学力が伸びる子は図鑑が好き! 教育評論家の親野智可等さんに聞く、図鑑が「最強の教育ツール」である理由

学力が伸びる子は図鑑が好き! 教育評論家の親野智可等さんに聞く、図鑑が「最強の教育ツール」である理由

少子化が叫ばれるなか、近年は子ども向けの図鑑の発行部数が飛躍的に伸びています。2000~2009年における図鑑の発行部数が、年平均64万5000部だったのに対して、2010~2021年の発行部数は年平均153万7500部。10年間で約2.4倍になっているんです。

実際、保育園でも保護者の方から「未就学児でも図鑑は楽しめるの?」「うちも図鑑を買いたいけれど、たくさんあってどれを選べばわからない」という声を聞く機会が増えているとか。

そこで今回は、教育評論家の親野智可等さんに、未就学児が図鑑に親しむメリットや図鑑の選ぶときのポイント、活用方法などについてうかがいました。

\お話をうかがった方/
親野智可等(おやのちから)さん
教育評論家。教師経験をもとに、子育て、親子関係、しつけ、勉強法、家庭教育について具体的に提案。『子育て365日 親の不安がスーッと消える言葉集』(ダイヤモンド社)などベストセラー多数。Instagram、Threads、X、Blog、Yahoo!ニュース、メルマガや各種メディアの連載などで発信中。オンライン講演を含む全国各地の小・中・高等学校、幼稚園・保育園のPTA、市町村の教育講演会、先生や保育士の研修会でも大人気となっている。詳細は「親力」で検索してHPから。

比べて楽しむユニークな手法が、図鑑ブームのきっかけをつくった

──近年、図鑑が人気を博しているのはなぜなのでしょうか。

親野:理由は大きく2つあって、1つは保護者の意識の変化です。いつの時代も、保護者は子どもの学力を伸ばしたいと願うものですが、20年ほど前からは「勝ち組」や「負け組」という言葉が世間で注目されるようになり、早いうちに子どもを「勝ち組路線」に乗せたいと考える保護者が増えました。そんな意識が、小学校受験や中学校受験の増加や、図鑑人気に表れているのではないでしょうか。

もう1つの理由は、図鑑そのものの変化です。従来、図鑑といえば昆虫図鑑、動物図鑑のように、いろいろな昆虫や動物が写真、イラストと一緒に羅列的かつ博物学的に紹介されているものが一般的でした。私はこれを「博物型図鑑」と呼んでいます。

ところが、2009年に小学館が革命的な図鑑『小学館の図鑑NEO+くらべる図鑑』を刊行し、これがシリーズ累計120万部におよぶ大ヒットとなりました。どこが革命的だったのかというと、この図鑑は「くらべる」というテーマを設定し、それに沿って編集された絵本のようなつくりになっているんです。たとえばクジラの体長とビルの高さを比べたり、人間でいちばん速く走れる人と動物の速さを比べたりといった具合ですね。

そうやって、「どっちが大きいんだろう」「どっちが速いんだろう」という子どもが興味を持ちそうなテーマを選んで編集しているので、とにかくおもしろいんですよ。この大ヒットを受け、ほかの出版社も次々と「テーマ型図鑑」を出すようになり、ことごとくヒットしました。

その現象に影響を受けて、従来の「博物型図鑑」にも革命が起こっています。小さな写真やイラストを網羅的に並べるだけでなく、より美しく大きなビジュアルを配置したり、トリビア的な情報を盛り込んだ読み応えのあるコラムを掲載したり……。子どもの目線に立った工夫が見られるようになり、それに保護者や子どもが食いついた。そうした売る側と買う側の変化の相乗効果で、図鑑人気が続いているのだと思います。

