【世界の保育①】保育士・久保田修平さんが「世界一周子育てを知る旅」で見た、世界の保育

【世界の保育①】保育士・久保田修平さんが「世界一周子育てを知る旅」で見た、世界の保育

取材・文/長野真弓
写真提供:久保田修平さん

グローバル化が進むなか、日本でも「国の垣根をこえてしなやかに生きていける人材」の育成が求められるようになりました。もちろん、子育てや保育においても例外ではありません。今回は、“保育士の目”で世界の保育事情を見てきた久保田修平さんの体験をご紹介します。

保育士・久保田修平さんと「世界の子育て、保育を知る旅」について

2020年、ユニセフによる「子どもの幸福度」調査が7年ぶりに発表され、日本は前回の6位から20位へと順位を落としました。上位に名を連ねているのはオランダ、デンマーク、ノルウェーの3ヵ国。いずれもヨーロッパの国々です。では、それらの国と日本の間には、どんな違いがあるのでしょうか——。

その問いに対する「答え」を求めて世界へと旅に出たのが、保育士の久保田修平さんです。久保田さんは、保育士として働く中で、日本の管理的な保育に少しずつ疑問を抱くようになり、その目は世界へと向けられていきました。そして2015年、「これからも保育士として生きていこう」という覚悟を胸に、「世界の子育て、保育を知る旅」を決行。フィリピンでの語学留学を皮切りに、ヨーロッパ、カナダ、アメリカ、中米、南米、ニュージーランド、アジアと、計25ヵ国を巡りました。現地をよく知るため、訪問場所にできるだけ長く滞在した結果、旅は約600日間にも及んだといいます。

その後、帰国した久保田さんは、自身の理想でもある「自然を生かし、子どもを信じて待つ保育」を実践する保育園で保育士に復帰。同時に、旅の経験から得たものを日本の保育業界に伝えるために、「aurora journey-保育の世界を旅してみよう」「えどぴ-保育の専門性を高める会」を主宰し、講演会や研究会を行うなど、活躍の場を広げています。

また、久保田さんは、旅の記録と保育への熱い思いを『600日25か国 夫婦世界一周 世界の子育て、保育を知る旅』の1冊にまとめています。以下では、著書でも語られている旅先での貴重な体験と、世界の保育事情についてご紹介しましょう。

ハンガリーでつきつけられた日本の保育の問題点

久保田さんは、各国の保育園を視察し、現地に住む日本人保護者の方々にお話を聞くことで、各地の文化や子育てについて知り、見識を深めていきました。そして、それぞれの保育環境や保育に対する考えを目の当たりにするうちに、ある強い想いを抱くようになったといいます。それは、「大人自身が『自分の人生を自分で作る力』を持つことが、子どもの生きる力を育む」という新たな信念でした。そしてその思いは、久保田さんが目指す「保育者像」へと昇華していきました。

とはいえ、旅の最中には衝撃を受けるようなこともたくさんあったといいます。たとえば、ヨーロッパの4ヵ国目・ハンガリーで訪れた保育施設で言われた“ある言葉”もそうでした 。久保田さんは以前、「コダーイシステム」(ハンガリーの作曲家兼教育家のコダーイが発案した音楽教育法)を実践する保育園で働いていたため、ハンガリー訪問をとても楽しみにしていたとか。しかし、視察したブタペストの保育園で、日本の保育事情にも詳しいハンガリー人保育者にいわれたひと言が、久保田さんの心に重く響きます。

「日本の保育は30年遅れている」

ハンガリーの保育者の目には、「日本の保育は軍事的で、子どもの主体性が大事にされていない」と映っている現実を知ったのです。

久保田さんは当時、ハンガリーで4つの保育施設を視察しましたが、どの施設も園内には観葉植物や木製の遊具がふんだんに置かれ、子どもにとって、心地よく、安心できる環境が整えられていたそう。加えて、「人間関係の中で自己を主張しつつも、共生することを大切にしよう」というポリシーが根付いていたことにも共感したといいます。

投げかけられた鋭い言葉と日本との違い。それらに触れて、一時気持ちが落ち込んだ久保田さんでしたが、旅ははじまったばかり。「このときの厳しい意見を心に刻んだからこそ、その後の旅の経験がより深いものになった」と回顧するように、気持ちを切り替えつつ、旅を続けました。

自然とのふれあいを大切にするヨーロッパの保育

保育士さんたちが40年かけて理想の園庭を作り上げたという話に感動した思い出の場所、ドイツ・ドルトムント市営の保育園。クラフト小屋では、自然素材を使って、子どもたちが自由な創作活動を楽しんでいます。(写真提供:久保田修平さん)

久保田さんが目指している保育の理想型は、「自然を生かした保育」というもの。ドイツやデンマークで出会った保育園は、その理念に対して素晴らしい指針を示してくれたといいます。

