「受け入れの知恵」が満載のガイドブックで、外国にルーツを持つ子どもと保護者に寄り添う

「受け入れの知恵」が満載のガイドブックで、外国にルーツを持つ子どもと保護者に寄り添う

神奈川県内で生まれる新生児の18人に1人は両親もしくは親のどちらかが外国籍。多くの保育者が、異なる言語や文化への対応を迫られています。しかし、これまではそうした状況に対する十分な支援がなく、個々の保育者が自力で対策するしかありませんでした。

そうしたなか、かながわ国際交流財団は「保育園・幼稚園での外国につながる園児・保護者受け入れガイドブック」(以下:受け入れガイド)を制作。外国にルーツを持つ子どもや保護者との意志疎通に苦心する保育者への支援に活用しています。

今回は、受け入れガイドの制作に携わった同財団の福田久美子さんに、制作に至った背景やその内容についてうかがいながら、保育者が外国ルーツの子ども・保護者を受け入れる際の「知恵」を紹介していただきました。

\お話をうかがった方/
福田久美子さん 公益財団法人 かながわ国際交流財団 多文化共生グループ

「受け入れガイドを活用し、保育者から外国ルーツの子ども・保護者に歩み寄って」と語る福田久美子さん。

外国ルーツの子どもや保護者への対応が、「保育者まかせ」になっている現実

──受け入れガイドの制作に至った背景には、どのような課題があったのでしょうか?

福田:厚生労働省が発表した2022年の人口動態統計を見ると、日本で生まれる子どもの24人に1人が外国ルーツです。加えて、乳幼児期に来日する子どもの数も増えているといいます。

こうした状況をうけ、神奈川県の小中学校では、外国ルーツの児童・生徒が5人以上いると「国際教室」が設けられ、日本語や教科学習を支援することになっています。小学校は「義務教育が始まる場」であり、言葉や文化がある程度わかっていることが前提となっている面があります。対して、保育所・幼稚園は「生活習慣を身につける場」とも言えます。就学前のこの時期にこそ、日本の文化や言葉を養っておく必要があります。そうしないと、学校生活になじめない子どもが多数出てきてしまうでしょう。

しかし、保育所・幼稚園における外国ルーツの子どもや保護者への対応は、「保育者まかせ」になっていて、国や自治体の支援が圧倒的に足りていません。そのため、多言語対応や文化の違いに戸惑い、苦心する保育者のために「何かできることはないだろうか?」と考え、「受け入れガイド」を制作するに至ったのです。

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受け入れガイドでは、外国にルーツを持つ子どもや保護者を受け入れるコツを、マンガで紹介しています。

──外国ルーツの子どもや保護者を受け入れるため、保育者にはどんな事前準備が必要だとお考えですか?

福田:通園地域に暮らす外国ルーツの方には、どのような方がいらっしゃるのか、あらかじめ特徴をつかんでおくとよいでしょう。その上で、入園予定の子どもや保護者について、それぞれが抱えている事情、背景を理解することが大切です。

水筒にミルクティーを入れちゃダメ?日本の「当たり前」がわからない!

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「水筒にお水かお茶を入れてきてください」というのは、園からのよくある指示。しかし、こちらが「当たり前」だと思っていることへの反応にも、お国柄が出るといいます。

──外国ルーツの子どもや保護者を受け入れる際、文化的な面で保育者が戸惑いを感じてしまった事例があれば、教えていただけますか。

福田:子どもに持たせる飲み物について、「水筒にお水かお茶を入れてきてください」と指定したところ、保護者から戸惑いの反応がかえってきたというケースがあります。外国人にとって「お茶は大人の飲み物」で、子ども向けではないという認識から、さまざまな飲み物が保護者の頭に浮かんだそうです。

子どもに持たせる飲み物については、国によって認識が異なるようで、フィリピン人の保護者は「パックジュース」をイメージしたりすることがあります。お茶という言葉については例えばインド人は「甘いミルクティー」を想像してしまうことがありますが、小さな子どもに飲ませるわけではありません。

日本で子どもに持たせる「お茶」といえば、多くの場合に「麦茶」を指しますが、その慣習を知らないがゆえに、こうした行き違いが起こってしまう。私たちが「当たり前」だと思っていることが、実は当たり前ではなかったという場面は、けっして少なくないのです。

──日本の「当たり前」がわからない外国人保護者との間に齟齬が生じた場合、保育者はどのように働きかけるのがよいでしょうか?

