【音楽教育③】保育現場で子どもに触れさせるべき歌とは、「子どもが歌うことを前提につくられた歌」|高崎健康福祉大学教授 岡本拡子

【音楽教育③】保育現場で子どもに触れさせるべき歌とは、「子どもが歌うことを前提につくられた歌」|高崎健康福祉大学教授 岡本拡子

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いまはテレビなど従来のメディアだけでなく、YouTubeなどの影響もあって子どもたちが歌う歌はどんどん変化しているようです。なかには、「大人でも歌うのは難しそう」と思うようなテンポの速い歌や、「きっと歌詞の意味はわかっていないだろうな」と思う歌も含まれます。

子どもたちが歌を歌うことにはどんな意味や教育的効果があり、保育現場ではどんな歌を選ぶべきなのでしょうか。音楽による幼児教育研究を専門とする、高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授の岡本拡子先生にお話を聞きました。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子

アニメの主題歌も子どもが出会う文化のひとつ

流行や文化というものは、時代によって変化します。ですから、たとえば「歌詞の意味などわかっていないだろうな」と大人が思うようなアニメの主題歌を、子どもたちが自由な遊びのなかに取り入れて歌っていたとしても、それがいまの子どもたちにとっての文化のひとつとしてとらえる必要があります。

でも、そういった歌を保育者が教育現場にわざわざ取り入れる必要があるかといえば、必要ないかもしれません。幼稚園や保育園での公教育は、すべての子どもにとって公平でなければなりません。流行しているアニメの主題歌の例なら、テレビを置いていない家庭がある可能性もありますし、意図的にそのアニメを見せないようにしている家庭もあるでしょう。それなのに、その主題歌を教育に取り入れてしまうと、まったく楽しめない子どもが出てくるなど公教育が重視すべき公平性が失われてしまいます。

また、保育者としての役割から見ても、流行しているアニメの主題歌のようなものを「子どもが歌う歌」として教育現場に取り入れることはあまりおすすめできません。幼児教育の専門家として子どもの年齢や発達に応じた音楽を選んだり、音楽を楽しむための環境を整えたりする必要があります。多くの子どもが好きだからといった理由でそういった歌を取り入れるのではなく、子どもにとってふさわしい音楽をふさわしい環境のもとで提供する――そういった教材研究として「音楽を選ぶ」ことも保育者の専門性だと思います。

ただ、子どもたちが好む流行りの音楽などは知っていてもよく、無理やりに排除する必要もないと思います。なぜなら、すでにお伝えしたようにそれがいまの子どもたちにとっての文化のひとつだからです。たとえば、子どもたちが『鬼滅の刃』ごっこをしながら主題歌を歌っていてもなんの問題もありません。そもそも、こういったことはいまにはじまった話ではないですよね? 世代それぞれに流行したアニメや漫画があり、子どもの頃にはみなさんもそれらを題材にして遊んでいたことでしょう。

むしろ、そういった自由な遊びから創造力が育まれる場合もあります。わたしが訪れたある園には、子どもたち自身がつくった『鬼滅の刃』コーナーがありました。ごっこ遊びのために、子どもたちがつくった各キャラクターの衣装や小道具がずらっと並んでいるのです。子どもたちのクリエイティビティーが爆発していましたよ。

「子どもが歌うためにつくられた歌」の教育的な価値

続いて、先に少し触れた、幼児教育の専門家として保育者が子どもたちに触れさせてあげるべき歌についてお話しましょう。わたしはまず、「子どもが歌うためにつくられた歌」をおすすめしています。『かたつむり』や『めだかのがっこう』『ぞうさん』など、むかしから子どもたちに親しまれてきた歌です。

それらのよさは、まず「子どもが無理なく歌えること」にあります。『鬼滅の刃』にしろ『アナと雪の女王』にしろ、それらの主題歌は子どもが歌うことを想定してつくられたわけではなく、プロのアーティストが歌うための歌です。そのため、音域がとても広い。音程の上下の変化も激しく、子どもにとっては非常に難しい歌です。そういった歌を子どもがうまく歌えるはずもありません。

そうなると、うまく歌えない子どもが、「わたしは歌が下手なんだ……」といったふうに思って、歌や音楽を嫌いになってしまう可能性も否定できません。もちろん、子どもが歌うことを想定してつくられていないそれらの歌は、歌詞も子どもにとっては難解です。それこそ、歌詞の意味など理解できないでしょう。