視察したドイツの保育園の園庭は、約8000平方メートルもの広さ。木々が茂り、花々が咲きほこり、まるで森のようでした。そこには砂場や井戸も点在し、子どもたちは好きな場所で、好きなことをしながら過ごしていたそうです。なにしろ広いので、保育者の目が届かない場所で遊ぶ子どももいましたが、園長先生は「子どもたちは、私たち大人が思う以上に注意深く、賢いのです」と、優しく見守るだけ。そう、彼らには「保育者は、子どもの“生きる力”を信じて、自由にさせることで、危機管理能力や身体感覚、五感が高められる」との信念があったのです。

また、素晴らしい園庭が、「子どもたちのためを思う保育者たちの手で、40年かけて少しずつ作り上げられた」と聞いたとき、久保田さんはさらに感動したそう。「時間がかかったとしても、しっかり前を向いて進んでいけば、日本の保育もきっとより良いものに変えていける」。そう考えて、保育者として生きる決意を新たにしたといいます。

自然の中で子育てをする「森のようちえん」。発祥の地デンマークをはじめ、ドイツなど本場ヨーロッパの現場を訪れることを久保田さんはとても楽しみにしていたそう。森の中で子どもたちは、絵本を読んだり、動物と触れ合ったり、それぞれが好きなことをして、のびのび過ごします。(写真提供:久保田修平さん)

そんな久保田さんに、次なる“驚き”を与えてくれたのは、日本でも関心が高い「森のようちえん」のルーツがあるデンマーク・コペンハーゲンの保育園でした。園には、1日におきに近くの森で過ごす日があり、子どもたちは森で木登りをしたり、急斜面で遊んだりして、大自然を自由に満喫します。久保田さんもその活動に同行させてもらったそうですが、その際に園長先生が思いもよらない行動に出ます。

子どもたちが遊びはじめると同時に、ニコニコしながら焚き火をはじめたのです。子どもたちだけでなく、保育者自身も極めて自然体。その姿は、久保田さんの目にとても新鮮に映り、思わず焚き火をする理由を園長先生に尋ねたそうです。

「焚き火は気持ちがいい。焚き火をするととてもリラックスするんだ」

なんともシンプルな答え。しかし久保田さんは、その言葉の裏側に「大人がリラックスしているからこそ、子どもはのびのびできる」「大人が安心できる空間を作ることは、保育の大切な役割のひとつなのだ」という思いが込められていることに気づき、とても感銘を受けたそうです。

オランダでわかった、「子どもの幸福度1位」のワケ

ユニセフの「子どもの幸福度調査」で、2007年、2013年、2020年と、3回連続で1位を獲得しているオランダ。その多様な教育手法は世界中から注目されていますが、中でも高い関心度をほこるのが、「イエナプラン」です。久保田さんもオランダでイエナプランを採用する学校を訪問し、身をもって魅力を感じたとか。事実、著書の中でも特徴的な「異年齢グループ」によるクラス編成を例に挙げて、そのメリットを説明しています。

イエナプランでは、小学校の9年間で、4〜6歳、7〜9歳、10〜12歳の3回、3学年が交わるクラス編成が行われます。そして、異年齢グループ内で「教わる」「教える」という両方の立場を繰り返し体験します。日本とはまったく異なる教育手法のように感じますが……。久保田さんは、このやり方こそが社会性を身につけるのに重要な役割を果たしているのだといいます。

また久保田さんは、イエナプランに触れたことで“教育者(保育者)の立場”についても考えさせられたそう。日本の講義中心の一方通行な授業と違って、イエナプランでは子どもの“個”を尊重しているため、先生は“教える人”ではなく、“アドバイザー”的な立場を保ちます。そのため保育者には、子ども一人ひとりに対する「能力の見極め」と「適切なアドバイス」が求められることになります。

と、言葉にするのは簡単ですが、的確な対応をするには、とても高い専門性が必要。この体験から、久保田さんは「もっと保育者の専門性を高めるべき」という、日本の保育の課題を導き出しました。

ちなみに、オランダでは「100校あれば、100通りの教育がある」といわれるほど教育の選択肢があり、久保田さんは「子どもにあった学校を選べる豊かな環境こそが、オランダが“世界一幸せな子どもの国”である理由だ」という学びも得たそうです。

ニュージーランドで出会った「テファリキ」

久保田さんは、約半年間滞在したニュージーランドで、3つの保育施設でのボランティアを経験しました。そのなかでいちばん印象的だったのは、「自然はともだち」という個性的で素敵な園長先生に出会ったこと。自然との関わり方や彼女の人間性に、保育者としてのゆとりを感じ、「保育者自身には人間的魅力も大切」だと実感したのです。

ニュージーランドでは、ナショナルカリキュラムとして、「テファリキ」という教育法が採用されています。これは、4原理(「まなび成長する力」「全体的発達」「家族と地域社会」「関係性」)5つの領域(「健康と幸福」「所属感」「貢献」「コミュニケーション」「探求」)を組み合わせながら、子どもの主体性を育んでいこうとするもので、中でもいちばん注目を集めているのが、「ラーニングストーリー(学びの物語)」です。

