保育者・柴田愛子先生が語る理想の保育園「子ども同士のトラブルは“子どもの群れ”にゆだねましょう!」【前編】

絵・インタビュー/原 あいみ 取材・文/岸良ゆか
イヤイヤ期真っ最中の“にこちゃん”が主人公の人気絵本『おにのこ にこちゃん』(発行:ポプラ社)と、マイナビ保育士によるコラボ企画も、5回目を迎えました。この企画は、有識者のインタビューや保育士のみなさんからのアンケートをもとに「理想の園」を考え、にこちゃんが入園予定の「はらっぱえん」として絵本に登場させる夢のプロジェクトです。みなさん、楽しんでいただけていますか? 今回は、「子どもの心により添う」姿勢を基本に、型にはまらない保育を実践されている柴田愛子先生にインタビュー! 柴田先生が考える「理想の園とは?」の【前編】をお届けします。(全6回予定)。
『おにのこ にこちゃん』についてはこちらをチェック
【プロフィール】
柴田愛子先生
「りんごの木」代表/保育者。私立幼稚園に5年間勤務し、多様な教育方法に迷って退職。会社員を経験するも子どもの魅力から離れられず、別の私立幼稚園に5年間勤務。1982年、“子どもの心に添う”を基本姿勢とした「りんごの木」を発足。保育のかたわら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活躍中。子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えながら、“子どもとおとなの気持ちのいい関係づくり”を目ざしている。
【プロフィール】
原 あいみさん
イラストレーター。『おにのこ にこちゃん』の絵を担当しているほか、企業や商品のイメージキャラクターも数多く手がけています。難しいことをわかりやすくマンガで伝えることが得意で、2歳だったころのわが子をモデルに、リアルで愛くるしい“にこちゃん像”を作りあげました。Twitterにて、にこちゃんのマンガ「きょうもにこまるけ。」も配信中(毎週水曜朝8時)。撮影/筒井 聖子
“イヤイヤ期”のわがままは、子どもの心の叫びなんです
原あいみ(以下、原):柴田先生が代表を務める「りんごの木 子どもクラブ」には、連載の1回目に登場してくれたケロポンズのおふたりも所属していたと伺っています。長年にわたり「子どもに寄り添う保育」を実践してこられた柴田先生の考える理想の園、そして理想の保育とはどんなものなのか、お聞きするのがとても楽しみです。
柴田先生(以下、柴田):『おにのこ にこちゃん』拝見しましたよ。にこちゃん、すごく面白い子ね!
原:ありがとうございます! 実は、最初に絵本のお話をいただいたとき、主人公は動物のキャラクターになる予定だったんです。でも当時、2歳だったうちの娘がイヤイヤ期真っ最中。とにかく娘に振り回される毎日だったので、「わが家に鬼がいる!」と思いながら過ごしていました。そうしたなかで、「鬼をモチーフするのも面白そう」と思って描いたキャラクターが、にこちゃんなんです。
柴田:すごく健康的な子だと思いますよ。
原:本当ですか?
柴田:2~3歳児って、自分の思ったことを「ばんっ」とストレートに表現する年なのね。それが親にとっては迷惑だから、“イヤイヤ期”なんて呼ばれているけれど、子どもとしては困らせたくてやっているわけじゃないんです。その年ごろの子どもには、どうしてもやってしまう理由があるのよ。
たとえば、2歳後半から3歳くらいの子は、たいてい滑り台を上から滑らずに下から登ろうとするんですね。何回、ダメと言ってもやる。だから私、「なぜそこまでして登るんだろうか?」と考えたことがあるんです。それでたどりついたのが「そのくらいの年齢は足の裏の筋肉が発達してくるから、足の裏に負荷がかかるのを楽しんだり、負荷に挑戦したりしているんじゃないか」という結論。試しに崖登りに連れて行ってみたら、そこでも楽しそうに登るんですよ。
原:なるほど、足の裏の筋肉を使いたいんですね。
柴田:そう。あと、やたらと窓の外に物を投げたり、トイレットペーパーやセロハンテープを全部引っ張り出したりすることもあるでしょう。
原:ありますよね。あれはなぜなんでしょう?