福田:「日本の文化を知ってもらうよい機会になった」と前向きに捉えましょう。その上で、麦茶を知らなければ、実際に飲んで知ってもらうとよいのではないでしょうか。「つくるのが簡単」「カフェインレスで水分補給にぴったり」「不足しがちなミネラルが取れる」など麦茶のメリットを知らせると、保護者の理解がより深まると思いますよ。

あわせて、保護者の母国文化との折衷案を探ってみることも大切です。例えば、外国人保護者から「麦茶は腐りやすくて抵抗がある」といわれたら、水に統一するのも1つの方法でしょう。その際、「ジュースでもいいか?」という意見が出て、それを却下するのであれば、必ず理由を伝えるようにしてください。頭ごなしに否定するのではなく、「甘いものは虫歯につながるので、水を用意してください」などと説明して、お互いが納得できる着地点を探しましょう。

園児には母語で話しかけるべき?それとも日本語で大丈夫?

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子どもの母語にあわせるべきか、日本語で話しかけるべきか。保育者の悩みどころです。

──子どもとのやりとりで、保育者が戸惑いがちなシーンについても教えてください。

福田:外国ルーツの子どもに話しかける際、母語を使うべきか日本語にするべきか迷ってしまい、「あなたのネームは?」という不自然な言葉で接してしまった場合があります。しかし、これだと子どもが中途半端な日本語と英語でインプットしてしまうので、やめたほうがよいでしょう。

保育者のみなさんに優先してほしいのは、子どもが言語を習得するための環境を整えることです。子どもは正しい言語を大量にインプットし、サイレントピリオドという沈黙期を経て、自然に言葉をアウトプットできるようになります。だからこそ、この時期の子どもには、正しい日本語をシャワーのように浴びせることが大事なのです。

──子どもが理解できない言葉で話しかけると、言語の習得が遅くなりませんか?

福田:そう考える方は多そうですが、正しい言語を浴びていれば、子どもの情緒や話す能力は確実に育っていきます。例えば、使い慣れない英語で「This is corn soup.」と話しかけるより、「甘いコーンスープですよ。とってもおいしいね!」と日本語で話しかけるほうが、子どもにとって断然いい。そもそも、母語で話しかけるほうが細かく描写できて、愛情などの感情も言葉にのせやすいですよね?感情がのっているからこそニュアンスがしっかりと伝わり、子どもたちの情緒が育ちやすいんです。

子どもはすぐれた学習能力を備えた生き物。一定期間が経つと、複数の言語が子どもの脳内で関連づけられ、自然と「翻訳」するようになります。焦らずに彼らの成長を信じて待ちましょう。

保護者の母語がわからなくても、「伝えよう」とする気持ちが大事!

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自分の子どもがけがをしたのに、経緯を教えてもらえない……。保護者が悲しくなるのも当然ですよね。

──一方、外国人保護者との会話で、保育者が戸惑いを覚えやすいのは、どのような場面でしょう。

福田:子どもがけがをしたときに、「保護者の母語がわからなくて、うまく伝えられない」と戸惑ってしまう保育者が多く見られます。そうしたケースでは、日本語が話せるほうの保護者に電話で説明するそうですが、教えてもらえなかったもう1人の保護者は、どう感じるでしょう。当然ですが、「まるで自分が存在しないみたいで寂しい」と疎外感を覚えてしまうようです。

──難しい状況ですね。そのような場合、保育者はどう対応するのがよいでしょうか?

福田:何よりも、「伝えよう」とする姿勢や態度が大切です。厳密に言葉がわからなくても、ボディランゲージを活用すればニュアンスは伝わります。慣れない土地で暮らす外国人は、話しかけてもらえるだけでも安心するので、自分なりの方法で伝えてみてください。

身振り手振りだけでは難しい、込み入った事情を伝える必要があるという場合は、「翻訳アプリ」の力を借りるのがよいでしょう。情報通信研究機構が開発した多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra」が便利ですよ。