「ラーニングストーリー」を簡単に説明するなら、子どもの行動をよく観察し、文字や写真をふんだんに使ってカラフルに成長を記録する方法のこと。「何ができた、できなかった」にとらわれず、子どもの興味や気持ちの変化に心を寄せて、ひとりにつき月1回ほどのペースで記録が作成されます。それによって生まれるメリットは、保護者、保育者、子ども間の対話が生まれやすくなること。そして、対話が増えることで保育の質が高まることです。

なお、久保田さんが関わった保育施設には、子どもの興味を優先し、好きなことを自由にやれる環境が整っていたといいます。たとえば、2〜3歳児がトンカチで遊んでいても、保育者は「ダメ」「危ない」などと止めることもなく、優しく見守るのみ。久保田さんは、子どもたちの危なっかしい様子をヒヤヒヤしながら眺めていたそうですが、「子どもの意欲を優先して、自然体でゆとりをもつ」という保育者の姿を見て、ヨーロッパでの体験と同様に感じるところがあったようです。

本当の“豊かさ”について考えさせられた、発展途上の国々

久保田さんは、教育先進国である欧米以外に、アジアや中南米の国々も訪問していますが、それらの国々に共通して感じたのは、発展途上国としての教育の方向性だといいます。貧しい国では、海外で就職する人が多いことから語学習得は必須。そのため、国は英語の早期教育に特に力を注いでいたそうです。ただし、欧米のように個人の主体性や自然を大切にする教育はほとんど行われておらず、一斉学習が中心だったとか。

そうした中で、久保田さんの心に深く残ったのが、子どもたちの明るさや屈託のない笑顔でした。特にキューバでは、人々の人懐っこさと純粋さ、家族への愛に感動し、「人との交流が人生にゆとりをもたらす」「今を大切に過ごすことが豊かな暮らしのポイント」というピュアな心持ちに立ち返ることができたそうです。そして、このときの温かな思いは、帰国したいまも暮らしに潤いを与えてくれているといいます。

「600日間25カ国の旅」で手にした、新たな価値観

保育という視点から、先進国から発展途上国までを見てきた久保田さんの目には、日本の教育・保育がどう映っているのでしょうか。その答えは、「過渡期」。「教育先進国と発展途上国のちょうど間にある」と感じるのだそうです。また、旅に出る前は、日本の監視的・管理的な教育について疑問を抱き、否定的だった久保田さんですが、世界には日本の教育や礼儀正しさを評価している国がたくさんあることも知りました。たとえば、子どもの幸福度1位のオランダでも、日本式教育法を実践する幼稚園で子どもにマナーを学ばせる家庭が増えているといいます。

そうした数多くの体験を経て、「日本もいいな」と思うようになったという久保田さんですが、一方で日本の保育が抱える課題も見えてきました。「保育者の成長」「教育のあり方(教えるから引き出すへ)」「子どもの主体性・自主性の尊重」などです。では、その課題を克服するためには何か必要なのでしょう。久保田さんが挙げるのは次の3つです。

  • 子どもを信じて待つ
  • 保育者がゆとりをもつ
  • 保育者の専門性を高める

つまりは、保育者自身の「生きる力」を向上させることが、より良い保育の鍵となるということ。旅を通じて得た「保育者が暮らし方・生き方を変えることで保育・社会がより良くなっていく」という新たな価値観は、日本の保育の現場でひたむきに子どもたちと向き合ういまも、久保田さんの中にしっかりと根付いているようです。

世界を知るために旅に出たはずが、「世界を知る以上に、自分のことを知れた」「旅で気づいた豊かさを忘れずに、子どもと一緒に成長していきたい」と語る久保田さんの挑戦は、まだまだ続きます。

久保田さんの著書について詳しくは、こちらをご覧ください。

久保田修平さんが活動されている「つむつむ おおた保育者の会」主催でオンライン研修会が開催されます。
大田区以外の方でも参加可能です。
ご興味がある方は、こちらをご覧ください。

「つむつむ おおた保育者の会」
https://tumutumu9.peatix.com/

[参考]
久保田修平・久保田友美(2019),『600日25カ国 夫婦世界一周 世界の子育て、保育を知る旅』, ラーニングス合同会社.
unicef|ニュースバックナンバー2020年|ユニセフ報告書「レポートカード16」発表 先進国の子どもの幸福度をランキング

保育士
「aurora jouney -保育の世界を旅してみよう」 「えどぴ-保育の専門性を高める会」 主宰
大学卒業後、私立幼稚園に7年間勤務。2015年6月から600日をかけ、
ヨーロッパ・北中南米・ニュージランド・アジアの25カ国を訪問。
旅のテーマの一つとして「世界の子育て、保育を知る旅」を掲げ、
各国で保育教育施設の視察やボランティアを行う。
また、海外在住子育て真っ最中の日本人の保護者の方々へのインタビューも重ね、
頭で学ぶ以上に肌で海外の子育てを感じる。
帰国後、この経験を多くの人に共有するため、講演会を開催。
述べ300名以上の方にご参加いただき、多くの共感の声をいただく。
現在は、東京都大田区の保育園に勤務し、日々自然の中で子どもに向き合い奮闘中!

aurora journey.
https://www.aurorajourney.com
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