柴田:セロハンテープをジャーと引っ張り出して遊ぶなんて、大人の尺度だと「もったいない」となりますよね。だけど、あるとき子どもに「何してるの?」って聞いてみたら、「くもの巣をつくってる」って答えたのよ。素敵な発想だと思わない?
原:それとよく似たエピソードが、うちの娘にもあります。ある日、保育園にお迎えに行ったら、担任の先生に呼ばれて「みんなで使う折り紙を娘さんがぐちゃぐちゃにしてしまって、ほかの子が遊べなくなった」と言われたことがあるんですね。 先生は笑顔だったけれど、私としてはそう言われたことに違和感がありました。うちの子は、理由もなくそんなことしないのにって。それで家に帰って娘に聞いてみたら、「折り紙であめ玉をつくってた」と言うんです。だから、いま柴田先生の話を聞いて、そんなふうに子どものに寄り添ってくださる保育者もいるんだとうれしくなりました。
柴田:その子が求めているものは、ほぼ発達に必要なことなのでなるべく与えるべきというのが、「りんごの木」の方針です。しょうもない時期の子どもは、どうしたってしょうもないんだから、あきらめたほうがいいんですよ。一生そのままってわけじゃないですから。5歳になっても、トイレットペーパーをくるくるしてる子は、ほとんどいないでしょう?
原:確かにそうですね。うちの娘もかなりやんちゃだったので、「このまま成長して大丈夫かな?」と心配していたのですが、小学校に入る頃にはすっかり落ち着いた子どもになりました。
柴田:イヤイヤ期って、自我が芽生えた証でもあるんですよ。周囲を困らせる言動も、「私は私なんです! 命令はやめてください!」っていう子どもの心の叫びのようなもの。だから私は、イヤイヤ期はないよりあったほうが健康的だと思うの。その課程を省略して「大人にとっての良い子」を求めてはいけないんですよ。
子ども同士のトラブルは“子どもの群れ”にゆだねるのがいい
原:『おにのこ にこちゃん』のはらっぱ園には、本当にいろんなタイプの子がいて、なかには天狗ちゃんというちょっと乱暴な子もいます。もしも「りんごの木」に、天狗ちゃんのように高圧的な子がいたとして……。やっぱり、むやみに注意しないのが園の方針なんでしょうか?
柴田:お友だちをぶつ子がいた場合、「ぶたれると痛いからやめてね」「○○ちゃんに悪気はないから許してあげてね」みたいに大人が関係を修復しようとすると、妙な溝が残ると思うんですよ。もちろん橋渡しはするけれど、「りんごの木」では本質的な解決を“子どもの群れ”に委ねています。
以前、園にAちゃん、Bちゃんという仲良しの女の子がいたんだけど、Aちゃんが結構気性の激しい子だったから、Bちゃんがだんだんめげてきちゃったんです。そして、あるときBちゃんが私に「Aちゃんが遊びに誘うとき、強くこられるのが嫌だ」と言ってきたから、Aちゃんに「Bちゃんが、なんか嫌なことがあるらしいのよ」とさりげなく伝えてみたの。そしたら、それを聞いたAちゃんが「たぶん、私のことだと思うよ」って言うんです。
原:Aちゃんは、自覚していたんですね。
柴田:そうなの。それでAちゃんに「じゃあ、もうちょっとやさしくできる?」って聞いたら「できない」って言うのよ。「Bちゃんが嫌なら、はっきり言えばいいのよ。なのに言わないで、グズグズしてるだけじゃない」と。
だけど、それを聞いたBちゃんが「私には、そんなこと言えない」って言うものだから、もう一度Aちゃんに、「Bちゃんは、Aちゃんと一緒に遊びたいけどちょっと怖いみたいだから、もうちょっとやさしく言える?」って聞いてみたの。そしたら、Aちゃんが泣きそうになりながら「そんなこと言われたって、私は生まれたときからこうなの!」って言ったんです。
要するに、それが彼女の気質なんですよね。Aちゃんは、強いんだけどナイーブな子。その言葉を聞いて、悪気ではないことだけがわかりました。
原:AちゃんとBちゃんは、その後どうなったんですか?