──それでも伝わらず、話がこじれてしまった場合の対処法もお聞かせください。

福田:全国各地に設置された多言語で外国人住民を支援するセンターに連絡すれば、通訳を交えて詳しい話ができる場合があります。保育所・幼稚園がある自治体に、そのような窓口の存在を確認しておくとよいでしょう。

このほか、病気やけがをしたとき、あるいは災害に巻き込まれたときに便利に使えるサイトやサービスもあるので、そちらもチェックしてみてください。

文書でのコミュニケーションでも、「やさしい日本語」を心がけましょう

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文書で外国人保護者とコミュニケーションをとるときも、すれ違いに注意が必要です。

──「園からのお便り」などにもすれ違いが潜んでいるように思えるのですが、そのあたりはいかがでしょうか。

福田:お察しのとおり、「お便りの冒頭に入っている季節のあいさつを本題と勘違いする」「保育者が善意で入れたふりがなと翻訳アプリの表示が重なって読みづらい」「目立つようあえて手書きにした文字が、翻訳アプリで読み取れない」など、書面におけるすれ違いも多く見られます。

──書面でのコミュニケーションにおいて、保育者はどのような点に気をつければよいでしょう

福田:日本語を習得中の外国人が理解できる「やさしい日本語」を使って、文章をつくるとよいでしょう。詳しくは、出入国在留管理庁と文化庁が定めている「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」に掲載されていますので、ぜひ参考にしてください。

あとは、「主語」を明確にすることでしょうか。日本語は主語があいまいでも何となく通じますが、そのせいで翻訳しづらい言語ともいわれています。例えば、「おやつはこちらが用意します」ではなく、「おやつは園が用意するので持たせないでください」と記すなど、主語を明確にするとより伝わりやすくなるはずです。

加えて、「季節のあいさつは入れずに本題から入る」「すぐ翻訳できるよう書面をデータで共有する」「ひらがなが読めない場合は、翻訳アプリを使用することに配慮してふりがなは入れない」などの点に注意することも大事です。少しの創意工夫で外国人保護者の負担をぐっと減らせるので、できることから始めてみてください。

保育者と保護者の良好な関係が外国ルーツの子どもよい影響を与える

──保護者と保育者が良好な関係を築くことは、外国ルーツの子どもにどのような影響を与えるでしょうか?

福田:自分の親が保育者に受け入れられ、コミュニケーションを楽しんでいる姿を見ることで、安心して成長できると思います。それによって、日本で生きていく力も身につくのではないでしょうか。

逆に、日本語や文化がわからないと勉強が進まず、進学意欲の低下を招きます。成長しても社会になじめず、仕事が続かないかもしれません。事実、社会になじめないせいで、ドロップアウトしてしまう外国人も少なくないと聞きます。

「社会を生き抜く力」を身につけるためのサポートをするのも、保育者の大事な役目です。

そうした悪循環を、幼いうちに断ち切れるのも保育者の存在意義。彼らの人生における選択肢を広げ、生き抜く力を身につけるサポートをすることは、将来的に日本社会の生産力アップにつながるでしょう。

カレンダー

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笑顔で「おはよう!」とあいさつすることが、互いを尊重する第一歩となります。

──では最後に、『ほいくらし』の読者である保育者のみなさんに、メッセージをお願いします。

福田:「外国人保護者とどう接すればよいのだろう」と感じている方は、慣れない日本の地で子育てに励む不安を想像することから始めてみてください。そうすれば、「よくわからない存在」と敬遠することも、腹の中を探り合うこともなくなるはずです。積極的に声かけをするなど、みなさんのほうから外国ルーツの子どもたちや保護者に歩み寄り、よい関係を築いていってくださいね。

◆公益財団法人 かながわ国際交流財団:https://www.kifjp.org/

福田久美子(ふくだ・くみこ)
公益財団法人 かながわ国際交流財団 多文化共生グループ
英ロンドンの大学院で、教育とヘルスプロモーションに関する国際協力や国際開発について学ぶ。修了後は日本の教育団体に入職。その後、神奈川県内における多文化共生の実現を目指すかながわ国際交流財団へ。日本に住む外国人が安心して暮らせるよう、子育て支援に関して行政・病院・地域への働きかけを積極的に行うほか、外国人に役立つ情報を財団ホームページ内の「外国人住民のための子育て支援サイト」で発信している。

取材・文/岡山朋代 編集/イージーゴー