一方、「子どもが歌うためにつくられた歌」には教育的な意味や価値があると思います。音域も狭いですし、音程の上下の変化も激しくありません。そして、子どもが身近な生活経験のなかで出会う自然や動植物のこと、子どもの想像力を膨らませるようなことが歌詞につづられています。

数多くの教育的効果を期待できる「わらべ歌」や「手遊び歌」

また、「わらべ歌」や「手遊び歌」も、子どもたちにたくさん触れさせてあげたいものです。

「わらべ歌」とは、古くから子どもたちのあいだで受け継がれてきた伝承遊び歌で、子ども自身が遊びのなかでつくりだしていった歌です。『はないちもんめ』『かごめかごめ』『とおりゃんせ』など、みなさんも歌いながら遊んだ経験があるでしょう。日本語のリズムや抑揚に合わせてつくられているものが多く、子どもにも無理なく発声できて、しゃべりはじめたばかりの幼い子どもでもしゃべることの延長のような感じで歌えます。

手遊び歌もわらべ歌から派生的に生まれた遊び歌で、手や指を使って遊びながら歌うものです。古くからあるものとしては『ちょちちょちあわわ』などがありますが、親が子どもと触れ合って遊ぶために歌われたものでしょう。現代になって、手遊び歌は保育のなかで多く歌われるようになりました。たとえば、『ピクニック』という手遊び歌もそのひとつ。広げた左手をお皿、右手の人差し指を立てればようじ、人差し指と中指ならお箸に見立てるなどして、たこ焼きや焼きそばを食べるという内容の歌です。

じつは、こういった手遊び歌は、子どもの学びにつながる数多くの要素を含んでいます。指をようじやお箸に見立てる、あるいはなにもない手のひらのうえに載っているたこ焼きや焼きそばを想像することで、子どもたちの想像力が育まれます。

もちろん、食べ物の名前や食器の使い方といった文化を学ぶことにもなりますし、『ピクニック』の歌詞は「1と5でたこ焼き食べて、2と5で焼きそば食べて……」といったものですから、数への興味にもつながります。

加えて、手遊び歌は基本的に保育者や友だちと一緒に歌うのもいいところ。呼吸をうまく合わせなければ楽しく一緒に歌えませんから、まわりとよりよい関係性をつくっていく力を育むことにもなります。

このような、歌を歌って遊びながら身近な生活経験を積み重ねる、言葉や数への興味関心を持つ、他者と呼吸を合わせたり触れ合ったりしながら遊ぶことで人と関わることのよろこびを経験するといった効果は、流行しているアニメの主題歌などには期待できません。

発表会などの行事では子どもの「やりたい!」を最優

最後に、劇や合奏を披露するお遊戯会などの行事での選曲についてお伝えしておきます。日常的には、子どもたちには「子どもが歌うためにつくられた歌」、わらべ歌や手遊び歌にたくさん触れさせてあげてほしいと思っています。本来、行事もその延長線上にあるべきで、日常的に保育で歌っている歌や遊びを保護者の方にみてもらうような行事の在り方がよいと思います。

ただ、子どもたち自身にも、「ステージの上で衣装を身に着けて、劇遊びや音楽遊びをお父さんやお母さんに見てもらいたい!」という気持ちも芽生えてくることと思います。そういった「特別な場面」では、子どもたち自身が「やりたい!」「こういう自分を見てもらいたい!」という気持ちを持って楽しめることがなにより大切だと思います。

「教育的視点からはこういうものがいいんだ」と考えたとしても、保育者の価値観を押しつけ、選曲に脚本、衣装に至るまで大人が用意したものをただやらされたところで、子どもにとっては楽しいものではなくなるでしょう。『鬼滅の刃』をやりたいという意見が子どもたちのなかでまとまったら、衣装や演出、背景なども子どもたち自身が工夫したりアイデアを出し合ったりしながらつくっていく――その過程でこそ子どもの想像力や創造力、協調性や自立心といったものが育つのです。

「こんな音楽、こんな出し物」というような「教材」から考えるのではなく、「子どものなにを育てたいか、なにが育ってほしいか」と考えることが大切です。

1962年8月25日生まれ、大阪府出身。高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科教授。
大学在学中より幼稚園や小学校などで「歌のお姉さん」として活動。
その後、子育てをしながら大学院で幼児教育を学ぶ。現在は保育者養成に携わりながら、
保育現場等で幼児やその保護者を対象としたコンサートを行う他、子どもの歌の作詞・作曲を手がける、
保育者研修の講師を務めるなど、幅広く活躍する。

『感性をひらく表現遊び 実習に役立つ活動例と指導案』 岡本拡子 著 北大路書房(2013)
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