未就学児にも効果あり!図鑑を読めば「地頭」がよくなる

──親野さんは、以前から「図鑑は最強の教育ツールである」とおっしゃっています。その理由をお聞かせください。

親野:最近の図鑑はビジュアル重視で、子どもにとって手に取る際のハードルが高くありません。その反面、情報量は充実しているので、楽しく見ているうちに知識量が圧倒的に増えます。では、知識が増えるとどうなるでしょう。「もっと知りたい!」と知的好奇心が旺盛になり、学ぶことが楽しくなります。そして、結果的に学力も伸びる。みなさんの身近にも、「〇〇博士」と呼びたくなるような物知りの子がいると思いますが、そういう子は間違いなく図鑑や学習漫画を読んでいます。

さらにいうと、図鑑を見たり、読み聞かせをしてもらったりするうちに、ひらがなやカタカナの読み書き能力も身につきます。なかには、漢字やアルファベットまで読めるようになる子もいるでしょう。そうやって語彙が豊かになれば、読解力や表現力が磨かれ、思考力も向上します。これは、教育ツールとして非常に大切なことですね。

──未就学児についても同じことがいえるのでしょうか?

親野:たとえ字を読めない年齢の子でも、図鑑に親しむことは本の世界の楽しさを知るきっかけになります。子どもにリアルなものを見せたり、リアルな体験をさせたりするのは大事なことですが、幼い子どもの世界は小さいので、どうしても見たり触ったりできるものが限られます。

しかし、図鑑の世界には、子どもがこれまで見たことのないような多種多様なものが存在しています。クジラもオランウータンもロケットも、リアルな世界ではなかなかお目にかかれないけれど、図鑑の世界でなら簡単に出会える。おまけにそれぞれに関する知識も手に入ります。つまり、図鑑を通じて「自分の知らない世界を知る」という体験をいち早く楽しめるわけです。その楽しさを知っている子は、成長してからも進んで知識を得ようとするでしょう。

また、自分の好きなものに熱中していると、ドーパミン(※)が大量に分泌されてシナプスが増えることが、脳科学の研究であきらかになっています。シナプスは、ニューロンという神経細胞同士をつなぎあわせて情報をやりとりする「情報の交差点」のようなもので、これが増えれば増えるほど脳の処理能力が上がります。わかりやすくいえば、地頭がよくなるわけです。

※意欲や感情、学習、ホルモンの調整などに関与している神経伝達物質。ドーパミンが分泌されると、やる気や幸福感が増すことから、「幸せホルモン」とも呼ばれています。

たとえば、カブトムシを好きな子が繰り返し図鑑を見ていると、同じカブトムシでも種類によってツノの大きさが違うとか、はねのかたちが違うといった微妙な相違点に気づくようになります。そして、そうした認識力や観察力が磨かれれば、地頭もよくなります。以前、3歳の男の子が近所に麻薬の原料になる違法なケシが生えているのを見つけ、親が警察に通報して表彰されたというニュースが話題になっていましたが、彼はおそらく植物が好きで、日常的に図鑑に親しんでいたのでしょうね。

知識を「広げる」のではなく「深める」のが、図鑑選びのポイント

──子どもに図鑑を選ぶ際のポイントがあれば教えてください。

親野:大人が勝手に買うのではなく、まずは図書館などでいろいろなタイプの図鑑を見せて、そのなかから子どもが興味を示したものを買ってあげるのがいいでしょう。たとえば昆虫に興味を示したら昆虫図鑑を買って、家でじっくり見せたり、読み聞かせたりしてください。

保護者は、「昆虫図鑑はもうあるから次は鳥の図鑑」というように子どもの興味関心を広げることを優先しがちです。もちろんそれも大事ですが、私は子どもが好きなことを「深める」ことも大事にしてほしいです。つまり、子どもが昆虫が好きなら昆虫図鑑を複数買ってあげるということです。

同じ昆虫図鑑でも、図鑑によって違った情報が載っていることが多く、子どもはそれに気づくのがうれしかったりします。だからこそ、「昆虫の図鑑は一冊あれば大丈夫」と決めつけるのではなく、子どもが「好き」を深められるように応援してあげましょう。

