、その過程で子どもの感じたことや考えたことをきちんと読み取ることが大切なのではないでしょうか。

大人だって、思ったことを言葉にできないという人も少なくありません。では、そういう人たちは本当になにも感じていないのでしょうか? そんなはずがありませんよね。「こんなことをいってもわかってもらえないだろう……」「間違ったことをいったら恥ずかしい……」といったいろいろな思いにより、言葉にできないのでしょう。

もしかしたら、それらの思いは、「感じたことを自分なりに表現してはいけない……」といった思い込みに集約できるのかもしれません。でも、そんな思いを子どもたちに持ってほしくはないですよね。

ですから、みなさんには子どもが感じたことや表現を受け止めてあげてほしいのです。子どもが突拍子もない発想をしたり間違ったいい方をしたりしても、「すごい発見だね!」「素敵だね!」と肯定的に受け止めていくことで、子どもたちは自分が感じたことを「僕も!」「わたしも!」と、表現手段を問わず次々に伝えてくれるようになるかもしれません。

まずは子どもたちが「心を動かす経験」をたくさん積み重ねること。そして、そのことを「誰かに伝えたい!」と思うこと――。そこに「豊かな感性」と「表現する力」の基礎が生まれてくるのだと思います。

1962年8月25日生まれ、大阪府出身。高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授。
大学在学中より幼稚園や小学校などで「歌のお姉さん」として活動。
その後、子育てをしながら大学院で幼児教育を学ぶ。現在は保育者養成に携わりながら、
保育現場等で幼児やその保護者を対象としたコンサートを行う他、子どもの歌の作詞・作曲を手がける、
保育者研修の講師を務めるなど、幅広く活躍する。

『感性をひらく表現遊び 実習に役立つ活動例と指導案』 岡本拡子 著 北大路書房(2013)
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