柴田:その直後、Bちゃんは楽しそうにAちゃんと遊んでいるのです。「だいじょうぶなの?」って聞いてみたら「さっきのですっきりしたからだいじょうぶ」って。Aちゃんはそうなってしまう子なんだとBちゃんは受けとめたんです。聞いていた他の子もそうなったら中に入ってあげるよういってくれました。これ、4歳児の話ですよ?
原:子どもってすごいですよね。大人が干渉しなくても、何とかしちゃう。
柴田:だからこそ、保育には“群れ”が必要なんです。子どもの群れと、子どもたちのことが大好きな大人がいれば保育は成立する。もし、まわりの大人が注文をつけてばかりだと、注文をつける群れになっていくのよね。
あえて言葉にするなら、大人がやるべきなのは子どもたちのなかの「ドラマ」を見ることなんです。ただし、そのドラマというのは、大人目線で「どういう保育をしよう」と考えていても見えてこない。「子どもがどう育とうとしているか」という目線を持つことで見えてくるんです。
原:なるほど! 主役はあくまで子どもということですね。
柴田:そういう意味でも、「りんごの木」は常に子どもの側に身を置く園でありたいと思っています。とはいえ、「子どものことがわからない」と悩む親御さんも多いですから、保護者の方とのお話にもかなり時間を割いているんですよ。
「子どもを1分でも長く園に預けたい」という親への処方箋とは?
原:いまのお話で思い出したのが、最近ツイッターで話題になっていた投稿です。投稿者は、自分の子どもを愛しているし、めちゃくちゃかわいいと思っているのに、子どもが何かつくって「お母さん、見て見て!」と持ってきても、それの何が面白いのかわからないらしいんです。だから、遊びに付き合えないし、どうリアクションしていいかもわからないと嘆いていらっしゃった。共感の声もたくさんありましたね。
柴田:いますね、そういう親御さん。だから、1分でも長く園に預けたいんですよね(笑)。
原:私は、仕事柄もあってか、娘を見ていてすごく面白いと感じるし、自分も子どもみたいになって一緒に遊べるタイプなんですが、その方は本当につらそうでした。それで、先生ならどんなアドバイスをするんだろうと思って、この話をしてみたんです。
柴田:どんな人にも、かつては子どもだった時代があるじゃないですか。だから、子どもが面白いと思うことを面白がれる気持ちは、誰もが持っているはずなんです。だけど、多くの人は、成長するにつれて心に鎧をつけるようになっちゃうの。
しかも、自分が親になると「いい子に育てなくちゃいけないから」と、いろいろな情報を頭に詰め込んでしまう。ツイッターに悩みを投稿していた人には、子どもが『お母さん見て!』と言ってきたら、喜ばないといけないという固定観念があるんでしょうね。
原:おそらく、そうだと思います。
柴田:だったら、その固定観念を崩さなきゃいけません。そもそも、泥んこ遊びをしている子どもをみて、「私も一緒に泥んこ遊びしたい」と思える大人は、あまりいないですよね。
だけど、そこは勇気を出して遊んでみましょう。不思議なことに、一緒になって遊んでみると「案外、面白いかも」って思えてきて、自分のなかに眠っていた子ども心が呼び覚まされていくの。そして、それが鎧を取っ払うきっかけになることもあるんです。
もし、どうしても一緒に遊べないなら、見ているだけでもいい。親が一緒に遊んであげなくても、子どもは勝手に遊ぶんだから。極論すると、子どもが安心して育っていくためには「食べることに困らない」「危険に脅かされてない」「気にかけてくれる人がいる」の3つがあればいいんです。
だから私は、「子どもを愛せないかも」という相談を受けたら、「ごはんはあげてる?」って聞くようにしています。それで、「あげてます」って答えが返ってきたら、「それ、愛情だから」と伝えてあげる。「いろいろ考えなくても、それでよし」って言うと、ママやパパが楽になるでしょ? さっき言った「子どもがどう育とうとしているか」は、気持ちにゆとりがないと、なかなか見えないですからね。