注目度急上昇中。子どもの運動能力向上だけにとどまらない「コーディネーション・トレーニング」 東京学芸大学教育学部教授・高橋宏文先生

注目度急上昇中。子どもの運動能力向上だけにとどまらない「コーディネーション・トレーニング」 東京学芸大学教育学部教授・高橋宏文先生

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近年、教育現場や子育ての場で見聞きすることが増えてきた「コーディネーション・トレーニング」。徐々に知名度が上がっているとはいえ、詳しくは知らないという人もいるでしょう。東京学芸大学教育学部教授の高橋宏文先生が、コーディネーション・トレーニングの内容、注目されている理由を解説してくれるとともに、コーディネーション・トレーニングを保育現場に取り入れる際のアドバイスをしてくれました。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人

コーディネーション・トレーニングの注目度が増しているワケ

「コーディネーション・トレーニング」は、1960年代の旧東ドイツで生まれました。日本に普及しはじめたのは1990年代頃からです。もともとはアスリート育成を目的として開発されたトレーニング手法ですが、日本だけでなくいまは開発国のドイツでも子どもの運動能力向上のための手法として用いられています。

トレーニングというと、ウエートトレーニングのような筋肉を鍛えるものをまずイメージする人も多いかもしれませんね。でも、コーディネーション・トレーニングで鍛えられるのは筋肉ではなく、筋肉を動かす神経です。

コーディネーションとは、日本語で「調整する」という意味ですよね。つまり、コーディネーション・トレーニングとは、いろいろな動きを体験してそのときの感覚を組み合わせ、身体の動きや力の加減を状況に応じて「調整する」ことにより、「狙った動きをスムーズにできるようにするためのトレーニング」なのです。

では、なぜこのコーディネーション・トレーニングが教育現場で注目されているのでしょうか? それは子どもが思い通りに身体を動かせるようになることが、子どもの運動能力向上に大きく寄与するからです。

「運動」という言葉が示す内容として、多くの人が「スポーツ」と直結して考えるかもしれません。しかし、運動は日常のなかにもあふれています。

なにか用具を使って作業をするとか、階段を上り下りするとか、それこそ歩いたり走ったり立ったり座ったりすることだって立派な運動です。

そういった日常的な運動をするときに、思ったようにスムーズに動けなかったとしたらどうなるでしょう? いま、かつてよりつまずきやすいとか転びやすい子どもが増えています。

その要因は子どもの運動能力低下だと考えられますが、つまずいて転びそうになったときにとっさに手で身体を支えることができなければ、顔から転んで大きなケガをしてしまうという可能性も高まります。

コーディネーション・トレーニングは、スポーツや運動能力だけにつながるものではありません。日常のなかで自分の身体を思ったようにスムーズに動かせるようになることが、ケガ防止など子どもの日常にある動作に多くのメリットを与えてくれるのです。このメリットこそがコーディネーション・トレーニングの注目度が増している要因だと考えます。

コーディネーション・トレーニングが促す総合的な成長

もちろん、そうして向上した運動能力は、子どもが小学生になったときには体育の授業や運動会でも大きな力となってくれるでしょう。自分が思ったように身体をスムーズに動かせるのですから、体育の授業で先生のお手本を見ただけで「あんな感じか」と感覚を掴んで、すぐに同じようにできてしまうということもあります。

そういう子のなかで大きく育っているのは、それこそ自分の身体の感覚をとらえ、そのとらえた感覚を利用する力です。この自分の身体の感覚をとらえる力は、専門的には「内観力」と呼ばれます。

運動をするとき、身体はいろいろな感覚を受け取っています。たとえば、自分の身体の状態がどうなっているのかと感じることもそのひとつ。その感覚を受け取る内観力が強ければ、マット運動なども綺麗にこなすことができます。逆にその力が弱ければ、自分の身体の状態を掴めないためにうまくできないというわけです。

ただ、やはり幼児にとって自分の身体を思ったように動かせるようになるメリットは、「スポーツのために運動能力を向上できる」とか、この先「体育でいい成績を取れる」といったことではないように思います。先にお伝えした、ケガ防止だけでもありません。

身体を思ったように動かせるということは、「しっかり遊べる」ことも意味します。コーディネーション・トレーニングが伸ばす力のひとつに「識別」というものがありますが、これは、用具を意のままに操作する器用さのことです。この力があれば、遊具を使って楽しくしっかり遊べるでしょう。

子どもが友だちと人間関係を結ぶのは遊びのなかです。そして、その人間関係のなかで、社会性といった様々な力を磨いていきます。つまり、コーディネーション・トレーニングはただ子どもの運動能力を伸ばすにとどまらず、ひとりの人間としての成長に対して総合的に働きかけてくれるものだと思うのです。

バリエーション豊かな活動を意識してほしい

最後に、コーディネーション・トレーニングを保育現場で取り入れる際に意識してほしいことをお伝えします。

具体的なコーディネーション・トレーニングについては、わたしの著書や関連書籍で紹介していますが、それらの書籍には「○歳〜○歳向け」といったふうに年齢区分が記載されています。でも、それらの年齢区分にとらわれ過ぎないようにしてほしいのです。

保育士さんたちは、子どもの発育発達についても同じように「○歳だったらこういう成長段階」というふうに区分して学んできたことと思います。でも、現場で働くみなさんならよくわかっていることだと思いますが、すべての子どもがその区分どおりに成長するわけではありません。年齢がちがっても同じような成長段階にある子たちもいますし、同じ年齢でも成長段階がまったくちがうということもよくあることです。

そのことを念頭に置いたうえで、バリエーション豊かな活動をしてほしいのです。同じ年齢でもそれぞれ成長段階がちがうのだから、成長段階に合わせてグループをわけてトレーニングや活動をしてほしいというわけではありません。もちろんそれもいいのですが、逆に成長段階が異なる子どもたちが一緒に活動することにも意味があると思うのです。

成長段階ごとのグループで活動すれば、まわりの子と比べて「僕は運動ができないんだ……」と落ち込むようなことはきっと減らせるでしょう。子どもたちにとって、その子なりの「できた!」という達成感や楽しさを味わえることは間違いなく大切なことなのです。

でも一方で、成長が早くて運動が得意な子と一緒にやるからこそ、「わたしもあんなふうになりたい!」「頑張ろう!」とやる気を起こすこともあるでしょう。あるいは、運動が得意な子が苦手な子に対してやり方を教えてあげるといったかかわりが生まれる可能性もあります。それこそ、運動能力向上を超えた人間としての成長につながるものだと思うのです。

そういう意味で、子どもたちがバリエーション豊かな活動ができるよう、保育士さんたちが多くの引き出しを持っておくことが大切なのではないでしょうか。

1970年5月9日生まれ、神奈川県出身。東京学芸大学教育学部健康・スポーツ科学講座教授。
1998年10月より東京学芸大学に講師として勤務し、同大学男子バレーボール部の監督に就任。
各種研究により効果が実証された指導理論を用い、広く見聞きすることと併せて独自の指導体系をつくり上げている。
著書に『幼児の運動あそび 親子で楽しむ魔法のレッスン帖』『子どもの身体能力が育つ魔法のレッスン帖』
(ともにメディア・パル)などがある。

『幼児の運動あそび 親子で楽しむ魔法のレッスン帖』
高橋宏文 著
メディア・パル(2020)