もう1つポイントを挙げるなら、子どもの年齢に合った図鑑を買うことです。特に1歳〜3歳くらいの子どもは小さなものを認識しにくいので、写真やイラストが大きなものを選んであげてください。幼い子にとっては図鑑のページをめくるのもひと苦労なので、本の体裁になった図鑑ではなく、カード形式の図鑑を選んであげてもいいかもしれません。

──保育園に置く図鑑の場合は、どういった基準で選ぶのがよいでしょう? 保育園にはいろいろな子がいるので、特定の分野に特化した選書はむずかしいように感じます。

親野:おっしゃるとおりですね。保育園に置く図鑑を選ぶ際は、多くの子にとっての「好奇心の入口」となるものを選ぶように心がけましょう。そのためにも、まずは図書館や本屋へ足を運んで、司書や店員の方に売れ筋の図鑑やおすすめの図鑑を尋ねてみてください。日頃から図鑑に接しているプロの方の意見は、やはり参考になると思います。

せっかく買ったのに、子どもが図鑑を見てくれない!そんなときの対策は?

──「せっかく図鑑を買ったのに、子どもが見てくれない」といった声もよく耳にします。そうした方に向けてのアドバイスはありますか?

親野:未就学児の場合、図鑑を買って与えればいいという発想ではダメで、一緒に見る、読み聞かせる、相手をしてあげるなどのサポートが大切です。図鑑を一緒に見ながら「りんごはどれ?」とクイズを出して、正解すれば手を叩いてほめてあげる。あるいは、テレビのニュース番組でカピバラの話題が取り上げられていたら、「動物図鑑で見てみよう」と図鑑を開いて一緒に確認する。子どもは、そういったコミュニケーションが何よりもうれしいんです。

平日は仕事が忙しくて、子どもの相手をする時間があまりつくれないという方は、子どもが手を伸ばせば届く場所に図鑑を置くようにしてください。幼い子どもはわざわざ自分で図鑑を本棚から出して見たりはしません。夜、片づけをして図鑑を本棚にしまった場合でも、子どもが保育園から戻る前に本棚から出してリビングに並べておきましょう。

加えて肝に銘じておきたいのが、図鑑を強制しないということです。「せっかく買ったのに」「見ないならもう買わないよ」などというのは逆効果でしかありません。先ほどお話したように、子どもが興味を示さない場合は、親が一緒に読むことを心がけてください。

──図鑑は見て楽しむのが基本ですが、それ以外の活用法があれば教えてください。

親野:いろいろありますが、特におすすめなのはトレーシングペーパーを使った複写です。図鑑のお気に入りの動物や昆虫の上にトレーシングペーパーを貼って、エンピツやペンで動物の輪郭をなぞる。それだけで大好きな動物や昆虫の絵が描けてしまうので、子どもは非常に喜びます。

絵を描いたあとは色を塗って遊んだり、トレーシングペーパーを厚紙に貼ってオリジナルのカードをつくったりして、お気に入りの使い方を見つけてください。カードを「かるた」のような遊びの道具として活用するのも楽しいと思いますよ。

──最後に、「ほいくらし」の読者に向けてメッセージをお願いします。

親野:子どもが図鑑に親しむようになったなら、図鑑だけで完結せず、本物体験につなげてあげてください。図鑑でゾウを見て興味を示したら、動物園に連れて行って本物を見せてあげる。子どもにとってその体験のインパクトはとても大きく、感動的な体験になります。その結果、ますますゾウが好きになって、図鑑に熱中するようになるでしょう。

保育士さんの場合、子どもが保育園で図鑑に熱中していることを保護者に伝え、「この子はゾウさんがすごく好きみたいなので、動物園に行くと喜ぶんじゃないでしょうか?」などとアドバイスしてあげるといいかもしれません。

図鑑を上手に活用しながら、子どもの知的好奇心や知識、思考力などを最大限に伸ばしてあげてください。

取材・文/岸良ゆか